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肺炎後に線維化を来す悪玉分子ADAMTS4/肥満細胞とIgEを介した子宮内でのアレルギー移行/ALK肺癌の新しいプレーヤー
COVID-19の第3波がいよいよ本格化し,余談を許さない状況になっている。この1つの要因には社会の「コロナ疲れ」があることは間違いないだろう。今週のトップジャーナルも,COVID-19関連の最新トピックスが満載であった。そんな中,「コロナ疲れ」ではないが,敢えて,COVID-19の報告は取り上げず,感染後の肺の線維化,アレルギーの母子間移行,ALK肺癌を取り上げた。COVID-19以外でも,呼吸器には実に様々なトピックがあり,最先端の研究が行われていることに改めて気付かされる。我々には「コロナ疲れ」している暇はないようである。かといって,根性論で「コロナ疲れ」を乗り切ることは到底不可能だ。COVID-19はこれまで何とか根性論で乗り切ってきた(ように錯覚している)社会・医療の弱点・問題点を我々に突きつけた。「コロナ疲れ」を根性論ではなく,システムとして乗り切るために,我々が医療を,そして,社会を,いかにアップデートさせるかが問われている気がする。
1)呼吸器生物学
活性化した線維芽細胞がADAMTS4を介して肺機能を低下させる(Exuberant fibroblast activity compromises lung function via ADAMTS4 |
今週のNatureは米国・テネシー州メンフィスにあるセントジュード小児研究病院のグループからの報告である。セントジュード小児研究病院は,全米病院ランキングでも常に上位にランクされる有名な小児病院であるが,筆者がYouTubeを見ていると,感動的な小児患者のストーリーをそえた寄付のお願いのCMが頻繁に流れてきて,このあたりのマネージメントも病院ランキングの上昇に寄与しているのであろうと感じている。
臨床の現場では,同じような重症度の肺炎(軽症であろうと重症であろうと)に罹患しても,“スッキリ”治癒する患者さんと線維化を来たす患者さんがいる。線維化を来たさないまでも,感染回復後の陰影の改善過程が患者さんにより,多様であることは,呼吸器内科医ならば,疑問に持つ場面が多かろう。今回,Natureで報告された論文は,ADAMTS4といマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)を通して,そのような疑問(の一部)に答えてくれている。ADAMTSファミリーの中では,血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)でADAMTS13の活性が低下していることが有名である。「ADAMTS」は「ADAM (a disintegrin and metalloproteinases)」に「with thrombospondin motifs」がついたものであり,つまり,トロンボモジュリンモチーフが付加したタンパクである。なお,MMPと言えば,若くして急逝された別役智子先生が肺気腫におけるMMPの役割を精力的に研究されていたことが筆者にとっては印象が強い分子だ。
著者らは,まず,インフルエンザ感染モデルマウスを使って,血球系以外の肺細胞のsingle-cell RNA seqを行っている(Figure 1)。Single-cell RNA seqの各クラスターで活性化しているパスウェイを評価するために,GSEA(Gene Set Enrichment Analysis)(Link)を行っている。また,遺伝子発現のパターンから炎症性線維芽細胞の中でも,ダメージ応答性線維芽細胞(DRFibs)とインターフェロン応答性線維芽細胞(IRFibs)の2つの異なる活性化状態の線維芽細胞を分類・同定している(Figure 1d)。DRFibsはNF-κBシグナルや低酸素などの組織損傷応答に関与するパスウェイがメインで,IRFibsはI型インターフェロン応答性経路パスウェイがメインであった(Figure 1e,f)。DRFib ではItga5の上昇およびCd9の低下が特徴的であり,一方,IRFibsではBst2の上昇およびCd9の発現が特徴的であった。研究グループは,この現象がヒトの肺検体でも同様に認められていることを確認している。
