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SARS-CoV-2ワクチンレースの最前線/チンパジーも歳を取ると性格が丸くなる/自己免疫性PAPに対する吸入GM-CSF(第2弾)
今週のScienceの表紙は一匹のチンパジーの写真である(図)。これは,チンパンジーが老化によりチンパンジーの「社会性」がどのように変化するかを,20年以上に渡って観察した研究に由来するものである。COVID-19によるパンデミックとともに,我々の「社会性」も大きく変化している。気がつけば,(筆者の怠惰な性格が相まって)オンライン開催の学会をアルコールを片手に聴講することが多くなったし,気になるスライドがあるところまで講演を飛ばしてしまうことも多い……学会や研究会で友人から医師・研究者を紹介していただきき,話に花が咲き,聴講を予定してたシンポジウムをすっぽかすこともなくなったし,学会終わりに,自分が温めていたアイデアを持ち込んで,大御所に突撃することもなくなった。偶然の出逢いによる化学反応のチャンスは明らかに減っているであろう。その一方で,これまで学会・研究会に参加できていなかった子育て中の医師も参加できるようになったり,「社会」的に良い面も広く認識されている。今回のScienceの論文によると,「社会性」はトレードオフの観点から自分自身の生存に多分に影響を受けるようだ。外部環境の変化により我々の「社会性」の定義も変わっていく中で,一人の医師として「社会」にどのように貢献できるか,これからも悩みは尽きないであろう。
1)感染症,免疫学:Review
開発中のSARS-CoV-2ワクチン(SARS-CoV-2 vaccines in development) |
今週のNatureはSARS-CoV-2ワクチンに関するOriginal Articleが目白押しである。米Moderna社のmRNAワクチンmRNA-1273を含めてSARS-CoV-2ワクチンの研究が6報,掲載されている。そんな中で,開発中のSARS-CoV-2ワクチンに関する現時点の総説が掲載されており,SARS-CoV-2ワクチン開発の現状に関する日本語でのまとまった解説は,思いのほか見当たらず,やや冗長になるが,臨床医にとって興味深い部分を中心に本総説をレビューすることとした。
こちらの総説では,まず,これまでのコロナウイルスの歴史を振り返っている。SARS-CoV-2は,周知の通り,ヒトに対して病原性を有する7番目のコロナウイルスで,SARS-CoVとMERS-CoV以外では4種類のウイルスが知られていた(229E,OC43,NL63,HUK1)。しかし,これらの4種類のウイルスを予防するためには4価のワクチンが必要であり,そのワクチンが完成したとしても風邪の多くは他のウイルスが原因であるため,予防効果はごく一部でしかない。そのため,開発の優先度は低く,ヒトコロナウイルスに対するワクチンの開発は進められてこなかった。2002年から2004年にかけてSARS発生後,SARS-CoVに対するワクチンが開発され,2つのワクチンの第I相試験が実施された。しかし,SARS-CoVは2004年以降は出現していないため,開発は中止された。MERS-CoVに対するワクチンは現在も積極的な開発が行われている状況である。
次に,Figure1で,通常,15年以上の歳月を要するワクチンの開発が,SARS-CoV-2ワクチンでは,早期の承認が可能となる「カラクリ」が示されている(Figure 1)。そして,ここの開発のバイパスに,SARS-CoV・MERS-CoVに対するワクチンの開発の歴史が関連してくる。通常のワクチンの臨床試験では,ワクチン設計・探索的な前臨床実験・毒性試験が行われ,その後,生産プロセスが開発される段階に続いていく。この段階で治験薬(investigational new drug:IND)申請が行われる。通常はここまでに数年を要するが,SARS-CoV-2ワクチンでは SARS-CoV・MERS-CoVに対するワクチン開発の知見を活かすことで,数カ月に短縮させている。
その後,ワクチン候補は第I相,第II相,第III相試験に入る。第III相試験が終了し,所定のエンドポイントが満たされた場合は,生物製剤ライセンス申請(biologic license application:BLA)を行い,FDA等の規制当局の審査を経て,最終的にワクチンのライセンスを取得し,大量生産に至る。しかし,SARS-CoV-2ではBLAの提出前に,失敗リスクを承知の上で,大量生産に踏み切っているのである。このような様々なバイパスによって,開発の短縮が試みられている。2020年1月上旬にウイルスの遺伝子配列が明らかになってからワクチン開発が開始され,2020年3月には第I相試験が開始され,現在では180種類以上のワクチンが様々な段階で開発されているという前代未聞のスピードで進んでいる。10のSARS-CoV-2ワクチン候補が第III相試験に入っており,Non-Human Primate(Non-Human Primateのサマリーデータ)や第I,II,I/II相試験(第I/II相試験のサマリーデータ)では多くの候補から有望なデータが得られている。有効で安全なワクチンが数年ではなく数カ月以内に利用可能になると予想される。
