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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 128

公開日:2021.1.13


今週のジャーナル

Nature Vol. 589, No.7840(2021年1月7日)日本語版 英語版

Science Vol. 371, Issue #6524(2021年1月1日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 1(2021年1月7日)日本語版 英語版







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携帯電話の位置情報による米国COVID-19追跡のビッグデータ解析結果/低酸素ストレスから肺を守るメカニズム/母子間で伝播することが判明した小児の肺の癌の報告

 新年あけましておめでとうございます。新型コロナウイルス診療で御忙しい日々,コロナ禍でいつもとは違う新年を迎えていることと思います。お正月休みでの2週間の論文の中から興味深い論文を御紹介いたします。


•Nature

1)疫学 

COVID-19の移動ネットワークモデルは不平等を説明し,活動再開のための情報をもたらす(Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening

 わが国では,1月に首都圏4都県の発令から始まった緊急事態宣言が11都府県へと拡大され,他国と同様に人々の動きを制限することによりCOVID-19感染を制御しようと努力している。人々の移動が感染拡大と関連していることは明らかであるが,経済活動とのバランスなど政策的に単純に決定できない事情も存在している。米国スタンフォード大学とノースウエスタン大学からの本論文では,莫大な携帯電話データを解析し都市部のさまざまな場所における人の接触を追跡することで,感染リスクをモデル化し,経済収入の格差による感染の違いを説明している研究である。本論文はNews and Viewsでも取り上げられている(リンク)。コンピューターサイエンスによる驚くような量のビッグデータの解析で,Methodsの数式の理解は全くできないが,研究成果は非常に興味深いものであり主だった内容について紹介することにする。

 主に2020年3月と4月に米国の10大都市圏(アトランタ,シカゴ,ダラス,ヒューストン,ロスアンジェルス,マイアミ,ニューヨーク,フィラデルフィア,サンフランシスコ,ワシントンDC)における人々の膨大な携帯電話データ(SafeGraphという会社が複数の携帯電話からの匿名の位置情報を提供)から得られた「きめの細かい動的な移動ネットワーク情報」を解析している。計9800万人について,その居住区域から飲食店や宗教施設といった移動地点までの動きを1時間単位でマッピングしたもので,5万6945の居住区域グループが54億の時間ごとのデータで55万2758の目標地点と関連付けられている。これらのネットワークを統合することで,集団の行動には経時的な変化が大きいものの,比較的単純なSEIRモデル〔感受性者(susceptible),潜伏期感染者(exposed),感染者(infectious),隔離者(removed)からなる感染症数理モデル〕が実際の感染症例の推移と正確に一致し得ることが明らかになった。このモデルは,ごく少数の「スーパースプレッダー」地点が感染の大多数を占めており,各々の移動先地点での最大利用者数の制限が一律の移動制限よりも効果的であることを予測している。現在の我々の知識でも,あたり前と言えばあたり前だが,ガソリンスタンドに比べるとレストラン・飲食店での感染リスクははるかに高いのである。このモデルはまた,人種的および社会経済学的に不利な立場にある集団で感染率が高いのは,単に移動性の差異によるものであることも正確に予測している。すなわち経済的に不利な立場の人々の集団は,その職業の種類のためか在宅勤務なども難しいことが多く,移動を大きく抑制できていないため,そうした人々の訪れる目標地点(教会などの宗教施設や飲食店など)がより「密」となって混雑しているためにリスクがより高くなっていることが判明した。もちろん,この研究には「携帯電話の使用による情報」という情報源の大きなバイアスがあるため,子供や高齢者や服役中の人々のデータが含まれないので,学校や高齢者施設や刑務所での感染状況は反映していないと思われる。

 こうした携帯電話情報を用いた人々の移動データの解析については,昨年Nature誌に中国武漢市から始まった感染拡大について解析した非線形モデルの開発について論文(リンク)が発表されており,昨年6月に「ほぼ週刊トップジャーナルハック」でも紹介したので参考にしていただきたい(#101)。

 こうした最新の研究成果が活かされて,よりしっかりとした政策へ繋がり,1日でも早くコロナ禍が収まる日々を期待したいと思う。


•Science

1)発生学 

気道の幹細胞は低酸素を感知して保護的な神経内分泌細胞に分化する(Airway stem cells sense hypoxia and differentiate into protective solitary neuroendocrine cells

 Science誌は1月1日号に肺の低酸素反応という重要なテーマの論文が発表されているので紹介する。

 神経内分泌細胞(Neuroendocrine cells)(Wiki)は,もともとは「神経伝達物質を分泌する神経のような細胞」として同定されたのが始まりであり,実際に細胞内には分泌小胞があり,神経伝達物質であるセロトニンやCGRP(calcitonin gene-related peptide;カルシトニン遺伝子関連ペプチド)(Wiki)を産生することが知られている。神経内分泌細胞には孤立した細胞として観察されるもの(solitary neuroendocrine cells)と,集団の神経上皮細胞体としてみられるもの(neuroepithelial bodies:NEB)の2種類が存在する。後者のNEBの方は酸素濃度や機械刺激や化学刺激といった環境の刺激を感知する機能や,血流や炎症に影響を与えることが知られているが,前者の「孤立性の神経内分泌細胞」の働きについてはこれまで謎であった。

