" /> コロナウイルス・スパイク蛋白の免疫,感染性,そしてmRNAワクチン:非感染者が持つ交差反応性T細胞/ウイルス侵入を促進させるNeuropilin-1:嗅覚異常と関連?/Moderna社mRNAワクチン第I相臨床試験 |
呼吸臨床
VIEW
---
  PRINT
OUT

「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 121

公開日:2020.11. 18


今週のジャーナル

Nature Vol. 587, No.7833(2020年11月12日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6518(2020年11月13日)英語版

NEJM Vol. 383, No. 20(2020年11月12日)日本語版 英語版







Archive

コロナウイルス・スパイク蛋白の免疫,感染性,そしてmRNAワクチン:非感染者が持つ交差反応性T細胞/ウイルス侵入を促進させるNeuropilin-1:嗅覚異常と関連?/Moderna社mRNAワクチン第I相臨床試験

 COVID-19が発生してほぼ1年,本邦では第3波と思われる患者増加が危惧されているが,研究展開は非常に加速され,いろいろな面で新知見が生まれている。今回は3誌から,こうした新規の研究展開を紹介する。


•Nature

 今週のNatureの表紙は,ヒト以外の動物種のゲノムライブラリーに関する論文の紹介。動物種のライブラリーを充実させることで脊椎動物の進化の未知の枝を調べることが可能となってくるというもの。ヒトの細胞は遺伝子発現レベルでアトラス化される時代。哺乳動物,鳥類についても,ゲノムに基づくより詳細な進化過程や形態機能の研究が促進される時代に突入している。


1)微生物学 

健康人とCOVID-19感染患者におけるSARS-CoV-2反応性T細胞(SARS-CoV-2-reactive T cells in healthy donors and patients with COVID-19

 重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)としてパンデミックを引き起こしている。COVID-19による臨床症状は,無症状から呼吸不全まで幅広いが,臨床上のさまざまな転帰を規定する宿主側の機構,特に細胞性免疫の関与についてはまだ不明な部分が多い。2002〜2003年に流行した重症急性呼吸器症候群コロナウイルスに関して行われた研究の結果,宿主のSARS-CoVに対する防御免疫は,ウイルス膜上のスパイク糖蛋白に対する獲得免疫が主体であることがすでに報告されている(リンク)。またスパイク蛋白の重要性に関しては以前のTJH#116でも取り上げた。


 今回ベルリンのグループからの報告では,COVID-19の患者とSARS-CoV-2に曝露されていない健常ドナーの末梢血について,SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質に対して特異的に反応するCD4陽性T細胞の有無を調べている。SARS-CoV-2のスパイク糖タンパク質のN末端側のアミノ酸配列から,MHC-II上に提示されることが予測される21種類のペプチドプール(S-I)とC末端側の配列から同様に予測された13種類のペプチドプール(S-II)を準備し,患者および健常ドナーのPBMCを刺激し,CD4陽性T細胞で4-1BBおよびCD40Lの発現が誘導されることを反応性の指標として解析が行われた。18名の患者のうち,67%がS-Iに対して,83%がS-IIに対して反応性を持つCD4陽性T細胞を保有していた。少数例の検討ではあるが重症例はS-Iに対する免疫応答がない患者に多かった。興味深いことに,健常ドナーのPBMCでも,5.8%でS-Iに対して,35%でS-IIに対して反応するCD4陽性T細胞が検出された。これらの結果から,特にS-IIに対しては,いずれの群も高いCD4陽性T細胞の反応が見られることから,何らかの交差反応を見ている可能性が示唆された。いわゆる「かぜ」の原因となるようなコロナウイルス(hCoVs:human endemic coronaviruses,ここでは229EとOC43の2種類)を用いて同様のペプチド刺激を行ったところ,hCoVsのスパイクタンパク質のC末端領域由来のペプチドプールS-II(SHCoV-II)に対する応答は,SARS-CoV-2のC末端領域由来のペプチドS-IIに対する応答と有意な正の相関を示した(Figure 2H)。つまり,通常の風邪ウイルスとしてのコロナウイルスに対するCD4陽性T細胞の免疫応答が,SARS-CoV-2感染に対する交差反応性に関与していることが示唆された。しかしながら,反応性CD4陽性T細胞が存在する健常ドナーと実際のCOVID-19の患者では,抗体産生能やCD38やHLA-DRといった活性化応答の違いが認められることなどから,SARS-CoV-2交差反応性CD4陽性T細胞が臨床的な転帰に与える影響については,より大きなコホートで評価される必要がある。同時に効果的なワクチン投与を検討する際にも重要な患者背景因子となる可能性が期待される。


