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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 141

公開日:2021.4.14


今週のジャーナル

Nature Vol. 592, No.7853(2021年4月8日)日本語版 英語版

Science Vol. 372, Issue #6538(2021年4月9日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 14(2021年4月8日)日本語版 英語版







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Less is more?引き算的思考によるイノベーションは難しい/コロナ変異株の拡がりと影響を推定する/急性呼吸不全例の酸素化目標値High&Low

 2021年度がはじまった。私達の教室でもたくさんの新人と新鮮な気分で新年度を迎えている。コロナとの付き合いは本年度も騒々しく続いていきそうであるが,呼吸器内科がコロナの最前線という理由だけで,そこに埋もれないようにしていきたいところである。今回は,Nature誌からは,少し趣をかえて,コロナ禍でも物事を創造・変革していくにあたりヒントとなりそうな,ヒトが物事を変化させる際に思考するプロセスを認知科学から解説した報告,Science誌からはイギリスでの実際の変異株の流行から数理学的に導きだされるその要因や,その後に取られるべき施策の妥当性を検証した報告,NEJM誌からは急性呼吸不全における酸素化目標値に関するRCTの結果を選択した。


•Nature

1)認知科学:Article 

人々はシステマチックに引き算という考え方を看過する(People systematically overlook subtractive changes

 多くの方と接していろいろな役割を果たす中で,最近ではどうしたら物事がうまく動くのだろうということを考える機会が増えた。小さなところでは家庭からはじまり,医局,病院,大学,大きなところでは行政の方々ともご一緒することがある。そこに属する個々の考えを基礎単位として,個人として集団としての振る舞いが決まっていくのだが,そういったプロセスの中でのヒトの知的な動きを対象としている学問が認知科学である。
 唐突だが,デスク廻りが大量のプリントアウトした論文,学部・病院から送られてくる膨大な書類,製薬メーカーからのたいそう美しく装飾されたパンフレットなどで収集がつかなくなっている際に,それをどう解決するだろうか? バージニア大学心理学部のグループは,このような状況の際に『整理をするための新しい棚を購入する道』を選択することが『断捨離をする道』を選択することより多くのヒトに認められること,そこから派生する現代社会の問題点そのものや,アプローチする際の視点としての有効性を報告している。今週号の表紙にも幾何学的なデザインで取り上げられている。私達が通常考える研究とは趣が異なるが,彼らの言うところの観察と実験を眺めていくと内容がよく理解できる。


 観察1:ある大学の次期学長が,大学が学生や地域により良いサービスを提供できるような変更点の提案を求め,職員の回答内容を足し算型(新たに行う施策の提案,新規施設の設置など),引き算型(利用手続きの簡略化,制限の撤廃など)に分類してみたところ,651件の提案のうち引き算型は70件(11%)であり,有意に少なかった。

 
 観察2Fig1aにあるような10×10のデジタルグリッド(グリッドをクリックすると色が白⇒緑⇒白と変わる)を左右対称にするように参加者に依頼したところ,緑⇒白を選択した(引き算型)ヒトは20%に過ぎなかった(有意差あり)。


 実験1:この実験はNews&Viewsがわかりやすい。参加者に以下のような問いかけを行う。レゴで作られたのような構造がある。屋根の上にブロックを積み上げたいのだが,屋根は片隅の1本の柱で支えられていることからすぐに崩れてしまう。どうしたらよいだろうか? ただし,ブロックは追加することができるが,1つ追加するたびに10セントがかかる。
 支える柱を10セントずつ払いながら増築するのが足し算型,引き算型は既存の柱を除いて屋根を土台に直接のせてしまうことである。どちらが安価でシンプルかは一目瞭然であるが,引き算型を回答した参加者は41%であった。興味深いことに,但し書きを『ブロックの追加には10セントかかるが,除去するのは無料である』と記載すると,引き算型を回答する割合は61%(有意差あり)へ上昇する。


 実験2:観察2と同様の10×10のデジタルグリッドを用いている。参加者にFig1dのグリッドを上下左右対称に配色するよう依頼した。左上の緑マスを白マスへ変換することが引き算型で最も効率が良い。しかしながら,その方法を回答したのは49%であった。そこで,次にFig1aからcまで順に回答してもらい,最後にFig1dを回答してもらったところ,引き算型の回答者は63%まで上昇した(有意差あり)。