次に,線維芽細胞の活性化を制御分子の同定を目指して実験を展開している。NHBE(正常ヒト気管支上皮細胞)にヒト季節性ウイルス(H3N2)または鳥類ウイルス(H5N6またはH7N9)にin vitroで感染させている。NHBEへのインフルエンザ感染によりIL6やADAMTS4,MMP3,MMP13などのMMPを含む炎症関連の遺伝子発現が上昇していた。この結果をもとに,インフルエンザ感染後のプロテアーゼに着目して解析を進めている。BAL中細胞及び肺をホモジネートした細胞の遺伝子発現を調べると,プロテオグリカンのであるバーシカン(versican)(Link)の分解酵素ADAMTS4の発現が最も早期に誘導され,その発現は感染後期でも遺伝子上昇が継続していた。single-cell gene-expression profilingに基づいて,Adamts4の発現を評価すると,非免疫性の間質細胞に限定されていた(Figure 2c)。感染前には,Adamts4の遺伝子発現は線維芽細胞と内皮細胞に限定されていたが,感染後には,Adamts4発現上昇は,線維芽細胞でのみ観察された(Figure 2d)。ヒト肺疾患におけるADAMTS4遺伝子発現を評価するために,肺線維症,間質性肺肺炎,アレルギーおよび喘息,およびウイルス感染症の公開データベースからメタ解析を行い,ADAMTS4は間葉系細胞と内皮系細胞に豊富に認められ,上皮系細胞と免疫系細胞には少なかった。
次にAdamts4-/-およびAdamts4+/+マウスに致死量のインフルエンザAウイルスを用いて感染実験を行っている。両群間のマウスで,感染頻度および総細胞数に大きな差は見られなかったが,各細胞数に両群間で差が見られた。感染9日後に,Adamts4-/-マウスは免疫細胞の浸潤と肺胞の炎症が有意に減少し,肺組織のダメージも減少していた(Figure 3d)。また,気道抵抗および動的肺コンプライアンスもAdamts4-/-マウスで改善していた。
次に,ADAMTS4の減少が,ADAMTS4 の主要基質であるバーシカンへの影響を調べている。炎症時には,バーシカンはprovisional matrix(Link)の重要な構成要素であり,細胞の移動,増殖,分化を制御する緩やかな細胞外ネットワークを築いている。野生型マウスと比較して,Adamts4-/-マウスでは,感染後の肺リモデリング領域において,intactなバーシカンのレベルが高かった。ADAMTS4以外のバーシカン分解酵素のレベルは,野生型マウスでもAdamts4-/-マウスでも感染後に変化はなかった。また,Adamts4-/-マウスは,IFNγ産生CD8+ T細胞の割合が有意に低かった(Figure 3f)。インフルエンザAウイルス特異的CD8+ T細胞の割合は,野生型マウスとAdamts4-/-マウスで差がなく,Adamts4-/-マウスは,野生型マウスと同様のインフルエンザAウイルス特異的T細胞応答を獲得していた(Figure 3g)。次に,線維芽細胞由来のADAMTS4がバーシカンのバリアを越えてT細胞の遊走を促進するかどうかを検証している(Figure 3i)。活性化CD8+ T細胞は,ADAMTS4が十分に存在する線維芽細胞の存在下では,バーシカンで覆われていない領域とバーシカンで覆われた領域をほぼ同じ効率で移動していた。
