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経口薬と腸内細菌叢の思わぬ関係/蛋白質コード領域内のミニサテライト/正統派COVID-19ワクチンの実力
1)微生物学:Article
処方薬の腸内細菌内蓄積(Bioaccumulation of therapeutic drugs by human gut bacteria) |
免疫チェックポイント阻害薬の効果と腸内細菌との関連が最近注目されている。本研究では,より単純に,腸内細菌によって腸内濃度が低下してしまう薬剤-腸内細菌の関係を調べている。ドイツ・ハイデルベルグの欧州分子生物学研究所からの報告である。
筆者らはまず,25種類の腸内細菌を,小分子経口薬15種類とそれぞれ嫌気的に培養し,薬剤濃度が低下する375の組み合わせを見つけた。そして,調べた15種類の経口薬のうち10種類で,腸内細菌との関係が確認された(図1)。これらの経口薬と腸内細菌との関係のうち,18菌株と7薬剤による29の薬剤-細菌関係は未報告のものであった。
細菌によって薬剤濃度が低下する機序としては,細菌による薬剤の変換「biotransformation」がこれまで主に考えられてきた。しかし,筆者らが新たに見つけた29の薬剤-細菌関係を調べたところ,うち17の薬剤-細菌関係で,薬剤の変換は起きておらず,薬剤は変換されずにそのまま細菌内に蓄積「bioaccumulation」していた。
そこで筆者らは,抗うつ薬であるデュロキセチン(商品名:サインバルタ)を用いて,細菌内の薬剤蓄積を詳細に解析した(図2)。細菌内に蓄積したデュロキセチンは代謝酵素と結合して,細菌の分泌プロファイルを変化させた。そしてこのデュロキセチンの菌内蓄積によって変化したS. salivariusの分泌プロファイルは,共存するE. rectaleを増殖へと導いた(図3)。すなわち,腸内で薬物が一部の細菌内に蓄積すると,腸内細菌叢の構成が変化してしまうことが示唆された。
普段処方している経口薬は,その患者さんの腸内細菌叢の状況によって効果が違ってくるかもしれない。また処方した薬によって,患者さんの腸内細菌叢を変化させてしまうかもしれない。細菌内蓄積(bioaccumulation)を知ると,怖くて経口薬を処方できなくなってしまう。
1)遺伝学:RESEARCH ARTICLE
蛋白質コード領域内のミニサテライトの反復数はヒトの形質を形成する(Protein-coding repeat polymorphisms strongly shape diverse human phenotypes) |
GWAS(ゲノムワイド関連解析)によって,ヒトの形質と関連するSNP(一塩基多型)は多数報告されている。SNPによってその形質が関連するゲノム領域は特定されるものの,多くのSNPはその形質の直接的な原因ではないために,SNPでその形質を生物学的に説明することはしばしば困難である。また通常いくつかの形質が複合していることが多い。そのような場合,SNPによって多くの関連領域がゲノム上に検出されて,その形質を遺伝学的に説明できなくなってしまう(「missing heritability」)。このようなGWASの問題点に対して,米国ボストンのハーバード大学の著者らはミニサテライト(本論文では「VNTR:variable numbers of tandem repeats」と呼称)の反復数に着目して,ヒトのいくつかの形質との関連を解析した(PERSPECTIVESの図参照)。なおGWASの問題点を解決する他の手法として,今週号のNature誌では,変異を遺伝子ごとに集約して単一ユニットとして解析する「gene-based collapsing analysis」が紹介されている。
まず筆者らは,UKバイオバンクの5万人のエクソームシークエンスデータを用いて,蛋白質コード領域内のミニサテライトを検索した。そしてそれらのミニサテライトの中から,UKバイオバンクの43万人のSNPデータと照らし合わせながら,最終的に形質と関連するミニサテライトを5個の遺伝子内に同定した(LPA,ACAN,TENT5A,MUC1,TCHH遺伝子)。
図1ではLPA(リポプロテインa)遺伝子,図2ではACAN(アグリカン)遺伝子とTENT5A(terminal nucleotidyltransferase 5A,polyAポリメラーゼ)遺伝子,図3ではMUC1(ムチン1)遺伝子,図4ではTCHH(トリコヒアリン)遺伝子について,遺伝子内のミニサテライトの反復数が,それぞれ血清リポプロテインa濃度(LPA遺伝子),身長(ACAN遺伝子とTENT5A遺伝子),腎疾患のリスク(MUC1遺伝子),男性の脱毛や巻き毛(TCHH遺伝子)と関連していることを示した。
ミニサテライトの反復数は,これまで汎用されてきたショートリードの高速シークエンサーやSNPアレイでは検出できず,ゲノム解析のピットフォールとされてきた。最近ではロングリードの高速シークエンサーが普及してきており,そのような技術革新も,このような論文が生まれる素地になっている。ちなみに本号は「Human Genomics」の特集号でもあり,これからのゲノム解析の一つの方向性を示す報告である。
1)感染症:ORIGINAL ARTICLE
Covid-19ワクチンNVX-CoV2373の効果と安全性(Safety and efficacy of NVX-CoV2373 Covid-19 vaccine) |
武田薬品が9月7日に日本政府の買い取りをプレスリリースしたCovid-19ワクチンNVX-CoV2373(米国のバイオ企業Novavax社製)について,ロンドン大学からの報告である。
現在本邦では,ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチン2種類と,アストラゼネカ社のアデノウイルスベクターワクチンが,Covid-19ワクチンとして使用されている。これらの「奇抜な遺伝子治療まがいのワクチン」とは異なり,NVX-CoV2373ではSARS-CoV-2のスパイク蛋白を組換え蛋白質として投与する。従来のワクチンのコンセプトを踏襲するものであり,「やっと普通のワクチンが開発された」という見方もできる。ただし,蛋白質で目的とする抗原を投与する,という従来のワクチンのコンセプトは踏襲しているものの,スパイク蛋白の全長をナノ粒子上に発現させ,Novavax社独自のアジュバント(サポニンを基に開発されたMatrix-M)を新たに用いている。接種法は,21日明けて2回筋注,とファイザー社コミナテイと同様である。
さてその効果についてである。今回英国で1万4千人を対象に第Ⅲ試験が行われ,そのワクチン効果は89.7%(95%信頼区間80.2-94.6)であった。NVX-CoV2373が従来のワクチンのコンセプトを踏襲した蛋白質ワクチンであることを考えると,驚異的に良好な効果である(図3)。
一方副反応については,重篤な有害事象は認めなかったものの,NVX-CoV2373を2回接種した人のうち,接種部痛などの局所反応が79.6%の方に,頭痛などの全身性反応が64.0%の方にそれぞれ出現した(図2)。
正統派ワクチンとして大きく期待が膨らむ結果である。今後の変異株の流行によってこのワクチン効果がどのように変化していくのか,それに対して,NVX-CoV2373をどのように改変していくのか,注目していきたい。
2)腫瘍学:REVIEW ARTICLE
悪性胸膜中皮腫の治療(Perspectives on the treatment of malignant pleural mesothelioma) |
5年生存率は5〜10%と予後不良な悪性胸膜中皮腫について,原因,組織・病理・分子の不均一性,臨床所見,診断,病期,治療の現況,展望,と細かな章立てて概説されている。
今週の写真:ライトアップされた松本城です。 |
(TK)