 これらの結果は何を物語るのか。ヒトは引き算・削除での解決・変化よりも,足し算・追加での解決・変化を先に検討する傾向がある(観察1,2)。それは,引き算型の有用性を認識していなかったからではなく,そういう手法があるということを考慮しなかった,あるいは気づかなかったからである(実験1,2)。実際にヒントや練習の機会があった場合には引き算型の策が検討の机上に挙がり,その有用性から選択される可能性が高まっていることからわかる。


 興味深く感じた点は,このようなヒトの認知における特性が積み重なることにより,私達が暮らしている社会において,精神的負担や過密すぎるスケジュール,お役所仕事の増加(大学,病院でも書類や同意書,決まりごとばかりが増えて…),地球規模での環境問題,ごみ問題などにまで影響している可能性が考察されていたことである。そこからは,ひょっとしたら引き算型の検討をさまざまな場面で机上にのせるだけで,世の中のある場面では物事がよりシンプルにうまくいくことが示唆されてくる。ものごとを進めたいとき,変化を起こすべき時には足し算型だけでなく,少しだけ頭を使う負担は増えるが引き算型の検討をしてみても良いのかもしれない。医学研究や医療の領域においてもイノベーション・変革・創造などという言葉を聞くと新しいものを付加することにより推進することばかりに目が行くが,視点を“ぐっと”変えてみることも必要なのだろう。


•Science

1)感染症・コロナ:Article 

英国におけるイギリス変異株(COV 202012/01)の伝播性と影響を推定する(Estimated transmissibility and impact of SARS-CoV-2 lineage B.1.1.7 in England

 変異株による第4波が世の中をいっそう騒々しくしているが,共存していくための最優先の手段であるワクチン接種は本邦ではいっこうに進む気配がない。4月9日時点で接種総回数は150万回あまり,2回完了者は50万人弱であり,医療従事者にさえもいきわたっていない,引き続き国からは変異株の波を現場の努力でどうにかしろと言われているように感じてしまう。
 変異株についてはさまざまな情報が出てきているが,現在の日本では地域による差異はあるもののVOC202012/01(N501Yを含む株)が優勢のようであり,近いうちに既存株と置き換わることも想定される。今回,ロンドン大学衛生熱帯医学大学院をはじめとする欧州,米国の研究グループか,昨年12月時点までのイギリスの感染状況解析とそこから数理モデルを用いてシミュレートした感染流行状況予測が報告されている。現在のイギリスの感染状況と対比してみると大変興味深い。
 イギリスでは2020年9月に南東部で検出された変異株であるVOC 202012/01が急速に拡大し,わずか3カ月で全土を席捲する状況となった。現在では同株が世界中に拡大していることは周知の事実である。今回の検討では,その拡大過程での人々の人口動態的な社会的接触と移動のデータ,PCR検査データ,行われた施策を実存のデータとして収集し,それを基に①今回の急速な感染拡大の理由が人口動態的なものか,またはウイルスの感染性によるものか。②デンマーク,スイス,米国の感染データを加えることによる変異株の感染性の変化はどうか。③いくつかの介入施策をシミュレートし,有効性がどうか。を明らかにしている。
 Google mobilityなどのデータから複数の社会的接触指標(居住地,職場,店舗,講演,駅等)は大きく変化することはなかったが,2020年後半には急速にVOC 202012/01の急速な拡大を認めており,単純に接触が増加したから拡大したということでは説明がつかず感染性が変化したことが強く示唆された(Fig1)。
 ほかに検出されていた307系統の株との感染性の比較をさまざまな手法で行うと,VOC 202012/01は当初はひときわ強い感染性を示し,他株を凌駕するにつれその地域での実行再生産数の上昇をみとめた(Fig2)。またその上昇は解析手法によるばらつきはあるものの各国において43%から83%上昇させることが示された。
 イギリスでの変異株の急速な拡大は,人口動態的な要因ではなく感染性の変化が寄与していることが示唆されたことから,生物学的なメカニズムについても仮説を複数挙げ,各仮説が感染増加状況とどの程度合致するのかを検証している(Fig3)。仮説は以下の通りである,①感染力が高まっている。②感染期間が長くなっている。③免疫逃避に長けている。④子供の感受性が高まっている。⑤VOCの一世代が短くなっている。結果としては,①が最もよく合致し,②,④も良好だったが,家庭内感染やPCRの年代別データからは④は支持されず否定的であった。重症化や死亡率の増加についてはいずれのモデルも実際を説明することはできず,データが12月24日までのデータで解析したことから,その後に死亡者や重症者の増加が本格的となっており,解釈には慎重になる必要があると述べられている。最終的に,今後取られるであろう施策とワクチン接種の進み具合別に,感染状況のシミュレートを行っている(Fig4)。
 実際の英国の施策はⅲ(紫ライン)であるロックダウン+学校閉鎖がとられ,かつワクチンは4月上旬時点で国民の47%まで接種が進んでいるとされる。2021年の2月にはワクチン供給は250万回以上/週であることから,Fig4Cの紫ラインあたるものが現実である。4月以降の死者数は毎日二桁前半から一桁であり,まさにシミュレーション通りに感染制御が進んでいる。
 これらの解析,シミュレートの結果がイギリスで政策に反映されたのかははっきりしないが,ワクチン接種ボランティア戦略など,これまでに実際に取られた政策からは強く反映されたのだと考えたい。科学的根拠にもとづく方針の策定と,それを強く実行していくリーダーシップの必要性を強く再認識させる報告である。翻って到底そうはなっていない本邦の状況をどう考えたらよいのであろうか。日本の現状がFig4Aの緑ライン前夜でないことを祈るばかりである。

