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COVID-19感染肺BALデータからどう肺炎病態が推測されるか?/ヒト肺腺癌細胞株A549細胞のSCIDマウス肺移植転移モデルをCRISPRi/a lineage解析すれば?/COVID-19治療薬(Dexamethasone、Tocilizumab)臨床試験成績の背景を考える
SARS-CoV-2ワクチンの先行接種が始まっている。COVID-19 pandemicはまことに重い社会負荷である。TJHに取り上げる論文もややもするとcovidizationとなる。今回はNature論文とNEJM論文がCOVID-19関連であるが,back to back的側面を感じる。Scienceの論文は自身も実験系として使用していたA549肺癌細胞株とSCIDマウスモデルであるが超最新のcancer biologyである。呼吸器にいると他領域で使用される最新研究技術から疎くなる嫌いがあるので,身近な系でその内容に挑戦してみたい。
1)コロナウイルス
SARS-CoV-2肺炎における感染マクロファージとT細胞の間の回路(Circuits between infected macrophages and T cells in SARS-CoV-2 pneumonia) |
SARS-CoV-2の感染病態は,その長期後遺症としてメディアが報告する多彩な病態を見ても,まだまだ未知な点が多い。特異臓器への感染病態を反映するのか? コロナ感染が惹起した免疫過剰反応による病態なのか? いうまでもなく,死亡原因のほとんどは重症の急性肺損傷(ALI)である。しかし,CT像にみる特徴的な肺小葉をつなげるような広がりと,通常の肺損傷に比べ時間経過が緩徐である事実は,その病態への謎をはらんだままである。
今回取り上げる論文は,米国Northwestern大学のグループからの報告である。呼吸器として興味あるのは,COVID-19肺炎患者88名のBALを実施し,10人の検体ではscRNAseqのデータも示している点である。またCOVID-19以外の重症肺炎患者のBALとの比較も見られる。コロナ感染肺炎でのBALデータは引用文献ではもう何報も報告されているようだ。呼吸器としては関心がある病態形成の現場のデータである。
著者らは,普通は最後に加えるまとめのSchemaを最初に出している(Fig. 1)。ここには対象患者の経過一覧と,そのDemographicsが図示されている。顕著な違いとして,ICUやventilator装着期間の長さが,他の肺炎に比べ歴然とした差がある(被検COVID-19患者にヒスパニック系の割合が高いのは,医療費等への配慮があるためか?)。
BAL細胞の特徴はCD4+,CD8+,monocytesが優位な点である(Fig. 2)。これはlymphocyte alveolitisであり,ステロイド剤の効果も理にはかなっている。液性成分としてはCCL7,CCL8,CCL13等の単球やT細胞の肺胞へのrecruitingに関連するものがCOVID-19患者に特徴的である(Fig. 2c)。挿管後48時間以内と,機械換気下48時間以上での2回経時的BAL検査しえた例では,時間経過でNeutrophilsが増える(Fig. 3b)。
最後に,重症COVID-19肺炎患者10名で,挿管48時間以内のBAL回収細胞のscRNAseqデータが示されている(Fig. 4)。UMAP(リンク)表示では,もちろんマクロファージ系細胞,リンパ球系細胞が大きな領域で,わずかに気道上皮系細胞も見られる。しかしType 1 interferonはつかまらず,Interferon γ発現のリンパ球分画が見られる。SARS-CoV-2のtranscriptsは気道上皮細胞に感染するのでAT1,AT2細胞に認められ,受容体であるACE2がない単球や肺胞マクロファージではpositive strandとして検出されている。
以上のデータから,著者らはFig.1aに示されたschemaを提唱し,感染した(あるいはウイルス粒子を取り込んだ)TRAM(tissue-resident alveolar macrophage)からのchemokineにより,T細胞がrecruitされ,この病態にむしろTRAMに対しinterferonγが分泌され,SARS-CoV-2陽性マクロファージを細胞死に導き,さらに単球,T細胞のrecruitがなされる。結局,肺胞腔内に感作T細胞と感染肺胞マクロファージ間のcircuitが形成されると考えている。
興味ある一点は,著者らは治療という面からIL-6にも関心があるが,BAL細胞における発現はそんなに顕著ではなく,他の肺炎のレベルであると述べている。
また肺障害が高齢者に多いのはcross-reactive memory T細胞が高齢者には多い点も指摘している。一方,肺炎の広がりに時間が緩徐であるのは,このSARS-CoV-2感染TRAM(あるいはrecruitされる単球)が「トロイの木馬」となり,肺小葉中心にKohn’s poreを介して拡大すると考えているようである。
呼吸器としてはBALデータは貴重であるが,すでにautopsy肺の電顕像では肺胞内皮細胞のコロナ感染像などが示されている。こうした末梢肺組織全体のscRNAseqが知りたいところではある。今回は剖検肺で一部FISH像が説明されているだけである。
本論文はNews&Viewsにも紹介されているが,“…shed some light on the mystery”との表現にとどまっている。このNature論文は,今回取り上げたNEJM誌のCOVID-19患者治療臨床試験結果と併せ考えるべき点が多々ある。
1)腫瘍学,コンピュータ生物学
