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線虫における子孫への嫌な記憶の伝達/細胞内脂肪滴による自然免疫調節/重症COVID-19でのゲノムワイド関連解析
秋真っ盛りである。私の居住地は栗の生産量が全国2位であり,いたるところで栗拾いができ,子供と体験していると結構楽しい。またキノコ狩りもこの季節に楽しめるレクレーションである。キノコという食べ物は,なくても困らないような食材と認識しているが,キノコとさまざまな具材を炊き込んだキノコご飯,なめこの味噌汁,また米国留学時代に覚えたマッシュルームと玉ねぎで作るオニオンスープなど,考えてみればユーティリティプレーヤーである。
ところでキノコつながりであるが,設計図であるゲノム情報が親から子供へと受け継がれていくことには疑いようがない。だから私と私の子供は外見がよく似てくる。しかし,私が若かりし頃に7人の小人に出てくるようなサイケデリックなキノコを食べた後に入院した経験を持っていた場合に,その子供が教えなくても的確に毒キノコを見分けることができるようになるであろうか。今回のNature誌の紹介論文を読んでふと考えてしまった。
1)細菌学:Article
線虫は細菌のノンコーディングRNAを読み解いて病原体忌避を学習する(C. elegans interprets bacterial non-coding RNAs to learn pathogenic avoidance) |
今回,米国プリンストン大学より生物システムとしての学習した記憶の子孫への伝達に関する研究が報告された。両親の遺伝子だけでなく,その時の気候環境,食生活,喫煙,ストレスなどに影響を受けたEpigeneticな影響が次世代に伝えられるというエポックメイキングな事実は2017年にscience誌に報告されている(リンク)。しかし,これはあくまでも体質などの形質であり,今回の報告では学習による“記憶”が世代を超えて伝達されることを明らかにしている。
先行研究の結果を含めて紹介したいと思う。研究対象は線虫(C.elegans)を用いている。線虫は細菌を食物としており,自然界では様々な菌種に遭遇する機会が予測される。その中でも緑膿菌は場合によっては感染することにより線虫自体に死をもたらす可能性のある細菌である。彼らは,線虫の食餌として24時間,大腸菌:OP15(無害)もしくは緑膿菌:P14(有害)に曝露(training)した後に,別のプレートで大腸菌スポット,緑膿菌スポットの中心に放置することにより,どちらの菌種を忌避するのか(基本的に両細菌を食餌だと思い近づいていく)を検討している(aversive learning assay)。学習した世代(P0)とすると,P0-PA14は緑膿菌を回避する行動をとるようになる。これらの個体は感染しており,数日以内に死んでしまうがその間際に子孫を産み落とす(F1)。驚くべきことにF1-PA14個体は,その親同様に緑膿菌に一度も接触したことないにもかかわらず緑膿菌を回避する行動を示し,その効果はF4世代まで継続し,F5世代では消失した。この行動は線虫の神経回路の1つであるASIニューロン(感覚神経)回路でのTGF-beta経路に関わるdaf-7の発現を抑制すると,回避行動は世代間で伝わらないことからdaf-7が重要な役割を果たすと考えられ,その前段階として生殖細胞における転写制御機構であるpiRNAに関連するタンパク質(PRG-1)が緑膿菌曝露によりダイナミックに変化し,子孫daf-7発現の増加に関わることを示している(Cell 2019)。
しかしながら,このシステムを動かすのに必要な情報が,緑膿菌の何であるのかは未解明であった。今回の検討では,その記憶の世代間伝達を担う線虫内での機序の一端として,緑膿菌由来の特異的なノンコーディングRNAであるsmall RNA(sRNA)が必須であることを解明している。実験手技としての手法はシンプルな方法と言えると思う。先行研究でのaversive learning assayと多種多様な遺伝子改変線虫を用いての検討である。最初に,P14緑膿菌,その代謝産物,総RNA,sRNAを用いてassayを行い,sRNAが必要十分な忌避行動の世代間記憶伝達を行うこと,自然免疫反応では説明し得ないことを示した(Fig1)。C.elegansはご存知のように構成細胞から遺伝情報までがすべて知られる生物種であり,遺伝子改変による表現型検討が容易である。食餌の腸管からの吸収に関わる遺伝子,先行研究で明らかになっているpiRNAに関わる遺伝子の改変体による検討から,sRNAによる忌避行動世代間伝達には消化管からの吸収,生殖細胞へのsRNAの伝播とprg-1の活性化が必要であることを示した(Fig2)。