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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 177

公開日:2022.2.3


今週のジャーナル

Nature  Vol.601 No. 7894 (2022年1月27日)日本語版 英語版

Sci Trans Med Vol. 14, Issue 629(2022年1月26日)英語版

NEJM Vol.386 No.4(2022年1月27日)日本語版 英語版








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オミックスと機械学習で治療効果予測/広範囲のコロナウイルスに効く中和抗体/外来患者へのレムデシビル投与で重症化予防

•Nature

1)機械学習

マルチオミックス機械学習による乳癌治療効果予測(Multi-omic machine learning predictor of breast cancer therapy response

 筆者自身は機械学習の専門家ではないが,乳癌を対象とした研究とはいえ,肺癌や様々な呼吸器疾患研究にも参考になりそうな内容だったのでこの研究を取り上げることにした。疾患を決めてオミックスデータを取り出せるような研究を展開しておけば,日常臨床に必要な情報も含めて200例近くも集積すれば,機械学習という手段で従来よりも優れた予後予想ができる可能があると感じさせる内容で,英国ケンブリッジ大学からの報告である。


 癌細胞は腫瘍周囲組織を巻き込んで様々な生存しやすい効率的な環境(エコシステム)を構築し,抗癌治療を効きにくい原因となっていることが知られてきたが,これらを取り入れての治療効果予測はこれまでなかった。従来,乳癌手術前の術前化学療法(ネオアジュバント療法)の際に得られる臨床情報や癌細胞組織の病理像・ゲノムDNA・RNA発現については断片的に組み合わせて治療成績を予測する方法がとられてきた。この研究ではこれらの情報をオミックス情報として統合的に利用し,機械学習を取り込むことで,癌微小環境を構成する間葉,血管,免疫系細胞の相互作用も考慮した形で,より正確な予測ができるのではないかということに挑戦している。


 ネオアジュバント療法を受ける女性患者180名から研究協力を得て,168例から治療前にエコーガイド下生検した腫瘍組織を新鮮凍結保存し,DNAとRNAを抽出して全ゲノムと全エクソームシーケンシング(各168例)とRNAシーケンシング(162例)を実施,HE染色像をデジタル化した。様々な組織型や治療内容などがSupplementary Table1にまとめられている。治療への反応は手術時のサンプルで評価され,residual cancer burden(RCB)(Extended Data Fig.6)として定量化され(161例),病理学的完全奏効(pathological complete response:pCR),良好な奏功(RCB-I),中等度奏功(RCB-II),奏功不良(RCB-III)に分けられた(Fig.1)。


 まず,臨床情報として確認できた表現型が,pCRと相関するかどうか一つずつ調べたところ,腫瘍悪性度が低いこと,エストロゲン受容体陰性であること,診断時のリンパ節転移がないことが含まれたが,多重ロジスティック回帰分析をしてみると,相関関係にあるのはエストロゲン受容体陰性のみで,治療反応のばらつきも大きく,治療効果予測への有用性は限定的だったと述べている。次に,ゲノム情報については,TP53変異がpCRと相関し,PIK3CA変異は腫瘍残存と相関,遺伝子変異量(tumor mutation burden:TMB)はpCRでは高く,RCBクラスが高いと低下する関係にあった。クローン内の変異割合が高い症例ではpCRが得られにくい傾向も認められた。またネオアンチゲン変異量が高い症例ではpCRになりやすく,相同組換え欠損の程度が大きいほど良好な奏功が得られ,いずれもHER2陰性症例で相関した。コピー数変化や染色体不安定性はpCRになりやすく,RCBクラスが高いと低下した。また,HLA class Iのヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity:LOH)が29例で認められ(オッズ比3.5),ゲノム全体のLOHやコピー数異常とは独立して,腫瘍残存と相関関係を認めた。このことはHLA class IのLOHがネオアンチゲン変異量の低下につながり,免疫から回避されやすくなって治療奏功性が低下することが示唆された。


 RNA発現のデータからpCRと正と負で相関するドライバー遺伝子を確認し,GSEA解析を行うと,腫瘍増殖と免疫活性化に関する遺伝子セットが強い正の相関を示した(Fig.3)。Genome Grade Index(GGI)(リンク)という遺伝子発現量を用いた指標を調べたところ,腫瘍悪性度,RCBクラス,腫瘍細胞の脱分化を示唆する幹細胞マーカーの遺伝子セットのそれぞれと相関していた。


