" /> 蛋白質立体構造予測ソフトAlpha Fold 2−画像,翻訳AIに共通する機械学習Transformerとは?/ICI増強腸管microbiomeの実態はNOD2・peptidoglycan系である−臨床応用の可能性は?/Alzheimer治療薬抗Aβmonoclonal抗体Aducanumab承認を巡る議論を考える |
呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 158

公開日:2021.9.2


今週のジャーナル

Nature Vol. 596, No.7873(2021年8月26日)日本語版 英語版

Science Vol. 373  Issue #6558(2021年8月27日)英語版

NEJM Vol.385 No.9(2021年8月26日)日本語版 英語版








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蛋白質立体構造予測ソフトAlpha Fold 2−画像,翻訳AIに共通する機械学習Transformerとは?/ICI増強腸管microbiomeの実態はNOD2・peptidoglycan系である−臨床応用の可能性は?/Alzheimer治療薬抗Aβmonoclonal抗体Aducanumab承認を巡る議論を考える

 今週の大きな話題は蛋白質3次元構造予測である。今週のNature誌に2報,先週のScience誌に1報掲載されている。 50年以上前,京大・東大兼任の早石修先生の栄養学教室で医学生として,酵素学(Enzymology)研究の手ほどきを受けた。酵素学は蛋白機能学であるが,蛋白精製工程を経て単離し,究極は結晶化である話を耳にした。単離して後,冷蔵庫の中で放置し,幸運なら結晶化すると。そしてX線回折で立体構造解明となる(リンク)。実際,日本人のα1-antitrypsin欠損遺伝子Siiyamaの変異は,立体構造上重要と指摘されていた残基であった。その後,2010年代にcryo EM(低温電子顕微鏡法:Wiki )による計算アルゴリズムで,多くの蛋白質立体構造が報告されるようになり, 2017年にcryo EM法にはノーベル化学賞が与えられた。

 こうした自分の興味から,いつもながら懲りない背伸びではあるが,せめて本論文の周辺状況だけでも報告したい。同時に急速に理論革新の進むMachine learningを用いるからこそ面白くなったPSP(Protein structure prediction)の姿を覗いてみたい。奇しくも50年前愛読していたJack Monodの「偶然と自然」が,この夏手元に戻った。「自分が蛋白になって考える」というMonodの思いが乗り移った感じもする。


•Nature

1)機械学習

AlphaFoldによる高精度の蛋白質構造予測(Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold
ヒトプロテオームの高精度な蛋白質構造予測(Highly accurate protein structure prediction for the human proteome

 今週のNature誌には,7月半ばにonline公開され話題のPSPとして,AIを用いたGoogle傘下,英国のDeep Mind研究所のグループからの,Alpha Fold2ソフトの実際を報告した論文が2報掲載されている。現在,立体構造の解明されたものは18万種,しかしゲノム情報からは10億種の蛋白質の存在が予想されており,アミノ酸配列から立体構造の推測は強く求められるところである。

 臨床にいて,あるいは基礎医学でもWet実験をしている研究者には,まったくなじみのない領域である。現時点ではTJHで取り上げないという考え方もあろうが,老いて好奇心が残る筆者にはせめて周辺状況だけでも調べてみたい。

 Googleで検索すると,内容が内容だけに,バイオ系研究者からのコメントはほとんどない。かえってAI技術として東大松尾研からの解説(リンク)がある。またGitHub中にこまごまと解説(リンク)したものもある。いずれも我々臨床医には理解は難しい。WikiにもAlpha Fold2の説明はある(Wiki)。

 こうした点,Nature のNews & Viewsに解説を執筆しているAlQuraishi Mが2021年Current Opinion in Chemical BiologyにPSPの現状を解説した総説がある(リンク)。

 私にとっては,最近10年前後の流れ,ことに筆者が「最近2年」という大きな変化が,かつて読んだAI翻訳飛躍技術にも通じるものであったのでここに紹介する。この総説の最初に「核酸配列(すなわちアミノ酸配列)が蛋白質3次元構造を決め,その構造がその蛋白質の機能を決定する」とある。臨床ではこの「機能」が病態と関連する。

