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肝転移巣での自然免疫NK細胞と伊東細胞(肝星細胞)−転移の抑制・亢進の機序/mRNAワクチンのハイブリッド免疫とは?/KRASG12C阻害薬-2nd lineとしての有効性と耐性解析
最近,我々の身体メカニズムは,多層の進化獲得重層構造の上に成立していることを考え始めている。呼吸法を実践していると,東洋系操体に共通する身体感覚に気づく。それが昨年,進化上,円口類(ヤツメウナギ)時代からの大脳基底核,脊髄Locomotion CPGに由来する深いシステムであることに気付いた。このあらたに研究が進む運動能は,現在常識である大脳皮質運動野と共存している。
今回紹介するNature論文では,長らく勉強したいと思っていたNK細胞の機能と癌転移巣抑制を取り上げている。上記の運動能における旧脳/新皮質の神経機能連携は,免疫系では自然免疫/獲得免疫の機能共存を意味する。獲得免疫は進化上は,ヤツメウナギの次に現れた顎口類からの特性であり,神経系では髄鞘形成も同時期という。しかも自然免疫も大脳基底核も研究手技としては21世紀になりようやく解明が可能になりつつある領域である点も共通している。
自然免疫と獲得免疫とはどう共存し,免疫の臓器環境をどう規定しているのだろうか?
1)腫瘍免疫
肝星細胞はNK細胞の持続性乳がん転移巣休眠制御を抑制する(Hepatic stellate cells suppress NK cell-sustained breast cancer dormancy) |
論文はスイス,Basel大学の研究グループからである。論文のintroductionに転移先でdormant(冬眠期)に入ったcancer cellもゲノム状況は105レベルの多数変異を持ち,悪性度は強いはずであるにもかかわらず,その増殖が制御されているのはなぜか?と提起している。ここに自然免疫NK細胞への彼等の洞察がある。
研究者の用いた実験系は,乳癌の肝臓転移系である。このグループはNK細胞研究では研究手技等で実績がある。
まず乳癌臓器転移モデルで,転移細胞領域と冬眠細胞領域が共存する形で,各種GFPと細胞回転をモニターできる少し複雑な遺伝子改変系を取り込んだ,MDA-MB-231細胞株を用いている(Fig. 1a)。この細胞株を免疫不全(獲得免疫が不全の意味)マウスNOD-SCID(NOD-PrkdcScid)の乳腺にまず移植する(Fig. 1a)。4カ月放置後に,乳腺部移植癌は手術で除去し,さらに6カ月放置後肝臓,肺,骨髄,腎,脾臓などの転移先組織を検討するわけでる。FACSを用いて転移細胞,dormant細胞を各臓器で比べると,肝臓でdormantの割合が高いので,以後肝臓で検討している(Fig. 1d)。
実際にはquiescent DTC(disseminated tumor cells)が多い領域と,cycling DTCが多い領域があり,これらの部分を分け発現解析をしたところ,quiescent DTCではWNTやretinoic acid signalingが多かった。さらに近傍stroma細胞は炎症,あるいはNK関連遺伝子の発現が多く,実際の免疫細胞としてはNK細胞が多い(Fig. 1h)。この結果はimmunocompetentのBalb/cでdormant系細胞株4T07,metastatic系細胞株4T1で調べても,NK細胞数には同様に歴然とした差が認められた(Fig. 1h)。
次にこのstroma細胞環境下での液性因子を検討している。
まずNK細胞を除去するanti-asialo-GM1を用いると,dormantから目覚める細胞が多い。逆にNK細胞からの分泌が知られているIL-15を加えると,dormant細胞が増え,予後も良好となった(Fig. 1j,1l)。
他にこの系では,NK細胞の何が実際にdormancyを規定しているのか?
今回は先のマウスモデル系で集めた肝臓組織でdormant部,metastatic部,no tumor部に分け,発現profilingをすると,IFNγがその要因として見出された(Fig. 2b,2c)。IFNγはdormancy維持機能も持つのか?
では肝臓という臓器環境下で,metastasisを促進する因子は何か?
研究者らはcollagen発現,αSMAなどの増加に着目し,もう一つの因子は活性化hepatic stellate cells(aHSCs:有名な伊東細胞。脂肪,ビタミンA取り込みなどで知られる。線維芽細胞の一種)であることを見出した(Fig. 3)。実際肝硬変を惹起するCCl4投与下では,NK細胞数が減少し,metastatic細胞数が増加する。
ではこのaHSCs(伊東細胞)が分泌する液性成分の何がNK細胞を制御しているのか?
