•Nature
1)遺伝学:Article
単一細胞RNA塩基配列解読によるヒト肺の分子的な細胞アトラス(A molecular cell atlas of the human lung from single-cell RNA sequencing) |
「ヒト肺の分子的な細胞アトラス」と銘打つだけのすごい仕事である。米国カルフォルニアのスタンフォード大学からの報告である。筆者らは3人の被験者から手術検体として肺を入手し,75,000個の細胞を用いて単一細胞RNAシークエンスを行った。なお,この細胞の選別過程では2種類の手法を組み合わせており,大まかな選別は小滴法を,より詳細な選別はプレート法を用いている(
拡張図1)。その結果,ヒト肺に58種類の細胞を同定した(
図1,
図2)。その内訳は,上皮細胞15種類,内皮細胞9種類,間質細胞9種類,免疫細胞25種類である。さらに,上皮細胞,内皮細胞,間質細胞の計33種類の細胞については,単一分子蛍光in situハイブリダイゼーション(smFISH)という手法を用いて,解剖学的な位置も同定している(これが「アトラス」の所以である)。
図1には,これらの33種類の細胞が,1番から33番までの番号付きで,解剖学的位置を示すイラスト付きで示されている。なお,11番のionocyteは本トップジャーナル・ハック
第10号で,18番のcapillary aerocyteは本トップジャーナル・ハック
第119号でそれぞれ紹介している。そして
図2には,残り25種類の免疫細胞が,34番から58番の番号付きで示されている。
これまで肺には45種類の細胞が知られていた。そのうち41種類の細胞を今回は同定でき,さらに14種類の細胞を新たに同定している。残り3種類の細胞は,分化途上の亜集団であった。
個々の細胞について,疾患関連分子やウイルス受容体の発現が辞書のように整理されたことで,呼吸器疾患の分子病態の解明につながることが本論文では示されている。また,今回のヒトのデータをマウスのデータと統合的に解析することによって,肺の発生の理解にも寄与することも本論文では示されている。
今後肺についての様々な研究解析において,その基盤的情報になりうると思われる。
2)医学:Review
線維症:その機序から治療法まで(Fibrosis: from mechanisms to medicines)
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肺に限らずあらゆる臓器に線維化は発生し,先進国における全死亡の45%の原因になっている。Thomas A. Wynn氏(Pfizer's Worldwide Research, Development & Medical)らの本総説では,線維化病態について,肺・肝臓・胃腸管・関節・腎臓で最近明らかになった点を概説した上で,線維芽細胞(
図2,
図3),間葉系細胞,マクロファージ,インテグリン,サイトカイン(
図4),微生物叢の関与を詳細に整理してくれている。肺の線維化病態については,
MUC5B遺伝子(
参照文献),線維化促進性の肺胞マクロファージ(
参照文献),2型肺胞上皮細胞(
参照文献),筋線維芽細胞(
参照文献)の関与が紹介されている。いずれもここ3年以内の知見であり,肺の線維化病態について,最新の細胞分子機構を理解するのに役立つ総説である。
•Science
1)生物学:Reports
複数の受容体を転写調節に接続することによってT細胞の抗原認識を正確化する(Precise T cell recognition programs designed by transcriptionally linking multiple receptors)
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キメラ抗原受容体(CAR)T細胞が,難治性悪性疾患の免疫治療として開発されてきた。しかし,腫瘍特異的な単一抗原を標的としない限り,正常細胞もCAR T細胞による傷害を受けてしまい,重篤な副作用につながってしまう。
そこで米国UCSFの筆者らは,いくつかの(本研究では最大3種類)の抗体をT細胞表面に発現させ,その抗体が認識するシグナルを細胞内の転写調節につなぐことによって,より正確に悪性細胞を認識できるシステムを構築した。ポイントは2016年に筆者らのグループが