•NEJM

1)呼吸器:Original Article 

急性低酸素性呼吸不全に対する酸素化目標値の高低の比較(Lower or higher oxygenation targets for acute hypoxemic respiratory failures

 急性期呼吸不全の症例に酸素化目標値を高く保つか,低く保つかについては複数の相反する検討結果があり,ガイドラインでも言及されていない。2018年のメタ解析(Lancet 2018)では成人の急性疾患ではPaO2を低く保ったほうが好ましいことが示唆されたが,つい最近のARDSにおける試験(NEJM 2020)では,酸素目標値を低く保った群で腸間膜虚血の増加と90日死亡率の増加を認め,試験自体が打ち切りとなっている。
 今回の報告はヨーロッパにおける他施設共同無作為化試験の結果である。Quick Takeであらましが紹介されている。ICUに急性呼吸不全で入室し,適格条件を満たした2,888例をPaO2を90Torrと60Torrに保つ群に割付けて酸素供給は最長で90日間維持された。主要評価項目は90日以内の死亡率である。主な適格基準としては,18歳以上の急性呼吸不全症例であり,10L毎分以上の開放型酸素吸入もしくはFiO2:0.5以上の閉塞型酸素吸入,少なくとも24時間以上のICUでの治療が必要と考えられる例(今回の試験ではこの条件でP/F比<300と予測される例としている)である。入室12時間までにランダム化ができない例は除外された。結果であるが,90日以内の死亡率は酸素化目標値高値群で42.2%,低値群で42.9%(RR:1.02,95%CI:0.94-1.11,p=0.64)と差を認めなかった。副次的評価項目である,生命維持装置なしで生存していた日数の割合,退院後に生存していた日数の割合に有意差は認められなかった。有害事象としてのショック,心筋虚血,虚血性脳血管障害,消化管虚血の発生率にも差を認めなかった。
 今回の検討では対象例には緊急手術後例1.3%,予定術後例13.2%,ARDSは12.8%のみが含まれており,これらの疾患カテゴリーでの結論を出すことのできるプロトコールではない。しかし,より実際的な判断手段としてICUに入室するような急性呼吸不全症例はPaO2を60Torrを保つように酸素供給をすることに大きなデメリットはないという事実を提供している。


今週の写真:復興熊本城
2016年4月14日,16日と震度7の熊本地震が発生した。県民のシンボルであった熊本城天守閣も大きな痛手を受けた。私が熊本に着任したのが約2年後の2018年である。街中は震災後であることをほぼ感じさせなかったが,天守閣は足場に広く囲われ再建真っただ中であった。完全な復興には20年の歳月がかかるらしいが,そこから更に3年が経ち4月26日からは再建された天守閣の公開が始まる。写真は熊本城横の加藤神社より眺めた2018年6月と2021年3月の熊本城天守閣である。



(坂上拓郎)


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