新型コロナウイルス感染症(COVID-19)において,オミクロン変異株による感染力の強いウイルスによる新規感染者数は第6波がピークを越えても,その減少はまだまだ緩やかな現状であるが我が国のまん延防止等重点措置は解除となった。
COVID-19については,Nature誌からはワクチン接種や既感染者のオミクロン株への細胞性免疫の効果について2論文,NEJM誌からは3回目のワクチンをそれまでと同じワクチンの接種が良いか異なるワクチンで良いかについての研究を紹介する。
•Nature
1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
オミクロン株はコロナウイルスのスパイク蛋白質に多くの変異があるために,これまでの感染やワクチンによって誘導される抗体がうまく反応せずに感受性が低下して効果がないのではないかという懸念があるが,T細胞による細胞性免疫についての情報ははっきりしなかった。Nature誌に2つのグループからオミクロン株に対してもT細胞による防御は効果がありそうであるという研究成果が出ており紹介する。
SARS-CoV-2スパイクに対するT細胞応答はオミクロン株を交差認識する(T cell responses to SARS-CoV-2 spike cross-recognize Omicron) |
1つ目の論文は南アフリカのケープタウン大学からの研究で,アデノウイルスベクターワクチン「Ad26.CoV2.S(ジョンソンアンドジョンソン)」やmRNAワクチン「BNT162b2(ファイザー)」を接種した被験者と,ワクチン未接種の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)回復期患者(n=70)において,T細胞がオミクロン株のスパイク蛋白質に応答する能力について調べている。スパイク蛋白質に対するCD4+ T細胞およびCD8+ T細胞の応答は70〜80%が維持されており,さらに嬉しいことには,オミクロン株は野生株に比べてかなり多くの変異を有しているにもかかわらず,オミクロン株に交差反応するT細胞応答の強さは,ベータ(B.1.351)株やデルタ(B.1.617.2)株と同等であった。また,オミクロン株への感染で入院した患者(n=19)では,従来株のスパイク蛋白質やヌクレオキャプシド蛋白質,膜蛋白質に対するT細胞応答は,従来株やベータ株,デルタ株が優勢だったこれまでの期間の入院患者(n=49)のT細胞応答と同程度であることを明らかにしている(
Fig.2)。
コロナウイルス:ワクチンはSARS-CoV-2オミクロン株に対して高度に保存された細胞性免疫を引き起こす(Vaccines elicit highly conserved cellular immunity to SARS-CoV-2 Omicron)
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2つ目の論文は米国ボストンのベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センターとRagon研究所(マサチューセッツ総合病院,マサチューセッツ工科大学,ハーバード大学の共同出資)からの研究で,やはりコロナウイルスワクチン後の細胞性免疫についての研究である。1つ目の論文と同様にAd26.COV2.SワクチンあるいはBNT162b2ワクチンを接種した人について調べており,抗体価についてはBNT162b2ワクチン接種後8カ月では急激に低下したのに対して,Ad26.COV2.Sワクチン接種後は8カ月後も減少しながらも比較的維持されていた。しかしながらどちらのワクチンによってもオミクロン株への交叉反応性はかなり低いものであった(
Fig.1)。これに対してスパイク蛋白質特異的なCD8+ T細胞およびCD4+ T細胞の応答は,どちらのワクチンによっても接種8カ月後という長期間にわたって効果がみられた(
Fig.2)。これらの応答は,セントラル記憶T細胞亜集団およびエフェクター記憶T細胞亜集団内などで(
メモリーT細胞),デルタ変異株とオミクロン変異株の両方に対し広範な交叉反応性を示した。