研究者たちは肝細胞やaHSCsの培養上清のproteomicsでCXCL12〔SDF1(stromal cell derived factor 1)としても知られている〕を同定し,実際にNK細胞の増殖抑制を見ている(Fig. 4c,4d)。CXCL12はNKのみならずT細胞も環境から減少させるという。
またCXCL12(SDF1)は環境下でquiescent DTCが持つCXCR4にligandとして作用し,癌細胞を増殖することになる。全体像はFig. 4eに漫画として示されている。これらの一部は乳癌肝転移巣の臨床検体でも確認されたことがExtended Fig. 11に示されている。
呼吸器科医は肺癌,ことにEGFR変異陽性肺腺癌で,多数のmiliary metastases(粟粒転移巣)を両肺や脳に見ることがある。これは今回の乳癌肝転移系で示されたNK細胞のmetastasis抑制系機構が崩れた状況の可能性はないか?その際関与するHSCに相当する肺特異細胞は何か?など考えさせられる。
この論文はNews&Viewsにも取り上げられ,今回の新規事実を臨床応用するものとして,IL-15 super agonist(ALT-803,NKTR-255等)や,CXCR4阻害薬開発の状況なども紹介されている。
1)Perspectives:コロナワクチン
ハイブリッド免疫(Hybrid immunity) |
SARS-CoV-2感染防御ワクチン接種が全世界的に進行している。介護施設に勤務する筆者も5月末に2回目のPfizer/BioNTech mRNAワクチン(BNT162b2)接種を終了した。こうした中でワクチン接種が早くより進行した米国,英国で医療関係者におけるSARS-CoV-2実感染があると,ワクチン接種後の中和抗体レスポンスが予想以上の高値を示す事実が話題になっている。今週号には米国(Washington大学グループ)と,英国(Imperial College Londonグループ)から,しっかりしたcohortでこうした実感染/ワクチン追加刺激の免疫反応データが示されている。
この話題は同時に,英国N501Y株(B.1.1.7,α),南アフリカ株(B.1.351,β),ブラジル株(P.1,γ),インド株(B.1.617.2,δ)流行に,予防ワクチン使用後の中和抗体産生反応の差が見られる点も注目されている。
ウィルス学,感染免疫学の素人としては,むしろこのPerspectivesがわかりやすく,以下要点をまとめる。
タイトルの“Hybrid immunity”は言うまでもなく“natural/vaccine generated immunity”の意味である獲得免疫は3つの細胞群からなる。B細胞(抗体産生),CD4+ T細胞,CD8+ T細胞である。SARS-CoV-2感染での免疫記憶は抗体産生も含め8カ月以上持続する。
では今回の2報に共通するnatural infection後にワクチン接種を受けた場合の予想外の反応はどう理解するか? こうしたSARS-CoV-2感染免疫の基礎知見に関しては総説を参照。2報の図を見ると約100倍程度の中和抗体産生等免疫反応の増強が示されている。
B細胞とT細胞は知られているように,リンパ節のgerminal centerでT follicular helper (TFH) CD4+ 細胞とB細胞が抗原情報をもとに刺激する。この時T細胞が認識するepitopeは必ずしも変異spike蛋白部だけではない。自然感染ではSARS-CoV-2のnon spike蛋白を含む広域epitopeを認識していたものが,追加ワクチン接種ではspike蛋白認識が強化される。こうしたことが予想外の高免疫反応を惹起していると,このPerspectives著者は推測する。もともとが,繰り返す感染流行への免疫記憶,活性化のシステムである。
今回の新規ワクチン製造は早期に立ち上がった遺伝子導入応用のPfizer/BioNTech,Moderna,AstraZeneca(AZ),Johnson & Johnsonなどでも,この変異種への反応が違うことも注目されている。AZ社ワクチンはβ株への効果が弱い。一方で従来の蛋白抗原ワクチンもロシア,中国,あるいは日本の製薬会社でも製造される。また,mRNAワクチンでありながらカリコ博士方式のウラシル修飾mRNAを使わなかったCureVac(Nature誌,Science誌)は有効性そのものが低かった。今回のコロナ禍の世界的悲劇で,数少ないポジティブな側面が,こうしたワクチン開発への多彩な情報が一気に集まっていることではないか?
