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COVID-19剖検臓器の単核RNA解析/肥満を支配するマクロファージとPDGFcc/ALアミロイドーシスへの新しい治療
今週のNature誌にはCOVID-19で死亡したドナーからのシングルセル解析の2論文が報告されているので紹介する。両者に共通して,重症COVID-19肺では,単球・マクロファージの活性化,II型肺胞上皮細胞の減少,肺胞上皮再生分化の異常などといった特徴が抽出されてきており各々紹介する。
1)新型コロナウイルス感染症
COVID-19組織アトラスから明らかになったSARS-CoV-2病理と細胞標的(COVID-19 tissue atlases reveal SARS-CoV-2 pathology and cellular targets) |
本研究は米国ボストンのマサチューセッツ工科大学とハーバード大学のブロード研究所からの報告であり,「COVID-19剖検のバイオバンク(COVID-19 autopsy cohort and biobank)」を設立して,単一細胞あるいは単一核のRNA塩基配列解読(sc/snRNA-seq)(リンク1,リンク2)を行う解析パイプラインを確立して研究が進められている(Fig.1)。当初はscRNA-seqとsnRNA-seqの両者を行っていたが,途中からは全体的に結果の良いsnRNA-seqを中心に解析を行っている。
COVID-19で死亡したドナーから採取した24個の肺,16個の腎臓,16個の肝臓,19個の心臓の剖検組織試料の単一細胞アトラスと,14個の肺試料の空間的アトラスを生成している。
肺の免疫細胞としては6種類の単球・マクロファージ細胞,4種類のB細胞・形質細胞,5種類のT細胞・NK細胞などが同定され,血管内皮細胞は7種類,線維芽細胞は3種類,上皮細胞は8種類同定されている(Fig.2 a,b)。COVID-19感染組織では各々の細胞でウイルス感染に伴う遺伝子発現がみられ,細胞数ではII型肺胞上皮細胞の減少がみられ,樹状細胞,マクロファージ,NK細胞,線維芽細胞,内皮細胞で細胞数増加がみられた。COVID-19感染肺のII型肺胞上皮細胞の発現遺伝子ではSTAT1などの種々のウイルス感染に伴う反応がみられ,SP-A~Dといったサーファクタント蛋白質の遺伝子発現の減少が観察された(Fig.2 d)。
COVID-19感染肺では,特にII型肺胞上皮細胞からI型肺胞上皮細胞への分化途中の「KRT8陽性pre-AT1 transitional cell state(PATS),別名alveolar differentiation intermediate(ADI)あるいはdamage-associated transient progenitors(DATPs)」(PATS/ADI/DATP)といった上皮細胞が観察されるとともに,TP63陽性の IPBLP(intrapulmonary basal-like progenitor)細胞の増殖など,組織再生分化の異常がみられた(Fig.2 g)。
SARS-CoV-2ウイルスRNAは,単球・マクロファージで特に多くみられ,他に内皮細胞で認められた。肺の空間解析により,ウイルスRNAが存在する肺領域と存在しない肺領域での炎症性の宿主応答が識別された。ウイルスRNAが多い検体ほど,症状から死亡までの日数が短い傾向を認めた(Fig.3 c)。
他の臓器ではSARS-CoV-2ウイルスRNAは検出されなかったが,心臓組織の解析で,cardiomyocyteやpericyteやfibroblastでPLCG2の上昇がみられ,血管内皮細胞ではAFDNの発現上昇など複数の細胞タイプでの転写変化がみられた点は興味深い。
さらにCOVID-19のゲノム規模関連解析(GWAS)に基づいて,疾患重症度と関係する細胞タイプと遺伝子がマッピングされた。
以上のように本研究では,重症COVID-19の剖検組織のバイオバンクに基づくシングルセル解析の成果が示され,次に紹介する論文と共に重要な情報資源と言える。
致死性COVID-19肺の単一細胞分子アトラス(A molecular single-cell lung atlas of lethal COVID-19) |
米国ニューヨークのコロンビア大学からの報告で,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡患者において迅速剖検プログラムを確立し,19人の死亡後数時間以内(2~9時間,中央値4時間)の瞬間凍結標本と7人の対象肺検体を用いた単一核RNA塩基配列解読(single-nucleus RNA-seq:snRNA-seq)を行った研究成果である(Fig.1)。合計で約11万6000個の細胞核について解析しており,致死性COVID-19肺での病態を解明している。
その結果,致死性COVID-19肺の特徴として,①単球由来マクロファージと肺胞マクロファージが異常活性化している,②ウイルス中和可能な抗体産生の形質細胞は同定されたが,T細胞応答は低下傾向,③単球・マクロファージ由来のIL-1βと上皮細胞由来のIL-6の上昇,④炎症に伴うII型肺胞上皮細胞からI型肺胞上皮細胞への分化・再生障害が生じ,分化途中の「damage-associated transient progenitors(DATPs)」〔別名alveolar differentiation intermediate(ADI)あるいはpre-AT1 transitional cell state(PATS)〕といった上皮細胞が増加していた。また,⑤肺の線維化と関連が報告されているCTHRC1陽性の「病原性線維芽細胞(pathological fibroblast:pFB)」の増加も観察された。このpFBではJunBやJunDが活性化しており,TGFβやSTAT3を介した肺の線維化に寄与していることが推察され,さらに薬剤治療可能な標的分子としてMMP14とSTAT3が同定された。Extended Data Fig.12kに図で上記の特徴がまとめられている。