次に,PA14緑膿菌は25℃の培養環境下では上記の忌避性を誘導するが,15℃の培養環境下では忌避性を誘導しないことから,その差を利用しDifferential expression analysisと,大腸菌への遺伝子発現実験を行い,P11と呼ばれるsRNAが忌避行動を誘導するsRNAそのものであることを同定した(Fig3)。P11自体は病原性や,菌体増殖には影響はせずに忌避行動世代間伝達に関与した。次にP11による線虫神経回路での遺伝子発現コントロールを検討した。P11の塩基配列はC.elegansの化学走化性などに関与し,ASI神経回路に発現するmaco-1の塩基配列を最も長く一致(17塩基)した。maco-1は忌避行動を示す線虫では発現が抑制されており,またその欠損個体,遺伝子改変個体では忌避行動世代間伝達を示さず,ASI神経回路におけるdaf-1の発現増強も認めなかった(Fig4)ことから,これらの分子が記憶の伝達の一旦を担うプレイヤーであることが証明された。
これらの結果のまとめはFig4.gに模式的に表されている。この経路は消化管を経て生殖細胞を介した処理とその後の神経回路への情報伝達に依存しており,いわゆる免疫系とは独立している。親世代が学習した生存に関わる行動が,ゲノムに刻まれることなくエピジェネティックな機序により伝播していく事実は,既存の知識から考えると驚くべきことであるが,この過程は長時間の多世代にわたる細菌曝露を必要とする反応とは異なり,迅速かつ効率的に子孫を守る事が可能であり,非常に巧妙な生存戦略ということができる。
1)感染症,免疫学:Original Article
哺乳類の細胞内脂肪滴は自然免疫の繋ぎ手である(Mammalian lipid droplets are innate immune hubs integrating cell metabolism and host defense) |
細胞内に存在するものには無駄なものはないのであろうか。Lipid droplet(LD)は細胞内に侵入した病原微生物の栄養源となり得ることが報告されているが,バルセロナ大学のグループはそのLDが病原微生物に対峙する最前線のオルガネラであるという仮説のもとに検証を進めた。
まず著者らはLPS投与マウスの肝細胞で多数のLDが誘導されること。肝細胞より抽出したLDの蛋白質には抗菌作用があること。また形態学的検討にてLDと大腸菌が膜構造を融合させることに直接的にinteractする可能性を見出した(Fig1)。続いて,Fig2では質量分析による比較プロテオーム解析を行い,LPS負荷により出現するLDと飢餓状態の際に出現するLD,それぞれに付随するタンパク質のプロファイルを比較した。同定されたLD関連のタンパク質プロファイルはLPS負荷により変化し,その変化は自然免疫関連タンパク質の増加,エネルギー代謝経路に関わるタンパク質の減少が含まれていることを明らかにした。さらにそれらの情報からバイオインフォマティクス手法を用いて,LDに関連するタンパク質は病原微生物の侵襲に対しての自然免疫応答のハブ(繋ぎ手)としての可能性を提示している(Fig2E)。
細胞内飢餓状態においてはLDはミトコンドリアへの脂肪酸供給源としてはたらき,酸化的リン酸化を促進する。酸化的リン酸化とは細胞内で起こる呼吸に関連した現象で,高エネルギー化合物のATPを産生する回路の1つである。好気性生物における,エネルギーを産生するための代謝の頂点といわれ,糖質,脂質,アミノ酸などの代謝がこの反応に収束する(wikipedia)。一方でストレスを受けた自然免疫細胞では好気的解糖系によりエネルギー供給が行われ,酸化的リン酸化は抑制される。この現象は病原微生物の感染時には細胞の微生物排除を効率的に働かせるための機序であるが,この機序にLDが干渉するのかを検討した。LPS負荷されたLDはミトコンドリアへの接合が減少し,先の解析で同定されていたミトコンドリアとの接合に関与するLD表面蛋白であるPLIN5の発現も実際に減少した。また,LPS負荷されたマウス個体にて,酸化的リン酸化による代謝産物であるケトン体量も減少することが明らかとなった。さらにPLIN5を過剰発現させたHEK293,THP-1細胞では,感染させた大腸菌排除が困難となることが示された(Fig3)。これらの事実からは,LPS負荷時にLDはミトコンドリアとのinteractionを回避することにより細胞内でのエネルギー代謝経路を変化させ,細胞の状態を自然免疫応答により適したコンディションに誘導することが示唆された。さらにFig2で同定されているLD関連タンパク質であり抗菌ペプチドとして知られるCAMP(カテリシジン)がLPS負荷時にはLD関連タンパク質として高度に検出された。このCAMPをLD表面にtraffickingされるように人工的に作成し,プラスミドにてHEK293へ導入すると大腸菌の排除が促進されることが示された(Fig4)。