こうした遺伝子導入ワクチンは,実は少し前までは遺伝子治療の範疇に入るものであった。蛋白抗原ワクチンとは根本的に技術的意義が違うが,現在のところPfizerとModerna製は非常に有効であり,副作用も少ない。宿主の獲得免疫であるB細胞の中和抗体epitope,T細胞におけるnon-spike epitope,また実際に筋肉細胞で産生されるspike蛋白量の差など,今後より詳細な検討を経ることになる。今回の遺伝子導入ワクチン技術は,感染症以外にがん免疫,あるいは免疫制御などにも大きな応用の可能性が広がるのでないかと感じている。
1)肺癌
KRAS p.G12C 変異陽性肺癌に対するソトラシブ(Sotorasib for lung cancers with KRAS p.G12C mutation) 癌における KRASG12C 阻害に対する耐性獲得(Acquired resistance to KRASG12C inhibition in cancer) |
UndruggableといわれたらK-Ras G12C変異阻害の経口剤SotorasibのNSCLCへのPhase II臨床試験の報告がなされている。
これはTJH#72(2019/11/20)にAMG510の前臨床報告として紹介した続報となる。臨床試験成績は6月初めのASCO2021でも報告されている。AMG510は本年5月末FDAに承認された。
Back to backで同様のK-Ras G12C阻害薬Adagrasib(MRTX849)に関して,耐性獲得の報告も出されたので併せて紹介する。これらはEditorialにも取り上げられ,“There is good news and some not so good news”と記されている。
なおこれら阻害薬はKRAS-G12C allele-specific inhibitorと呼ばれ,K-RasにG12番の変異だけでも9種,それ以外のアミノ酸変異も多数あるが,このうちG12C変異alleleに特異的に有効であるという意味であり,総説に詳しい。
SotorasibのPhase II試験には日本も含め多数の施設が参加し,126例が登録されている。変異診断は中央でtherascreen KRAS RGQ PCR kitを用いてなされ,男女各50%,白人81.7%,喫煙歴(現喫煙者も含め)92.9%,ECOG 0,1,脳転移(+)約20%,肺腺癌95.2% ,転移(+)96.8%,既治療(1回 42.9%,2回34.9%,3回22.2%)で,化学療法(プラチナを含む)が90%以上,check point inhibitor使用も90%以上でなされている。
その成績は124 例で解析され,CR 3.2%,PR 33.9%,SD 43.5%,PD 16.1%である。PFSは6.8M(5.1~8.2),median OS 12.5M (10.0~)。AEはgrade 3 が19.8% (肝酵素異常),grade 4は0.8%(pneumonitis)である(Fig. 1)。
この成績は既治療症例のsecond lineとしては大変期待できるものである。K-Ras変異は白人ではnon squamous NSCLCの25〜30%で,そのうちG12C変異は約半分13%である。日本人では5%以下であると思われる。AEのgrade 4がpneumonitisと記載されていることは,gefitinibの例もあり日本人に使用するとき注意が必要かもしれない。
もう一方のBack to back論文はどうか?
K-Ras G12C阻害薬Adagrasibの薬剤耐性解析の論文は,BostonのDana Farberはじめ全米の施設が参加しており,広範な次世代Seq(next generation sequencing:NGS)による解析で大変示唆に富むものである。
解析対象は38例(NSCLC27例,大腸癌10例,回盲部癌1例)であり,17例(45%)でAdagrasib耐性を認め,うち7例では複数の機序が関与していた。耐性関連変異同定には生検組織検体あるいは血中のctDNAをNGSで検討している。
K-Rasの獲得耐性としてはG12D/R/V/W,G13D,Q61H,R68S,H95D/Q/R,Y96Cなど。またK-RasG12Cの高度増幅が1例あった。シグナルのBypass機序としては,METの増幅,NRAS,BRAF,MAP2K1,RETなどの活性型変異,さらには遺伝子fusionがALK,RET,BRAF,RAF1,FGFR3などで見られ,NF1,PTENではLOF変異を見た。図ではK-RasG12C以外の耐性による変化,他の耐性化要因がcaseごとに示されていてわかりやすい(Fig. 2)。また,NSCLCと大腸癌で耐性変異傾向に差(NSCLCでは主にK-Ras配列内の耐性変異)があるのかもしれない(また2例は肺癌→扁平上皮癌転換?)(Fig. 3)。
著者らはDiscussionの中で,こうした多彩な変異耐性機序出現の理由は,Adagrasibの不可逆性阻害の特性である可能性を指摘し,EGFR変異では多く見られたT790Mへの克服としてOsimertinibが開発されたのとは違い,耐性克服剤開発の困難さを述べている。
一方NGSで耐性を解析する次世代的臨床展開の凄さも,このデータで実感される。前述の総説にはK-RasG12C阻害薬の併用療法の一覧表には,これらシグナルBypass機序に見られた系の併用も示されている。NGSの実データに従って,耐性後の次のステップを考える時代が,比較的近未来の臨床に来るのかもしれない。
今週の写真: 今年は米国東海岸では17年蝉の年でニュースが届く。写真は1987年,NIH留学中,自宅庭のメイプルをよじ登る無数の幼虫。もう34年前だが,ゾンビの様に芝生から湧き出て大木を登る17年蝉の姿は忘れられない。翌朝,羽化に失敗した幼虫がかなり見られた。羽化という激変も17年も地下で暮らした蝉には過酷なのだと思った。
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(貫和敏博)