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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 127

公開日:2020.12.30


今週のジャーナル

Nature Vol. 588, No.7839(2020年12月24日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6523(2020年12月18日)英語版

NEJM Vol. 383, No. 26(2020年12月24日)日本語版 英語版







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メダカ社会生活反応遺伝子Neuropeptide Pth2の機能-こんな実験あり?/小脳核のEvoDevo解析と認知機能関与?/パーキンソン病へのFUS(集束超音波視床下核破壊治療)

 異常の2020年が終わる。21世紀も1/5が過ぎた。

 20世紀の同時期には第一次世界大戦があり,ヨーロッパ社会構造の大変革が起こり,世界に広がった。21世紀となり,2011年東北の大津波,そして2020年にはSARS-CoV-2の世界的感染爆発が,罹患者8000万人を超え,死亡者170万人超と,突発事象予想の困難さを実感する。

 さてではLife Scienceの世界ではどうか?

 2003年ヒトゲノム解読完了に次いで,NGSといわれる塩基解読技術の進歩,解読データを基にした生物事象の数理解析,さらにAI技術応用など大きな転換が,しかも20世紀より遥かに早いペースで展開している。

 今年最終のTJHとして,先週はcovidizationが話題であったので,今週はnon-covidizationで論文を選択してみた。NatureやScienceの選択論文は,いかにも21世紀Scienceと感じさせる論文である。

 中でも脳科学のおどろくべき進展を,呼吸器として眺めているだけでいいのだろうか? 筆者は,学生時代は脳科学志向で,5HT合成酵素精製の手ほどきを受けたが,時代は電気生理全盛であった。しかし人生のバックグランドで実践した呼吸法の意義を考える現在,実は大脳基底核機能に注目している。しかしこの領域が専門である米国NEIの畏友,彦坂興秀先生はZoom同窓会で「脳科学はまだほとんどゼロだ」だという。私自身は東洋医学で「気」としか表現しえなかった生理学の実態が,この脳科学進歩から明らかになると考えている。こうした意味で,後述するPth2は面白い。


•Nature

1)神経科学 

神経ペプチドPth2は機械感覚を介して他者を動的に感知する(The neuropeptide Pth2 dynamically senses others via mechanosensation

 こんな研究方法から脳研究を進めるのか? という21世紀的発想のPth2〔parathyroid hormone 2:当初tuberoinfundibular peptide 39(TIP39)と命名〕機能解析の論文である。

 独FrankfurtのMax Planck研究所のグループからの報告で,non-covidization論文として20年4月投稿,同年9月受理である。Web上でも,“What social distancing does to a fish brain?” として紹介もある(リンク)。

 周知のようにzebrafishは脊椎動物モデルとしてMolecular biologyでは多用されている。グループは魚の群れ形成に関連する遺伝子探索を目的に,1匹飼育と多数匹飼育を受精後1,5,8,14,21日にメダカ脳よりRNAを調整し(Extended Fig.1)全遺伝子の発現変化を調べ,増減の顕著な候補319遺伝子の内,1匹飼育でコンスタントに減弱する遺伝子として4種を同定し,機能の似た3種とは異なるPth2遺伝子を取り上げた。

 PTHの機能はカルシウム代謝が重要であるが,PTHのhomologはヒトでは3種あり,Pth2受容体としてはPTHR2が相当する(リンク)。Pth2(TIP 39)は牛の視床下部より1999年米国のUsdinらにより発見された(リンク)。

 研究者らは群社会関連遺伝子として同定されたPth2発現神経細胞を両側の視床背側に約30個を見出した。一方,その受容体(PTH2R)は他のグループのscRNAseqのデータから,約9%の脳神経細胞で広く発現していることも記載している。

 次に1匹に隔離状況でPth2低発現状態が,多数個体(15匹)群と共生させると,30分で増加を始め,12時間で多数飼育レベルに戻る(Fig. 2)。すなわちPth2発現レベルは社会生活的要因を反映している。逆に多数飼育環境から1匹飼育にすると,6時間でPth2は発現低下する。また個体数が増えれば比例してPth2発現は増加する。