次に,小児集中治療インフルエンザ(PICFLU)ネットワークのヒト検体を用いて,さらに解析を進めている。インフルエンザウイルス感染症に罹患した小児患者84人のコホートを用いて,ICU入室72時間以内に採取した気管内吸引液のサンプルを分析した。ADAMTD4はIL-1BおよびTNFと正に相関しており,持続する多臓器不全(prolonged multiple organ dysfunction syndrome:PrMODS),持続する急性呼吸不全(prolonged acute hypoxic respiratory failure:PrAHRF),10日未満の人工呼吸器離脱期間(fewer than ten ventilator-free days:VFDs)とも相関していた(Figure 4)。さらに,著者らは,台北と広州の成人のインフルエンザコホートを用いて,ADAMTS4と重症度の相関を示して,論文を締めくくっている。
上記のようにマウス・ヒト(しかも,小児と成人の両方)の両方の検体を用いてADAMTS4に焦点を当てて,プロジェクトを展開している。タイトル,そして,マウスのデータから,ヒトでは急性期のADAMTS4のレベルと長期の感染後の肺機能や線維化が示されるのかと期待して,読み進めていたが,ヒトのデータは急性期のデータに留まっており,筆者としてはぜひ長期のデータが見たいところであった。COVID-19も後遺症としての線維化の遷延が話題になっているが,もしかすると,この病態とも関係しているのではないかと興味がそそられる。なお,本論文はAASJ(Link)でも紹介されている。
1)免疫学
胎児肥満細胞は母体のIgEに依存した産後アレルギー反応を媒介する(Fetal mast cells mediate postnatal allergic responses dependent on maternal IgE) |
アレルギー素因の母子移行に関しては,様々な方向から研究が進められているようだ。遺伝的背景もあるであろうし,最近では,(賛否両論があるようだが)出産時のマイクロバイオームも多く研究が進められいている。そのような中で,今週のScienceの論文は,胎児の肥満細胞と母体のIgEからアレルギーの母子移行に迫った研究である。
ご存知の通り,肥満細胞に結合したIgEに抗原が結合しその架橋が成立すると,ヒスタミンなどのケミカルメディエーターが放出される。発生学的に,肥満細胞は発生早期には認められているが,胎児の組織においてでIgEを介した肥満細胞の活性化が起きるかどうか,また,そのIgEの起源が何であるかは不明であった。このような問いにシンガポールのA*STAR,そしてシンガポール(!)にあるDuke大学を中心とした免疫研究グループが答えている。
まず,著者らは胎児・新生児の肥満細胞の機能解析から始めている。具体的には,CD16/32,CD63,integrin-β7,the granule component heparin,and FcεRI等の表面マーカーを成人の肥満細胞と比較・検討している。その中でも,高親和性IgE受容体であるFcεRI(Link)は,その発現レベルに低いものの,胎児肥満細胞上にも存在することが確認された。新生児肥満細胞ではその発現レベルが増加していた(Figure 1C)。他のマーカーの検討とも併せて,FcεRIの発現は低いものの,ヘパリンを含む胎児肥満細胞が,成人肥満細胞と同等レベルで既に存在しており,胎児肥満細胞の中には機能的に成熟し,出生前にアレルギー反応に必要な成分を既に含んでいることが示されている(Figure 1)。
次に,この胎児肥満細胞が機能的にIgEと結合して感作が起き得るかどうかを調べている。アレルゲン特異的IgEはヒトの新生児や臍帯血で検出可能であるが,内在性のIgE産生は生後9カ月以降にしか検出されない。そこで,IgEが母体から胎児に移行するかどうかを検討するために,妊娠マウスをIgEで感作し,後に胎児の肥満細胞上で検出可能かどうかを調べている。外来性にトリニトロフェニル(TNP)特異的IgEを投与し,24時間後に胎児と母体の皮膚を採取ている(Figure 2A)。これにより,母体肥満細胞との結合と比較すると弱いレベルではあるが,胎児肥満細胞とIgEは結合していた(Figure 2B,C)。トルイジンブルー染色(Figure 2E)および胎児肺組織のフローサイトメトリー(Figure 2F)でも,母体のIgEが胎児へ入り込み,母体のIgEが複数の組織(皮膚,肺)で胎児の肥満細胞に結合することを示している。
