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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 136

公開日:2021.3.10


今週のジャーナル

Nature Vol. 591, No.7848(2021年3月4日)日本語版 英語版

Science Vol. 371, Issue #6533(2021年3月5日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 9(2021年3月4日)日本語版 英語版







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がん細胞の染色体粉砕(クロモスリプシス)から遺伝子増幅へ/マクロファージの凝集は血栓の様に組織修復するが癒着の原因/Covid-19患者に対するバリシチニブとレムデシビルの併用療法

•Nature

 今週のNature誌の表紙は,膨大な圧力のかかる深海を探索するロボットとその開発のアイデアの元となった深海に生息するマリアナスネイルフィッシュの絵である。このロボットは魚をまねて,柔軟なシリコンマトリックスに包まれており,様々な電子部品を全体に分散して配置することで極端な圧力にも耐えられる構造にしている。実際に南シナ海の深さ3,224mの海域とマリアナ海溝の深さ最大1万900mの海域で試験し,動作させることに成功しているという。

1)がん  
染色体粉砕(クロモスリプシス)はがんにおける遺伝子増幅の進化を駆動する(Chromothripsis drives the evolution of gene amplification in cancer
 遺伝子増幅は,がん遺伝子の過剰発現を介して発がん(イニシエーション)の一因となったり,抗癌薬の効果を低下させる作用を持つ遺伝子の発現を増加させることで,がんの治療抵抗性を生み出す原因となったりすることが知られている。がん細胞の薬剤耐性の原因としての染色体の局所的増幅は,1978年にメソトレキセートを用いた研究が報告されている。米国サンディエゴのUCSDの研究グループからの今回の論文では,この古典的な遺伝子増幅について,1940年代に報告されている染色体の「切断–融合–架橋サイクル」から最近の「クロモスリプシス」に至る70年間の知見に基づくメカニズムについて解析報告している。
 「クロモスリプシス(chromothripsis)」は,染色体の大量の個所の崩壊と再編成がおこる現象で,ギリシャ語でchromosome(染色体)の略語であるchromoと,「粉々に砕く」という意味を表すthripsisに由来する(Wiki)。
 抗癌薬の治療抵抗性を獲得したクローン細胞分離株について全ゲノム塩基配列解読(whole-genome sequencing: WGS)を行ったところ,クロモスリプシスが環状の染色体外DNA(extrachromosomal DNA: ecDNA:Wiki)増幅(二重微小染色体,(double minute : DM)染色体とも呼ばれる:Wiki)の主要な駆動要因であることが明らかとなった。
 さらなる解析により,この過程はポリADP-リボースポリメラーゼ(PARP)と,DNA依存性プロテインキナーゼの触媒サブユニット(DNA-PKcs)に依存した機構を介して起こることが示された。
 抗癌薬の濃度を徐々に上げて解析していくと,クロモスリプシスが何度も繰り返し生じて,ecDNAのより複雑なDNA組換えを起こした構造的進化によって,さらに強い薬剤耐性が獲得されることが明らかになった(Fig.2c,d)。
 以前よりテロメア周囲では染色体への組み込みが起きやすいことが知られているが,ecDNAは選択的に染色体末端付近に留まって存在し,DNA損傷があると再び染色体に組み込まれることが判明した。はじめは低レベルの薬剤選択下で形成された染色体内増幅は,継続的な以前より報告のある切断–融合–架橋サイクル(cycle of breakage-fusion-bridge:BFB))を経て長さ100Mbpを超えるアンプリコンを生成する。それらが細胞周期の間期に見られる架橋構造(interphase bridge)内に捕らえられた後に粉砕され,その結果,染色体粉砕の基質となるecDNAを封入した微小核が作り出される(Fig. 4g)。また,薬剤抵抗性の獲得やがん遺伝子の増幅が起きたヒトがんにおいて,局所的な遺伝子増幅と関連した同様のゲノム再編成プロファイルが明らかとなった。なおがん細胞の異常ゲノム構造を説明するクロモスリプシスとBFBについては,以前の「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 93でも別の論文を紹介している。
 本研究によって,クロモスリプシスが,ゲノムDNAの再編成と増幅を起こしてecDNAの生成を加速させ,薬剤耐性の急速な獲得を可能にしていることが示された。Extended Data Fig.11g(Extended Data Fig. 11)に本研究で明らかとなった遺伝子増幅の機構がまとめられている。

