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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 181

公開日:2022.3.11


今週のジャーナル

Nature  Vol.603 No. 7899 (2022年3月3日)日本語版 英語版

Science Vol.375, Issue 6584(2022年3月4日)英語版

NEJM Vol.386 No.9(2022年3月3日)日本語版 英語版








Archive

肺の細菌叢が脳の炎症を制御する/小惑星「リュウグウ」からの贈り物/重症患者に対する輸液は生理食塩水でも良いのか

•Nature

1)免疫学:Article
肺の細菌叢が脳の自己免疫を制御する(The lung microbiome regulates brain autoimmunity
 呼吸器感染症と喫煙は,多発性硬化症のリスクファクターであることが知られている。さらに,肺には多発性硬化症を誘導するT細胞が長期間生存し,遊走能を持つエフェクターT細胞へ分化するnicheとして肺が機能していることも知られていた。
 しかし,多発性硬化症という脳の自己免疫疾患において,肺の細菌叢が実際にどのような機能を有しているか詳細は不明であった。今回,ドイツのゲッティンゲン大学のグループは,肺の細菌叢と中枢神経の免疫反応の間に密接な相互関係があることを,は,多発性硬化症(MS)の病態モデルとして広く活用されている実験的自己免疫性脳炎(EAE)(Link)を用いて報告している。
 まず,筆者らは肺の細菌叢が肺内での自己免疫性との関係について解析を始めている。ミエリン塩基性タンパク質(MBP)特異的T細胞(TMBP細胞)を静脈内移植し,その6時間後にMBPを気管内で免疫すると,従来から知られているEAEが発症した。この気管内投与モデルを肺実験的自己免疫脳脊髄炎(肺EAE)モデルとして確立した。一方,このモデルに,ネオマイシンの気管内投与で前処理すると,EAEがほぼ完全に阻止された(Fig.1)。
 このネオマイシンの気管内投与の影響を見るために,様々な解析を加えている。ネオマイシンの気管内投与は腸内細菌叢に影響を与えず,この肺EAEモデルラットには腸内細菌叢が関与していないことを示している。また,ネオマイシンがエフェクターT細胞に与える直接的な影響も解析されたが,in vivoで使用した濃度よりも10倍高い濃度のネオマイシンをT細胞に投与しても,その増殖や機能には影響がなく,T細胞を介しているものとは考えられなかった(Fig.2)。
 次に肺EAEモデルにおいて,蛍光標識したTMBP細胞を投与し,トレースしている。気管内免疫後の肺内でのT細胞は,血管内への流入にも変化は見られなかったもののCNS内のTMBP細胞は著しく減少していた。さらに,ネオマイシン処理したラットとコントロール群からそれぞれ回収したTMBP細胞の遺伝子プロファイルは,サイトカイン,ケモカイン受容体,T細胞含めて免疫に関連する遺伝子プロファイルはほぼ同一であった(Fig.2b)。また,肺内でも,免疫細胞集団の数や分化に有意な変化は認められなかった。これらのデータから,ネオマイシンによる肺EAE改善効果は,肺組織内のTMBP細胞では説明できないことが示唆された。
 そこで次に,エフェクターT細胞と血液脳関門(BBB)の内皮との相互作用を検討している。一般的にTMBP細胞は,脊髄の軟膜血管(Link)からCNSに入り,インテグリン等の接着因子やケモカインを発現することが知られているが,ネオマイシン処理でも,TMBP細胞におけるこれらの分子の発現は変化していなかった
 次に,ネオマイシン処理後に,中枢神経組織内でどのように自己免疫性の反応が変化したかどうかを検討している。
 ネオマイシン処置ラットではCNSにおける炎症が著しく減少している。EAEでは,T細胞から放出されるtype II IFN優位のサイトカインにより,末梢免疫細胞を遊走させ,構造破壊と臨床症状を引き起こすことが知られているが,この自己免疫炎症の抑制は,ネオマイシン気管内投与によりCNS内でのTMBP細胞が再活性化しないという仮説では説明できない。このことから,CNS内でT細胞性免疫を始動させる因子が妨害されているのではないかと著者グループは推察した。一般的にミクログリアが自己免疫性炎症維持のために重要な役割を担っていることに注目し,この肺EAEモデルにおけるミクログリアを解析した所,CXCL9,CXCL10,CXCL11,iNOSおよびMHC-IIの発現レベルが低下していた(Fig.3)。
 ネオマイシンによる気管内投与(EAEの誘導なし)により,脊髄と脳皮質灰白質組織の両方でミクログリアの形態(枝の長さと数)が著しく変化していることが確認された(Fig.4)。ミクログリアのトランスクリプトーム解析では,Mx1,Mx2,Rsad2,Oas1a,Irf7などのtype I IFNの下流に位置する遺伝子発現が増加し,一方,Il6stとIrf8は減少していた。GO解析でも,発現上昇した遺伝子のほとんどがtype I IFN pathwayに起因していた。
 このようなミクログリアの変化が肺のマイクロバイオームとどう関連しているかを解析するために,ネオマイシンによる気管内投与後の肺の細菌叢の変化を調べている。グラム陰性バクテロイデスが最も豊富であり(37%),コントロール投与群に比べ,ネオマイシン投与群で2.5倍増加した(Fig.5)。グラム陰性バクテロイデスの細胞壁成分であるLPSは,CNSでtype I IFNを誘発することが知られており,この点に注目し,実験を進めている。BALF内のLPSはネオマイシン投与により有意な増加が認められていた,一方,バンコマイシンの気管内投与はこの現象は認めず,EAEを改善させなかった。気管内投与によるLPSを中和する抗生物質であるポリミキシンBを投与すると,EAEは重症化した。
 LPSの髄腔内注入は,気管内投与で観察された改善効果を上回るEAEの改善効果を示した(Fig.5e)。LPSはBBBを貫通し,ミクログリアの機能変化を誘発することが報告されており,これらのことから,ネオマイシン投与によりLPSのCNS移行がI型IFN反応を誘発し,EAEを改善させると結論付けている。著者らは,このプロジェクトの全体像をこちらのFigure(Link)でまとめてくれている。また,本記事はAASJ(Link)でも紹介されている。