 PSP領域では2年毎のCASP(Critical Assessment of protein Structure Prediction)カンファランスがある。CASP 13(2018)でAlpha Foldが首位となり,CASP 14(2020)ではこれを大幅に改善したAlpha Fold 2を用いたDeepMindグループが他を圧倒したという。総説の文中には頻繁に“neuralization”という医学畑では耳慣れない単語が使われている。

 この総説では,PSPの過程を4つに分けている。(1)Inputs:最近では進化を反映するhomologous proteinのデータを用いる,(2)Trunks:Neural networkの実際部分,(3)Outputs:しばしば側鎖構造のない単純3D構造,(4)Refinement:初期Outputsの基本構造を詳細にしてゆく。著者はこのように分けたPSP過程と次々改善された時間経過を図示している(リンク)。

 図を追いながら総説の内容を理解していくと,AIの専門用語がやたらでてきて素人にはお手上げとなる。しかしInputs,Trunksと読むうちに,attention networksの項で,‘Transformers’の説明として,“.. enabled Transformers to dramatically improve the capability of natural language processing system.”(natural language;自然言語)と述べている。これでハッと気がついた。実は同じ説明がGoogle自動翻訳機能向上の解説記事(日経エレクトロニクス,2019年9月号:リンク)で述べられていたことを思い出した。

 このTransformer(Wiki)とattention network(手短には,部分部分に「符丁」を加え進める技術)により,それまで逐語訳であった翻訳が,文章全体をエンコードしその概念を全体としてデコードしていく翻訳過程となり,多くの言語への同時翻訳が可能になったという。

 翻ってこの過程は,蛋白質折り畳み過程における近位部アミノ酸構造と,遠位部アミノ酸構造を全体として把握するAI技術にも通じることになる。言い換えれば,画像認識や自動翻訳などのAI技術の展開が,一見遠く離れた事象と思われる蛋白質立体構造解明にもつながっている。AI,機械学習とはそうしたものなのだ。この点が理解できただけでも,私にとってAlQuraishiの総説を読んだ価値があった。

 その他にも,データ処理に故意にノイズを入れ,教師あり深層学習をする等,現在いかにMachine learningが急展開し,それが蛋白質立体構造予測の技術中で生かされているかが理解できる。

 しかし限界もある。

 1つはアミノ酸変異の入った蛋白質立体構造は予測できない。これこそ臨床では関心もつ課題だが,考えてみれば蛋白進化の突然変異はlearningできないから当然ともいえる。もう1点は,今後この立体構造予測は阻害物質化学構造予測等に大きく展開するであろうが,一方で蛋白質間のinteractionにどう応用可能かという点である。この部分は現在Yeast two hybrid systemによる情報しかないが,今後このPSPを応用しうるのか? Monodの「蛋白質になって思考」からは,大いに関心ある点である。

 DeepMindではこのソフトを公開して,Google Colaboratory(Pythonも勉強できる)でも使用可能で研究者は使用を始めている。実際,前述の松尾研の解説では,論文にはないSARS-CoV-2の蛋白6種類を3次元構造で示した図が掲載されている(リンク)。

 Natureのもう1報は同じDeep Mindからヒトゲノムで予想の蛋白立体構造をヒトプロテオームとして演算したもので,48.3%では信頼度が高い解析を得たという。先週のScience論文(リンク)は,CASP14で発表のAlphaFold2を参考に改善した,RoseTTAFoldというWashington大学のグループからのソフトの報告で,今後なおAI応用PSPは向上していくだろうと予想される。


 以上,臨床にいて読み切れない論文であるが,新に展開するAIに広い視野を持つという点で,大変勉強になった。退職前後にまとめた「Molecular biologyから呼吸器臨床を考える」(リンク)という本の副題は「Bilingual(日常臨床+分子生物学)の臨床医を育成して」であった。30年を経て,AIやPython等も理解するTrilingual(日常臨床+分子生物学+数理統計学)の臨床医を育成する時期になりつつあるのか?


•Science

1)癌免疫治療

エンテロコッカス・ペプチドグリカンのリモデリングは,チェックポイント阻害剤の癌免疫療法を促進(Enterococcus peptidoglycan remodeling promotes checkpoint inhibitor cancer immunotherapy

 先の蛋白質立体構造予測もそうだが,TJHの執筆陣の中のプレ後期高齢者としては,どうしても回想から入りたくなる。研究技術の急展開の中,余計なエピソードも入れておかないと,若い先生方はもう耳にする事等ないだろうと思う寂しさか?

