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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 143

公開日:2021.4.28


今週のジャーナル

Nature Vol. 592, No.7855(2021年4月22日)日本語版 英語版

Sci Transl Med Vol. 13, Issue #585(2021年3月17日)英語版

NEJM Vol. 384, No. 16(2021年4月22日)日本語版 英語版







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Trial Pathfinder(Emulation by AI program)で検証するNSCLC臨床試験の適格条件/喫煙者肺になぜIPFが惹起されるか:シトルリン化という慢性線維化変化/Adenovirus vectorによるSARS-CoV-2ワクチンと血栓性血小板減少症

 本来ならば一番楽しい季節だ。しかし,日本ではこのTJHでも取り上げられているコロナ変異株N501Yの感染が関西圏で深刻な状況で,それが関東圏にも広がっている。緊急事態宣言による移動制限は必要であるが,一方ではワクチン輸入拡大と接種推進する以外に,具体的状況改善の道はない。感染症は危機管理,国家戦略要件だとの議論がようやく前面にでてきている。振り返れば失われた3年となるのか?

 一方,開催中の日本呼吸器学会はOnline,Zoom参加とならざるを得ない(関西圏の先生方には学会参加の余裕などないと叱られそうだ)。事後のon demand参加のみならず,同時多数会場でのon site参画への道を開くべきだろう。国際学会も,Nature briefingで紹介された米国学会参加のアンケートのように,今後はそうした流れになるのでないか?


•Nature

1)癌 

腫瘍学治験の適格性基準をリアルワールドデータとAIを用いて評価する(Evaluating eligibility criteria of oncology trials using real-world data and AI

 不思議な論文である。

 過去の臨床試験被験者databaseを用い,AIプログラムでそのeligibility criteria(適格条件)を再評価し,もっとrelaxed criteriaならば臨床試験参加者は増加が見込まれ,それによりhazard ratio(HR)の低下が期待できると結論づけている。

流行語「AI」。呼吸器学会でも「AI」のついたシンポジウムが複数見られる。しかし「顔認識」で知られる多数画像のneural circuitによるAI学習と,本論文の“Trial Pathfinder”は異なる。筆者は十分理解できたといえないが,取り上げられた対象がadvanced NSCLC(aNSCLC)の臨床試験であり,呼吸器として重要と判断し,紹介する。

論文は米国Stanford大学のElectrical Engineering部門等からである。こうしたelectronic health records(EHRs)の研究は,数年前から始まっており(リンク),COVID-19に関しても専門誌に投稿が見られる。


 用いられたdatabaseはFlatiron Health社のde-identified databaseが用いられている(実は,この会社をGoogle検索すると,2018年スイスのRoche社が18億ドルで買収というニュースが見つかり,かかる領域は製薬企業の関心でもある(リンク)。一方で医療保険側の関心も高い,新たな領域である)。

 このデータベースには219,312例が登録され,肺癌64,094例のNSCLC臨床試験(3,684試験)から,2 armであるか? 使用薬剤が承認済みか? Phase IIIか? などで6試験が選ばれ,専門家からの意見で4試験も加えた10試験で検討された。

 具体的なTrial PathFinderでのemulationは,Fig. 1に示されている。本論文は5ページであるが,Extended Data以外にSupplementary Informationもある。“Transforming eligibility criteria into machine-readable criteria”はSuppl側(リンク)にあり,encoding eligibility criteriaが示され,具体的なencodingはGitHubのURLが示されている。このURLに実際に入ると,取り上げた10の臨床試験が並び,例えばLUX 8をクリックすると,この試験のcriteriaの詳細の入力,さらに自分のPCへのダウンロードをクリックすると,プログラム・コードを見ることができる。

 以降は,十分理解できない部分もあるが,論文に沿って紹介する。

 こうしたemulationで10のaNSCLCの臨床試験を評価したものがTable 1である。これによるとrestrictive criteriaをdata driven criteria(意味は十分理解できないが)にすると,より多くの被験者をenrollでき,かつHRはその結果小さくなると示されている。

 こうした大きな傾向を見出したので,研究者たちはさらに個々のinclusion/exclusion適格性を検討し,ゲーム理論で用いられるShapley value(Wiki)を加えて,個々のeligibility criteriaでHR値やenroll被験者数にどう影響するかを調べたものがFig. 2である。一見してLUX 8ではそれによる差が明瞭に認められる(参考:LUX系臨床試験のまとめ総説はリンク)。LUX 8は肺扁平上皮癌患者(EGFR変異はnot required)を対象とし,second lineでのafatinibとerlotinibの効果差を調べた試験である。少し試験内容に? がつくが,そうした問題点がHR上昇要因として演算されたと理解される。

 主データは以上であるが,さらに研究者たちはAdditional validationとして大腸癌,悪性黒色腫,転移性乳癌における臨床試験でも検討し,同様傾向を認めた(Supplementary Table 29~31)と述べている。

 Discussionの最後には,当然non-cancer疾患の臨床試験におけるかかるemulationの展開の可能性も言及している。

 本論文を読んで考えるところは以下である:

