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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 157

公開日:2021.8.25


今週のジャーナル

Nature Vol. 596, No.7871(2021年8月12日)日本語版 英語版

Science Vol. 373  Issue #6557(2021年8月20日)英語版

NEJM (2021年8月18日)英語版








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空間トランスクリプトームという技術革新/人獣共通感染症であるH7N9インフルエンザウイルスにかかりやすい集団/Covid-19 mRNAワクチン後の心筋炎の病理像

 SARS-CoV-2のデルタ株の脅威は留まることなく,医療現場を麻痺させている。また,COVID-19の3回目接種の話題ものぼり始め,まだまだ我々はこの問題と対峙しなければいけないようだ。

•Nature

1)遺伝子工学:Review
空間トランスクリプトームによる組織構造の解明(Exploring tissue architecture using spatial transcriptomics
 シングルセル解析や次世代シーケンサーやイメージングなど,技術的な進歩が目覚ましい。近年,組織内の全遺伝子または大部分の遺伝子の発現レベルを系統的に測定できる空間トランスクリプトミクスが確立され,様々な疾患の研究に応用されている。今回のNatureの総説では,ニューヨーク大学のグループが,空間トランスクリプトームの技術の概要,得られたデータの解析方法について概説している。
 まず,空間トランスクリプトームは,NGSベースのアプローチか,イメージングベースのアプローチかに大別される。

NGSベースのアプローチ(Figure1
 2016年に最初に報告され,scRNA-seq手法を基盤としており,ライブラリ調製の前に空間バーコードを追加している。逆転写の前に,空間的にバーコード化されたマイクロアレイスライドにポリアデニル化されたRNAをキャプチャーし,空間特異的な位置の分子バーコードを用いて各転写物を各スポットにマッピングできるように設計されている。各スライドには1,000個強のスポット(スポット直径100μm,中心間距離200μm)が配置され,特定の領域や重要な遺伝子ターゲットセットを事前に選択することなく,広い組織領域をバイアスなく解析できる。10X Genomics社が最近発表したVisiumは,解像度(スポット径55μm,中心間距離100μm)と感度(スポットあたり10,000以上の転写産物)を向上させている。Slid-seqは,NGSをベースとしたもう一つの技術で,mRNAを捕捉するためにスライド上にランダムなバーコード付きビーズを用いている。この方法は,高解像度(10μm)と高感度(ビーズあたり500転写産物)を達成している。最近では,DBiT-seq(deterministic barcoding in tissue for spatial 'omics sequencing:Link),Stereo-seq(spatio-temporal enhanced resolution 'omics sequencing:Link),Seq-scope(Link)など新規の技術がさらに登場してきている。

イメージングベースのアプローチ(Figure1
 イメージングベースのアプローチには,主に,ISS(in-situ sequencing)法とISH(in-situ hybridization)法の2つのタイプが紹介されている。ISSベースの手法は,組織内の転写産物の配列を直接読み取るものである。具体的には,RNAを逆転写し,ローリングサークル増幅法(Link)で増幅した後,塩基配列を決定する。逆転写にターゲットプローブを使用し,続いてライゲーションによるシーケンスを行う。この手法を改良したSTARMap(spatially resolved transcript amplicon readout mapping:Link)をはじめ,様々な手法が開発されている。
 ISH法は,相補的な蛍光プローブとのハイブリダイゼーションによって標的配列を検出する。開発当初は識別可能な転写産物の数が限られていたが,ハイブリダイゼーションとイメージングを連続して行えるようになり,さらにバーコーディングを組み合わせることで,実質的な多重化が可能になった。ISS法,ISH法ともに,画像を処理して遺伝子発現マトリクスを作成する。細胞レベルのマトリックスを得るためには,画像をセグメント化する。また,個々のピクセルレベルでデータ解析を行い,遺伝子発現データを組み込むことで細胞種を特定することもできる。

 上記の様に,空間トランスクリプトームにも,その中で様々な技術が登場しており,モダリティを選択する際のポイントがまとめられている。
 ①遺伝子スループットの方法:NGSベースか,ISSやISHなどのイメージングベースか
 ②シークエンス情報:NGSを用いた方法やISSを用いた方法では,cDNAの配列そのものがシークエンスされるので,融合転写物,スプライスアイソフォーム,一塩基変異や点変異などを検出できる。これらのデータを遺伝子発現マトリックスと統合することで,RNA velocity〔スプライスされていない未成熟な mRNA とスプライスされた成熟 mRNA の比(RNA 速度)に着目することにより,個々の細胞の運命を予測する解析:Link〕やlineage tracingを用いて時系列データを再構築することができる。
 ③感度: ISH法は高感度であり,最近では,ゴールドスタンダードである単一分子蛍光ISH(smFISH)と比較して80%の検出効率に達している。NGSベースの手法の感度は著しく低く,scRNA-seqよりも劣る。一般的に感度と遺伝子スループットはトレードオフの関係にあり,ターゲットを絞ったISSベースの手法の感度がアンバイアスなNGSの手法に比べて感度は高くなる。
 ④分解能:in situ法の分解能は,拡大顕微鏡では100nm程度に達している。よって,細胞内組織の評価にも適している。NGSベースの方法は,スポットの直径によって制限される。その分解能は当初の方法から急速に向上しており,最近では約1μmにまで達している。
 ⑤領域の大きさ:in situ法では,組織の大きさとイメージング時間との間にトレードオフの関係にあるものの,幅広いサイズに対応できる。対照的に,NGSベースの方法は標準化されており,アレイの大きさは10mm2のオーダー(現在,市販されている10X Genomics Visiumでは6mm2)となる。
 ⑥実現可能性:これらの技術は非常に強力だが,まだまだ実現可能性が高いとは言えない。10X Genomics Visiumに見られるように,商業化によってアクセスが容易になっている。