 さらに腫瘍免疫微小環境(tumor immune microenvironment:TiME)についてHE染色像をデジタル化してリンパ球密度など腫瘍免疫関連の項目を測定したところ,pCRやRCBクラスとの相関関係があった。また,治療前の腫瘍での増殖と免疫反応についてRNA発現からGGIとSTAT1スコア(STAT1関連遺伝子セットを用いて得られたスコア)で調べたところ,pCRでは両項目とも高い数値を示しており,RCBクラスが上がるといずれのスコアも低下していたことから,治療前の腫瘍において,増殖と免疫反応の強さと治療への感受性が正の相関関係にあることが示唆された。その一方で,GGIもSTAT1スコアも高値だった26/45の腫瘍でpCRが得られていなかったことから,pCRを得られた症例と腫瘍残存症例で各遺伝子発現量の違いを比較したところ,腫瘍残存症例ではEMT関連の遺伝子発現上昇や免疫反応関連の遺伝子発現低下を認め,免疫反応低下はT細胞の機能低下と排除が示唆されていた。


 Fig.3まではデータの説明で,Fig.4で機械学習で開発したpCR予測モデルを紹介している。臨床的な特徴のみの場合,ゲノムDNAあるいはRNA発現あるいはその両方を加味した場合,さらにデジタル化病理像を加味した場合,さらに治療も加味した場合,に分け,最大で34項目を組み込んだ。機械学習では3つのアルゴリズム,すなわちElastic Net回帰,サポートベクターマシンランダムフォレストの結果を平均化して予想に用いたと述べられている。147例のトレーニングデータを用いて,共著者らが過去に実施した別の臨床治験(リンク)で正しく予想できるかを確認し,臨床的な特徴,ゲノムDNA,RNA発現,デジタル化病理像,治療をすべて組み込むとArea Under the Curve(AUC)が0.87と良好な数値だった。特に重要だった特徴として年齢,デジタル化病理像におけるリンパ球密度,PGR,ESR1,ERBB2の遺伝子発現が挙げられた。臨床的にネオアジュバント療法の候補となる患者にどのようにこの予想モデルを使えるかについて述べていて,抗癌薬が効きにくいことが予想される症例では,標準治療では予後不良な可能性があるので,新しい治療方法の治験があれば推奨する,といった使い方が提案されている。


•Sci Trans Med

1)新型コロナウイルス

広範囲のサルベコウイルスをマウス感染モデルで中和し予防できる抗体を開発(A broadly cross-reactive antibody neutralizes and protects against sarbecovirus challenge in mice

 日本感染症学会のホームページを見ると「COVID-19に対する薬物治療の考え方」が1月21日付で第12版に更新されていた。その中で,オミクロン株(B.1.1.529系統)への中和抗体製剤ロナプリーブは著しく減弱することが引用されている(リンク)。また,1月26日には東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らの研究室からもNEJM誌に発表しており(リンク),ゼビュディ(sotrovimab)と,日本では未承認だがtixagevimab/cilgavimabはオミクロン株に対する中和能があるという報告である。新型コロナウイルス感染症における中和抗体薬の使用には注意が必要ということが12月段階で厚労省からも喚起がなされている(リンク)。中和抗体についてこれまでも取り上げてきたので,今更感はあるものの今後の開発についてもやはり気になって仕方がないので取り上げることにした。


 米国University of North CarolinaとDuke大学による共同研究となっている。人畜共通感染症のコウモリ由来コロナウイルス(RsSHC014,WIV-1)の潜在リスクについて述べており,既存の中和抗体の限界についても触れて,SARS-CoV-2変異株や人畜共通感染症のコウモリ由来コロナウイルスにも広域に中和能を持つ抗体の開発の重要性が述べられている。ただ,現在ADG20として治験に入っている別のモノクローナル抗体の開発前の抗体(ADG-2)が1年前にScienceに既に報告され,こちらにもRalf Baric博士らは共同研究者として参画しており(リンク),その抗体とロナプリーブに含まれるcasirivimabと比較しながら,新しい中和抗体DH1047の性能についての結果を報告している。結果はRsSHC014に対してcasirivimabは中和能を持たなかったが,ADG-2とDH1047は中和能を持っていた。この研究ではDH1047の長所を見出すためか,別のコウモリ由来コロナウイルスであるRaTG13-CoVやセンザンコウのコロナウイルスGXP4L-CoVのスパイク蛋白質に対しても中和能があることも示している。エピトープについてはスパイク蛋白質のRBDドメインであり,MERS-CoV,OC43,HuCoV NL63,HuCoV 229Eといったヒトコロナウイルスにはこの抗体は反応しないこともわかっており,広域といってもベータコロナウイルスのグループ2Bに当たるサルベコウイルス(リンク)には広く反応するという意味での中和抗体と考えられた。


