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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 120

公開日:2020.11. 11


今週のジャーナル

Nature Vol. 587, No.7832(2020年11月5日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6517(2020年11月6日)英語版

NEJM Vol. 383, No.19(2020年11月5日)日本語版 英語版







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CD4+T細胞(2型免疫)に対するTGF-βの作用と免疫療法/若年感染という途上国でのCovid-19(インドにおける大規模解析)/裁判所からの召喚に応じさせるためのちょっとした工夫と米国の闇/Covid-19に対するレムデシビルの最終報告

•Nature

1)癌 
TGF-βは癌に対する2型免疫を抑制する(TGF-β suppresses type 2 immunity to cancer

TH細胞でのTGF-βシグナル伝達阻害を標的とした癌免疫療法(Cancer immunotherapy via targeted TGF-β signalling blockade in TH cells
 トランスフォーミング増殖因子(transforming growth factor:TGF-β)の腫瘍に関連する作用は,癌細胞の増殖やEMT(epithelial-mesenchymal transition;上皮間葉転換)やTreg細胞の働きなど多岐にわたり(),癌治療におけるTGF-β阻害薬への期待は高まっている。
 米国ニューヨークのメモリアルスローンケタリング癌センターからNature誌に連続して掲載されている2論文では,癌におけるTGF-βの免疫細胞,とくにT細胞に対する役割を研究している。
 1つ目の論文では,TGF-βの受容体遺伝子であるTGFBR2のコンディショナルノックアウトマウスを用いて,マウス乳癌誘導モデルで機能解析している。はじめに,抗腫瘍作用の主役であるCD8+T細胞でTGFBR2遺伝子をノックアウトしたが,腫瘍の増大には影響を与えなかった。しかしながら,CD4+T細胞からTGFBR2遺伝子を除去すると,癌の進行の抑制が認められた。さらにCD8αを追加でノックアウトしたマウスでも同じ様に抑制されることから,この効果はキラーT細胞による作用以外の機序が考えられた(Figure 1)。その癌増大抑制のメカニズムとして,組織修復と血管系のリモデリングを介して遠位の無血管領域でがん細胞が低酸素状態となり細胞死に陥ることがあきらかとなった(Figure 3)。
 さらにインターロイキン4(IL-4)あるいはインターフェロンγ(IFN-γ)の遺伝子ノックアウトマウスと掛け合わせたマウスでの解析により,癌の進行の抑制は2型ヘルパーT細胞のサイトカインであるIL-4に依存するが,1型ヘルパーT細胞のサイトカインであるIFN-γには依存しないことを示している(Figure 4)。したがって,2型免疫応答は腫瘍組織において効果的ながん防御機構として働いており,ヘルパーT細胞内のTGF-βシグナル伝達は,がん免疫療法の標的となりうることが示唆された。なお本論文はAASJでも紹介されている(リンク)。
 2つ目の論文では,TGF-βが2型ヘルパーT細胞を介して癌免疫を抑制するという上記の論文の研究に基づいて,CD4+ T細胞でのTGF-βシグナル伝達の阻害により腫瘍微小環境が再構築されることによって癌の進行を抑制できることを示している。具体的にはTGF-β中和活性を持つTGFBR2細胞外ドメインを免疫抑制を起こさないCD4抗体であるイバリズマブにつなぐことで「二重特異性デコイ受容体」である「CD4 TGF-β-Trap(4T-Trap)」を作製して解析している(Figure 2)。4T-Trapによって,リンパ節においてTH細胞のTGF-βシグナル伝達を選択的に阻害し,腫瘍血管系の再組織化やがん細胞死を引き起こしている。その結果,腫瘍組織の低酸素状態をおこし,VEGFA発現を上昇させることを示している。VEGF阻害を加えることで,さらに4T-Trapによる抗腫瘍効果を増大させることができることを示しており(Figure 4),将来的に臨床応用が期待される研究である。

