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肺扁平上皮癌の新しいドライバー遺伝子/代謝変化による細菌の新規耐性機構/ANCA関連血管炎の新しい治療法
Pfizer/BioNTech社のCOVID-19ワクチンの供給量の先行きが不透明な中,本来,2回接種が基本である本ワクチンに対して,にわかに「1回接種」の議論が政治家の中で行われているようだ。科学の然るべきプロセスをすっ飛ばす政治サイドのこのような議論はCOVID-19でしばしば見られてきた光景だ。
このような稚拙な議論の進め方は,政治家だけでなく,社会全体のサイエンスリテラシーの問題が背景にあると私は考える。一方で,それと同時に,我々,医療従事者・研究者側が平時からサイエンスコミニュケーション・サイエンスダイアログを軽視してきたこととは関連していないだろうか?平時にできていなかったことを,緊急時に行うことはできないことは,このCOVID-19で嫌というほど経験してきた。COVID-19が落ち着いたら(何をもって落ち着くと定義するのも難しいが),医療従事者・研究者サイドがこのパンデミックの経験に基づいたサイエンスコミニュケーションを再考し,より良い社会とのサイエンスダイアログを構築していく必要があるのではないだろうか。
1)腫瘍学
NSD3のヒストンメチル化活性上昇が肺扁平上皮癌をもたらす(Elevated NSD3 histone methylation activity drives squamous cell lung cancer) |
スタンフォード大学を中心とした研究グループから,肺扁平上皮癌のドライバー遺伝子に関して報告されている。元来,肺扁平上皮癌では染色体領域8p11-12の増幅が多く観察されることが知られていた。FGFR1遺伝子は,この領域内における主要なドライバー候補と考えられていた。しかし,FGFR1の阻害を標的とした臨床試験はこれまで成功していない。そこで,著者らはFGFR1ではなく,近接に位置するNuclear receptor binding SET domain protein 3(NSD3)(Wiki,詳細は同じ号の論文を参照)に着目して,解析を進めている。
筆者らは,まず,本TJHでもしばしば登場しているThe Cancer Genome Atlas(TCGA)の肺扁平上皮癌のデータセットの解析から,8p11-12領域の遺伝子の内,NSD3とFGFR1が最も増幅された遺伝子であることを確認している。さらに,NSD3とFGFR1にまたがるゲノム領域の増幅が,肺扁平上皮癌全体を取ってみても,最も頻繁に観察される変異であることを示している。
NSD3に関しては,その遺伝子増幅とmRNA発現増加が強く相関しているが,FGFR1では遺伝子コピー数とmRNA発現との相関はほとんど見られなかった。次に8p11-12領域の増幅が見られるH520 肺扁平上皮癌細胞株を移植するXenograftモデルを用いている。FGFR1またはPLPP5(NSD3の隣接遺伝子)を欠損させた細胞株を移植しても,腫瘍は増大したままであったが,NSD3を欠損させた細胞株を移植した場合,腫瘍の増大は抑制された(Fig. 1b)。
次に8p11-12領域が増幅している肺扁平上皮癌モデルマウスを作成し,このマウスをPSCマウスと命名した。このマウスは全身性に,PI3Kの活性化,SOX2の過剰発現,CDKN2AとCDKN2Bの欠失が認められ,また,肺扁平上皮癌に特徴的な分子プロファイルを併せ持つ肺癌を高率に発症した。NSD3発現増加は,肺扁平上皮癌の約60%で観察され,腫瘍の進行レベルと共にNSD3発現レベルも増加していた(Extended Data Fig. 2)。
PSCバックグラウンドマウスにおいて,肺特異的にNsd3を欠失させたマウス(PSCNSD3-KO)では,腫瘍増大と癌細胞増殖が有意に減少したが,Fgfr1を欠失させたマウス(PSCFGFR1-KO)では,腫瘍増大と癌細胞増殖の減少は認められなかった。また,PSCNSD3-KOマウスでは寿命が約30%延長したが,PSCFGFR1-KOマウスでは寿命延長は認められなかった(Fig. 1)。これらのデータより,肺扁平上皮癌の腫瘍形成においてNSD3が生体内で重要な役割を果たしていることを示している。
哺乳類において,NSD3, NSD1, NSD2, ASH1Lはユークロマチン(Wiki)に関連するH3K36me2修飾を特異的に合成する酵素として知られていた。NSD1とNSD2が主なH3K36me2生成酵素である一方,NSD3が具体的にどのようにH3K36me2を制御するかはあまり明らかにされてこなかった。