単一細胞lineage法は,癌xenograft系の転移の速度,経路,およびドライバー遺伝子を明らかにする(Single-cell lineages reveal the rates, routes, and drivers of metastasis in cancer xenografts) |
昨年予想通り早期ノーベル賞受賞となったCRISPR/Cas技術の遺伝子editingは,その応用が急速に展開している。ゲノム上のあらかじめ決められた編集位置に塩基の欠損deletion(CRISPRi)やinsertion(CRISPRa)によるindel markingを入れることで,細胞分裂進行の時間経過変化(lineage tracing)が解析可能となる。最近次々と胎児における幹細胞からの形態形成や血球系細胞の分化などlineage解析が追跡され論文報告されている。
当然癌組織における細胞分裂や転移の事象は,このCRISPR/Cas技術で解析できる。本論文は退職10年の身にはchallengingであるが,実際にヒト肺腺癌細胞株A549をSCIDマウスに移植する実験系は,ほぼ20年前まだ「のどか」な前臨床実験で実施していた過去もあり,読んでみた。
研究の中心は,米国MIT,White HeadでCRISPRiを開発したJonathan S Weissmanとコンピュータ生物学者を含むUCSF研究者たちである。読後感はただただ圧倒された。
こうした新規分野には素人であるが,なるほどと納得しながら論文を追跡できるロジック構成も素晴らしい。実臨床というより,cancer biologyとは何か?を概念理解するために,今回初めて示された癌組織lineage,構成癌細胞scRNAseqの詳細について,一読する価値がある。
実験系は最初のSummary pageの図の通りで,遺伝子マーカー操作したA549-LT(lineage tracing)細胞(約5,000細胞)をMatrigelを使用し,SCIDマウスの左肺に移植する。2カ月放置後,左右肺,縦郭リンパ節,肝臓における転移巣を①lineage tracingし,②scRNAseqでA549細胞の悪性度と関連遺伝子発現を調べるという方法論である。もちろん数理統計学的仮説や方法論はSupplに詳しいが,そういうものかという以外ない。
より詳細にはSupplementの図S2にA549細胞に仕込む4種の発色やconstruct(①Luciferase-Neomycin and antibiotics selected,②Cas9-mCherry and fluorescence-selected,③serial, high-titer TargetSite GFP and fluorescence-sorted,④ triple-sgRNA BFP-Puromycin and fluorescence-sorted)が示してあり,次の図S3にはCRISPRi/aの実際のsiteや細胞を個別識別するIntBC(internal barcode),UMI(unique molecular identifier),cellBC(cellular barcode)のlentivirus constructが示されている。CRISPRi/a理解に関しては日本語では例えば以下がある(リンク)。
さてFigを順に追いながら簡便に説明する。
Fig. 1ではlineage tracing実験の概念図として,左肺へのA549-LT細胞の注入,そしてそのluciferase発色による腫瘍組織size,転移先の追跡,さらに蛍光標識下にヒト由来A549細胞のFACS分別がなされ,M5Kと命名したSCIDマウス移植/転移系における41,487細胞を用いて解析が始まる。
Fig. 2ではまずlineage解析が示される。今まで目にした覚えのない図には,100種のclone(それ以上のcloneは意義が薄れると説明)のclone size(面積比は細胞数の√)(CP001 cloneは11,000細胞超,CP100 cloneは約30細胞),転移先臓器が色分けで示され,lineage解析の一覧が示されていて,まず圧倒される。
Fig. 3ではその1つCP003 clone(N=5,616細胞)に関して,詳細なallele状況とlineage depth(15.5)が示され,allele distanceとphylogenetic distanceに相関が示されている。
Fig. 4は,転移頻度としてnon-metastatic(例 CP029),weakly metastatic(例 CP019),highly metastatic(例 CP013)でのlineage状況が示されている。
Fig. 5は40000以上の細胞scRNAseqを基礎にした高転移性に関連する遺伝子(IFI27,REG4など)と低転移性に関連する遺伝子(KRT17,ID3など)が示されている。これらは別個実験の個体(M10K,M100K,M30K)の解析を通しても同じ傾向が見られ,さらにはCRISPRi knock-down,CRISPRa knock-upでin vitroでのinvasion実験系で,実際にin vivoのデータが追認されることに驚く。
Fig. 6ではこれらの遺伝子発現差としてのin vivoの転移成績が,実は最初の,移植前A549-LT細胞におけるheterogeneityを反映しているという事実,すなわち実臨床では原発巣形成腫瘍細胞クローンの遺伝子発現傾向が,その後の転移という臨床像に現れる事を示し,こうした事実はlineage tracer技術により初めて明らかになったとしている。
Fig. 7は,では転移経路解析はどうか? これをprimary seed,re-seeding,bidirectional seeding,seeding cascade,parallel seedingに分類して,全クローンを解析し,A549肺癌細胞株ではmediastinal lymph node転移がhubのような役割をしていると述べている。また実臨床では個々の患者で非常に特異な現象でありうると述べている。
