•Nature
1)腫瘍免疫学:Article
抗PD-1療法を行った肺癌におけるネオアンチゲン特異的TILに見られる転写プログラム(Transcriptional programs of neoantigen-specific TIL in anti-PD-1-treated lung cancers)
|
2015年に肺癌領域に臨床応用が始まった免疫チェックポイント阻害薬は,それまでの細胞障害性抗癌薬とは明らかに異なる作用機序と使用効果を示し,現在では肺癌診療の上ではなくてはならない薬剤となっている。読者の皆さんも経験があるだろうが,Tail plateauと呼ばれる長期奏功を示す症例がいる一方で,期待される効果が得られずにレジメン変更を行わざる得ない症例も存在する。『効く』『効かない』『効かなくなる』などの症例毎の違いの病理は明らかではない。
腫瘍細胞は独自の遺伝子変異を蓄積しており,その変異に関連したネオアンチゲン(MANA)を発現する。細胞障害性T細胞(CD8陽性T細胞)はMANAを認識することにより腫瘍を排除する。しかし,腫瘍細胞はPD-L1に代表される免疫チェックポイント分子(IC)を発現することにより,CD8陽性T細胞の攻撃より逃れる。PD-1抗体は,ICを遮断することによりCD8陽性T細胞の攻撃性を回復させる事を介して腫瘍を排除する。その舞台は腫瘍そのものであり,舞台には役者として腫瘍浸潤Tリンパ球(TIL)が役割を演じている。しかし,TILの大多数はMANAを認識しておらず,抗腫瘍効果を示す主役であるMANA特異的TILの詳細は明らかになっていない。免疫療法の効く例,効かない例でMANA特異的TILのプロファイルを比較することは,免疫療法の効果を予測する事,さらには付加的な介入により治療効果をより改善することに結びつく。しかしながら,今まではMANA特異的TILを同定し単離する方法論が難しく解析は実現していなかった。
今週のnature誌では,ジョンズホプキンス大学のグループが,自身で開発した
MANAFESTと名付けられた解析系を用いて,ネオアジュバントとしてニボルマブ投与を受けた非小細胞肺癌切除例を対象としてMANA特異的T細胞クローンを同定し,そのTCRにおける
クロノタイプをバーコードとして用いる事により,TIL中のMANA特異的クローンを選択し,scRNA-seqとTCR-seqを組み合わせることによりその転写プロファイルを報告している。注目すべきは方法論と,ニボルマブに反応した例と反応しなかった例との比較結果であろう。
まずは方法論である。検体採取は
Fig1a上段に図示されている。術前免疫療法の臨床研究に付随させる形で検体採取を進めている。術前にニボルマブを2回投与し,その後肺癌を摘出しそこから腫瘍組織の採取を行っている。また研究室での方法論であるMANAFESTは
Fig1a下段に示されている。ネオアンチゲン候補の同定は,各症例の腫瘍の全エクソームシークエンスデータと末梢血のMHCクラス1ハプロタイプを組み合わせて,ネオアンチゲンらしさをスコア化するプラットフォーム(
ImmunoSelect-R)にて行う。同定された候補ネオアンチゲンペプチドで症例のT細胞を刺激しClonal expansionを誘導する。その後,
網羅的免疫シークエンス法であるTCR-seqを行い,適合するクロノタイプの同定と定量を行う。これにより,ネオアンチゲン特異的なCDR3配列が明らかになることから,その配列をバーコードとして用いることにより,ネオアンチゲン特異的細胞のトレーシング等が可能となる。
ここまでが準備段階である。この後に明らかになったクロノタイプをバーコードとして,TILのscRNA解析結果と併せ,MANA特異的TILにおける遺伝子発現プロファイルを解析した。結果である。TIL全体での遺伝子発現プロファイルからTILを15のクラスターに定義した(
Fig1b)。正常肺組織のT細胞での発現プロファイルとの比較では,TILを分別する事はできたが(
Fig1e),ニボルマブの奏功群,非奏功群の群間比較では両群を分別することはできず(
Fig1f),全TIL解析では効果予測は難しい事が予測された。
次に候補ネオアンチゲンペプチド,ウイルス抗原(サイトメガロウイルス,EBウイルス,インフルエンザウイルス)を用いFEST解析(MANAFESTを含む)を行い,各抗原にたいする特異的TCRを同定し,TILにおけるMANA特異的CD8陽性TILの解析を進めている。CD8陽性TILも15のクラスターに定義して表示,そこにMANA特異的クローンと各ウイルス特異的クローンを重ねると,
Fig2cの様に視覚化され,各クローンが異なるクラスターに属することが分かる。またMANA特異的クローンは組織常在メモリー細胞(TRM)の特徴を持つクラスターと重なった。ウイルス特異的クローンとの発現プロファイルの比較では,MANA特異的CD8陽性TILではエフェクター機能の不完全な活性化とチェックポイント関連分子の発現亢進,疲弊シグネチャーに特徴づけられた(
Fig2d,e)。