NSD3を欠失した腫瘍を観察すると,コントロールよりも全体的に低いH3K36me2レベルを示すことから,NSD3が増幅する肺扁平上皮癌においてNSD3に触媒されるH3K36me2合成の関与が示唆される。著者らは,NSD3の触媒ドメイン内でTCGAに記述されている35個の変異について,それぞれin vitroでヒストンメチル化活性を評価した。この中で最も高い活性を有する変異体はT1232A変異であり,これは癌の再発に関連する変異として以前より報告があるものであった。さらに著者らはT1232Aを含むリコンビナントNSD3を作成することで,T1232Aの変異が過活性な癌関連変異であることを示している。
マウスおよびヒトNSD3はその構造が非常に類似しており(特に触媒ドメイン),ヒトT1232はマウスのT1242に対応している。この知見をもとに,NSD3(T1242A変異)マウスを作成し,PSCバックグラウンドとかけ合わせている。NSD3(T1242A変異)マウスではコントロールと比較し腫瘍の成長および増殖を認め(Fig. 3),肺扁平上皮癌の組織生検においても,NSD3の高発現(これは実際にT1242A変異を有している)とH3K36me2の顕著な上昇を認めていた。さらに,これらの腫瘍は,MYCおよびBRD4(ブロモドメインタンパク質の一種)の発現レベルが高く,4EBP1のリン酸化も認められていた。
さらに,筆者らは,8p11領域が増幅されているヒト細胞株,8p11領域が増幅されておらずNSD3が過剰発現しているヒト細胞株,8p11領域も増幅されておらずNSD3も過剰発現していないヒト細胞株,そして,ヒトの患者腫瘍組織移植モデル(PDX)を用いることで,ヒトの肺扁平上皮癌におけるNSD3の役割を明らかにしている。
最後に,この変異を有する肺扁平上皮癌に対する阻害薬の探索を行っている。現時点でNSD3の阻害薬は知られていないが,約170のがんを標的にした285種類の阻害薬からなるライブラリーを用いて,T1242A変異を有する細胞株とコントロールに投与・比較することで,ドラッグスクリーニングを行っている。このスクリーニングにより,BET阻害薬(Wiki)であるAZD515319が候補としてあがってきた。そして,PDXモデルを用いて,このBET阻害薬の治療効果を確認しており,今後の治療薬開発に期待が持てる内容となっている。
全体のストーリーとしてはこちらのFigure(Extended Data Fig. 10)がわかりやすい。我々は,ついついわかりやすい現象(FGFR1)に目が行ってしまいがちであるが,著者らは,先入観にとらわれず,データを丹念に調べたことで新規の知見(NSD3)に辿り着いたと言えるであろう。
2)その他:腫瘍学
NSDヒストンメチルトランスフェラーゼの構造と機能(Molecular basis of nucleosomal H3K36 methylation by NSD methyltransferases) |
Natureの同号では,中国・北京のグループとメモリアルスローンケタリングのグループが,モノヌクレオソームに結合したNSD2とNSD3のクライオ電子顕微鏡構造を決定し,NSD2とNSD3に生じるがんに関係する変異の影響を評価している。NSD3のT1232A変異の意義はこちらの論文も参照されたい。
具体的には,NSD2及びNSD3がモノヌクレオソームに結合すると,リンカー領域(ヒストンに巻き付いていない DNAの領域)付近のDNAが解かれ,ヒストン八量体と解かれたDNAの間に触媒コアが挿入されやすくなることを明らかにしている。NSD3(及びNSD2も)とヌクレオソームとの間の,DNA特異的そしてヌクレオソーム特異的な接触により,ヌクレオソーム上の酵素の位置が正確に決定されることで,H3K36の特異性を説明できるわけである。NSD2およびNSD3における複数の再発癌関連変異において,NSDタンパク質とヌクレオソームの間の分子間接触の構造が変化することも明らかにしており,この中で,1つ前の論文で取り上げたNSD3のT1232A変異が詳細に解析されている。ヌクレオソームの分子認識機構及びNSD3のヒストン修飾機構が構造的に解明されることで,NSDファミリーのタンパク質を標的とした,より特異的な新規治療が期待される。
1)細菌学
臨床的に関連する代謝遺伝子の変異は薬剤耐性をもたらす(Clinically relevant mutations in core metabolic genes confer antibiotic resistance) |
ハーバード・MITグループからの抗生物質に対する新規の耐性機序の報告を取り上げる。一般的に,抗生物質の耐性機序は,抗生物質の標的修飾,薬物不活性化,薬物輸送の3つに大別される。これまで,細菌側の代謝変化が抗生物質に対する耐性に寄与することが示唆されてきたが,実際には原因となる代謝遺伝子はほとんど同定されてこなかった。この1つの要因として,従来のアプローチでは,抗生物質耐性の状況を限定的にしか観察できていないということが考えられている。