 ①まず医学部教育における数理統計的教科を本論文など実例実践教育の必要性(本論文のような内容を医師が理解しないと,AIという言葉でblack boxがますます大きくなる。何がAI手法なのか? Pythonで記述したとはあるが。)。

 ②日本人臨床試験におけるde-identified databaseの作成を急ぐ必要性〔すでにNDB(医療保険レセプト情報データベース)は公衆衛生研究等で利用され始めているが,こうした臨床試験データを収載したFlatiron Health社のようなreal world database〕。今後臨床開発としての臨床試験で国際的に要求される可能性があるだろう。

などが挙げられる。

 本TJHの初回#0において,筆者はNatureなどトップジャーナルは,従来に比べ,臨床に関連ある論文がはるかに増加していると述べた。今回の論文もこうした意味で大変刺激的である。

 なおこの論文はNews & Viewsにも取り上げられている。


•Sci Transl Med

1)LUNG FIBROSIS 

シトルリン化ビメンチンは肺線維症の発症と進行に関与する(Citrullinated vimentin mediates development and progression of lung fibrosis

 今週のScience誌には,世界中が関心を持つSARS-CoV-2流行の湖北省での起源が,2019年10月中旬~11月中旬の可能性を示す論文が掲載されている。

 しかし,今週は姉妹誌であるScience Translational Medicine誌から,呼吸器として重要と思われる論文を一か月遅れで紹介したい。

この論文は時々紹介するAASJ(all about science journal)を毎日執筆なさる西川伸一先生が,2021年3月24日に取り上げている(リンク)のを見たからである。基礎系の西川先生がなぜ呼吸器の臨床論文を? と思ったが,その理由はこの解説文中に6年前のベリリウム肺病態解明のCell論文が紹介してあり,リンクでたどれる。

 西川先生はこのCell論文は40年前を思い出しながら,感慨深く読んだと記してある。西川先生は京大胸部疾患研究所付属病院研修で,泉孝英先生が有名なK社のベリリウム肺発見の時期に遭遇されたという。私が自治医大で呼吸器を始める少し前で,患者末血リンパ球がBeSO4に反応したという。その理由がHLA-DP2にBeとNaが取れ込まれ,新しい立体構造をリンパ球が認識するとの報告が,6年前のCell論文である。


 前置きが長くなったが,こうした縁で私が偶然知った,今回紹介するIPF病因論文に戻る。

呼吸器科医には常識であるが,特発性間質性肺炎(IPF)の60~80%は喫煙者である。なぜ喫煙者肺なのか? そしてIPFにはCHPやRA-ILDなどの線維化肺が紛れ込む。

 実はcigarette smoke(CS)中のカドミウム(Cd)やCarbon Black(CB)が肺胞マクロファージ(Mf)に取り込まれ,peptidyl arginine deimidase 2(PAD2,リンク)により細胞骨格蛋白vimentin(Wiki)中のペプチドのarginineがシトルリン化(Wiki)され,citrullinated vimentin(Cit-Vim)として分泌され,肺胞領域のfibroblastがTLR4を介して活性化され,fibroblastからTGF-β1,CFGF,IL-8などが分泌され線維化過程が進むというのが論文概要である。

 これを理解するには,Supplementary materialsのFig. S6とS12にわかりやすいschemaがあるが,リンクできないので各自で御覧下さい。

呼吸器領域にいては耳にすることの少ない「シトルリン化」がキーワードである。


 研究は米国Alabama大学のグループからで,当然先行研究がある。彼らは2017年AJP誌にCdによる肺組織vimentinのリン酸化を報告している(リンク)。

 IPFが環境因子の吸入により惹起されるという病因論は1970年代より知られていた。しかし吸入粒子がなぜ肺胞腔にまで達するのか? CS中にはCdもCBも含まれる。CdやCBはcarbon nanomaterialsに吸着し,ultrafine particle matters(PM)(φ<2.5 um)として肺胞腔に達する。それを肺胞マクロファージが貪食し,metallothionein(Wiki)に取り込まれ,肺に蓄積していく。こうした経路の解析研究に時間が必要であった。

著者らはまず,Cd(ng/mg lung tissue)がIPF肺では優位に高値を示す事実を示した(Fig. 1)。この図で興味深いのは,non-smoker IPFでも,対照smokerレベルのCdを示す点である。同様のことはCB(CB-positive macrophages)でも示されている。

 次に線維化肺にCitrullineが存在することが抗体染色で示されている(Fig. 2)。これはVimentinのシトルリン化であり,IPF肺で多く,しかもCd量ときれいに相関している。Cit-Vimは血中でも見られ,それがIPF患者のFVC,DLcoと逆相関(Fig 2,K,L)が示され,予後にも関与する。

 次にin vitroのIPF患者由来macrophage実験でCd+CBによりPAD2発現亢進やCit-Vim分泌亢進が示される。これらはCa ionophore阻害(CsA)やAkt阻害(LY)で抑制される(Fig. 3)。次に分泌されたCit-Vimがヒト肺由来fibroblastをin vitroでの活性化(CD26,α-SMA発現で示す)が見られ,collagen発現も亢進する(Fig. 4)。さらにかかるfibroblast活性化はCit-Vimを介してTLR4が関与することが示される(Fig. 5)。

 ではこのCit-Vimを直接マウス肺に入れるとどうか?

