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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 185

公開日:2022.4.6


今週のジャーナル

Nature  Vol.603 No. 7903 (2022年3月31日)日本語版 英語版

Sci Trans Med Vol.14, Issue 638(2022年3月30日)英語版

NEJM Vol.386 No.13(2022年3月31日)日本語版 英語版








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ペプチドを用いた画期的去痰剤の誕生?/マカクザルの肺疾患モデル-肺胞形成障害をscRNAseqで解析/COVID-19罹患後のコロナワクチンは有効

•Nature

1)ペプチド医薬
炭化水素ステープルペプチドを用いたCaイオン誘発性分泌の抑制(Inhibition of calcium-triggered secretion by hydrocarbon-stapled peptides
 呼吸器の臨床をやっているともっといい去痰剤があればいいのにと思うことが多い。今回取り上げる論文は新規のペプチド医薬の開発で,気道粘液の過剰分泌を抑制するための新規治療薬候補の研究について,スタンフォード大学,ドイツのウルム大学,テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究チームが報告している。

 「ステープルペプチド」と呼ばれる分子間を炭化水素で架橋することのよって立体構造を持つペプチドを設計し,細胞内にも取り込ませて生理活性を証明した内容となっている。気道粘液が細胞から分泌される時の小胞の開口放出の部分を新規分子標的として,基礎分泌には影響を与えず,Caイオン刺激によって誘発される分泌のみを特異的に抑制することで,喘息やCOPDなどの気道粘液の過剰分泌が問題となる病態への治療可能性を狙っている。

 細胞内小胞はCaイオンに依存して細胞膜に融合し,小胞内成分を細胞外に排出する。この機序はSNARE蛋白質がその複合体を構成する蛋白質の1つであるSNAP-25Aを介してCaセンサー蛋白質であるシナプトタグミン(Syt1,Syt2等)によって構造を変化させられることで起きる。神経細胞におけるシナプス小胞が細胞膜に融合する現象が有名だが,気道分泌細胞でのムチン分泌も同じ仕組みが利用されており,ここではCaセンサー蛋白質としてSyt2が関与している。Syt2は気道線毛細胞に比べて分泌細胞に選択に発現し,基本分泌ではなく,Caイオン刺激による分泌時に働いている。

 Syt2完全欠損マウスは致死的なのでScgb1a1-Creノックインマウスを用いてSyt2を気道で選択的に欠損させたマウスを作出したところ,気道粘液が細胞内に勝手に充満していくことはなく基本分泌は正常通り起きていた。IL-13を咽頭内から投与して粘液化生を誘発してATPをエアロゾルで添加すると,野生型では71%,Syt2を選択的に欠損させる前のfloxマウスでは65%のムチンが分泌されたのに対して,気道選択的Syt2欠損マウスでは30%しか分泌されなかった(Fig.1)。また,IL-13刺激に加えてメサコリンをエアロゾルで経気道投与して気管支収縮を誘発すると気道選択的Syt2欠損マウスでは気道粘液による気道閉塞は著明に改善しており,Syt2を治療標的とした。

 研究者たちはSNAP-25Aの一部のペプチドは理論的にシナプトタグミン-SNARE複合体の相互作用を選択的に阻害して,Caイオンによって誘発される膜融合を阻害するはずだと考えてペプチドの設計に取り掛かかった。蛋白質同士が相互作用する部分は,Stx1AとStx3の一部,Syt1とSyt2の一部,SNAP-25AとSNAP-23の一部のそれぞれで神経でも気道でも保存されたアミノ酸配列を持っており,SNAP-25Aの配列を基にこの部分にぴったり当てはまる炭化水素ステープルペプチド(SP9)を開発した(Fig.2)。SP9は2カ所の炭化水素ステープルで留めたペプチド構造をとっている。炭化水素ステープルのないペプチド(P0)と比較して,Syt1やSyt2のC2Bドメインに特異的に結合するためには炭化水素ステープルが必須なことを証明した。

