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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 133

公開日:2021.2.17


今週のジャーナル

Nature Vol. 590, No.7845(2021年2月11日)日本語版 英語版

Science Vol. 371, Issue #6530(2021年2月12日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 6(2021年2月11日)日本語版 英語版







Archive

ヒトゲノム計画完了から20年/現代にネアンデルタール人の大脳を蘇らせる/COVID-19既感染者は再感染するか

 今年はヒトゲノム計画(HGP)のドラフトシークエンス発表から20周年にあたる。今週号のNature誌では特集が組まれ,HGP後のゲノム研究の動向,課題などが論じられている。そこより人類遺伝学的な情報をデータサイエンスの進展によりオミックスデータと統合して解釈する所まで至った経過,現在の状況に関連する報告を取り上げた。Science誌からは,前記にも関連し集団遺伝学で有意と考えられる大脳形成に関わる遺伝子変異の同定から,それを持たなかったネアンデルタール人の大脳皮質を再現した報告を取り上げた。NEJM誌は引き続きCOVIDの話題である。


•Nature

1)医学(遺伝学):Editorial

ヒトゲノムの20年(Twenty years of the human genome

 EditorialではHGPから20年たった今でもゲノム研究を取り巻く環境が改善していないことに対する懸念が提示されている。大きくはデータハンドリングへの懸念と多様性確保への懸念である。データハンドリングに対しては,①データへのアクセスの問題,②表現型と結び付けるためのプライバシーの問題,③爆発的に増加するデータをオープンにするリソースの問題,多様性に関しては現存のデータベースが高所得国に住む人々からのデータに偏っていることを挙げており,これからの20年での改善への期待が述べられている。


2)医学(遺伝学):Comment 

ヒトゲノム計画の上に築き上げられた発見-数字で見せる(A wealth of discovery built on the Human Genome Project — by the numbers

 米国ノースイースタン大学のグループはHGPを『タンパク質をコードする遺伝子の網羅的なカタログ化』と位置付けて,HGPが疾患感受性遺伝子に関わる研究にどのように影響し,創薬を変え,遺伝子そのものの概念の見直しに貢献してきたのかを示している。ある遺伝子に関連する論文数の推移,HGP後に明らかになったjunkと考えられていたゲノム領域に対しての注目,それらから関連付けられるプロテオーム,エピゲノムなどのオミックスの知見を踏まえた創薬への影響等が分かりやすい図表,映像で紹介されている。

 今週号の表紙にもなっている図(Deep impact)は,HGPで遺伝子がアノテーションされたことにより,その後に遺伝子に関連する報告が大幅に増加し,その中にはスター遺伝子と名付けられた圧倒的に偏りをもって多数の研究発表が行われたトップ8が記載されている。ちなみに第1位はおなじみのP53で,HGP後の20年間で9232報の報告がなされた。他にもTNFは160の疾患との関連が報告され(疾患関連遺伝子としては第1位),ADRA1Aは99の異なる創薬ターゲットとなっている事が紹介されている。YouTubeではこの図の解説を視聴でき,その映像がかっこよい。一部のスター遺伝子にだけ注目が集まること図中(Star genes)が本当に良いことかどうかは議論が必要であるとされ,データから(FigS5,S6)は“富めるものが益々富む”というような資本主義的な状況が垣間見える。研究費が獲得しやすい遺伝子にのみ注目が集まるという状況の帰結かもしれないことが学問として正しい方向性かの問題も提起されている。

 HGPによりタンパク質をコードする遺伝子が明らかになり,その結果としてJunkと考えられていたゲノム領域にも注目が集まったことも事実として紹介されている。実際にHGP以降にnon-coding領域の役割に関する発見が爆発的に増加した変遷が示されている図上(Non-coding elements)。これに付随するように,タンパク質間の関連やネットワークを可視化することが可能となり,いわゆるオミックス解析が隆盛を極めている。

 著者らはヒトゲノム計画がこの20年間にもたらしたものとして,単純な個々のタンパク質機能に対しての視点だけでなく,生体内での様々なネットワーク構成の複雑さと機能を理解する視点を生物学・医学に持ち込めた事が重要な成果であったと結んでいる。



 これらHGP後20年の進展を踏まえて,オミックス解析の時代に突入している現在らしい解析リソースの整備に関連する報告が2報なされている。データサイエンスに暗い筆者であるのであらましだけを紹介する。


3)医学(遺伝学):Article 

TOPMedプログラムからのゲノムシークエンスに関連する初期解析報告(Sequencing of 53,831 diverse genomes from the NHLBI TOPMed Program