 このScience紹介論文で出てくるmuramyl dipeptide(MDP:Wiki)である。40年以上前,呼吸器の不思議(現在も)な病態としてsarcoidosisに関心があった。非乾酪性肉芽腫症であるが,その肉芽腫のモデルはMDPで作成することができた。なぜこの物質? という不思議さが記憶に残っている。

 それが現在ではNOD2(Wiki)のリガンドとして,monocyte系を活性化し,向炎症反応を惹起して,実はICI(immune checkpoint inhibitor)治療の有効性を決定するというのが,本論文のstoryで,上記の回想となるわけである。古くは丸山ワクチン,BCG,真菌膜物質の癌ワクチン等の歴史も振り返りたくなるがそれはやめておく。

 米国のRockefeller大学のグループ(web情報では中心メンバーはScripps研究所に移動し研究を続けている)からで,受理まで14カ月,データ量も多い。

 ICI治療有効性に関与するものとしては,mutational burden,抗原提示システム回避有無等と並び,かなり早く2015年頃からgut microbiomeの差の報告があった。現在では膠原病から糖尿病など幅広い疾患と腸内細菌叢の関連が報告されるが,一体その因果関係は何が関与するのか? ほとんど未知のままである。

 研究者たちは,マウス実験でまず広範抗菌薬を使い腸管細菌叢をclearし,その後飲料水に加えたenterococcusで補完する。そしてB16-F10 melanoma細胞株を皮下に接種し,ICI(αPD-L1など)を開始する(Fig1A)。まずE. faeciumとE. faecalisでαPD-L1の効果が異なる(Fig1C,同上)。それは菌量とは関係がない(Fig1D)。

 このグループは先行研究で,E. faeciumはpeptidoglycanを大量に持つとの知見から,それを菌体構成成分から分解する酵素としてN1pC/p60 hydrolaseを同定し,peptidoglycan hydrolase secreted antigen A(Sag A)がorthologとしてE. faecium全般に広く分布していることを確認した(Fig2)。

 このSag Aを,ICI増強効果がみられないE. faecalisに遺伝子導入すると,ICI効果が認められるようになった(Fig3A)。これは癌腫を変えても効果は変わらず,また腫瘍組織免疫細胞を対比すると,cytotoxicな分画が増加していた(Fig3 B~I)。次にpeptidoglycanがリガンドとして関与するNOD2のノックアウトで調べると(-/-)ではICI効果が失われた(Fig3 J)。

 最後にMDPを直接投与ではどうか? 実際はICI用抗体とMDP(αPD-L1など抗体20ug,MDP-L,L or MDL-L,D 10ug)を200ul腹腔内注入で隔日に4回投与している。

 予想通りNOD2のactive ligandのMDL-L,DがICI増強効果を示した(Fig4B)。腫瘍組織を集めてのscRNAseq解析ではMDL-L,D体で増加する細胞(Fig4E),そこにおける関連発現遺伝子(Fig4G)が示されている。

 ストーリーの全体像はFigS15(Supplementのダウンロードが必要)に示してある。最初に述べた臨床効果の判然としなかった細菌由来物質を用いての癌免疫療法,一方でICI効果を増強する腸内細菌叢のscreening,Sag A遺伝子導入など,明快に説明するものである。日常的にICIを使用している腫瘍内科医はすぐにでも臨床試験をしたくなる内容である。Scrippsでの研究展開が期待される。最終的にpeptidoglycanが腸から血中に入るのであるなら,ICI有効例ではどのpeptidoglycanがどの程度血中で検出されるか? 知りたいところである,同時にMDPを臨床使用するにはかなりの免疫反応が予想されるので,困難な面もあるが,投与の工夫はあり得るだろう。歴史的に先行した細菌膜由来癌免疫療法の効果が,実にICI治療導入で明瞭になったとも言える。


•NEJM

1)Perspective

アデュカヌマブのFDA承認を再考する(Revisiting FDA approval of aducanumab
アルツハイマー病の論争と進展—アデュカヌマブのFDA承認(Controversy and progress in Alzheimer’s disease — FDA approval of aducanumab