 次に,空間トランスクリプトームによって出てきたデータをどのように解析してくかということを概説している(Figure 2)。①遺伝子のクラスタリング(Cluster),②解析領域の選択(Select),③遺伝子発現のスコア化(Score),④スポットのクラスタや遺伝子のセットの特性の特徴付け(Characterize),⑤関連付け(Relate)の各工程に分けて解説している。
 空間トランスクリプトミクスは,既に様々な分野・疾患で応用されているが,筆者が特に興味深いと感じたのは,癌と正常組織の境界領域にある分子の特徴が多く研究されている点である。今後,間質性肺炎やCOPDにおいて,癌が発生しやすい分子機構がこの技術を用いて,近い将来にさらに詳細に解明されてくるであろう。

•Science

1)ウイルス学・免疫学・臨床遺伝学:Reports
MX1の稀な変異アリルが人獣共通感染症であるH7N9インフルエンザウイルスに対する感受性が高まる(Rare variant MX1 alleles increase human susceptibility to zoonotic H7N9 influenza virus
 COVID-19の登場により,人畜共通感染症の病態解明の医学的・社会的重要性が益々高まっている。実際に,多くの獣医学出身の研究者が今回のCOVID-19で活躍されている。今後も,新興・再興感染症の観点からも,AMR(薬剤耐性)の観点からも,「One Health」に注目しなければいけないことは自明である。
 ネクストパンデミックの筆頭候補は,SARS-CoV-2以外のコロナウイルスと新型インフルエンザウイルスが挙げられであろう。鳥インフルエンザがヒト・ヒト感染を起こすようになったら,人類にとって確実な脅威となる。
 今回のScienceは,人獣共通感染症であるH7N9インフルエンザウイルスは,家禽(家畜)の仕事に従事している者がハイリスクとなるが,その一部しか発症を認めないことに着目して研究を展開している。
 中国CDCと中山大学のグループは,2013年から2017年にかけて診断が確定されたH7N9インフルエンザウイルスに罹患した220人をエントリーしている。さらに,この集団とマッチさせた畜産業に従事する健常者120人をエントリーしている。この両群に全ゲノムシークエンス(WGS)を施行している。その上で,rare variantを対象とした遺伝子に基づいた関連解析(gene-based association analysis of rare variants)(Link)を行うと,MX1遺伝子が最も強い関連として同定された。21人のH7N9インフルエンザ患者から,Minor allele frequency(MAF)<0.5%の17個の一塩基バリアント(Single Nucleotide Variant:SNV)が検出された。一方,コントロール群の畜産業に従事する健常者からは一つもこれらのSNVが検出されなかった。この17個のSNVの内,6個のSNVはgnomad(Link)やdbSNP(Link)でも報告されていない新規のSNVであった。さらに,4078人の中国人データ(オッズ比5.96,95%CI:3.40-10.04)(p=3.33×10−9),10588人の中国人データ(オッズ比8.61,95%CI:5.5-14.09)(p=2.29×10−12)を用いても,これらのSNVの疾患リスクが再現された。
 IFNによって制御されるMX1遺伝子は,ミクソウイルス抵抗性タンパク質A(MxA)をコードし,MxAはインフルエンザウイルスを含む多くのRNAおよびDNAウイルスに対して活性を持つ抗ウイルス因子である。MxAは,大型のダイナミン(Link)様のGTPaseであり,N末端のGドメイン,逆平行の4ヘリックスバンドル(Link)のドメイン(ストークとも呼ばれる),他の2つのドメインをつなぐ3ヘリックスバンドル(Link)(a1 B,a2B,a3B)のドメイン〔バンドルシグナルエレメント(BSE)とも呼ばれる〕の3つのドメインから構成されている(Figure1A,B)。
 ストークドメインとBSEドメインは,MxAのホモ・オリゴマー化(Link)を仲介する(つまり,ストークドメインとBSEドメインに変異があると,MxAが重合されなくなる可能性がある)。また,ストークドメインは単体で抗ウイルス性活性を有している。また,MxAの抗ウイルス活性には,自己組織化とGTPase活性が必須であると報告されている。今回,見つかった17個のSNVの内,1個はノンセンス変異,1個はスプライスサイト変異,15個はミスセンス変異でいずれも,上記の3つのドメインに位置していた。
 MxAはインフルエンザウイルスのポリメラーゼ活性を阻害する。そこで,新たに同定したMxAの変異体を発現させた細胞を用いて,ウイルスポリメラーゼ活性を評価している。GTPase欠損変異体p.T103Aとオリゴマー化欠損変異体p.M527Dをネガティブコントロールとして用いている。15個のミスセンス変異のうち12個のミスセンス変異は抗ウイルス活性を失っていた。一方,3個のミスセンス変異は野生型のMxAと同等の抗ウイルス活性を示していた。ノンセンス変異(c.88C>T)は,その後,ストップコドンを認め,抗ウイルス活性を持つタンパク質の発現を認めていなかった。スプライスサイト変異(c.1008+1G>C)は,ヘリックスをコードするエクソン13のすぐ下流のスプライスドナーサイトに位置している。このGからCへの塩基置換は,エクソン13の完全または部分的な欠損をもたらした。これらの変異体は,H7N9だけでなく,H5N1やH7N7のポリメラーゼ活性阻害を失っていた。
 すべての患者の一塩基置換がheterozygousであり,MxAの抗ウイルス活性にはオリゴマー化が必要であることから,これらの変異はドミナントネガティブ効果を有するのではないかと仮説を立てて実験を進めている。12個のMxAミスセンス変異体はすべて,濃度依存的に野生型MxAのH7N9に対する抗ウイルス活性を阻害していた。一方,オリゴマー化を欠損したコントロール(p.M527D)とストーク切断型MxA(ストークドメインはオリゴマー化に必須)はドミナントネガティブ効果を示していなかった。共免疫沈降の結果,p.M527Dとは対照的に,12個のMxAミスセンス変異体はWT MxAと物理的に相互作用することが確認された。
 さらに,ヘテロオリゴマー化がドミナントネガティブ効果の原因であることを検証するため,MxAミスセンス変異体に,オリゴマー化を欠損させるp.M527Dの変異を導入した所,これらの単量体変異体は野生型MxAと結合せず,野生型MxAの抗ウイルス活性は維持されていた。これらの結果により,活性を失ったMxAミスセンス変異体のヘテロ接合体の保有者は,ウイルス活性を有しないMxAヘテロオリゴマーが形成されるため,MxAの機能が欠損していると結論付けている。
 著者らは,gnomadのデータベース(Link)において,ヒトにおけるMX1のloss-of-functionのアリル頻度が低いことから,これまでにMxAの機能を維持しようとする進化上の高い圧力があったのではないかと推察している。そのため,ヒトにおけるH7N9とH5N1の感染はいずれも稀であり,散発的であったのではないかと推察している。
 臨床遺伝学の知識は,その疾患の全体像を明かすわけではないが,未知の生物学的意義の発見やリスクグループの層別化には大きな力を発揮することを改めて実感する報告であった。