 米国ボストンのMGHおよびハーバード大学からの本研究では,低酸素化における,この孤立性神経内分泌細胞の分化や機能についての詳細な報告である(Supplementary FigureがFigure. S21まである)。PERSPECTIVESでも取り上げられており(リンク),その図がまとまっていてわかりやすい。

 具体的にはまず,マウスを用いて低酸素(FiO2 8%,20日間)によって孤立性の神経内分泌細胞が増えることを示している。もともとの神経内分泌細胞が増殖したものなのか,あるいは他の細胞から分化してきたのかを調べるために,いくつかの細胞系譜を追跡(lineage tracing)できるマウスを用いて解析している。すなわち,神経内分泌細胞では,特異的な転写因子であるAscl1遺伝子の働きによって標識するようなマウス(Ascl1-tdTomatoマウス),気道基底幹細胞(basal stem cells)ではp63を標識するようなマウス(p63-tdTomatoマウス)など様々なマウスを用いて解析している。その結果,低酸素によって増える孤立性の神経内分泌細胞の大部分が気道基底幹細胞(basal stem cells)から直接分化したものであること,これら基底幹細胞がHIF-1αの働きによって直接自ら低酸素を感知することを証明している。

 興味深いのは低酸素よって誘導される孤立性神経内分泌細胞の機能についてである。低酸素によって気道の線毛上皮細胞などの上皮細胞はアポトーシスを引き起こすが,基底幹細胞は代償的に過形成する。しかしながら,神経内分泌細胞を欠損させたマウスでは,通常の酸素濃度下では影響ないが,低酸素下では基底幹細胞が減少してしまうことが判明した。そこで分裂促進因子(mitogen)作用があり低酸素下で増えるCGRPに着目し,低酸素下で神経内分泌細胞ではCGRPが増えること,CGRPの経鼻投与によって上皮細胞とくに基底幹細胞の増殖が誘導できること,神経内分泌細胞の欠損したマウスでもCGRPの投与によって低酸素下で減少していた基底幹細胞の増殖を回復させられ,低酸素による線毛上皮細胞のアポトーシスを抑制できることが明らかにされている。

 最後に気道上皮細胞をALI(air liquid interface)(Wiki)で培養した系で,ヒトでも同様にHIF経路によって孤立性の神経内分泌細胞が増えることを証明している。

 本論文では,基底細胞という肺の幹細胞自体が低酸素状態というストレスを直接感知し,組織の損傷を軽減する物質(CGRP)を産生する神経内分泌細胞に分化することを証明している。ヒトでは孤立性神経内分泌細胞は気道全般にびまん性に存在していることが知られており,肺の全体を効率的に低酸素から保護するメカニズムとして機能している可能性が高い。また,様々な呼吸器疾患で神経内分泌細胞の過形成が観察されることや,出生後には胎児期に比べて神経内分泌細胞の数が減少することも正常肺における低酸素ストレスに対する反応と考えられる。CGRPの今後の様々な治療における可能性に加えて,今回明らかになった肺自身が肺を守る機能は,今後の肺の再生研究や治療法開発につながるという意味で非常に重要な知見と考えられる。


•NEJM

1)がん

子宮頸癌を有する母親から児への癌の経腟伝播(Vaginal transmission of cancer from mothers with cervical cancer to infants

 日本の国立がん研究センターを中心とした研究グループからの「母親の子宮頸癌が出産時に子どもの肺へ移行する」という世界で初めての興味深い報告を紹介する。

 小児の肺癌は非常に稀であるが,がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」の有用性をみる研究(TOP-GEARプロジェクト)(リンク)の解析で肺癌男児2患者(23か月齢児と6歳児)に本人以外の遺伝子配列があることが明らかとなった。これら男児の母親はともに子宮頸癌を発症していたことから,男児の肺癌と正常の組織,母親の子宮頸癌と正常の組織について遺伝子を比較したところ,男児の肺癌細胞は2名ともに母親由来の遺伝情報を持っており,本来男性の細胞に存在するY染色体のない細胞であること,母親の子宮頸癌と同じタイプのヒトパピローマウイルス遺伝子が検出されたことから,男児の肺癌は母親の子宮頸癌由来であることが示された。

 伝播経路としては経胎盤か経膣が考えられる。全身検索の結果,男児2名では肺でのみ癌が認められたことや,新生児は出産直後に泣くことで呼吸を開始する際に羊水を吸い込むことから,出産直後に母親の子宮頸がん細胞が混じった羊水を肺に吸い込むことによって,母親の子宮頸がん細胞が子どもの肺に移行して発症したものと考えられた。

 国立がん研究センターからのプレスリリースでは詳細に解説されている(リンク)。


今週の写真:日光東照宮の眠り猫。「警戒心の強い猫すらも安心して眠りにつける世の中の到来」を意味するとともに,当時「猫が眠りにつくほど,徳川幕府の時代が平和であり,この平和が末永くつづくであろう」という意味もあったそうだ。




(鈴木拓児)


※500文字以内で書いてください