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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 137

公開日:2021.3.17


今週のジャーナル

Nature Vol. 591, No.7849(2021年3月11日)日本語版 英語版

Science Vol. 371, Issue #6534(2021年3月12日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 10(2021年3月11日)日本語版 英語版







Archive

癌に加担する裏切り者の脂質ーTregの脂質代謝変化/抗リン脂質抗体が血液凝固を誘導するメカニズムが明らかに/COVID-19入院患者に対するBamlanivimab単剤の有益性は証明されず

 今週のNatureのNEWSでは,COVID-19重症化予防に関する中和抗体治療のPromisingな2つの試験のunpublishedの情報が紹介されている(リンク)。1つは,Vir BiotechnologyとGSKの開発による中和抗体VIR-7831(2003年のSARSから回復した患者由来で,SARS-CoV-2のスパイク蛋白にも反応)で,単剤により入院および死亡リスクを85%低下させたというもの。 もう1つは,Eli Lilly による2種類の中和抗体LY-CoV555(Bamlanivimab)とLY-CoV016(etesevimab)の併用により入院および死亡リスクが87%低下したと記載されている。一方で,今週のNEJMでは,そのEli Lillyの抗体の1つであるLY-CoV555(Bamlanivimab)は,COVID-19入院患者に対して,単剤投与による基礎治療への上乗せ効果を示せなかったという内容を報告している。中和抗体の種類による影響,ウイルス側の要因,患者の層別化など今後の解析結果が期待される。


•Nature

1)免疫学 

腫瘍環境では,脂質シグナル伝達によってTregの機能が強化される(Lipid signalling enforces functional specialization of Treg cells in tumours

 制御性T細胞(Treg)は,もともと自己の抗原に対して免疫応答を回避するための「免疫寛容」の誘導に重要な役割を果たしている。一方,腫瘍環境においては,癌細胞の免疫逃避にも関与し,APC分化・成熟の抑制,抑制性サイトカイン(TGF-β,IL-10など)および細胞傷害性物質(パーフォリン,グランザイムなど)を介した細胞傷害性CD8+T細胞やCD4+ヘルパーT細胞の抑制・破壊などによって,抗腫瘍免疫応答を阻害している。最近複数の研究グループから腫瘍環境中でどのようにしてTregが増加し,抑制活性を高めているのか,様々な知見が報告されている。


 今回,米国セントジュードチルドレンズリサーチホスピタルのグループから,腫瘍環境中のTregでは,sterol regulatory element binding proteins(SREBPs)という転写因子の活性化を介して,①fatty-acid synthase(FASN)の発現増加に伴う脂質産生経路の亢進が生じ,それがTregの成熟および活性化に寄与すること,②同じ転写因子の活性化を介して,HMG-CoA reductase(HMGCR)の発現増加に伴うメバロン酸経路の亢進が生じ,ゲラニルゲラニル二リン酸の産生を通じてプレニル化(Wiki)を誘導し,Tregが安定化することを報告している。本論文は,News&Viewsでも紹介され,代謝経路についてわかりやすいFigureが掲載されている。


 腫瘍中と末梢リンパ節のTregをそれぞれ単離し,代謝関連シグナルを比較した結果,腫瘍内Tregで最も亢進しているシグナルは,SREBPsによって制御される経路であることがわかった。その結果に基づき,TregのみでSREBPを活性化するSREBP cleavage-activating protein(Scap)を欠損したマウスモデルを作成したところ,コントロールと比較して腫瘍は縮小し,抗PD-1抗体への感受性も改善することが示された。興味深いことに,このTregのみでScapを欠損したマウスは,定常状態ではTregの機能は維持され,自己免疫疾患を発症することはなく,また実験的自己免疫性脳脊髄炎モデルにおいてもコントロールと比較して表現形に有意な差は認めなかった。以上から,SCAPおよびSREBPsは腫瘍環境のTregの活性化に特異的に関与する因子であることが示された。腫瘍環境では,Scap欠損Tregの機能が障害されるメカニズムとして,細胞増殖,IL-2への感受性,ミトコンドリア機能などを評価したところ,いずれも変化は認めなかった。一方,活性化Caspase-3の発現増加(アポトーシスの誘導)により生存が低下することがわかった。さらにScap欠損TregではPD-1発現低下およびIFNγ産生亢進を認めており,いわゆる脆弱性Tregとしての表現形を示した。このような脆弱性Tregとしての表現形を示すScap欠損Tregでは,PI3Kシグナルの亢進を介して,PD-1低下およびIFNγ亢進が認められていることがわかった。抗PD-1抗体による治療を行うと,腫瘍中のScap欠損TregでPI3Kシグナルの亢進が認められることから,SCAPとPD-1シグナルは,協調してIFNγ産生およびPI3Kシグナルを抑制していることがわかった。