以上,20年前の「のどかな田園」的実験と比べ,同じA549細胞SCID移植実験内容が「CRISPRi/a lineage解析とscRNAseq発現解析によるPC数理解析空間」的解釈に展開したという印象である。あるいは浦島太郎が20年後の世界を垣間見たといってもいい。2012年のCRISPR技術革新,barcoding技術展開がここまでcancer biologyの実像を見せてくれるとは! 先にも書いたがロジック展開は非常にわかりやすいので,浦島太郎にならないよう是非一読を薦める。
1)COVID-19臨床試験
・Covid-19入院患者に対するデキサメタゾン(Dexamethasone in hospitalized patients with Covid-19) ・RECOVERYプラットフォーム(The RECOVERY Platform) |
・Covid-19の重症患者におけるインターロイキン6受容体拮抗薬(Interleukin-6 receptor antagonists in critically Ill patients with Covid-19) ・重症Covid-19肺炎の入院患者におけるトシリズマブ(Tocilizumab in hospitalized patients with severe Covid-19 pneumonia) ・Covid-19におけるインターロイキン6受容体阻害—炎症性スープの冷却(Interleukin-6 receptor inhibition in Covid-19 — Cooling the inflammatory soup) |
COVID-19感染症に対する各種薬剤の臨床試験は,並行する感染爆発の中で,ややもすると小規模で,その結果は“anecdotal”(もう1つのEditorialにFauci先生らが書いている)で,エビデンスとするには困難である。その中でも有望とされるのがステロイド剤,またIL-6 receptor antagonistsなどが挙がっている。
今週号にはDexamethasoneがポジティブに,または2月25日にはCOVID-19関連のRecently published配信に,IL-6 receptor antagonistsに関するに2報の臨床試験が公開された。1つはCOVACTA試験ではネガティブ,もう1つのREMAP-CAP試験ではポジティブな結果として報告されている。しかしその成績を見ただけでは背景がつかめない。
今回,これら臨床試験報告にEditorialが3報ついている。これらのeditorialを通読すると,COVID-19重症性肺炎における臨床成績の背景がようやく見えてくる。実はこれらには深い関連がある。加えて,今週号紹介のNature論文も参考となりsuggestiveである。
まずはDexamethasone臨床試験である。これはRECOVERY platformでなされ,NormandのEditorialにその背景が詳しく述べられている。
それによるとRECOVERYは英国で入院COVID-19患者に対し,single end points,すなわちランダム化後28日の死亡を評価するものである。全エンロールは11,303名でusual careの対照に対し,Dexamethasoneには6,425名が振り分けられている(その他にもhydroxychloroquine,lopinavir-ritonavir,azithromycinに振り分けられ,これらが終了後もconvalescent plasmaやtocilizumab等を受けることもできる)。このRECOVERY試験の特性として,minimal data collectionや英国のNational Registry等のPublic Health Systemも重要であることが述べられている。こうした点は日本の医療保険システムも整備すれば,薬剤再評価や今回のような感染流行期での応用も考えられる。
実際には2,104名の患者がDexamethasone,4,321名がusual careで,28日時点の死亡が前者482名(22.9%),後者1,110名(25.7%)(p<0.001)であった。それ以外にもRECOVERYシステムではさらに重症程度による差が明らかになった。機械換気の患者群が最も有効で,次に酸素投与群,驚くべきはこれらを受けていない(軽症?)患者では有意差が示されなかった(Fig. 3)。
一方,IL-6 receptor inhibitorに関しては,RubinらのEditorialに詳しい。実は有意差がなかったCOVACTA試験ではステロイド剤がほとんど使われていない。これに対し,REMAP-CAPでは93%の患者にステロイド剤が使用され,また現在MedrxivにUPされているRECOVERYでのTocilizumabでは82%の患者にステロイド剤が用いられ,共に有効評価になっているという。すなわちIL-6 blockade+glucocorticoidsがadditiveか? synergisticか? ということになる。
ということでIL-6 receptor blockadeはまだどのタイミングが妥当かを検証する必要がある。一方で前述NatureのBAL論文によると,IL-6産生が末梢肺野では顕著でないという。これらは基礎的研究面でも臨床面でもさらなる検討の必要性を示している。
今週の写真:厳冬期快晴の蔵王山頂駅展望台より,樹氷モンスターとゴンドラ。遠景は左が飯豊連峰,右は朝日連峰。終点からは懺悔坂を通って蔵王温泉まで,9kmのski downhillコースとなる。 |
(貫和敏博)