 世界的な社会高齢化とともに,認知症増加は21世紀の大きな課題である。脳内蓄積物が病態と考えられるAlzheimer病の治療は,企業が開発の項目にあげながら臨床成績が振るわず,断念するニュースが多い。

 その中で,Aβ蛋白へのmonoclonal抗体,Aducanumabは臨床試験の紆余曲折を経て,2019年3月にはBiogen社は一旦開発中止を公表しながら,2019年10月,FDAに承認申請を行った。FDAの審査における小委員会は,2020年11月,薬効には強いエビデンスがないことや,ARIA(amyloid-related imaging abnormality)などのsafety問題があるとして,承認すべきでないと答申した。ところが,2021年6月,FDAはaccelerated approvalとしてAlzheimer治療薬としての承認を発表した。

 この過程は確かに普通ではない。

 承認すべきでないと答申した小委員会の3名は辞表を提出した。この3名を含む7名が今週のPerspectiveにRevisitingとして意見を表明している。これに続いてRabinovici GDが解説(Audio interviewあり:リンク)を書いている。門外漢ではあるが,状況を理解したい。

 これも多少回想になる。抗線維化薬pirfenidone臨床開発での承認は,日本→ EU →そして米国が最後となった。米国はIntermune社が開発を担当していたが,簡単には承認されなかった。もちろんprotocolはそれぞれ異なる。Alzheimer病と共通するのは,慢性進行性病態のinterventionの考え方である。日本では期間1年での試験で肺機能低下抑制の有意差を出すには,緩徐進行期(重症度II/III期)をenrollする戦略であった。しかし米国はこの点がはっきりしなかった。ATS学会で留学先師匠に会ったとき,「あの結果ではまだ承認できない」といわれた(おそらくcommitteeに入っていたのか?)。最終的にpirfenidoneは承認されたが,この後,ほぼ同じ臨床成績のnintedanib承認はスムーズに進んだ。

 本来これがFDAの承認であるはずで,客観的に見て,このPerspectiveの内容は正しいと思われ,今後,Biogen社はFDAの承認条件とした追加をどこまで誠実に対応するのかという点に関心が集まる。

 問題点を整理すると:

1)Identical trialのEMERGE(NCT02484547)とENGAGE(NCT02477800)がなされたが,後者は前者の結果を達成できなかった。

2)Primary endpointのCDR-SB(Clinical Dementia Rating - Sum of Boxes)の鋭敏度はどの程度か?

3)Surrogate markerであるアミロイドPETによる集積減少と臨床症状改善の相関性,あるいは効果出現時間差はあるか?

4)高薬価$56,000/年(日本円で600万円以上)による医療保険への影響,および治療の公平面での懸念。

5)AEとして挙げられているARIA(前出)の長期予後の追跡。

などがある。

 FDAの本承認に関しては多くの疑義が出され,連邦政府の委員会でFDAとBiogen社との関係をも含め調査が予定されている。しかし,すでに他社は同様のmonoclonal抗体,Donanemabなども申請予定があることに,懸念が表明されている。

なかなか複雑な問題である。

 21世紀はバイオ産業が全体的に重みを増す。米国政府にはそうした配慮が当然存在するだろう(翻って日本は,今回のmRNAワクチンを含め,今後バイオ系貿易赤字が懸念される)。

 一方で臨床試験protocolの問題もある。何らかの測定可能なSurrogate定量評価は必要であるが,アミロイドPET,脳脊髄液Aβ,タウ蛋白等の定量,特に臨床指数改善等のtime lagの程度は?あるいは神経細胞再生効果のある薬剤との併用臨床試験などもありうるだろう。

 今回のFDAの承認決定はとても合格点とはいえない。しかしAchE阻害薬同様,real worldで初めて多くの事柄が明らかになってゆく。Pirfenidone臨床開発に関与しての最も大きな私自身の教訓は,臨床試験は患者に薬剤を届けて,初めて意味があるという,real worldの重さの実感であった。


 追記:なおAβ蛋白等のクリアランスに関しては,過去のTJハック#93#145も参照ください。



今週の写真:還暦の年,キリマンジャロ登山を終え,近くのManyara湖サファリから戻る途中。見事なバオバブの木の下で。

 

(貫和敏博)



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