 SP9の薬効についてin vitroで小胞の膜融合を阻害できるか調べた。まず予備的実験として,神経のSNARE蛋白質とSyt1を再構築した実験ではSP9はCaイオン誘発性の膜融合もCaイオンに依存しない膜融合もいずれも膜融合を阻害することを示した。次に気道粘液の分泌について調べるため,気道上皮細胞の膜に近づけるためStx3とSNAP-23で再構築した小胞とムチンを含む分泌顆粒に近づけるためのVAMP8とSyt2再構築した小胞を用意し,コントロール用ペプチド(P0)と比較してSP9がCaイオン誘発性の膜融合を特異的に阻害することを示した。さらに,Munc13-2,Munc18-2といった蛋白質も用いて,より厳密に気道上皮細胞のSNARE蛋白質を再構築した実験系でもSP9が生理学的な濃度におけるCaイオン誘導性の気道粘液小胞の膜融合を特異的に阻害することを確認した。

 SP9は細胞内で作用する必要があるため,気道上皮細胞に取り込ませるための工夫を凝らしている。SP9のN末端に細胞透過を促進するためのペプチド(PENとTATの2種類を用意)を結合し,検出用にC末端に蛍光色素Cy3を結合したもの(PEN-SP9-Cy3,TAT-SP9-Cy3)をヒト初代気道上皮細胞に添加して,形態異常を引き起こさずに細胞内に取り込まれることを確認した。次にIL-13で刺激して粘液化生を起こしてMUC5AC産生が亢進した初代気道上皮細胞に反応させてみると粘液化生の状態でも基礎分泌は阻害しなかったが,ATPを加えて分泌刺激をすると阻害された(Fig.4e〜h)。ただ,PEN-SP9-Cy3の阻害効果については10μMの試験濃度では有意差がつかなかったので,濃度を100μMに増やして阻害効果について有意差があることを確認し,PEN-SP9-Cy3,TAT-SP9-Cy3によるMUC5ACの分泌阻害割合はそれぞれ73%と83%だったと示している。

 最後にin vivoの薬効を証明するため,マウス用の喉頭鏡を用いて気管末梢に直接ペプチドを噴霧する実験を行った。TAT-SP9-Cy3はATPやメサコリンによる刺激を加えないのに,ムチン分泌を刺激してしまう問題が生じて治療薬候補から脱落したが,PEN-SP9-Cy3の方は同じ問題は起きなかった。PEN-SP9-Cy3を分泌刺激を加える30分前に200μMでマウスの気道に噴霧したところ,評価対象とした左末梢気管の76%の上皮細胞に取り込まれ,メサコリン刺激によるムチン産生は82.3%抑制,気腔内の粘液貯留も33.1%改善したと報告している(Fig.5c〜f


•Sci Trans Med

1)肺疾患モデル研究
炎症抑制作用は胎仔サルにおける肺胞発生への傷害刺激を抑制する(Inflammatory blockade prevents injury to the developing pulmonary gas exchange surface in preterm primates
 霊長類マカクザル(Macaca mulatta)を用いた胎仔期の肺疾患モデル研究について米国シンシナティのグループからの報告で今号の表紙にも取り上げられている。責任著者のWilliam J. Zacharias博士は2019年の第59回日本呼吸器学会学術講演会に招聘され京都で食事会にご一緒させていただいたことがある。2017年にとある合宿付きの海外の研究会に参加した時にも将来の活躍を予感していたが,2018年のNatureを発表後,UPENNのMorrisey研究室から独立してシンシナティに移ってサルの研究を始めたと来日時にも少し話していたことを思い出した。シンシナティは呼吸器の研究が歴史的に盛んでサルの研究も行える環境があるそうだが,発生段階の肺疾患モデルにサルを導入し,ヒトでは到底不可能な研究をまとめた挑戦的な内容なので取り上げたい。