しかし,ワクチンに関して詳細が不明なこともまだ多く存在している。第III相試験では,候補ワクチンがより多くの集団を対象に,有効かつ安全であることを証明する必要がある。現在,Non-Human Primateやクルーズ船での小規模な研究から,中和抗体がCOVID-19の保護と相関関係にあると推測されているが,液性因子だけでなく,細胞性免疫応答を含む他の因子の保護的役割もさらなる研究を進める必要性を指摘している。
また,筆者は,ワクチンの投与経路による影響も議論している(Figure 2)。注目すべきは,現在臨床試験中のワクチン候補はすべて筋肉内投与であるということだ。筋肉内投与は,下気道を保護する強いIgG反応は誘導されるが,上気道を保護する分泌性IgA反応は誘導されない。少量のIgGは上気道にも認められるが,非常に高い血清力価の場合のみ,上気道で保護的効果を示すことが推察されている。つまり,ほとんどのワクチンは下気道の感染に対してのみ保護的で,上気道の局所免疫を誘導しない可能性が危惧されている。これは,COVID-19の重症化は防げても,ウイルス感染自体は防げない可能性があることを意味する(このあたりはインフルエンザワクチンと似ているのであろう)。Live-attenuated vaccines(LAV)や経鼻的ワクチンは,おそらく強力な粘膜免疫反応を引き起こすと考えられている。しかし,残念ながら,経鼻投与に適したワクチンは現時点で臨床試験中のものはない。
また,ワクチンの効果の持続期間についてもよくわかっていない。COVID-19感染後,時間経過と共に抗体価は減少することが報告されている。この現象と同様に,ワクチンによって惹起される免疫反応が,COVID-19感染後によって誘発される免疫反応よりも長続きするのか短いのかはわかっていない。しかし,多くのワクチンでは数年ごとにブースター接種が行われており,長期間にわたる免疫の低下はあまり大きな問題にはならないだろうと,本総説の筆者は指摘している。私からすると,ブースターがワクチンの基本戦略と考えられているならば,いわゆるADE(抗体依存性感染増強)が問題にならないか,危惧してしまった(Wikipedia)。少なくとも反ワクチン的な考えを持つ方々はこの点を厳しく追及してくるであろう。
また,別の未知の問題として,COVID-19のリスクが高い高齢者がワクチンにどのように反応するかということが挙げられている。シノバック社の不活化ワクチン候補とファイザー社の2つのmRNAワクチン候補の試験からは,高齢者は若年者に比べて免疫誘導が悪いことがすでに明らかになっており,高齢者の免疫反応を高めるためには,異なるワクチン製剤,もしくは特別なプライム・ブースト・レジメンが必要となるかもしれない。インフルエンザウイルスの経験からも,高齢者では若年者よりも高い中和力価を達成する必要があることが示唆されている。今後の戦略として,より強力なインターフェロン/抗ウイルス反応を誘導できるワクチン(mRNAワクチン,AdVベクター,もしくはVSVベクターワクチン)等が候補に上がってくるであろう。
別の重要なポイントとして忍容性の問題が挙げられている。特に小児のワクチン接種を検討する場合,小児は通常成人よりも反応原性が高いため,忍容性を考慮する必要がある。ワクチン候補の多くが比較的強い有害事象を有することを考えると,小児に対しては,特にAdVおよびmRNAワクチンについては,低用量ワクチンが必要になるかもしれない。
さらに,ワクチンが認可された後,世界的にどのように分配されるかに関しても,未知の部分が大きい。多くの国では,ハイリスクグループや医療従事者への予防接種に最初の1回目の接種が使用される可能性が高いが,これについてもさらなる議論が必要である。
1人2回分のワクチンが必要だと仮定すると,世界の需要を満たすためには160億回分のワクチンを生産する必要がある。しかし,この量のワクチンを生産できる企業は世界に1つもない。このような大量投与を考えた場合,注射器やバイアル,関連機器の供給でさえ,ワクチンの分配に関してボトルネックになる可能性がある。具体的に心配されるワクチンは,これまでライセンスを取得して大量生産した経験のないワクチンメーカー(例えば,Moderna社やNovavax社)や,これまで市場向けに大規模生産した経験のないプラットフォームのワクチン(mRNAワクチンやDNAワクチン)などである。これらのワクチン候補の大量生産,流通の過程で,技術や組織体制の経験が乏しいため,予期せぬ問題が発生する可能性がある。特に,mRNAワクチンの場合,冷凍保存と流通の必要性はすでに大きな課題となっており,特に低所得国では通常のコールドチェーン(低温保管の物流網)の維持が困難であることが指摘されている。ここでも,本論文とは話題が逸れるが,SARS-CoV-2ワクチンの分配に関する見通しに関しては,以前より感染症・ワクチンに強い関心を寄せるビル・ゲイツのインタビューは大変,興味深い(インタビュー動画)。
