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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 125

公開日:2020.12.16


今週のジャーナル

Nature Vol. 588, No.7837(2020年12月10日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6522(2020年12月11日)英語版

NEJM Vol. 383, No. 24(2020年12月10日)日本語版 英語版







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ヒトがん細胞株の転移様式をカタログ化する/ヒトが持つ既存のSARS-CoV-2に対する液性免疫/トシリズマブとCOVID-19-七転八起?

 子年最後の担当では,今年らしくCOVID-19関連をScience誌とNEJM誌から,また,あえて自分の知識の追いついていない電脳空間でのデータ解析から大変美しくがんの転移に関与する新規知見を明らかにした報告をNature誌からセレクトしてみた。


•Nature

1)医学(腫瘍学):Article 

ヒトがん細胞株の転移地図(A metastasis map of human cancer cell line

 癌の特性として有名なHanahanらの定義ではその1つに他臓器への転移が挙がる。非常に古くから知られる特性であるが,そのメカニズムは転移という事象の多様性から遅々として解明が進んでこなかった。

 本報告は米国MIT・ハーバード大学のBroad instituteからの報告である。同研究所では2016年にPRISM(Profiling Relative Inhibition Simultaneously in Mixtures)と名付けたDNAバーコーディングを用いたヒトがん細胞株の網羅的かつハイスループットの薬剤感受性解析システムを確立して報告している(Nature 2016)。その有用性としては,FACSによるセルソーティングを行う手間をかけずに,ダイレクトに組織からバーコードDNAを定量的に検出することを可能としているところにある。今回はその手法を用いた癌研究における実用性を「転移」という表現型を用いて報告した。報告は2つに要約される。ひとつ目はPRISMを用いた解析にて大規模ながん細胞株の転移プロファイルをカタログ化(これをMetMapと名付けている)することができたこと。もうひとつは,MetMapを用いた解析の実例として乳がん細胞株の脳転移に関わる生物学的要因を明らかにできたこととなる。


 検討の進め方を理解するためにはパイロットスタディとして乳がん細胞株を用いた検討が提示されておりわかりやすい(Fig1aExt Fig1)。26塩基対からなるバーコードDNAとルシフェラーゼと蛍光色素を組み込んだ21の乳がん細胞株を作成した。それらをプール(pilot,group1,group2)し免疫不全マウスの左心室に注入し,血流から各臓器への生着(この事象を転移としている)を評価した。体外イメージングでの転移巣評価とともに,5週後に脳,骨,肺,肝,腎を採取し,検出された腫瘍細胞数,バーコード配列の定量的評価,個体間での再現性をもとにした各細胞株の特異的臓器における転移能を決定した。等分量で注入した細胞株の転移先での分布はそれぞれの細胞株で特異性を持ち,例えばHCC1954株は脳転移で最も優位に認められたのに対して,頭蓋外転移巣ではMDAMB231株が優位であった。それらのデータより視覚的に各細胞株の臓器特異的な転移能(転移先としての嗜好性)を示したものが本号の表紙に模してあるPetal plot(Fig1b)になる。データの頑健性は単独細胞株での転移挙動を評価し,プール細胞株との同一性を確認することにより担保している。


 この手法をバーコードDNAを導入済みの21系統の500細胞株に対して行い,彼らの持つPRISMシステムを用いて解析した(Fig2Ext Fig23)。実験系としては500細胞株を一つにプールして接種するコホートと,25株を1つにプールしたものを5種類接種するコホートの2つを用意して行っている(Fig2a,b)。それら2つのコホート間での同一性と,転移能・臓器特異性が細胞株固有のものであること,さらに細胞株のオリジナルが原発巣,転移巣,年齢別,性別等でその転移能に差があることが示されている(Fig2cFig3)。興味深いことに,転移能を規定する因子として細胞株個別の増殖能,mutation burdenは関与しなかったことが示されており(Fig3f,g),それ以外の分子メカニズムが規定していることが示唆された。


 次に,MetMaPの有用性として共通する転移能を有する細胞株を解析することにより転移に関与するメカニズム(つまりは,上記のそれ以外の分子メカニズム)を明らかにできたことを紹介している。複数のデータリソースを利用したin silicoの解析から得られた結果と,実際の細胞実験とのデータを統合しメカニズムの同定を行っている(Fig4)。その中でもBroad institute自前のデータベースであるCancer Dependency Map(DepMap)が重要な役割を担っている。Depmap は,米国Broad Instituteと英国サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)が中心となって提供する,がん細胞の持っている遺伝子変異や発現量変化などの特徴と,がんが生存し成長するために依存している遺伝子の情報を関連付け,治療の標的を発見するのを助け治療法の開発を促すことを目的としたデータベース(Cell 2017)である。