次に,胎児肥満細胞が母体由来のIgEを介して脱顆粒する機能を有するかどうかを検討している。TNP特異的IgEを用いて,胎児肥満細胞の抗原特異的脱顆粒を誘導し,産後早期であっても,アレルゲンとの最初に遭遇した際に,母体IgEによってアレルギー反応が媒介されていることを示している。
次に,著者らは,母体から胎児へのアレルギー疾患の移行における胎児性Fc受容体(FcRN)の機能を解析している。なお,胎児性Fc受容体は血漿中から細胞内に取り込まれたIgG抗体をライソソームによる分解から回避し,再び血漿中に汲み出すサルベージレセプターである(Link)。また,胎児内皮細胞と合胞体性栄養膜(Link)によって発現しており,母体から胎児への抗体移行を制御している。FcRN欠損マウスを用いることで,アレルゲン特異的感作の母体から胎児への移行は,胎児性Fc受容体によって媒介されていることを示している(Figure 3)。一般的に,IgEの胎盤移行にはIgGとの複合体で起こることがあり,実際に著者らは,血液中にIgG-IgE免疫複合体が存在することも確認している。
最後に著者らはヒト検体を用いて解析を進め,妊娠第二期の胎児の皮膚には,表現型が成熟している肥満細胞が既に存在していることを示している(Figure 6)。また,妊娠初期からIgEが胎児皮膚でも確認され,肥満細胞と結合していた。この肥満細胞には,未成熟な肥満細胞と顆粒化した肥満細胞の両方が含まれており,ヒトでも胎児肥満細胞が胎内でIgEで感作されていることが示されていた。
本論文は,ScienceのPerspective(Link)でも非常にわかりやすいFigureと共に取り上げられ,AASJ(Link)でも紹介されている。
1)肺癌
進行性ALK陽性肺癌に対するファーストラインのロルラチニブまたはクリゾチニブの投与(First-line lorlatinib or crizotinib in advanced ALK-positive lung cancer) |
進行ALK陽性NSCLCに対して一次治療として,第三世代のALK阻害薬ロルラチニブとクリゾチニブを比較している国際共同第Ⅲ相試験である。日本からも,国立がん研究センター中央病院の後藤悌先生が共著者に入っている。
進行または転移性 ALK 陽性 NSCLCの初回治療を対象としている。プライマリーエンドポイントは,無増悪生存期間(PFS)で,セカンダリーエンドポイントとして,独立評価による客観的奏効と頭蓋内奏効が設定されている。296人がエントリーされ,1:1でロルラチニブ群とクリゾチニブ群に振り分けられている。
12カ月の時点でのPFSの割合は,ロルラチニブ群で78%(95%CI:70~84%),クリゾチニブ群で39%(95%CI:30~48%)であった。客観的奏効はロルラチニブ群で76%(95%CI:68~83%)とクリゾチニブ群の58%(95%CI:49~66%)であった。脳転移を有していた患者では,ロルラチニブ群で82%(95%CI:57~96%)と23%(95%CI:5~54%)で頭蓋内奏効が得られた。また,ロルラチニブ投与群では17例のうち12例(71%)で頭蓋内の完全奏効が得られた。ロルラチニブ群で頻度の高かった有害事象は,脂質異常症,浮腫,体重増加,末梢神経障害,認知障害であった。ロルラチニブ群では,クリゾチニブ群と比較してグレード3または4の有害事象(主に脂質値の異常)が多かった。
初回進行ALK陽性NSCLCにおいて,ロルラチニブはクリゾチニブに完膚なきまでに勝ったわけであるが,特に頭蓋内病変に対する効果はてきめんである。ロルラチニブは血液脳関門を通過できるように設計されているとのことで(Link),薬理学の知見がここまで如実に臨床効果に反映されたことは実に夢が持てる内容である。
『肺癌診療ガイドライン2020年度版』では,ALK陽性非小細胞肺癌の1次治療ではアレクチニブ(推奨度1A),クリゾチニブ(推奨度2A),セリチニブ(推奨度2B)となっており,ロルラチニブは2次治療以降での推奨となっているが,今後の推奨の推移を注視したい。
(南宮 湖)