 絨毛羊膜炎(Chorioamionitis)は早産症例の25〜40%に認められ,重症例では将来の呼吸器疾患リスクを増大させることが知られる。早産症例はII型肺胞上皮細胞の分化が不完全なために肺サーファクタント欠乏や呼吸不全を伴い,Chronic lung disease of prematurity(CLDP)やbronchopulmonary dysplasia(BPD)を引き起こしやすいことから,絨毛羊膜炎による肺の発生過程の障害を調べることにした。マウスとヒトでは肺の細胞構成の違い,特に呼吸器疾患の温床にもなる細気管支や肺胞管領域の分泌系上皮細胞がマウスと異なることや,肺胞形成がヒトでは胎児期に起きるのに対してマウスでは産後3〜14日後にかけて起きるという違いがあり,マウスの知見をヒトにどこまで外挿できるかは限界があった。この研究ではリポポリサッカライド(LPS)を羊水内に注入して絨毛羊膜炎を起こしたマカクザルの疾患モデルを用いて,胎仔肺のシングルセルRNA-seqを行って調べている。

 まず,マカクザルとヒトの肺の発生を比較し,妊娠105日目がヒトの25〜26週,すなわちcanalicular後期からsaccular期への移行時期に相当すること,130日目(ヒトの妊娠30〜32週)はsaccular後期から肺胞期の初期にあたり,肺胞中隔が形成され毛細血管ネットワークが活発に形成される時期に相当すること,妊娠165日目が出産予定日に対応するとのことを図示している(Fig.1)。LPSの投与は130日目に行われ,投与して16時間後には肺胞に炎症が波及し,肺胞中隔の消失や肺胞構造の破壊に伴って肺胞上皮や血管内皮の消失を認めたが,5日目には回復傾向を認めた。

 次に胎仔肺を採取して,シングルセルRNA-seq解析を行い,LPSを投与していない対照とLPS投与16時間後で,上皮細胞,内皮細胞,間葉細胞に絞って解析を行い,ヒト肺と同様の細胞種を同定した(Fig.3)。特にI型肺胞上皮細胞(AT1)とII型肺胞上皮細胞(AT2)のそれぞれの前駆細胞やAT1とAT2の両方のマーカーを発現するAT1/AT2細胞も同定された。血管内皮細胞については動脈と静脈の内皮細胞に加えて,aerocyte(AC)とgeneral capillary(GC)とその中間細胞の3種類の肺胞血管内皮細胞が同定された他,これらの細胞の前駆細胞と考えられるFOXM1陽性で増殖性の血管内皮前駆細胞(PEP)を新たに見つけた。間葉細胞については周皮細胞や線維芽細胞の複数種類に分かれた。LPS投与の影響を調べるとAT1,AT2,PEPの各前駆細胞の数が減少し,AT2そのものはむしろ代償的に増加し,AT1とACは減少していた

 LPS投与の影響をさらに調べていくと,全体的にNFkBシグナル伝達が活性化しており,AT2の成熟度は炎症によって促進すること,ACやGCはHIF1α関連遺伝子の発現と血管新生因子の発現低下により活性化すること,基質線維芽細胞はIL-1やTNF標的遺伝子の発現が増加し炎症状態に移行することが考えられた。CellChatという解析プログラムを用いてLPS非投与下での細胞特異的な受容体とリガンドの発現から細胞間でのシグナル伝達を調べたところ,肺胞成熟に寄与しているのはVEGF,pleiotrophin(PTN),endothelin(EDN)と考えられ,AT1由来のVEGFAやEDN3が肺胞毛細血管にシグナルを伝えて,ガス交換のための肺胞成熟に寄与している可能性などが見いだせたが,LPS刺激があるとこれらの肺胞のシグナル伝達が障害され,肺胞上皮,内皮,間葉細胞の細胞同士の相互作用が亢進して,特にCCL,CXCL,IL-1,TNFシグナル経路が活性化することがわかった。

 これらの知見を基にIL-1受容体阻害剤であるanakinraとTNF阻害モノクローナル抗体であるadalimumabをLPS投与前にあらかじめ投与しておく実験を組んだ。投与群では胎仔肺への血球浸潤は減少せず,BAL中の炎症性サイトカインもあまり減少しなかったが,肺障害はLPS投与していない肺組織と変わらないくらいに抑制されることがわかり,シングルセルRNA-seqで治療後の各細胞について調べたところ,LPS投与によって変動した遺伝子の80%が正常化し,LPS投与していないくらいにまで肺胞シグナル伝達が回復したと述べられている。

