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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 166

公開日:2021.10. 27


今週のジャーナル

Nature (2021年10月13日) 英語版

Sci Trans Med Vol 13 Issue 616(2021年10月20日)英語版

NEJM Vol.385 No.17(2021年10月21日)日本語版 英語版








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足三里鍼灸治療のサイエンス?-Vagal-Adrenal axis/赤血球膜TLR-9の生理的意義−ヘモグロビン運搬以外の意義は?/POCUS(「ちょいあて」エコー)−機器の充実とcompetency training

 コロナ感染流行第5波は理由もよくわからないまま終息に向かい,世の中は4年ぶりの衆議院議員選挙に話題が集まる。コロナ流行はmRNAワクチンという新技術,新規感染制御手段を迅速に開発しうる高度な現代生物科学技術を世界中に知らしめた。同時に新興感染爆発への国の医療shiftの政策不備もあからさまにした。メディアは言わないが,コロナによる日本の死者は18000人を越え,東日本大震災の死者・行方不明者数に匹敵する。日本社会はデジタル化社会進展の遅れに代表される20世紀遺構的システムを,21世紀政治機構へどう移行するのか? 「自分たちは遅れている」という自覚が明治維新であった。この遅れの再自覚を国民は共有できるのか?

•Nature

1)神経学,伝統医学
迷走神経-副腎軸を駆動するための電気鍼灸療法の神経解剖学的基礎(A neuroanatomical basis for electroacupuncture to drive the vagal-adrenal axis
 今回取り上げる足三里の鍼灸研究(電気刺激)など,およそTop Journal Hackには似つかわしくないと思われるだろう。しかしBrain Scienceは進んでいる。
先ずは「三里」に関して,最初に3つのエピソードを述べて論文の内容に入りたい。1つは言わずと知れた松尾芭蕉の「奥の細道」の出だしである。「月日は百代の過客にし…,笠の緒付け替えて,三里に灸するより…」。芭蕉はなぜ旅の前に三里に灸をするのか? 三里とは何か? 2つ目は5年前,結核予防会勤務で結研にいたとき,英国(Moxafrica:リンク)からアフリカで結核制圧に努めるグループが人々の基礎健康を維持のためまず艾(モグサ)の灸が効果あるという半信半疑な講演を聞いた。3つ目は以前「呼吸臨床」の連載(第5回)で記した内容である(リンク)。1991年イタリア・オーストリア国境で発見された「アイスマン(Otzi Iceman)(BC 3300年,45歳前後男性)」の表皮に人工の線状の痕跡があちこちに残る。こうした身体外部からの医療は中国鍼灸の歴史以前にユーラシアに広く行われた可能性が指摘されている。

 長くなったが鍼灸という半信半疑な医療の背景にどんなScienceがあるのか? Nature Briefingで知ったin pressの論文を紹介する。米国ハーバード大学と上海の復旦大学のグループからの報告である。足三里〔ST(胃経)36,Zusanli〕の電気刺激(ES:electrostimulation,彼等はelectroacupunctureともいう)が迷走神経-延髄孤束核-副腎の経路で抗炎症作用を示すと報告している。先行する迷走神経-副腎経路の報告として2014年NatMed(リンク), 2020年Neuron(リンク,著者グループ)が挙げられている。全体像はNews &ViewsのあるいはFig.4fがわかりやすい。多くの遺伝子改変マウス,Optogenetics,逆行性神経同定等の新規技術が使われている。特に足三里の知覚情報はPROKR2(prokineticin receptor 2,G protein coupled receptor 73-Like 1; GPR73L1,臨床的には変異で遅発思春期)陽性神経細胞が関与する。

 まずFasciaを神経分布するPROKR2cre(tdTomatoを組み込んだProkr2cre,AvillinflpoなどのconstructはExtended Fig 1 a参照)遺伝子改変マウスではDRG(後根神経節)の一部神経が染まる(Fig. 1)。特記すべきはTh(thoracic)領域に比べL(lumbar)領域で多く染まる(Fig.1. c)。これらはTRKA(nerve growth factor受容体),NEFH(neurofilament)とも共染色するが,やはりL領域で多い。Prokr2染色は皮膚近傍ではなく,深部のFasciaや骨膜で見られるが,腹部では見られない(Fig.1.b,c)。Fascia中でもTA(tibial anterior)に相当するST36(足三里)では,ST25(天枢)と比べて10倍の差が認められた。