•Science

1)行動科学 
行動の微調整によって裁判所からの召喚に応じないことを減らす(Behavioral nudges reduce failure to appear for court
 Science誌から今回は,こんな研究が論文になるのか,という驚きから読んだ呼吸器とは無縁の行動科学の論文をまず紹介する。軽犯罪者にちゃんと裁判所に出廷させるための研究である。
 アメリカ合衆国では毎年数百万人が交通違反などの軽犯罪で裁判所からの召喚をされるが,指定された出廷日を逃す人が多い。その際には,次に懲罰的制裁として逮捕警告を通告することが通常の手続きとなっている。誰もが軽犯罪で出頭するほうが逮捕されるよりはましだ,と考えるだろうということを前提にした処置であるといえる(ニューヨーク市ブロードウェイの裁判所の前で召喚に待つ人々の写真)。ニューヨーク市,ペンシルバニア大学およびシカゴ大学からの本研究では,「出廷しないのは意図的なのではなくて,実は単なるヒューマンエラーなので,召喚の通告の仕方を変えることで出廷しない人を減らせるのではないか」,という試みである。論文のタイトルのnudgeとは,「行動改善のために,そっと説得したり,そっと後押ししたりすること(微調整)」をいうらしい。
 研究内容として,1つはニューヨーク市で出される裁判所への召喚状を裁判所出廷の情報がわかりやすいように改善すること(Figure 1)(改善していても,まだまだ実は見にくい!!!),もう1つは出廷日の前に携帯電話へのテキストでリマインドする,という実に当たり前な単純な介入である。さらに改善した召喚状がいかに一目でわかりやすいかを検証している。結果は,裁判所へ出廷しないことを「召喚状の改善」によって13%,「テキストによるリマインド」によって21%減少させることに成功している()。そして改善した召喚状は裁判所情報がわかりやすい,という客観的な研究結果であった。これらの結果として3年間で3万件の逮捕警告を出さずに済むであろうという予測を算段している。
 さらに本研究で興味深いことには,こうした逮捕警告を避けることができてnudgeの恩恵をうけやすいのは,ニューヨーク市のなかでも貧困地域や黒人・ヒスパニックの比率の多い地域であることも明らかとなった(Figure 6)。
 しかしながら,一般の人々にとっては,軽犯罪者が裁判所へ出廷しないことを「出廷し忘れた」というよりは「意図的に出廷していない」と考える(直観・偏見の)傾向にあることも示している。そのためにnudgeではなく懲罰的制裁をする方向に傾くのだとしている。一方で,検事や裁判官などは軽犯罪者が出廷しないのは意図的ではなく,出廷し忘れただけと考える傾向にあるらしい。
 なお,本研究はPERSPECTIVEでも解説されている(リンク)。アメリカらしいといえば,アメリカらしいその光と影を示す研究かもしれない。筆者は在米中に裁判所に行った嫌な怖い記憶を思い出した。罰金額も裁判長との交渉次第で値下げ可能なのには驚きました。

2)感染症 
インドの2つの州におけるCOVID-19の疫学と感染動態(Epidemiology and transmission dynamics of COVID-19 in two Indian states
 COVID-19は先進国・高所得国だけでなく,途上国・裕福でない国でも猛威を振るっているが,後者の疫学についての詳細な報告はこれまでなかった。本研究はカルフォルニア大学バークレイ校およびインドの地元州政府機関からの論文で,インド南部のアーンドラ・プラデーシュ州(Wiki)とタミル・ナードゥ州(Wiki)におけるCOVID-19の感染動態について詳細に報告している。これら紀元前からの歴史を誇るインドの2州の地域において,ロックダウン解除前後の指数関数的に患者数が増大していくダイナミックな感染状況を公衆衛生機関が4カ月間にわたって詳細に追跡している()。その結果,人口統計上の違いを考慮しても,これまで先進国で報告や予想されていたよりも若い年齢層で感染や死亡がみられることが判明した(Figure 2)。そして14歳以下の子供が強く感染に寄与していることが明らかになった。84,965人に曝露された575,071人のうち,確認された症例の感染確率は,低リスクから高リスクの接触タイプでそれぞれ4.7〜10.7%の範囲であった。さらに同年齢層どうしでの接触が最大の感染リスクと関連していた。また,死亡者の半数は診断から6日以内の時期であった。死亡率は5〜17歳では0.05%であり,85歳以上では16.6%であった(Figure 3)。先進国とは状況の異なる,資源の少ない国からの貴重な疫学解析であり,PERSPECIVEでも解説している(リンク)。