第I/II相試験のデータが入手可能なワクチンについて,ワクチン候補による免疫原性と反応原性の違いが観察されている(第I/II相試験のサマリーデータ)。免疫原性に関しては,不活化ワクチンとAdV5ベースのワクチンが最も低く,次いでChAdOx1ベースのワクチンとmRNAワクチン,そして最後にアジュバントされたタンパク質ベースのワクチンが最も優れた性能を示している。反応原性に関しては,不活化ワクチンとタンパク質ベースのワクチンが最も低く,次いでmRNAワクチンとなっており,ベクターワクチンが最も副作用の発現率が高いようである。
アストラゼネカ社,Moderna社,ファイザー社のワクチン候補は,米国と欧州での臨床試験が最も進んでおり,いずれも十分な有効性を示し,十分な安全性が示されれば認可される可能性が高い。しかし,今後,同様の有効性を示し,かつ,より忍容性の高い反応原性プロファイルを持つ新しいワクチン候補が登場した場合に,これらのワクチンは,取って代わられる可能性もある。さらに,ワクチンの入手可能性と生産能力がSARS-CoV-2ワクチンの世界的な状況にどのように影響するかを予測することは困難である。米国や欧州では認可されないかもしれないが,中国で生産されるAdV5ベースのワクチンや不活化ワクチン,そしてインドやその他の国で生産される他のワクチン候補が,SARS-CoV-2ワクチンの世界的な需要を満たす上で,ワクチンの分配の観点からも,大きな役割を果たす可能性が高い。
このような様々な課題はあるものの,SARS-CoV-2に対するワクチンの開発はかつてないスピードで進んでおり,2020年には第III相試験で安全性と有効性が証明されたワクチンが市場に投入される可能性があることは間違いないと筆者は締めくくっている。
1)行動科学:Original Article
高齢化した野生チンパンジーの社会的選択性(Social selectivity in aging wild chimpanzees) |
社会的な結びつきは健康・長寿・体力向上に関連していると言われている。ヒトでは,老年期になると,社会的な交流が積極的になるものの,自分にとって有意義な交流に限定されてくることが特徴であり,このような現象をヒトの「social aging phenotype」と呼ばれるらしい。このような年齢に応じた社会的行動の変容は,個体にとって,残された時間(余命)が短いことを意識することに因果関係があるとされている。しかし,ヒト以外の種が自分の将来の死を意識したり,遠い将来のことを詳細に想像できるというエビデンスはないようである。
一方で,ヒトで見られる「social aging phenotype」は,ヒト以外の種を超えてより広く共有されているとも指摘されている。多くの動物にとってみても,社交的になるかどうか,誰と社交的になるか,という選択は,費用対効果のトレードオフの観点から自身の生存に極めて重要な問題である。加齢により,身体状態・健康状態・社会的地位の低下により新たな制限が生じるため,歳を取った個体は自分に見合った社会的選択を調整する必要があるかもしれない。したがって,「social aging phenotype」は,高齢者が自身にとって有益な社会的関係によりフォーカスし,自身にとってネガティブな結果をもたらす他者との相互作用を避けるという適応的な反応である可能性がある。そうであれば,ヒトのように高度な未来志向の認知を持たない他の種においても,ヒトと同様の社会的選択性を示すかもしれない。前置きが長くなったが,このような理論的背景を霊長類のチンパジーで検証すべく,今回の研究はミシガン大学やタフツ大学を中心とする北米の研究グループは,ウガンダのキバル国立公園(HP)のフィールドを用いて,何と1995年から2016年の間の合計78,000時間という長期間の観察データを用いて15歳(オスが身体的に成長し,成人の段階に入る時期)から58歳までの21頭のオスチンパンジーの社会的相互作用を経年的に分析している。少し話題は変わるが,北米の研究施設は,研究用の霊長類を飼育する専用の島を持っていることも多く,研究の底力の違いに驚かされる。ちなみに中国も雲南省の山奥に,世界最大(東京ドーム3個分)の研究用のサル飼育施設があるとのことだ。
本研究では,まず,オスチンパンジー同士の関係を「mutual friends」(両者とも相手の近くに座ることを好む),「one-sided friends」(一方のオスは好みを示すが,相手方は好みを示さない),「nonfriends」(どちらのオスも相手と交際することを好まない)に分類して,この関係の経年的な変化を観察している。その結果,年齢とともに「mutual friends」が増加するのに対し,「one-sided friends」は減少することが判明した(Figure 1)。
