•Nature
1)感染症学
cGAS-STINGシグナルがCOVID-19感染においてI型IFNによる病態形成を制御する(The cGAS-STING pathway drives type I IFN immunopathology in COVID-19)
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NatureはAccelerated Article Preview(まだFigureのリンクが完了しておらず,Fig2とFig3のイメージが逆になっている状況:
リンク)から,COVID-19(SARS-CoV-2)の炎症持続による細胞傷害がcGAS-STING経路の活性化を介したI型IFNの産生を誘導し,病態を悪化させるという内容の論文を紹介する。スイスのローザンヌ大学とスイス連邦工科大学の共同研究として報告されている。
cGAS-STINGのシグナルに関してはこれまでにもTJH
#149,
#159などで取り上げている。細胞内DNAセンサーとしてのcGAS-STINGのシグナルに関しては,
こちらを参照頂きたい。
SARS-CoV-2に罹患した患者の皮膚病変に関してトランスクリプトーム解析を行い,同じくI型IFNが病態に関与していることが知られている全身性エリテマトーデスSLEの皮膚病変との対比から,SARS-CoV-2の皮膚病変においてマクロファージの集積を示唆する特徴的なトランスクリプトームの表現形を見出している(SLEではT細胞や形質細胞様樹状細胞を示唆する特徴的なトランスクリプトームが主体)。実際に,SARS-CoV-2が感染して細胞傷害を受けた内皮細胞の周辺にIFNβを産生するCD163陽性のマクロファージが集積していることを病理学的に明らかにしている。それらのマクロファージでは,STINGのリン酸化が亢進し,SARS-CoV-2の感染によって傷害された血管内皮細胞の周辺に集簇していることがわかった。同様の解析をSARS-CoV-2で死亡した患者の剖検肺を用いて解析したところ,やはり後期(発症14日以降)に線維化を伴うようなびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage:DAD)の最終段階の病理像と比較して,発症10日以内の早期のDADで,マクロファージのSTINGリン酸化が亢進していることがわかった。
さらに肺胞上皮と毛細血管のインターフェイスを再現する目的で樹立されたlung-on-chipという,肺胞上皮・血管内皮・肺胞マクロファージが含まれたチャンバーを用いたアッセイを行い,特に血管内皮にSARS-CoV-2が感染することでマクロファージからIFNβが産生されること,さらにSTINGの低分子阻害薬であるH-151によって,マクロファージからのIFNβ産生が有意に抑制された。さらに内皮細胞についてより詳細に解析すると,SARS-CoV-2が感染した内皮細胞ではミトコンドリアの構造異常が出現し,細胞質内へミトコンドリアDNAが放出され,マクロファージと同様にcGAS-STINGのシグナルが亢進していることがわかった。興味深いことに,ミトコンドリアストレスが発生し細胞死が誘導される過程で,細胞内へのミトコンドリアDNA断片の放出に関わるvoltage-dependent anion channel oligomerizationという現象(
図)を阻害するとIFNβの産生が低下することがわかった。以上から,内皮細胞はSARS-CoV-2の感染によってミトコンドリア傷害を介したSTING依存的なIFNβ産生を起こすと共に,細胞破壊に至り,それを周辺で貪食したマクロファージがさらにSTINGのシグナルを活性化させIFNβをさらに産生するという病態が示された。最終的にマウスモデルでSARS-CoV-2の感染実験を行い,STING阻害薬のH-151がウイルスの数には影響を与えないものの,肺障害を有意に抑制することで予後は改善することを示している。
肺障害においてミトコンドリアDNA-cGAS-STINGの経路は古くから報告があるが(
リンク),今回SARS-CoV-2の肺傷害に重要な役割を示すと共に,治療標的としての可能性を示唆した点に意義があるのかと思う。STINGを介したI型IFN産生以外にもIL-6,IL-1βなどの炎症性サイトカインが重症化に関わる可能性も考えられ,病態に基づく治療戦略が今後も重要と考えられる。
•Science
1)公衆衛生学・神経学
長期の縦断的解析によって多発性硬化症がEBウイルス感染と強く関連していることが明らかになった(Longitudinal analysis reveals high prevalence of Epstein-Barr virus associated with multiple sclerosis)
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EBウイルスと多発性硬化症MSの関連は古くから示唆されており,剖検症例における中枢神経のMultiple sclerosis(MS)病変においてもEBウイルスの存在を示す報告が複数あるものの(
リンク),EBは全世界で人口の95%が感染するとされており,感染者のほとんどがMSを発症しないことから,直接的な因果関係を示すには障壁があった。