•Science

1)宇宙工学:Research Article 
小惑星リュウグウの小石と砂:現場観察と地球に帰還した粒子(Pebbles and sand on asteroid (162173) Ryugu: In situ observation and particles returned to earth
 探査機「はやぶさ2」が「リュウグウ」から帰還したニュースは日本中を賑わせた。2020年12月,はやぶさ2はリュウグウの約5gの物質を地球に持ち帰ったわけであるが,当然のことながら,「はやぶさ2」が採取した試料が本当に,「リュウグウ」の性質を代表させるものなのかどうかは,素人でも疑問が生じる。
 本論文はそのような,素人の疑問に多方面から検証している論文である。
 筆者はまったく知らなかったが,実ははやぶさ2はリュウグウに実は2回着陸している。1回目はリュウグウの表面にある物質を採取して,2回目は人工衝突実験を起こして,衝突により掘り出された表面下の物質を採取している。
 「はやぶさ2」には,「MINERVA-II1」(Link)というコンテナがその底面についており,このMINERVA-II1がリュウグウの表面を跳ね回り多地点を観測している。さらに,表面へのタッチダウンする際に搭載された小型モニタカメラでmm単位まで捉えることができる。これらの画像と動画を網羅的に撮像し,これらの解析結果と採取されたサンプルとを比較して,サンプルの色,形,構造がリュウグウの各採取地点の周辺にある物質と一致することを確認している。
 また,探査機が着陸した際に,サンプラーホーン(Link)から弾丸を発射し,サンプルを回収している。サンプラーホーンの下部から飛び散った粒子は小型モニタカメラでもその様子がしっかり捉えられており,しかも,その動きは地上での弾丸発射実験や数値シミュレーションで予測されるモデルとほぼ一致していた。
 このような実際の観測結果とモデルシュミレーションから,はやぶさ2はリュウグウの表面および表面下の物質の代表的サンプルを採取し得たと結論付けている。

•NEJM

1)集中治療:Original Article 
成人重症患者における調整多電解質溶液と生理食塩水(Balanced multielectrolyte solution versus saline in critically Ill adults
 重症患者に関しては,輸液については,晶質液を第一選択として用いることがコンセンサスとなっているが,晶質液の中でもどの種類を用いるかは常に議論になるところである。特に,生理食塩水はClを多く含むことにより,大量輸液時に高Cl性アシドーシスの弊害が指摘されたりしている。そのような疑問から本研究では,重症患者に対して,0.9%塩化ナトリウム溶液(生理食塩水)よりも調整多電解質溶液(BMES)を使用することで,AKIまたは死亡のリスクが減らせるのではないかということで,研究がスタートしている。この研究では,調整多電解質溶液としてPlasma-Lyte 148(Link)という輸液が使用されている。
 二重盲検無作為化比較試験で,ICUにおいて,重症患者を,BMESを投与する群と生理食塩水を投与する群に割り付けた。プライマリーエンドポイントは,90日以内の全死因死亡としている。セカンダリーエンドポイントとして,新規の腎代替療法の施行とICU在室中のクレアチニン値の最大増加量としている。
 オーストラリアとニュージーランドの53のICUで5,037例(!)が登録され,2515例がBMES群,2,522例が生理食塩水群に割り付けられた。90日以内の死亡は,BMES群の2,433例中530例(21.8%)と生理食塩水群の2,413例中530例(22.0%)に発生し,有意差は認めなかった。新規の腎代替療法は,BMES群の2,403例中306例(12.7%)と生理食塩水群の2,394例中310例(12.9%)で開始され,こちらも有意差は認めなかった。血清クレアチニン値の最大増加量の平均(±SD)は,BMES群で0.41±1.06mg/dL,生理食塩水群で0.41±1.02mg/dLであり,いずれも有意差は認めず,また,有害事象の件数と重篤な有害事象の件数にも二群間で有意差は認められなかった.
 以上より,ICUに入室した成人重症患者に対して,BMESを使用する方が,生理食塩水を使用するよりも死亡またはAKIのリスクが低いというエビデンスは認められなかった。

 NEJM Evidence(Link)というNEJM系列の新しい姉妹紙が最近発刊され,本試験を含めたメタアナリシスが同時に発表されている(Link)。今後,NEJM Evidenceという雑誌がどのような位置づけで,どのような研究が掲載されていくかも興味深い。

今週の写真:ストレプトマイシンを発見したワックスマン。

本TJHの編集委員でもある石井先生から教えて頂いたが,今週号のNatureに登場するネオマイシンもワックスマンが発見した抗生物質だ。 これらの功績から1952年にノーベル医学生理学賞が授与された。また,抗生物質という単語自体もワックスマンが作った用語のようだ。筆者が在籍する慶應義塾大学病院の最上階にはワックスマン財団がある。ワックスマンはウクライナの出身ということだが,彼は今の世界をどのように見ているのだろうか。



(南宮湖)

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