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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 126

公開日:2020.12.23


今週のジャーナル

Nature Vol. 588, No.7838(2020年12月17日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6523(2020年12月18日)英語版

NEJM Vol. 383, No. 25(2020年12月17日)日本語版 英語版







Archive

抗ウイルス効果を高める新しい抗体改変方法―FcγRの考慮も重要?/SARS-CoV-2 D614G変異型の感染伝播力とは?/SARS-CoV-2に対するmRNAワクチン2種のPhase I治験

 今週号もCOVID-19関連が多く,Scienceでは2020年ブレークスルーオブザイヤーが発表され,今年はCOVID-19に対するワクチン開発が挙げられている。そしてNEJMの今週号のOriginal Articlesを見ると全部COVID-19関連となっている。一方で,Natureでも相変わらずCOVID-19関連の記事は多いのだが,Newsの欄に「covidization」という言葉が紹介され,科学者たちはCOVID-19偏重によって研究への圧力がかかり歪められることを恐れているという記事があった(リンク)。世界各国の多くの科学者が研究活動だけでなく日常生活にも大きな制限を受けている中で,思っても声を出して主張できない状態が続いてきたと思うが,こうした記事が出てくること自体は,科学の世界が正常化に向けて動き出すための1つの兆候なのかもしれない。


•Nature

1)免疫学 

抗体のFc領域を最適化することで呼吸器ウイルス感染症へのCD8免疫反応を強化できる(Fc-optimized antibodies elicit CD8 immunity to viral respiratory infection

 免疫学で有名な米国ロックフェラー大学のJeffrey V. Ravetch教授率いる研究室からの報告である。抗体による抗ウイルス効果というと中和抗体が注目されがちだが,実際にはY字型をした抗体の抗原結合部位を含む2つのFab領域と免疫細胞と結合する1つのFc領域に分かれ,それぞれが役割を果たして相乗効果的に宿主免疫に貢献している。Fc領域に対する免疫細胞側の受容体(FcγR)には複数の種類があるが,ウイルス感染症における役割は未解明だった。この研究ではインフルエンザウイルスに対するIgG抗体がFcγRIIaに結合することによって樹状細胞の成熟やCD8陽性T細胞を活性化して細胞性免疫を動員することを,マウスのFcγRをヒトFcγRで置き換えた「FcγRヒト化マウス」を用いて証明した内容である。今後のワクチン開発も含め,抗体を用いた抗ウイルス治療を検討する際に重要な情報になりえるため,News & viewsでも取り上げられ(概念図はわかりやすい),西川伸一先生のAASJでも紹介されている(リンク)。

 研究者たちはまず,インフルエンザウイルスに対する複数のモノクローナル抗体に対してそれぞれFc領域をヒトIgG1の様々な変異型Fc領域と入れ替えるように遺伝子改変し,各FcγRに異なる結合力を持った抗体を開発した(Fig.1)。そして抗体を腹腔投与してから,インフルエンザウイルスを経鼻感染させ,14日間かけて体重と生存率で推移を追った。その結果,FY1とFl6v3のそれぞれのモノクローナル抗体でFcγRIIaに結合力の強い変異(GA型)とFcγRIIaとFcγRIIIaの両方に結合力の強い変異(GAALIE型)を持ったFcに置き換えたものが抗ウイルス効果を認めた。また,FcγR完全欠損マウスやFcγRIIaに対する阻害抗体を投与した場合では抗体の抗ウイルス効果は認めなかったことで,Fc領域の変異型がFcγRIIaに結合することで抗ウイルス効果を認めることを証明した。FcγRに結合できないFc領域の変異(GRLR型)や抑制型として知られているFcγRIIb(V11型)に置き換えた抗体では抗ウイルス効果は認めなかった。

 次に研究者たちは,責任細胞を同定しようとした。

 FcγRIIIaのインフルエンザウイルス抗体による抗ウイルス効果は限られていたので,FcγRIIIaを多く発現する肺胞マクロファージや感染時に多く発現するナチュラルキラー細胞によるウイルス粒子除去や感染細胞の死滅効果が高まったとしてもこれらの抗体機能を高めることにはならないだろうと考えた。

 そして,好中球が他の免疫細胞と違ってFcγRIIaとFcγRIIIbを発現していることに注目した。FcγRIIIbは細胞内でシグナル伝達を行う部分が欠損しているため,FcγRIIa特異的な抗ウイルス効果がないか好中球除去を行って調べてみたが,好中球を除去してもFcγRIIa型インフルエンザウイルス抗体(FY1)の抗ウイルス効果は変わらなかった。