ニボルマブに対しての奏功例,非奏功例での比較解析では両者の間に発現プロファイルの大きな違いが認められた。その違いは想像に難くない結果であり,奏功例のMANA特異的CD8陽性TILでは,T細胞機能不全,チェックポイント分子,疲弊シグネチャーに関連する遺伝子発現は低く,メモリー機能やエフェクター機能に関連する遺伝子発現は高く(
Fig3),非奏功例ではMANA特異的CD8陽性TILの機能的能力の低下が生じていることが示唆された。このことはin vitroの検討として実験的にTCRのシグナリング機能の比較が行われており,Jurkat細胞に奏功例と非奏功例それぞれのTCRを発現させ,クロノタイプに対応するペプチドで刺激を行うと,非奏功例からのTCRではシグナル伝達能力が劣ることが示されている(
Fig2h)。
今回の結果は直接的に免疫チェックポイント阻害(ICI)療法における耐性克服に結びつくわけではないが,これからのICI療法における耐性克服ストラテジーを検討する際のホスト側(宿主免疫)の基盤的情報となると考えられる。腫瘍微小環境に関与する他のMANA特異的免疫細胞群も,当然この舞台の役者としては必要と考えられ,今回用いられた手法の応用が待たれるところである。
•Sci Transl Med
1)線維化:Research Article
TGFβ2とTGFβ3が線維化病態をドライブする(TGFβ2 and TGFβ3 isoforms drive fibrotic disease pathogenesis)
|
特発性肺線維症(IPF)に代表される進行性線維化を伴う肺疾患において,TGFβ活性は上皮細胞のアポトーシス促進,筋線維芽細胞の分化,活性化,生存,細胞外マトリックス産生などの様々な病態に関与している。このシグナルをコントロールすることにより線維化病態の改善を試みることは仮説として成り立つが,TGFβシグナルは免疫反応の制御にも重要な役割を果たしており,既存の汎TGFβアイソフォーム阻害剤は複数の臓器で過剰な炎症を引き起こし致死的となる。
TGFβには1,2,3と3つのアイソフォームが存在し胚発生の際には異なる機能を持つことが知られるが,出生後の線維化病態における各アイソフォームの役割は不明であった。そこで本報告では,各TGFβアイソフォームの活性化機構と発現パターンを調べ,TGFβ2と3に対するアイソフォーム選択的な阻害モノクローナル抗体を作成し,前臨床モデルで評価を行っている。西川先生の
AASJでも取り上げられており,そこでも同様のコメントであるが,米国のバイオ企業である
Genentechからの報告であり,読み進めるうちに「なるほど企業の研究か。」と納得した。
最初にin vitroの系で,各TGFβアイソフォームの活性化能の違いを様々な実験で証明している。まず,マウスの2型肺胞上皮細胞(AEC2)によるオルガノイドモデルにおいて,各TGFβアイソフォーム添加時のオルガノイド形成能を見ている(
Fig1)。TGFβは全長型(活性を持たない)である潜在型と,そこからLAPが切り出されたレセプター結合可能な成熟型(活性を持つ)がある。TGFβ1の全長型の添加では正常な肺胞オルガノイドが形成されたが,成熟型では形成は抑制された。一方で,TGFβ3では潜在型も成熟型でもオルガノイドは形成されず潜在型にも固有の活性を持つことが示唆された。この結果は既に確立しているインテグリンαvβ6によるTGFβ1活性化メカニズムとは独立していることが考えられた。実際に各アイソフォームでインテグリンとのinteractionを見るために
Fig2Aに示したようなインテグリンとTGFβの共発現293細胞株と,SMAD依存ルシフェラーゼ発現レポーター細胞株を用いて検討している。結果はきれいに得られており,TGFβ3ではインテグリン非依存性に活性化しており,インテグリンが存在することにより50%程度の増強効果が認められた。TGFβ発現293細胞株やリコンビナント完全長TGFβを用いた検討でもTGFβ2/3の両者はインテグリンをはじめ他の補助因子なしにレポーター活性を示したが,TGFβ1では示さなかった(
Fig2B,C,D)。こういった違いはTGFβの各アイソフォームにおけるLAPドメインの違いから生じている可能性が,
Fig2F,G,H,Iに示されている。実際にTGFβの受容体結合ドメインはアイソフォーム間での相同性が高いが,LAPドメインは多様であり差が存在することに矛盾しない。これらの結果を総括すると,潜在型のTGFβ2,3はTGFβ1と異なる活性化メカニズムを持ち,活性化の閾値がより低いことが示された。
これまでに示されたTGFβ2,3が潜在的に活性化している可能性と,TGFβの活性化はオートクラインやパラクラインにより局所的に制限されるという事実から,線維化局所で特定のアイソフォームの関与が観察されるという仮説のもとに,ヒト検体とマウスモデルを用いて検討を進めている。IPF症例と正常の肺組織検体の比較ではTGFβ1は同程度の発現であったが,TGFβ2,3はいずれもIPF例では発現が亢進していた(
Fig3A)。scRNA-seqによる発現解析では,TGFβ2は上皮細胞,TGFβ3は間葉系細胞に強く発現し,TGFβ3発現に重なるようにTGFβシグナル依存性の標的遺伝子であるSERPINE1やCOL1A1の発現細胞が認められ(