 最後にシングルセルRNA-seqの結果を統合したデータベースを作成し,単球,マクロファージ,樹状細胞といった骨髄系免疫細胞と活性化した基質線維芽細胞がLPS投与によってCXCLやCCLなどの炎症性シグナルを強く発現し,受容体であるACKR1を発現する血管内皮や上皮細胞が反応すること,IL1とTNFシグナル阻害ではCCLやCXCLを抑制することで肺胞シグナル伝達が元に戻ると考察されている(Fig.8)。

•NEJM

今号ではCOVID-19既感染者における新型コロナワクチンの有効性に言及してイスラエルと英国のそれぞれから論文が掲載されており,いずれもデルタ株以前のデータで3回目のワクチンを打つべきかどうかということへの直接の答えにはならないが,既感染でもワクチン効果があることを支持する内容となっていて参考になる。

1)新型コロナワクチン
COVID-19回復後の新型コロナワクチンBNT162b2(ファイザー/ビオンテック)の効果(Effectiveness of the BNT162b2 vaccine after recovery from Covid-19
 イスラエルからの報告で後ろ向き観察研究だが,同国の人口の52%をカバーする代表的な保険診療機関のデータを基にCOVID-19既感染の計149,032名をCox比例ハザードモデルで解析し,COVID-19回復後にBNT162b2ワクチン接種群と非接種群を2021年3月から11月までの期間,再感染率を主要評価項目として比較した内容となっている。モデルナワクチンは解析対象に含まれていない。また,観察期間中のワクチン接種については1回目のワクチンを受けて7日目まではワクチン非接種群としてカウントされたが,それ以降はワクチン接種群として扱われた。結果は56%がワクチン接種群で1日あたり2.46例/10万人,残りはワクチン非接種群で1日あたり10.21例/10万人となっていてワクチン有効性(1-[ハザード比])は16~64歳で82%,65歳以上で60%(Figure 2)となっていて,接種回数が1回か2回かは差がなかったという内容である。この研究の限界点として軽症や無症状だと検査もされないので感染したかどうかわからない症例も多くいることも記載されている。

新型コロナワクチン接種と既感染後のSARS-CoV-2に対する防御効果(Protection against SARS-CoV-2 after Covid-19 vaccination and previous infection
 一方,英国からの報告はSIREN study(SARS-CoV-2 Immunity and Reinfection Evaluation)という2020年7月から2021年4月にかけて医療従事者を登録し2週おきにPCRでSARS-CoV-2を確認していく大型コホートを用いて行われた。対象となったのは35,768名で27%が既感染で,2回のワクチン接種率は95%だった。2020年12月から2021年9月までの観察期間に,主要評価項目は感染歴のない被験者における初感染と既感染者における再感染で,SARS-CoV-2のPCR陽性で判定した。先述の後ろ向き研究と異なり,PCRを定期的に行っているので,COVID-19感染を正確に判定することができる。ワクチンの種類,ワクチンの間隔の違い(1回目接種から6週間目までの2回目接種を“short”,それ以上間隔が空いた場合を“long”)によるワクチン効果,また,既感染者の場合はワクチン接種で再感染がどうなったかを調べた。ワクチン接種群の78%はBNT162b2の“long”,9%はBNT162b2の“short”で,ワクチン効果については“long”の2回接種の14〜73日後,134〜193日後,197〜205日後では85%→68%→51%と低下,“short”の2回接種の14〜73日後,220〜249日後では89%→53%と低下し,接種間隔の違いに有意差を認めなかった。ワクチン接種群の8%はChAdOx1 nCoV-19(アストラゼネカ社)だったが,症例数が少ないので接種間隔の検討からは除外され,ワクチン効果自体は2回接種の14〜73日後でも58%とBNT162b2に比べて低かった。ワクチン非接種群での既感染者6169名について感染後1年後(デルタ株出現前が大部分を占めた)までをフォローしたところ,非感染者よりも初感染のリスクは86%低下していたが,1年以上たつと69%低下にとどまった。感染後免疫は1年以上してから低下したが,2回のワクチン接種によりワクチン効果は90%以上に上昇した(Table 3

今週の写真:京都もいよいよ桜の季節です。八坂神社の円山公園の桜を見に行きました。




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