 今回の論文では,いわゆる風邪の原因であるコロナウイルスに対するCD4陽性T細胞が,SARS-CoV-2の特にスパイクタンパク質のC末端領域(S-II)に交差反応性を示すことが示された。S-Iに対する免疫応答の方が病勢に関連するという少数例の結果や,感染した患者でも反応性CD4陽性T細胞が生じない症例があることなどから,S-IIに対するCD4陽性T細胞の交差反応性が,どれくらい重症化,ウイルス量の変化,サイトカイン産生などと関連するのかは,免疫学的にも大変興味深い。またワクチン応答,抗体産生という意味においても重要な知見と考えられる。


•Science

 交差反応性のCD4陽性T細胞に続いて,宿主因子として,ウイルス感染を増悪させうる因子として,ウイルスのエントリーおよび感染効率に関わるNeuropilin-1に関する報告がback to backで掲載されているので紹介する。こちらはすでにプレプリントが報告されており,6月の時点でAASJでも紹介されている(リンク)。


1)感染症学 


ニューロピリン1はSARS-CoV-2の細胞への感染効率を増加させる(Neuropilin-1 facilitates SARS-CoV-2 cell entry and infectivity


ニューロピリン1はSARS-CoV-2の感染に関わる宿主因子である(Neuropilin-1 is a host factor for SARS-CoV-2 infection

 2報の論文をサマライズしたわかりやすい図解がPERSPECTIVEに紹介されている(リンク)。Natureに続き,再びスパイク蛋白の登場であるが,SARS-CoV-2の細胞内への侵入については,これまでスパイクタンパクS1部分と結合するACE2,S2部分を切断して,膜融合に関わるペプチドを遊離させる機能を持つtransmembrane protease serine 2(TMPRSS2)がそのメカニズムの中心的プレーヤーと考えられてきた。しかしながら,2002〜2003年に流行したSARS-CoVとSARS-CoV-2では,感染しやすい組織・臓器(tropism)が異なることからACE2やTMPRSS2以外の何らかの宿主因子が,感染過程において修飾している可能性が考えられていた。SARS-CoVとSARS-CoV-2では,細胞に感染する際に重要な役割を果たしているスパイク蛋白の切断をもたらすタンパク分解酵素が異なり,SARS-CoVはカテプシン,SARS-CoV-2はフーリンを用いる。今回の論文は,このフーリンによって切断された分子との相互作用する分子がウイルスの侵入を助けるという視点からの報告である。