 in silicoでの解析では,脳転移能の高い複数の乳がん細胞株において,複数のデータベースより,体細胞変異・Copy number・代謝経路の観点からそのviabilityに共通して寄与する分子として確率の高いものの同定を試みPIK3CA,8番染色体短腕,脂質関連分子を最もP値の高いものとして同定した。さらに最も強くViabilityへ寄与する個別遺伝子としてSREBF1(脂質代謝に関わる重要な転写因子)の高発現をCRISPERシステムを用いて作成されたDepMap上のデータベースより同定している。

 in vivo and vitroでの解析として実際の細胞株の遺伝子発現解析・代謝物解析を行うと,脂質代謝経路に関与する遺伝子発現の変化と,細胞内脂質としてコレステロール,膜関連脂質などの増加と,トリアシルグリセロール(TAG)の減少が認められた。このプロファイルはマウスの各臓器における脂質プロファイル解析を行うと脳組織と相同であった。これら2つの知見より,脳転移嗜好のある細胞株の分子的な特徴として脂質代謝の変化が挙げられた。

 最終的に,SREBF1をはじめとする関連分子のKO細胞株のマウスへの接種実験(Fig5ExtFig10)により,肉眼的な脳転移が激減すること,微小な脳転移は認められるものの生育しないこと,多臓器への転移は影響が遥かに少ないこと。また実際の乳がんヒト検体において,脳転移巣からの病変は脳転移細胞株から見いだされた脂質代謝関連遺伝子発現のプロファイルと相同であること,しかし,原発巣や脳以外の他臓器への転移巣ではこのプロファイルが認められないこと(Ext Fig9)を明らかにしている。


 乳がん細胞における脳転移に関連する脂質代謝経路の変化の解明に目がいってしまうが,この報告のポイントは取られた手法にあると感じる。整備されたデータベースを用いての検討が大きなウェイトをしめており,報告の前半は新たなデータベースの作成である。膨大に整備されたデータベースをもとに数理学的な解析を手法として医学生物学の新規知見への足がかりとする美しいモデルケースと感じた。


•Science

1)感染症,免疫学:Report 

SARS-CoV-2に対する既存および新規の液性免疫(Preexisting and de novo humoral immunity to SARS-CoV-2 in humans

 COVID-19の重症化がなぜ起こるのかについては様々な報告がなされている。1つの魅力的な仮説としては,SARS-CoV-2と免疫学的に交差反応する季節性コロナウイルス(HCoV)の既感染を有することが挙がる。すでに,SARS-CoV-2と交差反応するメモリーCD4T細胞や,CD8T細胞が未感染者にも存在することが報告されている(Cell 2020, Science 2020)。今回,イギリスのインペリアルカレッジを含む研究チームから,SARS-CoV-2未感染例にも中和IgG抗体を保持する例が存在し,それがHCoV と交差反応を示すことが報告された。この季節性コロナウイルスとの交叉反応性を持つ抗体については11月27日号のScience誌,ならびに本号のperspectiveでも取り上げられている。コロナウイルスはスパイク蛋白にて標的細胞表面の構造物を認識後に侵入するが,その標的構造物は各コロナウイルスで異なる。スパイク蛋白(S)を構成するサブユニットS1(接着部位),S2(侵入部位)においてS1は標的構造物と接着する部位であることから種類による多様性があるが,S2は相同性が高いことが知られる。

 研究チームは高感度な血清中抗体の検出方法として,HEK293にコロナウイルス関連蛋白を発現させ,症例血清と反応させた後に,蛍光二次抗体を用いてIgG,IgA,IgMをフローサイトメリーを用いて検出する系を用いている。この系を用いて,SARS-CoV-2未感染例からもS蛋白に結合するIgG分画が検出されること,S2分画を優位なエピトープとして持つことを示している(Fig1)。また,ヒト集団による抗体保持率を検討したところ,いずれもSARS-CoV-2未感染例で成人(年齢中央値51歳)では302例中16例:5.29%,1歳から16歳までのコホートでは48例中21例:43.75%でS蛋白に対するIgGが検出された。若年世代(1〜16歳)がHCoVに対するセロコンバージョンのピークの時期であることと考え併せ,単純なHCoVの既感染だけでなく,感染頻度などの付加的要件が交叉反応性抗体の存在に影響している可能性が示唆された(Fig2)。

 これらの抗体による実際のウイルス感染への影響はSRAR-CoV-2のS蛋白,もしくはVSウイルス(VSV)糖タンパクを組み込んだレンチウイルスのHEK293細胞への侵入実験で検討された(Fig3FigS14)。既感染,未感染にかかわらずSARS-CoV-2反応性抗体を持つ血清の存在中では,S蛋白を組み込んだレンチウイルスの細胞内侵入は容量依存性に抑制され,VZV組み込みレンチウイルスではまったく影響を認めなかったことから,いずれの抗体も中和能を持つfunctionalな抗体であることが示された。

