SARS-CoV-2の第5波が落ち着き,Covid-19以外の話題を今週は取り上げる。SCLC,NSCLCともに原発性肺癌の治療標的の話題を合わせるためScience論文ではなく,姉妹誌のScience Advancesから論文を選択した。
•Nature
1)肺癌:NSCLC
EGFR変異の構造に基づく分類は非小細胞肺癌における薬剤応答を予測できる(Structure-based classification predicts drug response in EGFR-mutant NSCLC) |
EGFR変異は非小細胞肺癌(NSCLC)のドライバー変異であること,そしてエクソン18-21の変異が典型的であることは周知の事実である。それらの古典的な変異とその他の数種類の変異をもつNSCLCに対しては分子標的薬が標準治療として承認されており,日常診療ではエクソン別のEGFR変異の有無を重要な情報としている。しかし,非典型的なEGFR変異をもつNSCLCの頻度や薬剤感受性については不明なことが多い。
本研究では米国MDアンダーソンキャンサーセンターからの報告で,EGFR変異をエクソン別ではなく構造機能別に分類することの有用性を明確にさせたものである。本研究はまず,EGFR変異をエクソン別で分類し,その分類別の転帰をTTF(time to treatment failure)で評価している。非典型EGFR変異の症例は,古典的EGFR変異の症例よりTTFは有意に短く,これは第一世代TKIでも第三世代TKIでも同様であった。次に,エクソン18-21に及ぶEGFR変異を発現する76の細胞株パネルを作成し,これらの細胞株を,第一世代(非共有結合型)および第二世代(共有結合型),第三世代(共有結合型)のTKIおよびEx20ins活性のあるTKIを含む18のEGFR阻害薬に対してスクリーニングし,WT型EGFRに対するin vitro選択性とEGFR変異のマッピングを用いて,EGFRの4つの異なるサブグループに分けた。この構造機能による分類は,エクソン別の分類より,どの突然変異グループが特定の薬剤に対して最も感受性が高いかを予測することができた。それは非定型EGFR遺伝子変異をもつNSCLCにアファチニブを投与した全奏功率(ORR)と治療期間(DOT)のデータからも,構造機能による分類では感受性の高いサブグループ(classic-likeおよびPACC)と感受性の低いサブグループ(T790M-likeおよびEx20ins-L)の間に明確な違いが見られた。そして構造機能による分類では,PACC変異を有する患者(n=156)グループでは,他のグループよりアファチニブの投与期間が有意に長かった(DOT:17.1カ月,P<0.0001)。またTKI世代別の治療効果も確認しており,PACC遺伝子変異のある症例では,第二世代TKIで治療を受けた場合,PACC遺伝子変異のない患者よりもTTFが長かった(それぞれ21.7カ月対10.0カ月,HR=2.6,P=0.0068)など,構造機能による分類により第二世代TKIの効果が大きいサブグループも特定している。
この構造機能による各EGFRサブグループの代表的な空間充填モデル(
Fig.5)は情報が整理されている。薬物結合ポケットの全体的な形状の変化〔Pループ:青,ヒンジ領域(ATP結合部位):オレンジ,疎水性クレフト:緑,αCヘリックス:黄〕や,薬剤の感受性または選択性が記載されている。
•Science Advances
1)肺癌:SCLC
YAPは小細胞肺癌の運命転換と化学療法抵抗性を促進する(YAP drives fate conversion and chemoresistance of small cell lung cancer) |
小細胞肺癌(SCLC)は高度な可塑性を持ち,化学療法への顕著な反応性を示すが後に耐性を生じるという臨床的特徴がある。本研究は中国の杭州大学からの報告で,マウスのSCLCモデルにより,SCLCの腫瘍形成中に腫瘍内のheterogeneityが徐々に確立されていくことを明らかにしたものである。
近年,SCLCにおいて4つの重要な転写調節因子ASCL1(achaete-scute family bHLH transcription factor 1),NEUROD1(neuron differentiation 1),POU2F3(POU class 2 homeobox 3),そしてYAPの発現の違いにより,4つのサブタイプ分類が定義されている。ASCL1highサブタイプはSCLCの大部分にみられる代表的なものである。マウスSCLCモデルでは,NEUROD1ではなくASCL1が腫瘍形成に必要であるが,ヒトSCLC細胞株ではNEUROD1highサブタイプが,細胞形態の変化とMYC増幅と関連している。MYCの発現は腫瘍にNotchの活性化を促し,SCLCをASCL1highからNEUROD1high,そしてYAPhighの状態へと移行させる。ヒトSCLCの大規模なパネルの発現プロファイリングでは,Hippo経路の主要な転写制御因子であるYAP(YAP1:
Wikipedia)が非NE SCLC細胞株では高発現しているが,ASCL1highまたはNEUROD1highのNEサブタイプのほとんどのSCLC細胞株では低発現または検出不能であることが明らかになった。もともとYAPは,大部分のヒト固形腫瘍において広範に誘導されており,YAPの活性化は,特に増殖,転移,免疫回避,薬剤耐性などに大きく関与している。しかしSCLCにおけるYAPの正確な役割は不明であったため,本研究でSCLCの発病,進行,薬剤耐性とYAPの関連性を明らかにしている。