 TOPMedプログラムは米国NHLBIが主体となって進めている,心臓・肺・血液・睡眠に関するゲノムデータとオミックスデータ,詳細な臨床表現型を結びつけて疾患の科学的な理解を深め,Precision medicineを実現するためのプログラムである。今回はゲノム配列情報の基盤整備として53,831のサンプルの配列を解析した結果が報告された。稀少変異,特に全解析の中で1アレルのみ見つかる変異をsingletonと呼ぶが,そのsingletonに着目し集団遺伝学的な観点からのデータ解釈(人種の交雑,免疫系における自然選択,等)が述べられている。

 臨床医にもわかりやすい内容として,適応(自然選択)の影響がゲノムに刻まれている事が示されている。ヨーロッパ人,アフリカ人,東アジア人でそれぞれ異なる遺伝子座が自然選択の影響を受け急速にそのアレル頻度を増やしたと考えられるデータである(Fig S36, p69)。関与する遺伝子座は異なるもののいずれの人種においても免疫系に関連する領域(MHC,defensin,PRAG1等)が含まれており,異なる病原微生物による淘汰圧が加わった結果であることが類推され興味深い。

 疾患に対するPrecision Medicineにどのように関わってくるのかは現状で論じることは難しいが,こういったデータベースの整備を行った上で,数理学的手法(データサイエンス)を用いて疾患に関連する分子ネットワークが明らかになっていくのであろう。


 余談ではあるが,アジア人ではアルコール分解でおなじみのALDH2遺伝子座で自然選択が影響した可能性が示されている。顔が赤くなりアルコールを避けるようになったタイプが生き残ってきたということか? 自分は生き残れないタイプの末裔であるかと思ってしまうが,飲み会もなくなった昨今では関係ないのかもしれない。


4)医学(遺伝学):Article 

統合的エピゲノミクスによるヒト疾患遺伝子座を制御する回路の解明(Regulatory genomic circuitry of human disease loci by integrative epigenomics

 もう1つはMITのシステム生物学,データサイエンスを取り扱うラボからの報告である。塩基配列以外により遺伝子の働きを調節するエピジェネティクスの,ネットワークとしての全体像がエピゲノミクスである。現在までに報告されている疾患遺伝子座の90%以上がnon-codingの領域であり,その意味付け(アノテーション)が完全になされていない。この報告では,今ある複数のデータベースの情報(ENCODE,GGR,Roadmap等)を活用しエピゲノムに関連する統合的なアノテーションマップ(発生段階,組織特異性,コントロールする遺伝子機能など)を作成しEpiMapとして公開している。疾患解析分野においては,見出された遺伝子変異(non-coding領域の)の多元的な意味づけを仮説として挙げることが可能となり,新たなメカニズムの解明に寄与することが期待される。


•Science

1)遺伝学,神経学:Article  

いにしえのNOVA1変異の導入は大脳皮質オルガノイドの発達に変化を与える(Reintroduction of the archaic variant of NOVA1 in cortical organoids alters neurodevelopment

 ネアンデルタール人,デニソワ人などの旧人と,現在繁栄を謳歌している我々ヒトは数万年前に共通祖先より進化的に分枝した集団と考えられている。なぜヒトだけが生存可能であったのかについては科学的な解答はでていないが,ひょっとしたら他種に比べて生存に長けた進化を遂げていたのかもしれない。これを実証することは,20年前までは不可能であった。しかしながら,今回紹介するUCSDからの報告では,ヒトゲノム計画を発端にするゲノムカタログの整備,いずれも2000年以降のノーベル賞受賞成果であるiPS細胞,ゲノム編集という二つの手法を用いることにより,進化という事象を科学的に理解する可能性を示している。

 NOVA1は神経特異的RNA結合蛋白であり,転写後のスプライシングを調節し大脳形成に重要な役割を果たす分子である。複雑な神経発達の過程での選択的スプライシングを広範に調節することが知られており,その異常は神経疾患と関連することが報告されている。研究グループは以前より大脳皮質オルガノイドを用いた神経発達,神経疾患の報告を行っており,今回は究極の神経発達である“ヒト進化”にスポットを当てて検討を行った。Structural abstractにある図に実験の流れがサマライズされている。

 1000 genome project(Wiki)などで明らかになっている,ヒト,ネアンデルタール人,デニソワ人のゲノムデータ比較より非同義置換としてNOVA-1に存在するI200V(イソロイシン⇒バリン)が存在する事を確認している。ハプロタイプ構造の長さ,中立進化からの統計学的なずれを検討し,I200Vは選択圧を受けた変異であることを示している(Fig1)。この結果よりヒト進化において注目すべき変異と仮定し以後の機能解析実験が勧められた。