病原微生物はその生育に宿主からの脂質を必要とし,LDはその供給源として知られる。著者らは,そのようなLDには宿主免疫の最前線として働く可能性を仮説として詳細に検討し,LDが病原微生物感染細胞において,ミトコンドリアとのinteractionを変動させることにより細胞内エネルギー代謝の変動を促し,かつ自然免疫機構を促進することにより直接的に抗菌作用を発揮すること,エネルギー代謝の変化と免疫応答をつなぐまさにハブとしての役割を果たすことを示した。本報告はPerspectiveにも取り上げられており,LDの果たす2つの役割をFigureでわかりやすく示している。
Lipid dropletというと,オルガネラというよりは,どうしても肺胞蛋白症の泡沫マクロファージで認められる処理しきれない老廃物のイメージが思い浮かぶ。実は,さまざまな細胞に認められる真核細胞の主要な脂質貯蔵器官だけでなく,さまざまな機能を保持するオルガネラであることを認識させられた。
細胞内に存在するものには無駄なものはないのであろうか。Lipid droplet(LD)は細胞内に侵入した病原微生物の栄養源となり得ることが報告されているが,バルセロナ大学のグループはそのLDが病原微生物に対峙する最前線のオルガネラであるという仮説のもとに検証を進めた。本報告は西川先生の論文ウォッチでも紹介されている(リンク)。
1)感染症:Original Article
Covid-19 に関する迅速なゲノムワイド関連解析(Genomewide association study of severe Covid-19 with respiratory failure) |
NEJMからはコロナの話題である。今週号にはGWASの結果と,核酸ワクチンの霊長類での前臨床試験の結果が報告されており相変わらずの注目度である。
欧州のCOVID-19感受性遺伝子の探索を目指すThe severe COVID-19 GWAS Groupが行った呼吸不全に至った症例のGWASの結果である。
大流行を来したイタリアとスペインの施設において1,980例が登録された。本研究のタイムラインを見ると(Fig1),驚くべきスピード感で研究が進行しているのがわかる。2月末に症例が発生しはじめ,3月上旬の流行のピークを迎えるが,その時点で各施設への研究計画によるコンタクトを開始,3月下旬までには倫理審査を済ませ,4月中にDNAを解析施設へ回収,6月初めには解析を終了させるという,わずか3カ月での研究遂行である。解析自体は,イタリア集団のパネルとスペイン集団のパネルに分け,関連解析を行い,その後にメタ解析にて最終結果を得た。対照群としては同地域,同タイミングでのCOVID-19感染状況が不明な献血者,健常者を設定している。結果であるが,両パネルで再現性のある関連として,9q34.2と3q21.31の2つの遺伝子座を同定した。9q34.2にはABO血液型の遺伝子座であり,A型がハイリスク〔オッズ比1.45(1.20-1.75)〕O型が低リスク〔オッズ比0.65(0.53-0.79)〕であった。また3q21.31では関連シグナルが6つの遺伝子座(SLC6A20, LZTFL1, CCR9, FYCO1, CXCR6, XCR1)に及んでいた。Editorialでも取り上げられており,これらの6つの遺伝子のうちLZTFL1がT細胞において抗原提示細胞との免疫学的な接合に関与することなどから最も説得力があるかもしれないこと,またそれ以外の5つの候補遺伝子のうち4つはT細胞や樹状細胞の機能に関与する遺伝子であり,今後のCOVID-19病態の解明に明確な方向性を与えることになる事を紹介している。
病態解明には直接的には関係しないが,3番染色体の同定されたローカスに存在するSNPはタグの変異との間に非常に強い連鎖不平衡を示す,これは集団遺伝学における“ハプロタイプのブロック構造”を形成しており,対象となる集団が形作られる過程で,その祖先からまとまって受け継がれてきたゲノム領域となる。これが,まさに先日マックスプランク研究所のグループから報告された,ネアンデルタール人由来の遺伝子座である(リンク)。ネアンデルタール人の滅びた原因は様々なことが推測されるのであろうが,現代人のCOVID-19に対しての強い増悪感受性遺伝子座とGWASを通してつながることには大変驚いた。
〔貫和追記:本日のMedical Tribuneメール配信に,鎌谷先生がNeanderthal由来遺伝子座のNature論文を紹介している(リンク)。GWASに関しても一読を勧める。〕
(坂上拓郎)