 次にFcγRIIaを発現する樹状細胞に注目した。

 樹状細胞には他にも抑制型FcγRIIbを発現している。実際にFc領域変異型の抗インフルエンザウイルス抗体を用いて樹状細胞(cDC1,cDC2,tipDC)での活性を調べてみたところ,FcγRIIa活性化変異(GAALIE型)を投与後にインフルエンザを感染させると樹状細胞が成熟することをCD80とCD86の強陽性細胞の出現(cDC1,cDC2)やCD40発現上昇(cDC1)で確認した。tipDC樹状細胞については成熟化を認めなかった。ここでヒト単核球由来の樹状細胞でもFc変異型抗体をin vitroで反応させると成熟化が見られることも確認している。

 次に研究者たちは樹状細胞の成熟化は抗原特異的T細胞の活性化につながるだろうと考え,FcγRヒト化マウスの肺でのT細胞を調べたところ,GAALIE型のFc領域抗体がCD8およびCD4陽性T細胞の両方を活性化することを見出した(Fig.3c)。

 そして,そのそれぞれのT細胞の役割を確かめるために抗ウイルス抗体投与後,インフルエンザウイルスを感染させ,3日後にCD8もしくはCD4陽性T細胞を除去する実験を行った。その結果,CD8陽性T細胞を除去すると,GA型やGAALIE型のFc領域を持つ抗体による抗ウイルス効果が失われることとなり,CD4陽性T細胞の除去では抗ウイルス効果は失われなかったので,FcγRIIa による抗ウイルス効果がCD8陽性T細胞の活性化を介していることを示した。FcγRIIaがCD8陽性T細胞に発現している可能性については,インフルエンザウイルス感染マウスのCD8+T細胞の一部(10%)を除き,FcγRはヒトにもヒト化FcγRマウス由来のT細胞には発現していなかったので,抗体がT細胞に直接作用して抗ウイルス効果を発揮するのではないことも確認できたとしている。

 次に研究者たちはFc領域を改変した抗体が宿主の炎症反応を惹起して疾患を悪化してしまう可能性がないかを調べた。先にインフルエンザウイルスをマウスに感染させ,3日後に野生型もしくはGAALIE型の抗インフルエンザウイルス抗体を用量を変えて投与するという内容である(Fig.4)。結果は野生型抗体ではマウスを回復させることができなかったが,GAALIE型では用量依存的に治療効果を発揮し,誘導された免疫反応が病態悪化を引き起こすものではないことがわかった。

 さらに,治療応用を検討するため,抗体の半減期を延ばすためにFcRn親和性を高める変異(LS型)をFc領域に追加導入し,あらかじめマウスに抗体を投与しておいてからインフルエンザに感染させて予防効果があるか調べる実験を行っている。LS型のみの場合とGAALIE型にLS型を組み合わせたGAALIE-LS型の抗体を比較したところ,LS型のみの場合よりもGAALIE-LS型の抗体の方が5.5倍の強い抗ウイルス効果が認められた。

 以上より,抗体を用いた抗ウイルス治療では,中和活性だけでなく,Fc領域の改変をうまく組み合わせることにより,FcγRを活性化して樹状細胞やCD8陽性T細胞にも適切な抗ウイルス応答を誘導して,抗体による抗ウイルス効果を高められる可能性が期待できる。この知見は特にインフルエンザウイルスやSARS-CoV-2といったパンデミックにも有用な治療手段に結び付く可能性がある。


•Science

D614G変異型SARS-CoV-2ウイルスは効率的に増殖し,感染伝播を引き起こす(SARS-CoV-2 D614G variant exhibits efficient replication ex vivo and transmission in vivo

1)レポート 

 新型コロナウイルスがパンデミックを引き起こす中で,スパイク(S)蛋白質の614番目のアミノ酸がアスパラギン酸からグリシンに変異(D614G)し,現在はこの変異を持つウイルスが多数を占めるようになっていて,その病原性を明らかにした研究である。長年コロナウイルスの研究をしてきたノースカロライナ大学チャペルヒル校のRalph Baric教授と日本からは東大医科研の河岡義裕教授らが日米共同で実施した。D614G変異のSAR-CoV-2に感染すると上気道のウイルス量が増えるが,重症度にはあまり差がないとわかっていて,培養細胞への感染性も高まることや,抗体による中和にもよく反応することが知られていた。ただ,塩基配列レベルでD614G変異が入る前後を比較した対照実験やウイルス増幅や病原性や他個体への感染性を評価した研究はまだなかったので,この研究ではSARS-CoV-2を同一ゲノムでD614Gだけを置換し,その前後のウイルスで性質を詳細に評価している。