ハーバード大学のPublic healthのグループが,20年間に渡るUS militaryとの共同研究の成果として,EBウイルスと多発性硬化症MSの強い因果関係を報告している。1,000万人の登録者と血清6,200万検体の中から,955名がMSを発症し,背景を合わせたコントロールとの比較検討を行った(
図)。これだけの人数のデータを詳細に記録・管理しているという点には驚きであるが,MSのような稀少疾患については,これ位の人数規模で,かつ多様な人種が含まれるUS militaryはず絶好のコホートであったと推察する。EBウイルスがMS発症の誘因となるメカニズムについては,PERSPECTIVEでその可能性が紹介されており,慢性感染の標的となるB細胞の機能異常が有力な機序と考えられている(
リンク)。また西川先生の論文紹介でも取り上げられているので併せてご覧頂きたい(
リンク)。
血清を用いたEBウイルスの抗体測定(3回)が可能であった患者は801例で,採血のタイミングや性別・年齢などの背景が揃えられたコントロール1,566例と比較したところ,MS発症の直前に実施された3回目の採血〔発症前のおおよそ1年(中央値)の時点〕に関して,801例のうち1例のみがEBウイルスに対する抗体が陰性であった。また入隊時にEBウイルスに対する抗体が陰性で,その後曝露され,かつ3回の採血が実施されている症例に絞ると(MS発症が33例とコントロール90例),MSを発症した33例のうち32例で発症前に抗体が陽性化していることがわかった(コントロールは90例のうち51例で陽性)(
図)。さらにEBウイルスに対する抗体が陽性化してMSを発症したメンバーの60%程度が,感染後に血清中のneurofilament light chain(sNfL)が上昇したのに対して,同じように抗体が陽性化してもMSを発症しなかったコントロールでは,その変化はほとんど見られなかった。さらに他のウイルスの感染を否定する目的で,MSを発症した症例30例とコントロール30例をランダムに選び,VirScanという,ヒトに感染することが知られているウイルス200種類前後の抗原に対する抗体スクリーニング検査を施行したところ,EBウイルスの抗体価のみが変動していることがわかった。以上の解析から計算上EBウイルス感染によってMS発症リスクは32倍になるという結果となった。前述のように,ほとんどの場合はEBウイルス感染のみではMSを発症しない一方,発症例では神経細胞の傷害を示すマーカーの上昇を認めていることから,何らかのトリガーが存在することが示唆される。EBウイルスはB細胞リンパ腫,移植後リンパ増殖性疾患,NK/T cell lymphomaなど多様な疾患に関わっている(
Wiki)。発症に関わるメカニズムの解明は,予防という観点からも大変重要になると考えられる。
•NEJM
1)腫瘍学
HER2陽性非小細胞肺癌に対するトラスツズマブ デルクステカンの効果(Trastuzumab deruxtecan in HER2-mutant non–small-cell lung cancer) |
トラスツズマブ デルクステカンは乳癌,胃癌で有効性の検証が先行している抗HER2抗体の抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate:ADC)製剤である。最近
EGFR陽性肺癌でブレイクスルーに選ばれた抗HER3抗体のADCと同様に,ペイロード(抗体に結合させた抗癌薬)としてTOP I阻害薬デルクステカンが結合されている。今回,標準治療に抵抗性を示す転移性
HER2陽性非小細胞肺癌患者に対し,トラスツズマブ デルクステカンの有効性を検証した多施設共同の国際P2試験(DESTINY-Lung01試験)。簡単な
Visual abstractが参照可能である。また製造元である第一三共が提供している
資料のページ26以後にその構造や作用機序などの説明が掲載されている。さらにこれまでのHER陽性非小細胞肺癌の治療の変遷に関してEditorialで解説されているので参照されたい(
リンク)。
合計91例がエントリーされ,追跡期間の中央値は13.1カ月で,奏効が得られた患者はCR1例,PR49例で全体の55%(
図)。無増悪生存期間の中央値は8.2カ月(95%信頼区間:6.0~11.9カ月),全生存期間の中央値は17.8カ月(95%信頼区間:13.8~22.1カ月)であった。問題は安全性プロファイルであるが,グレード3以上の有害事象は患者の46%に認め,最も多かったのは好中球減少(19%)であった。薬剤関連の間質性肺疾患が26%(G1:3例,G2:15例,G3:4例)に発現し,死亡例が2例あった。Biomarkerとして,
HER2変異サブタイプ(Exon20のinsertion,Exon19/20のkinase domainの変異,Exon8の細胞外domainの変異)と免疫染色によるHER発現を治療効果と併せて評価しているが,特定の遺伝子変異が奏功と関連することはなく,HER2発現を認めなかった症例やHER2増幅がみられなかった症例でも奏功が認められた。
本試験には近大,国立がんセンター中央,国立がんセンター東の症例もエントリーされているようであるが,それほど長くない奏功期間と有害事象の死亡を含む重症化リスクとのバランスが課題になるかと思われる。
今週の写真:大阪市立美術館から見た通天閣 |
(小山正平)