細菌の代謝に対して抗生物質が及ぼす影響は,多数の複雑な生体分子ネットワークが関与しているため,その候補を予測することは困難であった。さらに,抗生物質の耐性に関与する代謝遺伝子は,主要な薬物標的に対して相対的に下流に位置しており,従来の方法では見落とされている可能性も指摘されている。また,実際の臨床の環境は,単純化された研究室での実験条件よりも複雑であるため,in vitroでの突然変異頻度は必ずしも臨床での突然変異を反映していない可能性がある。これらの問題を克服するため,筆者らは,集団解析とクローン解析の両方のアプローチにより,抗生物質の耐性化に関与する代謝の役割の解明を試みている。
まず,著者らはストレプトマイシン,シプロフロキサシン,カルベニシリンを用いて,古典的なアプローチにより大腸菌の耐性株を作成している。従来の一般的な評価系により解析を行った後,「Pilon」というソフトを用いて,各耐性株の,insertion/deletionおよびSNPの頻度を詳細に評価している。
各抗生物質の耐性株のSNPを調べると,高頻度に起こっている変異(例えば,90%以上のクローンに存在する変異)は,既知の耐性メカニズムと非常に一致していた。実際にシプロフロキサシンで処理したクローンの92%は,gyrAまたはgyrB(キノロンの耐性遺伝子)変異を有しており,また,そのクローンの100%はrob(リンク)に後天的な変異を有していた(Fig. 1)。一方,一部のクローンサブセットは,非古典的な変異を獲得しており,一部では,代謝プロセスに関連する変異を獲得していた。例えば,一部のクローン(16.7%)は,TCAサイクル中のイソクエン酸の酸化に関与する代謝酵素をコードするicd(リンク)に変異を有していた。
高頻度に認められ,従来から知られている耐性変異は,複製クローンにも同様に存在している一方,代謝に関連する変異は,必ずしも複製クローンに存在しているわけではなかった。KEGG BRITEデータベース(リンク)を用いて,クローンおよび集団サンプルからヒットしたすべての遺伝子の機能分類を行うと,「抗生物質特異的経路」と「代謝特異的経路」が高度に認められ,全遺伝子の80%を占めていた。
次に,著者らは,抗生物質曝露中に温度を1℃刻みで毎日上昇させるプロトコールを用いることで,代謝活性を制御する実験を進めている(Fig. 2)。そして,この実験系においても,実際に後天的に抗生物質に対して耐性を獲得していることを確認している。この実験方法を「代謝進化」と命名し,従来の古典的な実験方法を「古典的進化」と命名している。
Gene Ontology(GO)エンリッチメント解析を用いて,「古典的進化」と「代謝進化」の間で有意に影響を受けたパスウェイを比較している。「古典的進化」から同定された遺伝子の中では,予想された通り「抗生物質への反応」が最も有意に認められたパスウェイであった。一方,「代謝進化」では,「代謝物前駆体とエネルギーの生成」が最も有意に生認められたパスウェイであった。「代謝進化」で認められるパスウェイは,グルタミン酸合成,呼吸,および電子伝達系も含むが,それに留まらず,「細胞の代謝」の全体に関連しており,グルタミン酸合成,呼吸,および電子伝達系以外の代謝も関連していることが示唆された。
実験室のプロトコルは必ずしも実際の臨床環境を反映しているとは言えず,臨床分離株でも,「代謝」関連の解析を進めている。具体的にはNCBI Pathogen Detectionから7243個の大腸菌ゲノムのライブラリを用いている。臨床分離株において,統計的に有意にキノロン耐性に関連する遺伝子が多く認められていたが,代謝遺伝子におけるいくつかの突然変異は,gyrAに以上のレベルで多く存在しており,代謝遺伝子の臨床的関連性が示唆された(Fig. 4)。
これらの代謝変異が実際に抗生物質に対して抵抗性をもたらすかどうかを評価するため,代謝に関連する遺伝子(sucA,gltD,ushA,icd,ycgG,およびyidA)と従来から知られている遺伝子(ompF,acrD,およびgyrA)を用いて,実験を進めている。実際に,代謝変異の導入は抗生物質のうち少なくとも 1 種類,多くの場合は 1 種類以上の抗生物質の MIC を増加させた(Fig. 4)。最後に,細菌の代謝変化が抗生物質耐性をもたらすメカニズムに迫っている。細菌の代謝遺伝子変化により,細菌の全体的な基礎呼吸(Basal respiration)率の低下がもたされていることが示唆された。この基礎呼吸率の低下は,抗生物質が媒介するTCAサイクル活性の誘導を防ぎ,それにより抗生物質による代謝毒性を回避し,細菌の致死率減少に寄与していることが考えられた。