 研究者たちはウイルス遺伝子にレポーター遺伝子を付加することで,感染した細胞を光らせて定量化できるようにして,D614G置換前の野生型とD614G変異導入後(以下,D614G型)SARS-CoV-2の感染力を4種類の培養細胞株(Vero-E6,Vero-81,ACE2強制発現A549,Huh7)で比較し,D614G型の方が3.7倍から8.2倍に感染力が高いことを示した。そして,ヒト初代細胞での検討に移り,鼻粘膜,中枢気道,末梢気道のそれぞれから複数症例の初代細胞を採取して,in vitroでの感染実験を行ったところ,特に鼻粘膜上皮細胞では24,48,72時間後のいずれのタイミングでもD614G型ウイルスが多く増殖し,末梢気道上皮細胞では差を認めないことがわかった。さらに中枢気道上皮細胞を用いて,野生型とD614G型のウイルスを1:1と10:1で混合して競合させながら72時間おきに3回ウイルスを継代する実験を行ったところ,いずれの混合割合においてもD614G型が大部分を占めるようになった(Fig.1)。これらのことからACE2を多く発現する上気道細胞においてはD614G型は増殖適応しやすいとしている。

 次に研究者たちは電子顕微鏡による形態観察,ウェスタンブロッティング,S蛋白質の開裂の違いなどを比較し,野生型とD614型では違いがないことを調べている。特にCOVID-19回復期のヒト血清(25サンプル)や治療用に開発されている中和抗体も用いて,野生型とD614G型で中和活性には違いがないことを確かめた(Fig.2)。次に,D614G型の病原性を調べるため,ACE2ヒト化マウスとハムスターを用いたin vivoでの感染実験を行った。ACE2ヒト化マウスはSARS-CoV-2の感染モデルとして使えるが,肺と脳で高力価のウイルスが検出されるものの表現型は軽症であることが知られている。肺への感染は野生型とD614型で同等だった。野生型とD614G型のいずれも5匹中1匹だけが脳にも感染した(Fig.3)。ハムスターを使った感染実験では,D614G型に感染したハムスターでは体重減少を認める点で野生型との違いがあったが,肺や鼻腔からのウイルス力価や肺組織におけるウイルス抗原の染色像・肺炎像などには違いはなかった。

 さらに増殖適応の違いをin vivoでも調べるため,野生型とD614G型のウイルスを1:1で混ぜて,3日おきに3回,肺をすりつぶして接種するという継代実験を行ったところ,1回継代しだだけでもD614G型が優勢になった。最後に,感染性の違いを評価するため,8ペアのハムスターを用意し,ウイルス感染1日後に未感染のハムスターを5cm離れた隣のケージで飼い始めて,感染が伝播するかを調べる実験を行った。いずれのウイルスも4日目には隣のケージのマウスの鼻洗浄液からウイルスが陽性になり,4日目以降のウイルス力価には差がなかったが,2日目の段階では違いがあり,D614G型では8匹中5匹で感染していた一方で,野生型ではまだ感染兆候を認めなかった(Fig.4)ことから,D614G型は野生型よりも感染が早く伝播しやすいことを支持する結果だったとしている。


•NEJM

 米国モデルナ社とNIAIDが開発を進めるmRNA-1273と,独国バイオンテック社と米国ファイザー社が開発を進めるBNT162b2はそれぞれPhase III治験まで進み,mRNA-1273は先日FDAから緊急使用許可が下りて米国での接種が始まった。BNT162b2も海外で接種が開始され,日本での使用申請がつい先日報道されたところである。

 今週号のNEJMでは両者のPhase I治験結果が論文報告されている。BNT162b1は同時に行われたPhase I治験で全身性の有害事象がBNT162b2よりも多かったのでその後の治験はBNT162b2に絞られることとなった。mRNA-1273もBNT162b2も有害事象としては軽症~中等症ということで報告されており,一定レベルの安全性はクリアしているが,Phase IIIが終っていてもなお症例数は限られているので,今後も安全性と有効性についての情報は注意深く見守っていく必要がある。