以上の2つの論文結果からは,現在のワクチンによる接種によって,残念ながらオミクロン株に対して中和抗体応答はもともと交叉反応性が低く,抗体価が特にmRNAワクチンでは経時的に大幅に低下していた。それにもかかわらず,細胞性免疫についてはワクチン接種後にオミクロン株に対しても有効な交叉反応を,しかも比較的長期間示すことが明らかとなり非常に心強い結果である。SARS-CoV-2ウイルスのスパイク蛋白に対する認識部位であるエピトープは,抗体よりもT細胞受容体の方がより広範囲に多様であるため,オミクロン株のような沢山変異が入った変異株であっても(抗体は反応できなくても),変異のない保存されたところに反応できるT細胞受容体が残っていて交叉反応できるようである。将来的に新たな変異株に対しても同様のことが期待されよう。生体の反応として,ウイルスに対する中和抗体がないと,細胞性免疫によって初期に体内に感染した細胞ごと除去できない場合には,多くの感染細胞を攻撃するために逆に炎症が激化する可能性は秘めていると思われる。しかしながら抗体もT細胞も両方ともまったく反応しないよりは,抗体はできなくてもT細胞が反応して防御してくれることに期待したいと思う。
•Science
1)分子生物学
銅はリポイル化されたTCA回路の蛋白質を標的として細胞死を誘導する(Copper induces cell death by targeting lipoylated TCA cycle proteins) |
銅は我々の体内で様々な補因子(cofactor)(
Wiki)として必須であり,その機構は細菌から哺乳類まで保存されており進化的にも重要である。微量ながら生命活動に欠かせない元素は「必須元素」(
Wiki)と呼ばれ,ヒトにおいては鉄,亜鉛,銅,マンガン,ヨウ素,セレン,モリブデン,クロム,コバルトなどが知られている。どれも必須であるが当然ながら過剰量の金属は細胞を傷害する。鉄による細胞死はferroptosis(
Wiki)として特別な機構が解明されてきており,亜鉛ではATP合成が阻害されることによる細胞死メカニズムが知られているが(
リンク),過剰な銅による細胞死については不明のことが多かった。本研究は米国ハーバード大学およびその関連施設からの報告で,新たに銅による細胞死「Cuproptosis」についてそのメカニズムを解明しており紹介する。
イオノフォアは,生体膜において,特定のイオンの透過性を増加させる能力を持つ脂溶性分子の総称であるが(
Wiki),本研究ではおもに銅イオノフォアであるelesclomolを用いて銅毒性について研究している。まず銅による細胞死について,既知の細胞死メカニズムによるものかどうかその経路を阻害薬などで検討している。その結果,apoptosis(
Wiki),ferroptosis,necroptosis(
Wiki),oxidative stress(
Wiki)について各々を阻害することによって調べたが,どの経路でも銅による細胞死を阻害できなかったことから上記の既知の細胞死とは異なるメカニズムが考えられた(
Fig.1 E〜H)。
種々の検討から細胞が解糖系が優位な状況では銅による細胞死は減少し,よりミトコンドリア細胞内呼吸が主の状況の際に細胞死の感受性が高いことがわかった。しかしながら電子伝達系といったATP産生への直接の影響ではなく,その他のミトコンドリアにおけるTCA回路への関与が疑われた。そこで次にゲノムワイドのCRISPR-Cas9 loss-of-function screens(
リンク)(ランダムに遺伝子欠損を起こして銅による細胞死がおきなくなる遺伝子を探した)を行うことにより銅による細胞死の主要な経路を同定した。その結果,銅をCu2+からより毒性のあるCu1+に変換する還元酵素であるFDX1およびリポ酸(lipoic acid)の経路にかかわる分子とlipoylationされる標的の蛋白質であるTCA回路に重要な4つの酵素が同定され,これらの遺伝子のノックアウトした細胞では銅による細胞死が起きないことが判明した(
Fig.2)。非小細胞肺癌を含めた多くの癌組織で調べるとFDX1の発現量とlipoylation蛋白の発現量は互いに相関しており(
Fig.4B, C),FDX1遺伝子を欠損させるとlipoylationが完全になくなることからFDX1がlipoylationの上流として重要であることが判明した(
Fig.4D〜F)。ちなみにLipoylationは蛋白質の翻訳語修飾の1つでリジン残基がリポ酸で修飾されるが,実はこれらTCA回路関連の4つの酵素でのみで生じ,その酵素の活性化機能に必要であることが知られている(