•NEJM

1)感染症:Correspondence
Covid-19 mRNAワクチン後の心筋炎(Myocarditis after Covid-19 mRNA vaccination
 米国CDCは,最近,米国でCovid-19 mRNAワクチン後の心筋炎・心膜炎を報告した。CDCによると,ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンを接種した12~17歳の青少年に発現した副反応9,246件の内,重篤な副反応の内,4.3%が心筋炎だったとのことである(Link)。
 1例目は45歳女性で,先行するウイルス性感冒の臨床症状はなかったが,BNT162b2ワクチン接種(1回目)の10日後に呼吸困難とめまいを認めた。鼻咽頭ウイルスパネルでは,SARS-CoV-2,インフルエンザAおよびB,エンテロウイルス,アデノウイルスは陰性であった。PCRや血清学的検査でも,パルボウイルス,エンテロウイルス,HIV,SARS-CoV-2の感染は認められなかった。
 来院時は,頻脈を認め,心電図では顕著なST低下が認められ,トロポニンIは6.14ng/mL(基準範囲0~0.30)であった。経胸壁心エコーでは,重度の左心室収縮機能障害(駆出率15~20%)が認められた一方,左心室の大きさは正常であった。
 心内膜生検では,T細胞とマクロファージを主成分とし,好酸球,B細胞,形質細胞が混在する炎症性浸潤が認められた。この患者には,強心薬,利尿薬,メチルプレドニゾロン(1日1g,3日間)が投与され,最終的には心不全の標準的治療が行われた。来院から7日後,EFが60%となり,自宅退院した。
 2例目は42歳の男性で,mRNA-1273ワクチン接種(2回目)の2週間後に呼吸困難と胸痛を認めた。先行するウイルス性感冒の臨床症状はなく,PCR検査ではSARS-CoV-2は陰性であった。頻脈と発熱があり,心電図にはびまん性のST上昇が認められた。経胸壁心エコー図では,全体的な両心室機能不全(駆出率15%),心室の大きさは正常,左心室肥大が認められた。冠動脈造影検査では冠動脈疾患は認められなかった。患者は心原性ショックを起こし,来院から3日後に死亡した。剖検の結果,両心室性心筋炎が認められた。マクロファージ,T細胞,好酸球,B細胞などが混在する炎症性浸潤が認められ,患者1と同様の所見であった(Link)。

今週の写真:ワシントン記念塔から見たタイダルベイスン


(南宮湖)

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