今回は,新規の耐性機構を取り上げた。臨床分離株を用いた検討においても,相当数の頻度で,代謝が耐性に関与しているようだ。耐性機構が判明すれば,当然のことながらその耐性機構を対象にした治療法の開発が考えられる。今後は,この代謝をターゲットにした新しいアプローチの抗菌薬開発が進むことが期待される。
1)自己免疫疾患
ANCA関連血管炎の治療薬アバコパン(Avacopan for the treatment of ANCA-associated vasculitis) |
ANCA関連血管炎の病因として,最終的にC5a産生をもたらす補体副経路(リンク)の活性化がこれまでに研究されてきた。アバコパン(Avacopan)は経口の低分子のC5a受容体拮抗薬で,C5a受容体(CD88とも呼ばれる)を介して,C5aの作用を選択的に遮断し,好中球の走化・活性化を阻害する。マウス実験による結果やフェーズ2臨床試験での結果を踏まえて,今回,フェーズ3試験(ADVOCATE)が行われている。
英米の研究チームによるランダム化比較試験で,ANCA 関連血管炎の患者を,アバコパン 30 mg を1 日 2回経口投与する群と,プレドニゾン(60mg/dayから開始)を漸減するスケジュールで経口投与する群に1:1の割合で割り付けられている。全例がシクロホスファミド(続いてアザチオプリン)もしくはリツキシマブの投与を受けている。プライマリーエンドポイントは,26 週の時点でのバーミンガム血管炎活動性スコア(BVAS)で評価する寛解とされている。また,もう1つのプライマリーエンドポイントは26 週と 52 週の両時点における寛解と定義している。両エンドポイントにおいて,非劣性と優越性を検証している。
331 例がランダム化され,166 例がアバコパン群,165 例がプレドニゾン群に割り付けられている。ベースライン時の BVAS の平均値は両群とも 16 であり,有意差はなかった。1 つ目の主要エンドポイントである26 週の時点での寛解に関しては,アバコパン投与群では 166 例中 120 例(72.3%)で認められたのに対し,プレドニゾン投与群では164 例中 115 例(70.1%)に認められた(非劣性に関しては P<0.001,優越性に関しては P=0.24)。2 つ目の主要エンドポイントである52 週の時点での持続的寛解は,アバコパン投与群では166 例中 109 例(65.7%)に対し,プレドニゾン投与群では164 例中 90 例(54.9%)に認められた(非劣性に関しては P<0.001,優越性に関してはP=0.007)。重篤な有害事象はアバコパン投与群で 37.3%であったのに対し,プレドニゾン投与群では 39.0%に発現した。
PNHに対する治療で使用されているC5に対するモノクローナル抗体であるエクリズマブでは髄膜炎菌による髄膜炎が有害事象として報告されているのに,この経口の低分子化合物では,髄膜炎菌による髄膜炎はもちろんのこと,他の感染症による重篤な有害事象が報告されていない。臨床試験における有害事象と市販後調査に報告されてくる有害事象は乖離が認められることが多いので,まだまだ注視しなければならないが,もしかすると,リバース薬理学の観点から感染免疫の一端がわかってくるかもしれない。
この研究成果をまとめた約2分の動画(リンク)が実にわかりやすい。
2)その他:COVID-19
COVID-19の感染初期における回復者血漿(Early high-titer plasma therapy to prevent severe Covid-19 in OLDER Adults) |
SARS-CoV-2感染から3 日以内の高齢者に,抗体価の高い回復者血漿もしくはプラセボを投与。COVID-19 が進行した割合は,回復者血漿が投与された患者(n=80)では 16%であり,プラセボが投与された患者では31%で,約半分であった(P=0.03)。
COVID-19 に対する回復者血漿(A randomized trial of convalescent plasma in Covid-19 severe pneumonia) |
COVID-19による重症肺炎を有する成人入院患者が,回復者血漿投与群とプラセボ投与群に 2:1の割合で無作為に割り付けられ,30 日目の臨床転帰に 2 群間で有意差は認められなかった。
今回のNEJMでは「COVID-19 に対する回復者血漿」に関して2報,報告されている。この相反する結果は,臨床試験のデザインの問題なのか,サンプルサイズの問題(「COVID-19の感染初期における回復者血漿」はプラセボ群でも25例と,各割付群のイベント数が少ないので,False Positiveの可能性は十分にありそうだ)なのか,今後の知見のフォローアップが必要であろう。
今週の写真:木の枝の周りを氷が取り囲んでいる様子。じっと耐えながらも、色々な所に一刻も早く“春”が訪れてほしい。 |
(南宮湖)