次に,「mutual friends」が高齢者が重視する,より価値の高い絆であるかどうかを検証するために,霊長類の社会投資(Social investment)の主要形態である「毛繕い」を調査した。なお,日光さる軍団の「毛繕い」に関するブログは大変面白い(リンク)。
より高齢のチンパンジーにおいて,「one-sided friends」や「nonfriends」よりも「mutual friends」の方が「毛繕い」をする回数が多いことがわかり,「毛繕い」のパターンがより平等であった。以上より,チンパンジーは,年齢を重ねるに連れ,「one-sided friends」よりも「mutual friends」により多くの投資,かつ,より平等な投資をしており,年長者は年少者よりも「mutual friends」が多いことを示されていた。
ヒトの高齢者は社会的ネットワークが狭く,より選択的であるため,この現象がチンパンジーでも見られるかどうかを調べるため,チンパンジーの群集性が年齢とともにどのように変化するかを解析した。高齢チンパンジーは,若年のチンパンジーと比較して,全体的な社交性は若干低下しているものの,社交的な高齢チンパンジーは,重要な社会的パートナーと共に集団に参加していた(つまり,高齢チンパンジーは仲の良い友人とつるんで,集団に参加している)。さらに「毛繕い」の行動様式を解析することで,年齢と共に攻撃的な行動が減り,高齢チンパンジーでは他の個体との協調性の高い行動が中心的になっていた(Figure 2)。
本研究は,人間以外の種,特にチンパンジーにおいて,加齢に伴う社会的選択性を示す初めてのエビデンスとなった。チンパンジーが本当にヒトと同じように「死」を意識していないのかは私には知ることができなかったが,チンパンジーを通して洞察できる「社会性」を計量的に記述する醍醐味を知ることができた。
なお,本研究は,AASJの論文ウォッチ(リンク)でも紹介されている。
また,今週号のScienceには「重篤なCOVID-19患者におけるI型インターフェロンに対する自己抗体」と「重篤なCOVID-19患者におけるI型インターフェロンに関連した先天的遺伝子異常」の2報が同時掲載されているが,「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No.114ですでに紹介済みなのでこちらを参照されたい(リンク)。
1)呼吸器:Original Article
自己免疫性肺胞蛋白症におけるモルグラモスチム吸入療法(Inhaled molgramostim therapy in autoimmune pulmonary alveolar proteinosis) |
NEJMからは呼吸器内科医としては外せない自己免疫性PAP(APAP)の話題である(本号ではCOVID-19に対するトシリズマブの臨床試験も紹介されている)。APAPは,御存知の通り,サーファクタントが進行性に蓄積し,低酸素血症を特徴とする希少疾患である。肺胞マクロファージがサーファクタントを分解する際に必要なるGM-CSFのシグナル伝達の異常によって引き起こされる。APAPに関する臨床試験としては,サルグラモスチム(sargramostim)を用いた新潟大学の田澤先生,中田先生らの研究が,NEJMに掲載されたことが記憶に新しい(リンク)。
今回は,吸入のGM-CSF製剤であるモルグラモスチム(molgramostim)に関する報告であり,多くの日本の施設も参加している。
二重盲検プラセボ対照3群試験で,APAP患者に対してモルグラモスチム(300mg,1日1回吸入)を持続的に投与する群,間欠的(隔週)に投与する群,プラセボを投与する群に無作為に割り付けている。主要評価項目は,A-aDO2のベースラインから24週目までの変化量としている。
138例がランダム化され,モルグラモスチム持続投与群46例,モルグラモスチム間欠投与群45例,プラセボ投与群47例の内訳であった。主要評価項目である,ベースラインから24週目までのA-aDO2の変化量は,モルグラモスチムの持続投与群で,プラセボ投与群よりも有意に改善が認められた(-12.8mmHg vs. -6.6mmHg,p=0.03)。副次評価項目であるSGRQスコアも,モルグラモスチム持続投与群では,プラセボ投与を受けた群よりも有意に改善していた(-12.4点 vs. -5.1点,p=0.01)。有害事象及重篤な有害事象が発現した患者の割合は,胸痛を呈した患者の割合がモルグラモスチム持続投与群で高かったことを除いて,3群で同程度であった。
本臨床試験の概要はNEJMのVisual Abstractがわかやすいので,ぜひ参照されたい(リンク)。
(南宮湖)