 驚くべきことに,肺の線維化が亢進することが組織像で示されている(Fig. 6)。このときTLR4変異マウスでは線維化程度が弱いこと,また肺においてCTGFやTGF-β1,IL-8が分泌されることも示された。

 次にマウスにCd+CBを経気道投与すると,PAD2発現亢進,血中Cit-Vim上昇を認め, PAD2-/-マウスでは,これが見られない(Fig. 7)。すなわちCd+CBによる肺胞macrophage PAD2亢進を介するCit-Vim分泌が肺の線維化を惹起することが示されている。

 こうしたin vivo実験で,TLR4変異マウスでは線維化程度が弱いことも確認されている(Fig. 8)(しかしfibroblast細胞膜で機能するTLR4がCit-Vimの分泌も抑制している事実は説明つかない。またCit-VimとTLR4との関連の詳細も不明である)。


 この論文の重要性は,呼吸器領域だけでは知られなかった蛋白シトルリン化から肺の線維化を理解できる点である。すでにRA-ILDでは,この関連性が報告され(リンク),それはHLA-DRとCSにより新たなepitopeがシトルリン化蛋白反応につながる可能性が述べられている。またCCl4誘起肝硬変でもシトルリン化が議論されている。さらに喫煙によるCOPD形成病理にも新たな理解がありうる。

 もう1点は著者らもいう“Two-strike model”(MacrophageでのCd+CBによるCit-Vim産生と,それによるfibroblast活性化)の考え方であり,この経路にgenetical susceptibilityが存在する可能性は,具体的に次の研究対象となりうるだろう。

 なぜ肺の線維化に喫煙と自己免疫疾患の1部が関与するのか? という筆者の長年の呼吸器臨床上の疑問が,「シトルリン化」という共通項に行き着いた点で驚きの論文である。


•NEJM

1)COVID-19 

ChAdOx1nCoV-19ワクチン接種後の血小板第4因子に対する病的抗体(Pathologic antibodies to platelet factor 4 after ChAdOx1 nCoV-19 vaccination

 今週はCOVID-19症例へのIL-6受容体拮抗薬トシリズマブの臨床試験2報が掲載されている。一方はポジティブ,他方はネガティブな結果である。患者数がともに数100名であるので,Nature論文紹介でのAI「Trial Pathfinder」がeligibilityや評価設定の問題点を指摘しrevised protocolで臨床試験できる時代になれば素晴らしい。

 注目されるのはOnline配信である。

 Adenovirus vectorを用いたSARS-CoV-2ワクチンが,Oxford-Astra-Zeneca製(ChAdOx1 nCoV-19)もJohnson & Johnson-Janssen製(Ad26.CoV2.S)も共に類似した血小板減少性血栓症〔しかも深部静脈血栓やCVST(cerebral venous sinus thrombosis)等を惹起〕で注目されているので,簡単に触れたい。

 これに関しては今週号のNatureもNews in focusで取り上げている。Five key questionsとして,まず投与ワクチンと血栓の関係は? 他のCOVID-19ワクチンでの状況は? どのワクチン接種者にどれくらいの頻度か? 特定のグループがat riskなのか?こうした副作用情報の世界的ワクチン政策への影響は? と簡潔にわかりやすくまとめてあるが,まだまだ不明な事ばかりのようである。

 今回のオンライン版はAstra-Zeneca社のある英国からのものである。特記すべきは,heparin投与時のITT(immune thrombotic thrombocytopenia)に見られる血小板第4因子(PF4)(Wiki)抗体が,多くの症例で陽性であるとの報告である。heparin使用時にはheparinとPF4複合体のepitopeで感作されるという。Adenovirus vector使用ワクチンでは何がmimicされているのか全く不明である。診断と治療のAlgorithmも示されている。副作用頻度より有効性が重視されると,使用が承認されるようである。そうした際は,現実的にはD-dimerが高値で血小板減少例にはIVIG(intravenous immunoglobulin)での対応となるのか。

 その他に参考資料として,Janssen社からのCorrespondence,および米国血液学会からのFAQ文書を紹介した日経メディカルの記事もある。



今週の写真:筆者の仙台自然散策の最高の場所,蒲生干潟。津波被災10年で七北田川取水提修復完了。かつては野鳥のサンクチュアリーで,今後どう回復するかに注目(環境庁)。中央奥の七北田川河口に太平洋の白浪が見える。誰もいない波打ち際を歩くのは,本当に贅沢な心の時間である。東北の大津波の1週間前もここにいた。小生のTwitter名GamoHigataはこの場所に由来する。


(貫和敏博)


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