Fig3D),上記の仮説が支持された。マウスモデルでは従来の線維化モデルであるブレオマイシン負荷モデルを用いている。ブレオマイシン負荷によりTGFβ1は発現に大きな変化はなく,TGFβ2,3ではDay14をピークに発現が亢進,同様に線維化関連分子の発現変化も認められている(
Fig4A,B)。TGFβ2,3の各アイソフォームコンディショナルKOマウスも作成して検討しており,これらのマウスではブレオマイシン負荷後のコラーゲン合成が有意に減少した(
Fig4D,E)。
ここまでの結果から,肺線維化にはTGFβ2,3が促進的にかつ局所的に作用している事が明らかとなった。この証明プロセスもある疾患における関与を疑う分子の実験的証明としては教科書的かつ充分な結果であるが,この先の検討が”企業の研究”と感じた所である。彼らは,TGFβ2,3それぞれに対しての中和活性を持つモノクローナル抗体(Mab)を作成し,その作用部位と作用の仕方(アロステリックに作用すること)を明らかにし(
Fig5),さらにモデル動物にてそのMabが線維化を抑制することを肺線維化モデル(
Fig6),肝線維化モデル(
Fig7)で示している。
呼吸器内科医としてはこれから線維化に効果のある有望な薬剤が開発されてくることを予感させる結果である。これだけの検討を行うのに,とんでもない期間と費用が投資される必要があるかと思うが,さすが世界のトップを走るバイオ企業からの報告である。今後は,臨床試験に持ち込む結果と思われ,まさに雑誌が冠しているtranslational medicineというにふさわしい研究であろう。
•NEJM
1)遺伝子治療:Original Article
トランスサイレチンアミロイドーシスに対する CRISPR-Cas9 による in vivo 遺伝子編集(CRISPR-Cas9 In vivo gene editing for transthyretin amyloidosis) |
呼吸器内科医をやっていて診療する機会はないが,私の職場である熊本大学は伝統的に家族性ポリアミロイドニューロパチー(FAP)研究,診療が盛んである。FAPの根治療法としての肝移植(生体肝移植),それに引き続くドミノ肝移植などの言葉を覚えている読者もいるかもしれない。FAPはチロキシンとビタミンAの輸送に関わるタンパク質であるトランスサイレチン(TTR)が肝臓で産生されたあとに,神経や心臓で誤って折りたたまれ(ミスフォールド)凝集したアミロイド線維が蓄積することにより発症する。ATTRアミロイドーシスとも呼ばれる。異常TTRが原因となる遺伝性のものは常染色体優性遺伝で世界中で約5万人が発症しているとされる。心臓,神経が侵され致死的となる。このATTRアミロイドーシスは単一遺伝性疾患であること,TTRの生理的機能からTTRがノックダウンされてもそれによる恒常性への影響が限定的であることから,CRISPER-Cas9を用いた生体内遺伝子編集の理想的なターゲットと考えられていた。
今回の報告は,学際的なトランスレーショナルチームからの実際にTTRの生体内遺伝子編集を目的とした薬剤(NTLA-2001)開発における容量漸増試験における検討からの報告である。
Editorialにも取り上げられている。内容はシンプルであり理解しやすい,
QUICK TAKEでも端的に説明されている。
Fig1にイラストでデリバリーから作用メカニズムまでまとめられている。最近どこかで見たことがあると思う読者もいると思う。CRISPER-Cas9システムである核酸をLNP(脂質ナノ粒子)製剤でデリバリーしており,コロナワクチンと同様である。製剤を静脈内に単回投与すると,アポリポ蛋白Eが表面に結合し,それをマーカーとして肝細胞が積極的にエンドサイトすることにより効率的にデリバリーが行われる。
前臨床試験では,NTLA-2001はヒト初代肝細胞で強力にTTR編集をもたらし,TTRタンパク質の精製を95%以上減少させた(
Fig2)。オフターゲットの事前予測では7つの遺伝子座が編集可能な部位として同定されたが,実際の検討では高濃度のNTLA-2001を負荷してもオフターゲット編集の証拠は認められていない。カニクイザルを用いた検討では,単回投与により容量依存性に血清TTRは減少し,その効果は12ヶ月後も継続した(
Fig3)。
臨床試験ではATTRアミロイドーシス症例6名がエントリーされ,NTLA-2001の単回投与が行われ安全性と薬力学的作用が評価された。有害事象はごく軽度(グレード1まで)であり,全ての例で治療が継続された。血清中TTR濃度は,14日目までに減少が認められ,28日目まで継続した。その効果は容量依存的であった。投与28日目で低用量群では47〜56%,高用量群では80〜96%の減少率であった(
Fig4)。これによりLNPを利用したデリバリーにより,生体内での遺伝子編集を起こし,TTR産生を抑制することに成功したと言えるだろう。
今週の写真:熊本県庁前のルフィ像 人気漫画のワンピースの作者が熊本出身であることから,県内のあちこちにワンピースキャラの銅像がたっている。こちらは熊本県庁前。コロナ禍となってからしばしばお邪魔しており,ルフィとも馴染みとなった。 |
(坂上拓郎)