 機能解析ではiPS細胞をゲノム編集により旧人タイプ(I200)とヒトタイプ(V200)に編集し,大脳皮質オルガノイドを形成させる過程,形成後の詳細な表現型の検討を行っている。旧人タイプではヒトタイプと比較してオルガノイドの増殖期以降で,細胞増殖とapoptosisのバランスが異なることにより,形成するサイズが小さいこと,一方で形態学的な複雑さは増していること(Fig2)が示された。より詳細な網羅的な検討として,遺伝子発現の差,sRNA-seqによるプロファイリング,スプライスバリアントの差を検討し,シナプス形成や神経―神経接合に関わる分子・経路に関わる因子に多数の変化が認められた(Fig34)。実際のそれらの分子的な変化が,大脳皮質オルガノイド機能としてどのような帰結となっているのかを検討されている。タンパク質レベルではNOVA1の変異によりその下流に存在する多数のタンパク発現が大きく変化し,神経電気生理学的にも両者の間で神経回路網の反応性に差が存在した(Fig67)。本報告はAASJで西川先生も取り上げており,その要点・弱点がコメントされている。


 ネアンデルタール人とヒトの間では非同義置換は61しかない。そのうちの1つがヒトをヒト足らしめる大脳皮質の形成に大きく関わる変化であることに大きく驚く。果たしてこれらの機能解析の結果が,ヒトが生存に有利であった結果に直接結びつくのかは不明であるが,少なくともV200はヒトに分枝した集団特異的かつ最近になり急速に拡大した(つまり人類の爆発的増加に伴って)アレルであることは間違いなく,ヒト進化の重要な側面を物語っているのかもしれない。


•NEJM

1)感染症:Original Article 

医療施設のスタッフにおける抗体保有状況と SARS-CoV-2 感染の発生(Antibody status and incidence of SARS-CoV-2 infection in health care workers

 先週末にはファイザーワクチンが承認され,いよいよ本邦でも接種がはじまる。スパイク蛋白を標的としたワクチンの効果は2カ月までは発症抑制が確認され,中和抗体は少なくとも4カ月は持続することが発表されている。それでは,一度感染した例の再感染はどうなるのであろうか。イギリスからの医療施設のスタッフにおける前向きコホートでの検討の結果である。結果はQuick Takeの画像にサマライズされている。

 オックスフォード大学関連病院のスタッフが任意で参加をしている。ベースラインで血清中の抗スパイク蛋白抗体を確認し,PCR検査でのSARS-CoV-2検出を最大で31週にわたり追跡調査した。

 12,541名が参加し,抗体陰性者が11,364名(90.6%),陽性者が1,177名(9.4%),追跡中にさらに88名が陽転化した。PCR検査は2週毎に行われたが,平均的な受診間隔は10〜13週であった。陰性者のうち233名が追跡中にPCR陽性と判定された。一方で当初より抗体陽性者は2名のみがPCR陽性と判定された。年齢,性別等で調整後の発生比率は0.11,95%CI:0.03-0.44,p=0.002(リンク)であった。抗体陽性者でPCR陽性となった2名はいずれも無症状であった。本検討では抗ヌクレオカプシド抗体も測定されており,同等のPCR陽性化を抑制する効果を示す結果であった。抗体陽性をSARS-CoV-2の既感染とした場合には,一度感染した例は少なくとも6カ月程度は再感染するリスクが低減することが示唆されている。

 再感染を抑制する機序が液性免疫なのか,細胞性免疫なのかなど科学的な検証は必要であるが現象論としては意味のある結果であろう。春先に沖縄で感染した某俳優がその後も懲りずに会食を繰り返していることがマスコミに叩かれているが,そうする根拠も案外あるのかもしれない。ただし,医療従事者としては社会的影響を鑑みて認めたくないところである。



今週の写真:非雪国の冬

 熊本市民のソウルマウンテンである金峰山海側から夕陽の有明海と雲仙普賢岳を望んでいる。この場所からは夕陽は夏場にはもっと北より(画面右)に沈むが,冬場は普賢岳へ沈んでいく,雪国で生まれ育った自分にとっては信じられない冬の気候である。冷え込む日もあるが,このような夕陽を目にできる日の方が多い。ジョギングや散歩も欠かさずにできる事に感謝しかない。撮影場所のそばには日帰り温泉施設もあり露天風呂からこの風景を眺めることができ至福の時である。


(坂上拓郎)


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