Cell誌に発表した合成Notch受容体の活用である。合成Notch受容体は,単鎖抗体(scFv/single-chain antibody)の抗原認識ドメインと転写調節ドメインとが接続するように構成されている。例えば,正常のメラニン細胞はMART1を,悪性黒色腫細胞はMART1とMETを発現している(
図1)。この場合,METを認識するscFvの下流に,MART1を認識するT細胞受容体の発現を活性化する転写因子を仕込んでおくことによって,METの認識→MART1を認識するT細胞受容体の発現上昇→悪性黒色腫細胞のみを傷害,となる。正常のメラニン細胞はMETを発現していないため,MART1を認識するT細胞受容体の発現が上昇せずに傷害されない。
さらに筆者らは,このようなONシグナルだけでなく,アポトーシスを誘導する
tBIDをscFvの下流に接続することによってOFFシグナルも作り出している。このOFFシグナルを,上述のON-ONシグナルに組み合わせて,ON-ON-OFFシグナルとすることによって,腫瘍抗原AでON→腫瘍抗原BでON→正常細胞の抗原ではOFF,とより正確にCAR T細胞が悪性細胞を認識するようになる(
図2)。また本論文では,scFvの抗原認識をタンデムにすることによって,そのいずれかの抗原が認識すると,転写が活性化するようにできることも示している。これを使うと,(ON or ON)and ON,すなわち,腫瘍抗原Aまたは腫瘍抗原BでON→腫瘍抗原CでON,とさらに細やかにCAR T細胞を調整できるようになる(
図4)。
CAR T細胞が今後進むべき方向性の1つを,自分達の開発した合成Notch受容体で示した点において,興味深い報告である。
•NEJM
1)呼吸器病学:Original Article
気管支拡張症に対する好中球エラスターゼ阻害(Phase 2 trial of the DPP-1 inhibitor brensocatib in bronchiectasis) |
咳嗽や慢性の膿性喀痰の症状を訴える気管支拡張症患者に対し,dipeptidyl peptidase 1(DPP-1)阻害薬がその増悪頻度を抑制することを示した第2相臨床試験(プラセボ対照・二重盲検・無作為化割付)である。DPP-1は「カテプシンC」とも呼ばれるペプチド加水分解酵素で,N末端のアミノ酸を2つ取り除くことによって,好中球のセリンプロテアーゼを活性化している。
今回インスメッド(Insmed)社が開発中の経口DPP-1阻害薬(Brensocatib)を6カ月間1日1回(高用量25mgあるいは低用量10mg)連日投与し,初回増悪までの期間を主要評価項目として臨床試験が組まれている。そして本試験での増悪は,「咳嗽や喀痰や息切れの増悪が2日以上続き,主治医が抗菌薬を処方することになった」と定義されている。なお,試験の代表者(本論文の筆頭著者)は,英国スコットランドのダンディー大学医学部の所属で,試験自体は,欧州,米国,韓国,シンガポールの多施設共同で実施されている。
本臨床試験の対象者は,咳嗽や慢性の喀痰あるいは呼吸器感染症の再燃を訴え,胸部CTで気管支拡張症と診断された患者である。過去1年で2回以上の増悪を経験していることと,喀痰の性状が膿性であることが主な組み入れ基準となっている。また囊胞性線維症患者などは除外されている。プラセボ群87例,低用量群82例,高用量群87例と割付され,それぞれ85%,93%,86%の患者が試験を完遂している。
その結果,プラセボ群では最初の増悪までの期間中央値は189日であったのに対し,低用量と高用量ともにBrensocatib群では未到達であった(
図1)。調整ハザード比は,プラセボ群に比し低用量群で0.58(95%信頼区間:0.35-0.95),高用量群で0.62(95%信頼区間:0.38-0.99),といずれも有意な改善効果が認められた。
気になる安全性については,グレード1(軽症)とグレード2(中等症)の有害事象がややBrensocatib群で多かったものの,グレード3(重症)の有害事象はプラセボ群で多かった。プラセボ群でグレード3の有害事象が多かったのは,原病の増悪によると思われる。死亡例は高用量のBrensocatib群に1例のみで,原病の悪化であった。Brensocatib特有の有害事象としては,重症度は高くないものの,皮膚と歯科に関する有害事象が認められている。
総じて,膿性喀痰を慢性的に訴えているような気管支拡張症の患者において,DPP-1阻害薬Brensocatibの実用化が期待される結果が示された。
(TK)