1)原著 

SARS-CoV-2 mRNAワクチン(mRNA-1273)のPhase I治験(Safety and immunogenicity of SARS-CoV-2 mRNA-1273 vaccine in older adults

 この論文の冒頭に触れられているが,マウスやサルを使った非臨床試験の結果はもちろんのこと,18歳から55歳までのmRNA-1273の非盲検 Phase I治験の結果についてはこの段階でpreliminary reportとしてすでに発表されている(リンク)ので対象となる年齢層を拡大するためのPhase I治験結果の論文報告である。

 SARS-CoV-2が宿主細胞膜に融合するときにはスパイク(S)蛋白質が必要だが,このS蛋白質が膜融合前段階の構造を保てるようにアミノ酸prolineを2個入れ替えたもの(S-2P)を設計し(もともとMERS-CoVのワクチン開発で発明されたアイデア:リンク),中和抗体の標的となりえるように安定化したS蛋白質を抗原として発現できるように作ったmRNAによるワクチンである。mRNAは安定化させるために脂質ナノ粒子に包まれている。

 対象患者は2020年4月16日から5月12日にリクルートされた40名で,56〜70歳と71歳以上に分けて,25μgあるいは100μgをそれぞれ28日の間隔をあけて2回接種した(各群10人,1名は2回目接種できず29日目以降の採血なし)。18歳から55歳までを対象とした治験の時は250μg接種も実施していたが,全身性の反応が起きてしまったので今回の研究では250μgは実施していない。フォローアップは接種の1,2,8週間後である。先に56〜70歳への25μgの接種から始まり,その後100μgの接種も開始した。その後1週間,特に大きな問題がないことを確認してから71歳以上への25μg接種を開始し,追って100μgの接種も開始した。

 抗体はS-2P(D614GではなくWuhan-1株のD614)とRBD(受容体結合部位)に対するIgGを1,15,29,36,43,57日に測定し,D614型の中和活性はS蛋白質を発現させたシュードウイルスを使い,43日目の時にはD614G型に対する中和活性も調べた。他にも生ウイルスの中和活性を3種類の方法を使って比較し,S蛋白質に特異的なペプチドプールを用いてT細胞の反応も調べた。


 結果は,安全性について,有害事象は全体的には軽症~中等症で,全身倦怠感,悪寒,頭痛,筋肉痛,接種部位の痛みといった症状を認めた。接種量が多い群のほうが,また2回目免疫の方がより多くの有害事象を認めた。2症例のみ重症(grade 3)とみなされる反応が2回目の接種後に認められ,56〜70歳の25μg接種例の1名で発熱,71歳以上の100μg接種例での全身倦怠感だった。他に中等症とみなされたのは56〜70歳の25μg接種例の1名で食欲低下だった。

 次に中和活性について,用量依存的な反応が2回目の接種1週間後(初回接種から5週間後)に年齢とは関係なく認められた。100μg接種例での中和活性はCOVID-19回復期の患者血清よりも高く,D614G変異型に対しても活性が確認された。2回目の接種後,4週間は中和活性が維持されていた。T細胞の反応についてはTh1ヘルパーT細胞に関するCD4サイトカイン反応としてTNF-α・IL-2・INF-γの上昇を確認された。

これらの結果をもとに,mRNA-1273のその後のPhase III試験は100μg×2回の接種で進められることになった。


SARS-CoV-2 mRNAワクチン(BNT162b1,BNT162b2)のPhase I治験(Safety and immunogenicity of two RNA-based Covid-19 vaccine candidates

 BNT162b1はS蛋白質の受容体結合部位を発現するように設計されたmRNAワクチンであり,Natureに報告されていたPhase I治験(リンク)を拡大した形の論文報告になるが,こちらはもう1つのmRNAワクチン候補としてS蛋白質全長を発現するように設計したmRNAワクチンのPhase I治験が追加されている。2020年5月5日から6月22日にかけて,18歳から55歳と65歳から85歳の年齢層で195名の治験参加者をリクルートして,15名ずつ13のグループに割り付けられた。10,20,30μgで21日の間隔をおいて2回接種で用量の検討を行った(1グループはBNT162b1を100μgだったが,全身反応が強くて2回目の接種は中止)内容となっている。BNT162b2は特に高齢者での有害事象の頻度や重症度はBNT162b1に比べて少なかった(リンク)ので,その後のPhase III治験はBNT162b2を30μg×2回接種する方針で進めることになった。



今週の写真:京都・真如堂付近



(後藤慎平)


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