 ペプチドアレイによるエピトープ解析の結果からは,反応するエピトープの大部分はS2サブユニットにマップされ,HCoVとの相同性も確認できる箇所であることから,季節性コロナウイルス感染による交叉抗体産生が支持される結果であった(Fig4A,B)。


 COVID-19第3波では高齢者・重症者の数も着実に増加しており,流行地域の医療提供状況はさぞかし大変なことと想像する。今回の報告だけで直接的な解決に結びつくものではないが,現在目にしている年齢による重症化頻度の差を説明や,またワクチン設計に寄与することを期待したい。また,軽症で済ますことのできる季節性コロナウイルスが流行すれば……,などと良からぬ妄想もしてしまった。


•NEJM

1)感染症:Original article 

入院を要するCOVID-19症例へのトシリズマブの有効性(Efficacy of tocilizumab in patients hospitalized with Covid-19

 ファイザー社の核酸ワクチンが世の中をにぎわしており,実際に12月10日にNEJM誌で第3相の結果が公開された。Editorialで勝利宣言がなされているが,果たしてSARS-CoV2とお付き合いできる世の中に変えるだけの力があるのか? 期待はしたい。12月10日号でもスパイク蛋白をもとにした遺伝子組み換えナノ粒子ワクチンの1相,2相試験の結果が掲載されおり,少なくとも安全性の担保と,免疫応答の誘導は認められたようだ。


 今回は世間の注目にさからいトシリズマブのランダム化比較試験についての報告を紹介する。


 本検討は今年の4月から6月にかけて,米国ボストンにある7つの施設で行われた。対象者はCOVID-19罹患者のうち炎症亢進,発熱,肺野陰影,SpO2>92%を維持するために酸素投与を必要とする例に絞られた。主要評価項目は気管挿管もしくは死亡であり,243例を組み入れ,標準治療±トシリズマブorプラセボに割り付けられた。結果はVisual abstractとして提示されている。トシリズマブ群の挿管または死亡のハザード比は0.83(95%CI:0.38-1.81,p=0.64)(Fig2a)であり,主要評価項目は達成されなかった。また副次評価項目(Fig2b,c)として設定された病勢増悪(HR:1.11, 95% CI:0.59-2.10,p=0.73),酸素投与の終了(HR:0.94,95%CI:0.67-1.30,p=0.69)の両者も有意な差を認めず,残念ながら本検討でのCOVID-19に対するトシリズマブの有効性は証明されなかった。


 ここまでであれば,残念な臨床試験として片づけられるが,関連したEditorialが臨床試験の解釈としての重要な点を伝えている。

その内容は,統計学的な着目点としてサンプルサイズの計算において,死亡もしくは挿管に至る率をプラセボ群で30%,トシリズマブ群で15%と想定したことにより,実際のイベント発生率(全体で27例,11.2%のみ)と乖離し,検出率が限定された可能性を述べ,トシリズマブを擁護する姿勢を示している。しかしながら,それにもまして以下の点が個人的には注目に値した。現在までの観察研究でトシリズマブの使用と重症症例の死亡率の低下が関連する事が複数報告されていること,プレスリリース段階の他のトシリズマブを用いた比較試験では退院期間の短縮などが示されていること,デキサメサゾンの有用性を発表したCOVID-19による入院例に対する複数の治療薬の効果を確認するREMAP-CAP国際プラットフォームから発表されたデータで,トシリズマブは最重症のCOVID-19肺炎の転機を改善するとこと,などの事実から一つの無作為試験だけで結論付けるのではなく,各試験の詳細かつ徹底的な分析により評価を行うことを提案している。まだまだトシリズマブがCOVID-19の病勢コントロールにおいて役割を果たす可能性が残されているのだろう。日本発の抗体薬として期待していきたい。



雑感~頭かくして尻かくさず~


 2020年の子年も師走となった。筆者は今年の6月から本稿執筆のローテーションに加えていただいた。なんとか数回の担当をこなし,自身の勉強にもなり大変良いチャンスをいただいたと感じている。雪国から着任して2年半がたつが,go to 帰省もままならない昨今であり,今年は初めてこちらでの年越しとなる。旅行ではなくその土地で暮らしてみないとわからないこともたくさんあり,各季節の街角の風景などはまさにそうであろう。写真は冬の装いに身を包んだ,市電洗馬橋駅に鎮座するせんば山のタヌキ(あんたがったどこさ♪)である。



(坂上拓郎)