本研究成果のアトラスは致死的COVID-19病態の詳細な分析を可能にし,治療法開発のための重要な情報資源となる。
1)代謝・肥満
食事摂取によって調節されるマクロファージによるPDGFccがエネルギー貯蔵を制御する(Diet-regulated production of PDGFcc by macrophages controls energy storage) |
肥満は現代の健康上の大問題であり,生活習慣病の原因となっている(リンク)。近年の研究で肥満はアディポカイン産生をはじめとした慢性炎症状態であることが指摘され,免疫細胞の中でマクロファージも重要な働きをすることが明らかとなってきているが,その役割など未知の要素も多い。脂肪組織の主な細胞は脂肪細胞であり,白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞が知られている。白色脂肪細胞は過剰なエネルギーを中性脂肪として蓄積し,褐色脂肪細胞は熱産生を介したエネルギー消費機能を有している。肥満は白色脂肪細胞の肥大と増殖した状態である。
本研究は米国ニューヨークのメモリアル・スローンケタリング癌センターからの報告で,まずショウジョウバエの遺伝子スクリーニングから,脂肪細胞における脂質貯蔵には脂肪組織の組織マクロファージから産生されるPvf3(PDGF/VEGF family growth factor)と脂肪細胞に発現するその受容体の働きが必須であることを発見している。続いてマウスのPvf3に相当するPDGFccは,同様にマウスにおける脂肪細胞における脂質の貯留に関わることを明らかにしている。
各臓器のマクロファージには大きく組織在住マクロファージと血液単球由来のマクロファージが存在するが,脂肪組織にも(肺における肺胞マクロファージや肝臓のクッパー細胞のように)組織在住マクロファージが存在し,他の臓器の組織マクロファージと同様に胎生期前駆細胞由来で長寿命で組織特有の働きをすることが知られている。
本論文では,脂質の貯留に関わるPDGFccの役割として,マウス脂肪組織では,CCR2+の単球由来マクロファージではなくTIM4+の組織マクロファージが食事摂取に伴いPDGFccを産生すること,マクロファージ特異的なPDGFccノックアウトマウスや抗体によるPDGFccの阻害によって高脂肪食による白質脂肪細胞増大と脂肪貯留を伴う肥満が抑制されることが示された。さらにこうしたPDGFcc機能の阻害は,食事摂取量や吸収といったカロリー摂取の減少ではなく,むしろ褐色脂肪細胞における熱産生増大に伴うことがみられている点が興味深い。一方で単球由来マクロファージはPDGFccを産生せず,TNFαやIL-1βの産生に関わることで肥満関連の慢性炎症に寄与して脂肪肝や耐糖能異常へ関連している可能性が示唆されている。PERSPECTIVEでは「肥満に対する免疫治療か?(An anti-obesity immunotherapy?)」として,わかりやすい図と共に紹介されている(リンク)。
肥満が慢性炎症を伴うことは知られてきていたが,本研究では炎症を引き起こす単球由来マクロファージとは別に,新たに高脂肪食に伴う脂質貯留にかかわるPDGFccを産生するという組織マクロファージの異なる役割が明らかとなった(図)。また,PDGFccは肥満や脂質代謝異常や悪液質といった病態に対する新たな分子標的としての可能性が切り拓かれた。
1)アミロイドーシス
免疫グロブリン軽鎖アミロイドーシスに対するダラツムマブを含む治療(Daratumumab-based treatment for immunoglobulin light-chain amyloidosis) |
全身性免疫グロブリン軽鎖(AL)アミロイドーシスは,クローン性CD38陽性形質細胞により産生される免疫グロブリン軽鎖由来の正しく折りたたまれないアミロイド線維が組織に沈着する難治性の「蛋白質ミスフォールディング病」である(リンク)。ダラツムマブはIgGκ型の抗CD38モノクローナル抗体で,多発性骨髄腫の治療において有効性が示されている。
本試験は多国における第3相試験で,新たにALアミロイドーシスと診断された患者を,ボルテゾミブ・シクロホスファミド・デキサメタゾンを6サイクル投与する群(対照群)と,ダラツムマブの皮下投与をこれらの薬剤との併用で6サイクル行い,その後ダラツムマブを単剤で4週ごとに最長24サイクル投与する群(ダラツムマブ群)に無作為に割り付け,主要エンドポイントは血液学的完全奏効とした。
388例が無作為化され,追跡期間の中央値は11.4カ月であった。血液学的完全奏効が得られた患者の割合は,ダラツムマブ群のほうが対照群よりも有意に高く(53.3%対18.1%)〔相対リスク比 2.9,95%信頼区間(CI)2.1~4.1,p<0.001),主要臓器の機能低下または血液学的進行のない生存も,ダラツムマブ群のほうが良好であった(主要臓器の機能低下・血液学的進行・死亡のハザード比 0.58,95%CI 0.36~0.93,p=0.02)(図)。グレード3または4の有害事象ではリンパ球減少(ダラツムマブ群13.0%,対照群10.1%),肺炎(それぞれ7.8%と4.3%),心不全(6.2%と4.8%),下痢(5.7%と3.7%)が多くみられた。
本試験の結論として,新たにALアミロイドーシスと診断された患者において,ボルテゾミブ・シクロホスファミド・デキサメタゾンの治療にダラツムマブの追加することで血液学的完全奏効割合が高いことと主要臓器の機能低下または血液学的進行のない生存割合が高いことが関連した。なお1ページのサマリーや動画のQUICK TAKEでは2分間のビデオでわかりやすくまとめられている。
今週の写真:「昆虫の王様」カブトムシを夏の夜のクヌギの木で大収穫。栃木県産カブトムシは現在千葉でサナギから脱皮しました! |
(鈴木拓児)