 ではこの特徴的なProkr2Adv神経の機能は何か? そのためにDTX(ジフテリア毒)の受容体(DTR)を用いProkr2Adv-DTRマウスを作成し,DTX注入後4週で98%以上のProkr2神経をablationしたProkr2Adv-Ablを作成した。実際にST36をES(0.5mA)するとablation(-)のマウス迷走神経群の先のDMV(dorsal motor nuclei of DMV)でのFos遺伝子の発現が見られたものが,ablation(+)で低下した。さらにDMVからの迷走神経下流になる副腎皮質からのNoradrenalin(NA),Adrenalin(A),Dopamine(DA)の分泌がablationで低下した(血中での測定)。これらのcatecholamineはLPS投与系で免疫反応抑制に作用し,究極sepsisモデルでの生存率がESで改善されるが,ablation(+)マウスでは効果がなかった(Fig.2f)。これらの結果は,Prokr2Adv神経がST36の低ES刺激でVagal-Adrenal-Anti-inflammatory axisをドライブすることが示された。

 次にAdrenal axisを動かしている十分条件として,gain of function機能があるCatCh(calcium-translocating channel rhodopsin)とeYFPを遺伝子導入したProkr2Adv CatChマウスを用い,延髄のNTS(孤束核)からFluoro-goldを用いて逆行性に入れた色素が,脊髄路でST36をOptical stimulationをするとFos発現が10倍以上に高染色となり,さらに頸部迷走神経での発火が15倍になった(Fig.3)。一方,伝達を遮断するsubdiaphragmatic vagotomyにより,NA,A,DAが顕著に抑えられた(血中のNA,A,DAはほとんど副腎由来ものであるので,Vagal-Adrenal axisを証明したことになる)。これらcatecholamineは血中TNF,IL-6の濃度を下げ,sepsisの生存率も顕著に改善させた。

 実際に末梢の神経切断によっても,common peroneal N(総腓骨神経)切断でST36刺激効果が失われたが,その近傍のlateral cutaneous N切断では変化を認めなかった(Fig.4)。こうした効果はBL56(承筋)やST25(天枢)周辺刺激では見られなかった。

 最後にProkr2Adv神経は脚前方の筋膜(TAなど)に濃厚に分布するが,腓腹筋のような後背部には分布していない。したがってこれらの部分を刺激しても炎症抑制はできない。逆にProkr2Advは頸部C領域ではC6~8のDRGに分布する。確かにLI10(手三里)の刺激でもTNFやIL 6は抑制された(Extended Fig. 11.)。

 以上よりST36やLI10などのacupoint選択性に特異自律神経路:Vagal-Adrenal axisの存在が証明された(Fig. 4. f)。従来言われていた深部で軽刺激が自律神経路活性化で炎症抑制効果を示す。
 最初の3つのエピソードに戻る。自律系神経路の活性化とは,身体のconditioningである。旅の準備としての芭蕉の三里の灸であり,それは5000年以上も前のアイスマンにも見られた古くからの知恵であり,同時に現在もMoxAfricaとして三里のモグサ灸がアフリカ結核抑制に効果を示す。
 以前TJH#96ではhypothalamus-pituitary-adrenal axisを示した清華大学の論文を紹介した。今回は足三里-DRG-DMV-NTS-Adrenal axisである。こうした経路の解明は,21世紀の実験技術である遺伝子改変動物,Optogenetics,逆行性神経路同定などに支えられた全くの新領域である。実は2020年マウスDRGを経由する神経細胞のscRNAseqは報告されている(リンク)。今後他の多数の知覚神経経路の意義が明らかになると予想される。一方,今回の系ならば足三里刺激で血中ドーパミン増加の現象は臨床検討されるかもしれない。また手足に共通するacupointが存在する事実は,脊椎動物進化における四肢構造を神経支配するbodyplanが背景にあるのかも知れない。伝統医学をScienceする全く面白い時代がやってきたと,後期高齢医師は若い医師がうらやましい。