•Science

1)免疫学 
原始GATA6マクロファージは無菌損傷において血管外の血小板のように機能する(Primordial GATA6 macrophages function as extravascular platelets in sterile injury
 カナダのカルガリー大学からの論文で,腹腔マクロファージの新たな機能について報告している。腹腔,胸腔,心膜腔といった体腔に存在するマクロファージは転写因子GATA6が陽性であることが知られている。体腔自体は臓器を分ける間隙として生物進化の古くから存在し,アメリカムラサキウニの研究では,腹腔マクロファージに相当するCoelomocytes(体腔細胞)が毒素や病原体の除去や組織修復に関わることが知られている。ウニの体腔細胞は,貪食作用以外に,体腔の傷害の際に直接凝集し,血液循環のない体内で,まるで血小板のような作用をすることで傷を塞ぐことが報告されている。
 哺乳類においても同様に腹腔マクロファージが組織修復に関わっていることは知られているが,その詳細は不明であった。そこで本研究では,マウスを用いて見事なイメージング解析を行っている。非常に高感度なハイブリッド検出器を備えた倒立多光子生体顕微鏡(intravital microscopy:IVM)を開発し,GATA6発現細胞を標識したレポーターマウスの腹腔内について観察した(Fig. 1)。腹腔内に浮遊する腹腔マクロファージは高速に移動することができ,多光子レーザーによって腹膜に局所傷害を引き起こした際には傷は数分以内に移動してきた数百の腹腔マクロファージによって塞がれることが明らかとなった。腹腔マクロファージの傷害部位への凝集は血小板の血栓形成に酷似しており,実際に同じイメージング手法で腹膜の局所傷害と血管内皮の局所傷害を比較して観察すると両者は実によく似た機構であった(Fig. 2)。動画(Movie 2)が実にわかりやすい。
 腹腔マクロファージの凝集メカニズムについて調べると,インテグリン,セレクチン,免疫グロブリン様接着分子といった従来の接着分子を抗体で阻害しても影響がないことから無関係であることが判明した。むしろ進化的に保存されているスカベンジャー受容体システインリッチ(scavenger receptor cysteine-rich:SRCR)ドメインを有する「クラスAスカベンジャー受容体」であるMSR1(macrophage scavenger receotpr1)やMARCO(macrophage receptor with collagenous structure)に依存していることが明らかとなった。
 開腹手術後に生じる腹膜癒着は強い腹膜傷害から続くこうしたマクロファージの凝集から始まり,腹腔中皮細胞が集まってきて,コラーゲン繊維の沈着も生じると瘢痕化することが明らかとなった。そしてマクロファージの阻害やスカベンジャー受容体の阻害によってこうした癒着を低下させることができ,臨床的に重要な腹腔内での手術後の瘢痕形成を防止するための治療標的となりうることが示された。
 本論文はPERSPECTIVEでも紹介されていて,その中のもわかりやすく説明している。

•NEJM

1)感染症 
成人Covid-19入院患者に対するバリシチニブとレムデシビルの併用(Baricitinib plus remdesivir for hospitalized adults with Covid-19
 Covid-19に対しては抗ウイルス薬と抗炎症薬が治療の中心となることがこれまでの研究で明らかになってきている。本論文は米国多施設のthe Adaptive Covid-19 Treatment Trial(ACTT-2)グループによる研究で,Covid-19患者に対するJanus kinase(JAK)阻害薬であるバリシチニブと抗ウイルス薬であるレムデシビルの併用を評価する二重盲検無作為化プラセボ対照試験であり,VISUAL ABSTRACTにまとめられている。
 サイトカイン受容体の下流のJAK/STATシグナル伝達経路には,JAK1,2,3とチロシンキナーゼが存在するが,バリシチニブはJAK1とJAK2に特異的に結合して阻害し,GM-CSF,IL-6,IFNγの作用を抑制するといわれている(Wiki)。
 成人Covid-19入院患者に対して全例に「レムデシビル(最長10日間)とバリシチニブ併用(最長14日間)」または「レムデシビルとプラセボ(対照)」を投与し,回復までの期間を主要評価項目,15日目の臨床状態を重要な副次的評価項目としている。1,033例が無作為化され(515例が併用群,518例が対照群),バリシチニブの併用投与を受けた患者群では回復までの期間の中央値が7日(95%信頼区間[CI]:6~8)であったのに対し,対照群では8日(95%CI:7~9)であり(回復率比1.16,95%CI:1.01~1.32,p=0.03),15日目の臨床状態改善がオッズ比1.3と30%高かった。高流量酸素投与または非侵襲的人工呼吸管理を受けていた患者ではバリシチニブの併用患者での効果が強くみられ,回復までの期間の中央値は10日,対照群で18日であった(回復率比1.51,95%CI:1.10~2.08)。28日死亡率は併用群で5.1%であったのに対して,対照群で7.8%であった(死亡のハザード比0.65,95%CI:0.39~1.09)。重篤な有害事象の頻度や新たな感染症は併用群のほうが対照群よりも低かった。以上からバリシチニブとレムデシビルの併用は,Covid-19患者の,特に高流量酸素投与または非侵襲的人工呼吸管理を受けていた患者における回復までの期間の短縮および臨床状態の改善に関して,レムデシビル単独よりも優れていると考えられた。


今週の写真:千葉大学構内に咲く花(寒桜?)


(鈴木拓児)

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