 次に多数群のいかなる因子にPth2発現は反応するかを調べている。

 まずは化合物や100匹飼育水槽の水をなどで調べたがnegativeであった。では視覚情報はどうか? これも同一水槽に一緒にしなければ,Pth2発現増加はなかった(Fig. 3)。

 最後に以前から想定されていた側線(Wiki)の影響を検討した。まず側線を破壊するとPth2の発現は低下する。次に水槽の物理的水流として例えばエビ類の引き起こす水流を使用してもnegativeであった。Zebrafish幼生のtail beatの周波数約70 HzでPiezo actuatorを設定したがnegativeとなった。結局Piezo actuatorをイレギュラー発信に設定(Extended Fig. 8)すると,初めてPth2発現が上昇した。

 本研究はzebrafishの群生活(社会性)に関連する遺伝子として視床背側神経細胞にPth2を見出し,それが群の動きによる水流をmechanical刺激として感覚伝達を受けていることが示された。もちろんPth2は最初は牛視床下部より精製され,ヒトを含む哺乳類でも発現している。哺乳類での機能は母性行動やoxytocinergic signaling,あるいは痛覚にも関与するという報告がある。我々にとって神経ペプチドPth2はどんな生理的機能を持っているのか? 新たな展開が期待される。


2)その他:コロナウイルス 

ヒト遠位肺オルガノイドにおける前駆細胞の特定とSARS-CoV-2感染(Progenitor identification and SARS-CoV-2 infection in human distal lung organoids

 スタンフォード大学・血液グループなどから,肺organoidとしてヒトⅡ型上皮細胞(AT2)やKRT5+基底細胞に由来するorganoidで,feeder free既知組成培地により長期培養系を開発した。またcovidizationではあるが,こうしたorganoidでACE2陽性細胞膜側を外側とする極性を持つ細胞を使い,SARS-CoV-2感染モデルとしての可能性も示している。


•Science

1)脳科学 

保存された細胞型セットを繰り返し複製することによって進化した小脳核(Cerebellar nuclei evolved by repeatedly duplicating a conserved cell-type set

 Science誌は年末恒例の1週休みとなるので,その前の12月18日号から,脳科学として小脳研究論文を取り上げる。

 プレ後期高齢者の筆者は,最近の脳研究の文献を読むと驚くことが多い。かつては150億といわれた脳の神経細胞数も,現在は1000億前後(Wiki)で,中でも小脳は約800億前後といわれる。以前は運動調節を中心に研究されていたが,最近では認知との関連が注目されている。しかし脳研究の中でも小脳はまだまだわからないことばかりである。

 本研究は米国Stanford大学を中心とするグループによるもので,小脳の中でも小脳核を中心にいわゆるEvoDevo的内容の膨大なデータ解析研究である。まずWebを検索して小脳を簡潔に記述したPDFを見つけた(リンク)。これには小脳核(cerebellar nuclei:CN)も記載されている。小脳核は小脳演算処理のいわば出力系であり,機能的重要性はいうまでもない(機能としての理解にはFig. 1Aを参照)。

 なおこの論文はPerspectivesにも取り上げられているが,その図は小脳認知機能の要としての小脳核CNの重要性が一目でわかる(リンク)。

 さて,このスタンフォード大学のグループは,こうした脳研究のための方法論開発として,3D intact tissue scRNAseq〔STARmap法(spacially-resolved transcript amplicon readout mapping)〕をまず報告している(リンク)。Webを検索すればAASJが2018年7月に取り上げ(リンク),西川先生がよくこんな方法を思いつくものだと驚いている。

 さて研究は小脳核CN〔内側核Medial(進化上旧い),中位核Interposed,外側核Lateral(進化上新しい)Fig. 1C参照〕にanterograde tracer(Wiki)を注入し全脳や脊髄の投射を調べた。Lateral CNは脊髄への投射はないが,3つのCNとも全脳のipsi-,contra-lateralへ広く分布している。