 さらに,Scapの有無でTregの遺伝発現プロファイルを比較したところ,脂肪酸代謝とコレステロール代謝の経路が特にScap欠損Tregで低下していることがわかった。脂肪酸代謝に関わるFasn,コレステロール代謝に関わるHmgcrをTreg特異的に欠損させたマウスを作成すると,いずれも機能低下が認められた,特にHmgcr欠損では強い自己免疫が誘導された(HmgcrのTregにおける作用については,薬剤(スタチン)による抑制で解析を進めている)。Fasn欠損Tregのマウスでは,Scapと同様に腫瘍の縮小を認めた。TregにおけるFasn(脂肪酸代謝)の役割について評価したところ,腫瘍環境でT細胞受容体刺激が加わった状況に限り,Tregの活性化および成熟に寄与することがわかった。一方,PD-1発現にもT細胞受容体刺激が関与するが,こちらには脂肪酸代謝ではなく,HMGCR下流シグナルにあたるメバロン酸代謝経路が関与することがわかった(サマリー)。以上から,腫瘍中のTregでは,SREBPsに基づく脂肪酸代謝およびメバロン酸代謝経路を活用した特異的なTreg活性化メカニズムが存在することを明らかになった。腫瘍中Treg特異的に活性化しているメタボリックチェックポイントを特定できたことで,今後治療標的として免疫療法の効果改善が期待される。

•Science

 今週号には,ちょうど10年が経過した東日本大震災に関する日本からのREVIEWが掲載されている。


1)自己免疫疾患 

Protein C受容体を介した脂質の細胞膜上へ提示が,自己免疫に伴う血液凝固をもたらす(Lipid presentation by the protein C receptor links coagulation with autoimmunity

 抗リン脂質抗体症候群は,静脈内血栓,脳梗塞,微小血管障害による各種臓器障害,習慣性流産などを伴う重篤な自己免疫疾患である。抗リン脂質抗体には,カルジオリピンを標的とする抗体とplasma protein b2 glycoprotein I(b2GPI)に対する抗体が存在するが,抗リン脂質抗体が特異的に何を認識しているのかに関しては知られていなかった。
 今回ドイツのマインツのグループは,炎症病態では,細胞膜上のendothelial protein C receptor(EPCR)を介して,エンドソームに局在するlysobiphosphatidic acid(LBPA)が提示され,それが抗リン脂質抗体によって特異的に認識されていることを明らかにした。LBPAと抗リン脂質抗体の複合体は,樹状細胞ではTLR7/8を介してI型INFの産生を誘導し,炎症およびさらなる自己抗体産生を促す。また単球では,TNFやcoagulation initiator tissue factor(TF)の産生を誘導し,血栓傾向などに寄与する可能性を明らかにした。PERSPECTIVESでも紹介され,概略図が掲載されている。またサマリーにもわかりやすい図解が載っている。


 EPCR-LBPAと抗リン脂質抗体との相互作用を阻害する抗体と阻害しない抗体を準備し,樹状細胞を抗リン脂質抗体や自然免疫リガンドで刺激した際のI型IFNやTNFの産生を評価している。その結果,LBPAと抗リン脂質抗体の相互作用を阻害する抗体によりI型IFNの産生のみが低下することが示された。さらに共焦点顕微鏡などによる局在に関する解析によって,抗リン脂質抗体が細胞膜上でLBPAと結合し,Fc依存的にエンドソーム内へトランスロケーションすることがわかった。またEPCRをコードする遺伝子Procrの変異を有する単球を作成すると,抗リン脂質抗体と結合はするものの,エンドソーム内へ移動しないこともわかった。抗リン脂質抗体が細胞膜上のEPCR-LBPAに結合すると,トロンビン-PAR1シグナルを介してacid sphingomyelinase(ASM)の細胞表面へのトランスロケーションが促進されることも同時に示しており,その結果として凝固促進の作用をもつphosphatidylserine(PS)の翻転が誘導することが明らかになった(これが血栓を生じるメカニズムの可能性として示されている)。In vivoにおける抗リン脂質抗体の機能を評価するため,ループス様の自己免疫を発症するマウスモデルMRL-Faslprの血液から抗体を単離し,単球に作用させるとEPCR-LBPA依存的なI型IFNの産生が誘導されることが確認出来,ヒトの抗リン脂質抗体症候群の病態を再現出来ているモデルであることが示された。また抗リン脂質抗体をTLR7ノックアウトマウスに投与した際には,I型IFN産生が誘導されないことから,抗リン脂質抗体とEPCR-LBPAの複合体がTLR7を介してIFNを誘導していることが示された。さらにMRL-FaslprにEPCR-LBPAと抗リン脂質抗体の相互作用を遮断する抗体を投与すると,自己抗体産生が抑制されるとともに,自己免疫に伴う腎臓病変が軽快することがわかった。以上から抗リン脂質抗体症候群の病態形成において,抗リン脂質抗体とEPCR-LBPAの複合体がエンドソームに取り込まれ,自然免疫系の活性化を誘導することが引き金となっていることが示唆された。抗リン脂質抗体が特異的に認識する標的分子が明らかになったことから,新たな治療介入の糸口になる可能性が期待される。