•NEJM

1)感染症 

Covid-19治療に用いるレムデシビル―最終報告(Remdesivir for the treatment of Covid-19 — Final report

重症Covid-19患者におけるレムデシビルの5日間投与と10日間投与との比較(Remdesivir for 5 or 10 days in patients with severe Covid-19
 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)治療薬としてのレムデシビルは,元来はエボラウイルス感染症の治療薬として開発されたRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬で,RNAウイルスに対し広く活性を示す。米国では米食品医薬品局(FDA)は2020年5月1日から成人および12歳以上の少年における入院を要するCOVID-19に対する緊急使用認可(EUA)を認め,人道的な使用が可能となっていた。日本では,FDAによる使用許可を受けて5月7日に国内で特例承認制度に基づき薬事承認されている。米国FDAでは,さらに10月22日に正式にレムデシビルを承認している。
 一方で,Lancet誌に報告された中国での237人の重症Covid-19患者が登録された臨床試験では,死亡,臨床的改善に有意差がみられなかった(リンク)。
 レムデシビルのCovid-19に対する治療効果については,この「ほぼ週刊トップジャーナルハック!」でもこれまでに何度か論文を紹介してきている(No.92No.100)。
 今週号ではオンラインで既に5月に発表されていた2つの論文が正式に掲載されているので改めて紹介することにする。
 1つ目の論文は,米国NIHを中心とした全世界多施設における臨床試験の最終報告で,「下気道感染の所見を認める成人入院患者に対するレムデシビル静脈内投与の二重盲検無作為化プラセボ対照試験」である。レムデシビルを投与群541例(1日目に負荷用量200mg,その後100mg1日1回を最長9日間)とプラセボを最長10日間投与する群(521例)に無作為に割り付けている。「退院または感染制御目的のみでの入院の継続」を回復と定義して,回復までの期間を主要評価項目としている。回復までの期間の中央値は,レムデシビル群では10日〔95%信頼区間(CI) 9~11〕,プラセボ群の15日(95%CI 13~18)と比べて有意に短かった(回復の率比1.29,95%CI 1.12~1.49,log-rank検定でp<0.001)()。統計学的な有意差はでなかったが,15日目・29日目の生存率でもレムデシビル群で良い傾向を認めている。動画解説がわかりやすい(リンク)。
 2つ目の論文は,米国と欧州各国の複数の施設およびギリアド社のタイトル通りの「5日間治療と10日間治療を比較した研究」で,「室内気で酸素飽和度94%以下で肺炎の放射線学的所見を有するSARS-CoV-2感染入院患者(人工呼吸管理を必要としていない)を対象とした無作為化非盲検第3相試験」についての報告である。レムデシビルの静脈内投与を5日間行う群(200例)と10日間行う群(197例)に1:1の割合で無作為に割り付けている(全例に1日目にレムデシビル200mg投与し,その後 100mgを1日1回投与)。14日目の7ポイントの順序尺度で評価した臨床状態を主要評価項目としている。本研究では,プラセボ対照群を設定していない。結果は,レムデシビルの5日間治療と10日間治療とのあいだに有意差を認めなかった。有害事象として,悪心(患者の9%),呼吸不全の増悪(8%),ALT値上昇(7%),便秘(7%)が観察された()。
 これらの論文はEditorialでもRemdesivir − An important first stepとして取り上げられており(リンク),当時は感染の詳細が不明なパンデミック早期に,二重盲検無作為化プラセボ対照試験を施行している点を評価している。
 今後はこうした抗ウイルス薬の最適な投与時期の検討や他の薬剤との併用の効果についての評価が重要と考えられる。

(鈴木拓児)

※500文字以内で書いてください