 前半の論文は,ミュンヘンのグループからの論文で,SARS-CoV-2感染において,このフーリンによる切断によって生じたS2領域のC末端に,宿主細胞に発現するneuropilin-1が結合することがウイルスの侵入を促進することを明らかにしている。Neuropilin-1は,神経細胞や血管内皮などにも発現し,特に血管内皮ではVEGF-AがVEGFR2受容体に結合することを促進する補助受容体として機能すること,また制御性T細胞にも発現し,セマフォリンとの相互作用で細胞機能が維持されること,なども報告されている。この論文では,1)細胞株にACE2+TMPRSS2を発現させた場合と比較して,ACE2+TMPRSS2+neuropilin-1を発現させた場合にSARS-CoV-2の感染効率が顕著に増加すること,2)neuropilin-1がスパイク蛋白のS2領域のC末端と結合する部位(b1b2部位)に対する抗体を投与すると感染効率が低下すること,3)COVID-19で死亡した剖検検体の解析結果から,SARS-CoV-2が鼻腔粘膜のneuropilin-1陽性細胞に感染していること,を明らかにしている。興味深いことに,嗅上皮にはACE2とTMPRSS2だけでなく,neuropilin-1が発現しており,SARS-CoV-2が侵入しやすい経路であることが示されるとともに,なぜSARS-CoV-2で嗅覚機能喪失が生じやすいのか,その根拠となる可能性が示されたことになる。ウイルス側のS2領域のC末端と宿主側のneuropilin-1との相互作用は,有効な治療標的となる可能性があるとともに,嗅上位や血管内皮細胞でneuropilin-1の発現が認められることで,なぜSARS-CoV-2がSARS-CoVとの比較においてtropismが異なるのか,なぜ嗅覚障害や血管内皮障害などの特徴的な臨床症状を呈するのかを理解するうえで重要な知見と考えられる。


 後半の論文はブリストル大学からの論文は,neuropilin-1とスパイク蛋白の結合に関して,構造解析の観点から説明している。内容としては,1)細胞株のneuropilin-1をノックアウトするとSARS-CoV-2の感染効率が低下すること,2)SARS-CoV-2のスパイク蛋白と相互作用するneuropilin-1のb1b2領域に対する抗体がウイルス感染を低下することを示している。前半の論文と併せて,治療標的としての有効性がプレリミナリーには示されたことになり,今後の早急な臨床応用が期待される。


•NEJM

1)感染症 


SARS-CoV-2 に対する mRNAワクチン―予備的報告(An mRNA vaccine against SARS-CoV-2―Preliminary report

 最後のNEJMでは,SARS-CoV-2に対するワクチン戦略として期待される,最近ニュースでも話題のモデルナ社製mRNA-1273(安定化された膜融合前の SARS-CoV-2 スパイク蛋白をコードするmRNAを脂質ナノ粒子で包み込んだワクチン)に関するPhase I試験の結果について紹介する(こちらはすでに7月14日にオンラインになったものを改めて紹介させていただく)。

 本試験は,シアトルとアトランタのグループによって行われた。18~55歳の健康な成人45名を対象として投与量を漸増する第1相非盲検試験が行われ,投与量としては25mg,100mg,250mgの3種類で行われ(それぞれ15例ずつ),いずれの用量でもワクチン28日間隔で2回接種された。ワクチンを投与された45例全例で抗体の誘導が確認された。初回接種後の抗体価(S-2Pなどの抗原に対する抗体価が測定された。mRNA-1273のmRNAはS-2P抗原をコードし,SARS-CoV-2糖タンパク質の膜貫通アンカー部位とS1-S2切断部位が残った状態で構成されている。RNAとしての安定化のため,S2サブユニットの中央らせんにあるアミノ酸位置986と987に連続してプロリン置換を入れているということ)は,容量が大きいほど高く,投与後29日目のS-2Pに対する抗体価はELISA法による測定の結果,25mg群の平均値:40,227,100mg群の平均値:109,209,250mg群の平均:213,526であった。2回目の接種後の抗体価は,それぞれのグループでさらに上昇し,57日目の抗体価平均値は,それぞれ299,751,782,719,1,192,154であった()。2回目の接種後,評価したすべての参加者で血清中の中和活性が検出された。副作用としては,疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位疼痛などがほとんどであったが,全身性有害事象は2回目の接種後,とくに高用量群でより頻度が高く,250mg群の3例(21%)では重篤な有害事象が1件以上報告された()。

 mRNA-1273ワクチンは,すべての投与対象で抗SARS-CoV-2免疫応答を誘導することが確認された。試験を制限するような有害事象は認められなかった。こちらのワクチンを作成しているモデルナ社は,武田薬品および日本政府と提携し,mRNA-1273ワクチンを5,000万回分日本に供給という報道もされている。効果・副作用など今後が注目される。


(小山正平)


※500文字以内で書いてください