•NEJM

1)感染症学 

Covid-19入院患者に対するモノクローナル中和抗体(A neutralizing monoclonal antibody for hospitalized patients with Covid-19

 SARS-CoV-2に対するモノクローナル抗体LY-CoV555(Bamlanivimab)は,カナダのAbCellera社と米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のワクチン研究センターによって,COVID-19から回復した患者の血液中から作製された。SARS-CoV-2スパイク蛋白質の受容体結合ドメインに強い親和性をもつIgG1型の中和抗体である。臨床試験はEli Lillyによって行われ,最初の報告は,入院が必要ない軽症から中等症のCOVID-19患者に対して,LY-CoV555とプラセボを比較する二重盲検のフェーズ2試験が行われ,2020年10月28日のNEJMに掲載されている(リンク)。3種類の投与量のうち,1つの投与量設定でウイルス量が低下,2〜6日の重症度のわずかな改善,COVID-19による入院または救急外来に受診する患者の低下(LY-CoV555群1.6%,プラセボ群6.3%)が報告された。また先述の通り,NatureのNEWSに,同じくEli LillyによってLY-CoV555(Bamlanivimab)とLY-CoV016(etesevimab)の2剤の併用投与の試験が行われ,入院および死亡のリスクを87%減少できることが示されている様である。


 本試験は,COVID-19入院患者に対するLY-CoV555と基礎治療併用の効果を検討したもの。その内容は1枚のスライドでまとめられている(リンク)。臓器不全を伴わず,基礎治療として,全例でレムデシビルや,適応に応じた酸素投与やステロイド投与などが行われているCOVID-19入院患者に対して,中和抗体LY-CoV555の投与群とプラセボ群を1:1で無作為に割り付けて行われた。プライマリーアウトカムは90日間の持続的回復とし,生存時間解析で評価された。無益性の中間評価は,5日目の肺機能7段階のカテゴリーに基づいて行われた(実際の内容はFigure1Aに記載)。本試験は,2020年10月26日の時点で無益性のため登録の中止を勧告された。この時点で314例(LY-CoV555群163例およびプラセボ群151例)が無作為化され投与を受けていた。発症からの期間の中央値は7日で,中間評価となる5日目の時点で,LY-CoV555群81例(50%)とプラセボ群81例(54%)が良好なカテゴリー1および2に該当した。7段階カテゴリーで,LY-CoV555群がプラセボ群よりも良好なカテゴリーに該当するオッズ比は0.85(95%信頼区間:0.56-1.29,p=0.45)で有意差は認めなかった。安全性の転帰(5日目までの死亡,重篤な有害事象およびGrade3,4の有害事象)が発生した患者の割合は,LY-CoV555群とプラセボ群で同等だった(95%CI:0.78-3.10,p=0.20)。持続的な回復のrate ratioは1.06(95% CI:0.77-1.47)であった。以上から臓器不全を伴わないCOVID-19入院患者において,中和抗体LY-CoV555を基礎治療と併用した場合には,その有効性が示されなかった。
 以前の試験ではウイルス量の減少などを含め,一定の効果が示されているが,基礎治療に追加したLY-CoV555単剤の上乗せ効果は限定的であることが示唆された。一方で,NatureのNEWSでも示されているように,LY-CoV555とLY-CoV016の併用は有効性が期待され,GSKの中和抗体の有効性も期待されている。中和抗体の種類による影響,ウイルス側の要因や抗体治療が有効な患者の層別化なども含めて,今後の検討が待たれる。


(小山正平)


※500文字以内で書いてください