Fig.3)。さて,銅による細胞死であるが,これらのTCA回路関連酵素のlipoylationした部位に銅が直接結合し,さらに銅の結合した酵素蛋白が凝集することが「細胞ストレス」となり毒性を引き起こして細胞死に関係することを解明している。
銅を細胞外へ排出するトランスポーターである遺伝子にATP7AやATP7Bがあるが,その遺伝子変異によって全身臓器に銅が沈着して組織障害を引き起こす常染色体劣性遺伝病にWilson病がある。本疾患のモデルマウスであるAtp7bノックアウトマウスの解析ではlipoylation蛋白が減少し,細胞ストレスの際に蛋白質のフォールディングに関与するHsp70が増加していることが観察されることからも銅の過剰による蛋白細胞毒性による細胞死のメカニズムが共通であることが明らかにされた。本論文ではこうした銅による特別な細胞死を「Cuproptosis」と提唱しており(
Fig. 6L),生理的機構に加え高FDX1発現の癌に対する新たな治療などへの応用も含めてさらなる研究の進展が期待される。本論文は本誌のPERSPECTIVEにも紹介されている(
リンク)。
•NEJM
1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
同種および異種のCovid-19ワクチンのブースター接種(Homologous and heterologous Covid-19 booster vaccinations) |
日本ではこれまでに2回のCovid-19ワクチン接種が約80%の国民に届けられ,現在3回目のブースター接種が進行中であり既に約30%を超える人々が接種している。米国では2回のワクチン接種率は約60%である。
現在Covid-19ワクチンにはmRNAワクチンやアデノウイルスベクターのワクチンなど複数あるが,3回目のワクチンはそれまでと同じワクチンが良いか,異なるワクチンで良いか,各々の反応はどうなっているかという疑問は誰もが抱いていることと思う。そんな疑問に答えてくれる本研究は,米国ベイラー大学やNIHをはじめとした多施設によるCovid-19ワクチンについての研究で,3回目に同種ブースター(最初のワクチンと同じもの)および異種ブースター(最初のワクチンとは異なるもの)を接種した際の動態について(3種類のワクチンについて3×3=9通りの組み合わせ)解析した第1・2相非盲検臨床試験である。12週以上前にCovid-19ワクチンの最初のレジメンを完了した,mRNA-1273ワクチン(モデルナ社),BNT162b2ワクチン(ファイザー社–ビオンテック社),Ad26.COV2.Sワクチン(ジョンソン・エンド・ジョンソン社–ヤンセン社)の3種類のいずれかを受けた非感染458人について行われ,主要評価項目は試験の15日目と29日目における安全性,反応原性(副反応),液性免疫原性について調べられた。副反応は既知の内容で,接種者の半数以上が注射部位疼痛・倦怠感・頭痛・筋肉痛を示した。9種類すべての組み合わせでSARS-CoV-2スパイク蛋白のD614G変異(流行早期から認められている変異)を発現する抗原に対する中和抗体価は4~73倍に上昇し,結合抗体価は5~55倍に上昇した。同種ブースターでは中和抗体価が4~20倍に上昇したのに対して異種ブースターでは6~73倍に上昇していた(
Figure 2)。スパイク特異的T細胞応答はAd26.COV2.Sワクチンの同種ブースター接種を受けたサブグループを除いてすべてのサブグループで増加した。CD8陽性T細胞数は最初にAd26.COV2.Sを接種した人でより持続し,最初にmRNAワクチンを接種した人ではAd26.COV2.Sワクチンによる異種ブースター接種によりスパイク特異的CD8陽性T細胞が大幅に増加した(
Figure 3)。
以上より12週以上前にCovid-19ワクチンの最初のレジメンを完了した成人において同種および異種のブースターワクチンの安全性はいずれも許容可能な範囲内であり,いずれもしっかりと免疫原性がみられた。本研究内容についてはQUICK TAKEという動画で2分間でわかりやすく簡潔にまとめられている(
リンク)。
今週の写真:千葉の寒緋桜
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(鈴木拓児)