ヒトSCLCの90~100%に,RB1とTP53の再発性機能喪失変化が生じていること,そしてマウスの肺におけるRb1とTrp53の同時欠損は,SCLCの初期発生に重要なステップであることはわかっている。またRb1ファミリーメンバーであるRbl2(p130)の欠損(25)やPten腫瘍抑制因子の欠損(26-28),Myc(15),FGFR1(29),Mycl(30)の過剰発現が,腫瘍の潜伏期間の異なるマウスSCLCの様々な組織学的サブタイプを生み出すことも報告されている。本研究グループは以前にCgrpCreER creドライバーを用いて肺NE細胞(PNEC)のTrp53,Rb1,Ptenを細胞タイプ特異的に不活性化すると,2カ月以内にSCLCが発症するマウスモデルを作成しており,本研究においてもそのマウスSCLCモデルCgrpCreER;Trp53f/f;Rb1f/f;Ptenf/f(
リンク)を用いている。
研究結果は,YAP/TAZ(transcriptional coactivator with PDZ-binding motif)とNotchは非神経内分泌系(Non-NE)SCLC腫瘍細胞の生成に必要だが,SCLCの発症には必要ない。YAPは,Notch依存性およびNotch非依存性の経路を介してシグナルを送り,Rest発現を誘導することで,SCLCのNE腫瘍細胞から非NE腫瘍細胞への運命転換を促進していた。さらに,YAPの活性化は,非NE SCLC腫瘍細胞の化学療法抵抗性を高める一方,非NE SCLC腫瘍細胞ではYAPの不活性化により,化学療法(タモキシフェン)の反応性が高まったこと(
Fig.4)や,化学療法薬によって引き起こされる細胞死がアポトーシスからピロトーシスに切り替わっていた(
Fig.6)を明らかにしている。またscRNA-seqでは,腫瘍細胞が多数のNE特異的遺伝子(Ascl1,Syp,Insm1など)や非NE遺伝子(Hes1,Cc10)を発現し,このHes1high細胞がAscl1high細胞と明確に分離していた。これは細胞亜集団間の転写の多様性をみとめることを示している。
本研究は,YAPが腫瘍内のheterogeneity確立に重要な役割を果たしていることから,YAPが治療抵抗性のSCLCにおける新たな治療標的になる可能性を強調している。
•NEJM
1)循環器系:高血圧症
高齢高血圧患者における強化血圧コントロール試験(Trial of intensive blood-pressure control in older patients with hypertension) |
高血圧は,世界的に心血管疾患による死亡の一般的な危険因子である。人口の高齢化に伴い,高齢高血圧患者における収縮期血圧の治療目標の決定が研究の焦点となっている。高齢者の収縮期血圧の目標値については,現行のガイドラインに基づく推奨値は一貫性がない。米国内科学会/米国家庭医学会のガイドラインでは150mmHg未満,欧州のガイドラインでは130〜139mmHg,米国心臓病学会/米国心臓協会のガイドラインでは130mmHg未満となっている。収縮期血圧介入試験(Systolic Blood Pressure Intervention Trial:SPRINT)では,75歳以上の患者においても集中的な血圧管理(収縮期血圧の目標値120mmHg未満)は,標準的な血圧管理(目標値140mmHg未満)と比較して心血管への効果が顕著であった。しかし最近の大規模な観察研究では,高齢者の収縮期血圧を130mmHg未満に下げることには注意が必要とされており,高齢者の治療アドヒアランスや副作用が問題となっていた。
本研究は中国北京の医科大学が中心となって,60~80歳の中国人高血圧患者を対象に,集中治療(収縮期血圧の目標値:110~130mmHg未満)が標準治療(目標値:130~150mmHg未満)よりも心血管リスクを低減するかどうかを検討した介入試験(Strategy of Blood Pressure Intervention in the Elderly Hypertensive Patients:STEP)である。
スマートフォンを使ったアプリケーション(アプリ)を用いて,家庭血圧を診察室血圧の補助として,追跡期間中に調べている。多施設共同無作為化比較試験で,目標収縮期血圧を110mmHg以上130mmHg未満とする群(強化治療群)と,130mmHg以上150mmHg未満とする群(標準治療群)に割り付けており,主要転帰は,脳卒中・急性冠症候群(急性心筋梗塞と,不安定狭心症による入院)・急性非代償性心不全・冠血行再建・心房細動・心血管系の原因による死亡の複合としている。
適格性のスクリーニングを受けた9,624例のうち,8,511例を試験に登録し4,243例を強化治療群,4,268例を標準治療群に無作為に割り付けされた。追跡1年時点の収縮期血圧平均値は,強化治療群127.5mmHg,標準治療群135.3mmHgであった。追跡期間中央値3.34年の時点で,主要転帰イベントは強化治療群では147例(3.5%)に対し,標準治療群では196例(4.6%)(HR 0.74,95%CI 0.60~0.92,p=0.007)(
リンク)。主要転帰の各項目においても大部分で強化治療群が優れており,HRは脳卒中0.67(95%CI 0.47~0.97),急性冠症候群0.67(95%CI 0.47~0.94),急性非代償性心不全0.27(95%CI 0.08~0.98),冠血行再建0.69(95%CI 0.40~1.18),心房細動0.96(95%CI 0.55~1.68),心血管系の原因による死亡0.72(95%CI 0.39~1.32)であった。安全性転帰と腎転帰の結果には強化治療群で低血圧の発生率が高かったこと以外は,群間での有意差はない。
高齢高血圧患者では,目標収縮期血圧を110mmHg以上130mmHg未満とする強化治療が標準治療よりも心血管イベントの発生リスクを低下させる可能性を示唆した結果であった。この2群間では糖尿病,高脂血症,腎障害,心疾患などの心血管系リスクも同率であり,BMIも高値ではない対象がうまく組み込まれているが,両群とも1年間で約3割程度しか試験継続できていない。血圧コントロール治療内容よりも,高齢者には内服コンプライアンス・副作用が重要な課題であることを裏付けている。
今週の絵画:さまざまな想いで開催された東京2020,今夏の記念にレインボーブリッジと東京の夜景をスケッチしました。 |
(石井晴之)