 マウスにおけるWIV-1,RsSHC014,SARS-CoV,SARS-CoV-2(beta株)感染モデルでは感染前後の抗体投与による予防効果と治療効果について確認し,in vitro試験でSARS-CoV-2(D614G,alpha株,beta株)の生ウイルス,alpha株,beta株,gamma株,kappa株等のシュードウイルスを用いた中和能を確認した(Fig.4 )。


 広域に反応する中和抗体の開発状況について,現在は上述のとおりゼビュディ(sotrovimab)と,日本では未承認だがtixagevimab/cilgavimabがオミクロン株への有効性が期待されている。上述のADG-2,DH1047についても臨床応用には至っていないが,期待は持てるものと思われる。他にもS2X259(リンク)や日本からもNT-193(リンク)が広域中和抗体として報告されている。将来はTJH No.169でも触れたような細胞性免疫も動員できるようなFc領域の改変技術も組み合わせることで,新たな変異株にも対抗できるような強力な中和抗体が将来の治療薬としてラインアップされることを願ってやまない。


•NEJM

1)レムデシビル

外来患者におけるCOVID-19重症化予防のための早期レムデシビル投与(Early remdesivir to prevent progression to severe Covid-19 in outpatients

 レムデシビルは点滴で投与するCOVID-19治療薬だが,今回の治験は重症化して入院が必要になるリスクのある有症状患者で3日間(1日1回)のレムデシビル点滴投与が有効かどうか開発元のギリアド・サイエンシズ社が実施した内容である。12歳以上で重症化リスク因子が1個以上ある,もしくは60歳以上で1週間以内に少なくとも1つの症状があったCOVID-19外来患者を対象に実施された無作為化二重盲検プラセボ対照試験である。過去にCOVID-19で入院歴があったり,治験を含めた治療を受けたことのある患者,ワクチン接種歴のある患者も除外され,2020年9月18日から2021年4月8日まで米国,スペイン,デンマーク,英国の64か所で被験者をリクルートし,1日目は200mg,2日目と3日目は100 mgを1回ずつ点滴投与された。279例がレムデシビル治療群,283例がプラセボ群に割り付けられた。治験はもともと1,264症例の登録を予定していたが,COVID-19患者の減少や中和抗体やワクチン接種の普及により,プラセボを投与することの倫理的な問題も懸念されて途中で打ち切られた形となり,中間解析も実施されなかったことが述べられている。主要有効性評価項目は4週間以内のCOVID-19に関連した入院症例数とすべての死亡症例数の合計値,主要安全性評価項目はすべての有害事象と設定された。


 有効性については明らかで(Fig.1),レムデシビル治療群では入院例が2例,プラセボ群では15例で死亡例はいなかったという結果で,レムデシビル治療群ではプラセボ群に比べて87%のリスク低下(ハザード比0.13,p=0.008)が認められた。副次項目として設定されていた4週間以内のCOVID-19に関連する診療機関の受診についてもレムデシビル治療群では抑制され(ハザード比 0.19),症状についてもレムデシビル治療群で早く改善する傾向が見られた。7日目のウイルス量についてはレムデシビル治療群とプラセボ群で差はなかった。4週間以内の有害事象についてもレムデシビル治療群で42.3%,プラセボ群で46.3%と有意差は認められず,重度の有害事象は認められなかったとしている。


 3日間にわたって点滴治療が必要ということがネックだが,抗体と違って安定性が良く供給の心配が少ないこと,標的が保存性の高いRNA依存性RNAポリメラーゼなので,抗体のように新たな変異株の出現による影響は受けにくいだろうということや,経口投与が可能なレムデシビルのプロドラッグの開発を進めていることが論文のプレプリント(リンク)を引用して述べられている。


今週の写真:京都の岡崎を散歩していたらポケモンのマンホールを見つけました。


(後藤慎平)


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