•Sci Trans Med

(doi: 10.1126/scitranslmed.abj1008)
1)自然免疫,貧血
赤血球によって発現されるTLR9に結合するDNAは自然免疫の活性化と貧血を促進する(DNA binding to TLR9 expressed by red blood cells promotes innate immune activation and anemia
 赤血球はHemoglobin運搬に特化した血球であるという認識が一般である。TLR9は本来は細胞内endosomeに発現するが,赤血球では有核赤血球膜に発現していることが2011年に報告されている(リンク)。この事実はいかなる生物学的意義があるのかを調べたものが本論文である。なおAASJでも取り上げられている(リンク)。
 米国のペンシルベニア大学を中心とするグループからの報告であり,先行する論文はなんと呼吸器雑誌Blue Journalに報告されている(リンク)。TLR9は本来pathogen由来の非メチル化CpG DNAを認識し,生体防御機序の一環の自然免疫分子である。Pathogen由来のCpG DNA以外に,mitochondria由来のCpG DNA(mt DNA)も結合する。
 著者らはRBC膜上のTLR9に細菌由来のCpG DNAが付着することを示し,とくにSepsis患者においてRBC表面TLR9の発現割合増加や,mt DNAがより多く結合することを示す(Fig. 1)。
 次いでCpG DNA付着により,赤血球が変形すること(配列を逆にしたGpC DNAでは見られない)を示し,その変形により赤血球上のCD 47が外から認識されなくなることを示す。CD 47は脾臓における赤血球貪食を防ぐので,逆にerythrophagocytosisが起こりやすくなり,重症感染症における貧血を説明するものと研究者らは考える(Fig.3)。一方,CpG DNA/TLR9/RBCの系を,赤血球でのみTLR9をKOとしてマウスモデルで比較し,前者は脾臓でIL-6やIFN-γ系などの自然免疫反応を促進する事実を示す(Fig. 6)。
 最後にCOVID-19患者における重症度とmt DNA/RBCがApache IIIスコアも含め,有意に相関する事実を示す(Fig. 7)。
 内容としては先行するBlue Jの報告を基礎的に掘り下げている。しかしCOVID-19のような重症感染症数ではその関与も考えられるものの,現象論として赤血球のmt DNA/TLR-9がいかに他の免疫細胞に認識されるかという機序は詰められいない。進化的にも広く脊髄動物種の赤血球にTLR-9の存在が見られる事実は,TLR-9を介するシグナル伝達も含め,別の生物学的意義があるのではないかと思われる。米国の呼吸器グループからのHemoglobin運搬以外の赤血球機能の可能性への挑戦は,今後どう展開するであろうか?

•NEJM

1)超音波診断学
ポイントオブケア超音波検査〔Point-of-care ultrasonography (POCUS)
 COVIDに関する興味ある報告が続く中,少し視点を変えた。大学を退職して10年,この総説のタイトルに目がついた。超音波機器の現状は? 皆様トックにご存知か? Point of Care Ultrasonography,“POCUS”である。
 このPOCUSでGoogleすると,いやいろいろ出てくる。実は10年前にもNEJMで総説として取り挙げられている(リンク)が,まだWi-Fi,Bluetoothの時代ではなかった。
 今からみれば,放射線科医や循環器科医以外にもPOCUSとして広範な使用をするべきだという内容である。その後この動きは広がっている。2018年11月にはMedicinaで「内科医のための「ちょいあて」エコー/POCUSのすすめ」との特集が組まれている。

 ではその後の技術進歩は? として検索すると,遅ればせながらGE社の“Vscan Air”(価格は80万円台)が本年発売になったとある(リンク)。高画質,Devise free,Wi-Fi,アクティブ(落下,防水,屋外使用可),セキュリティー(DICOM TLS1.3,SSLクライアント証明書,暗号化画像保存)。スマホとの接続対応も充分であり,イメージギャラリーで実際の動画を見ても,ドップラーの血流等,文句なしの製品。
こういう背景を知って総説に戻ると,最大の問題は使用医師の教育問題となる。救急部門では迅速なtentative diagnosis,本格的必要画像検査選択,さらに治療による経過観察と急性期対応でPOCUSはより重要なこともよく理解できる。
 非画像診断医レベルのPOCUSとconsultative ultrasonographyレベルのUSの差はどこにあるか? という比較が表1。Competencyのためのtrainingのあり方とその限界という点が一覧表になっている。またSupplement dataとして熟練へのframework(このあたりの教程がまだまだ煮詰まっていない)や実際のビデオ解説がUPされている。

 Vscan Airに見られる画像品質ならば,Tele-medicineしての多様な応用はあろうし,専門医へのconsultation依頼も超音波画像で具体的にやり取りできる。一方で今後の診断へのAIの活用・応用をも期待されるところである。若い医師ならばPOCUS proficiency(熟練度)への関心が高まるであろう。


今週の写真:9月の連休前,岩手山(2038m)山頂より北東部の眺望。この後手前の道を降って御鉢巡りをして,快晴の東北の山歩きを楽しんだ。
(貫和敏博)

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