 次に3つのCNの3D scRNAseqを行い,tSNE(stochastic neighbor embedding)で3つの細胞群分類を示し,抑制性(Gad1+:glutamic acid decarboxylase)細胞,興奮性(slc17a6+:vesicular glutamate transporter 2)細胞でグループが特徴づけられる。一部にglycinergicもある(Fig. 2)。これら小脳核細胞の発生学的背景は菱脳唇由来のものがexcitatoryである事実も示された。また遺伝子発現系統上Class A,Bに分かれることも認められ,共に進化的に旧くから存在するようだ。実際3D上に発現遺伝子を表示してもClass A,Bは混在して存在する。


 さてここからEvoDevo(リンク)的解析が始まる。

 まずニワトリの小脳は,小脳核が2個である(Fig. 4)。これに対してもscRNAseqのtSNEでまず抑制性と興奮性遺伝子発現神経細胞を弁別し,またClass A,B群のヒエラルキーをみるとニワトリでも同様の傾向が明らかである。これは小脳核細胞群の進化的conservationが示されている。

 続いてヒト小脳核も同様に解析している(Fig.5)。ここにおいてもマウス・ヒト間の興奮性,抑制性神経細胞の進化的保存が見られると同時に,ヒト外側小脳核ではClass B興奮性神経のexpansionがその細胞群の増大をもたらしたと予想される。

 最後には,これらの小脳核CNの遺伝子発現解析とClass A,B群等を踏まえ,anterograde tracer実験をマウス小脳核で行っている。マウス脳への投射の区域的意義は門外漢にはまったくわからないが,マウスでさえ広範な視床経由の大脳皮質への投射が理解できる。著者らはヒトの外側小脳核ではClass B群の神経細胞がexpandを獲得し,それは大脳皮質のfrontal cortexの拡大に呼応したものと考えている。しかしその詳細な関連はもちろん現状ではわからない。

 最初にも記したが,21世紀医学をまず切り開いているものは細胞単位の遺伝子発現理解による詳細な細胞機能の弁別と理解である。STARmap法は脳研究の目的のための方法論開発であり,著者らがいうように他の脳領域へ応用すればいかなる知見が広がるか? プレ後期高齢者としては,恐ろしいペースの研究展開にとまどうと同時に,まったく新しい脳理解の将来が羨ましく感じられる。


•NEJM

1)脳外科 

パーキンソン病に対する集束超音波視床下核破壊術の無作為化試験(Randomized trial of focused ultrasound subthalamotomy for Parkinson’s disease

 今回は神経系の論文ばかりになるが,パーキンソン病に対する新たな非侵襲的治療のRCT臨床試験である。パーキンソン病は黒質緻密部のドーパミン分泌細胞変性が主たる原因であり,ドーパミン補充療法,アゴニスト補充,放出促進剤などの薬物治療,さらには外科療法として脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation)などがある。今回はMRI画像定位下収束超音波を用い熱による視床下核破壊により症状緩和を目的とする。日本でも2019年より一部で治療を受けることができ,まだ全国で20施設程度という。

 スペインや米国のグループにより,症状が非対象性であり,薬物療法への反応が不良で,かつDBS療法の適応とならない症例を2対1に分け実施した。実治療群(27例),プラセボ群(13例)に割付,運動障害疾患学会・パーキンソン病統一スケール(MDS-UPDRS)の運動スコア(0〜44:数字は大きくなるほど重篤)の改善で評価した。4カ月時点でのMDS-UPDRSIIIスコアは実治療群(19.9→9.9)とプラセボ群(18.7〜17.1)は明瞭な改善(p<0.001)を認めた(Fig. 2)。

 問題はadverse eventsであり,dyskinesia,脱力,構音障害,歩行障害などであった。この論文はEditorialでも取り上げられ,DBS法とのAE差が論じられ,FUS法の破壊がirreversibleな変化を惹起するのが普及の課題である。なおQuick takeで説明ムービーが見られる。



今週の写真:仙台定禅寺通り光のページェント。市立図書館メディアテークから国分町方向




(貫和敏博)