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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 186

公開日:2022.4.20


今週のジャーナル

Nature  Vol.604 No. 7905 (2022年4月14日)日本語版 英語版

Science Vol.376, Issue 6590(2022年4月15日)英語版

NEJM Vol.386 No.15(2022年4月14日)日本語版 英語版








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肥満による炎症性疾患にはPPARγアゴニスト/mTORC1選択的阻害が脂肪肝に有効/経口ニルマトレルビルのCovid-19外来治療効果

 今回は,肥満症および脂肪肝疾患という成人病に関連した論文に注目した。肥満に伴う気管支喘息や非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)からの肝硬変など治療困難な疾患に対する病態メカニズムや治療ターゲットが報告されているのは興味深い。

•Nature

1)免疫学
肥満症は炎症性疾患での病態や治療反応性を変えてしまう(Obesity alters pathology and treatment response in inflammatory disease
 米国カリフォルニアUCSFの微生物免疫学教室からの報告である。これまでも肥満症が免疫系に影響を及ぼすことは様々な分野で報告されてきている。肥満は,世界的に有病率および発症率が増加している全身性の病態であるが,肥満が免疫応答をどのように変化させるかは,十分に理解されてはいない。この研究では,2つのアトピー性皮膚炎(AD)マウスモデル(ビタミンD3アナログであるMC903投与)を用いて,痩せマウス(除脂肪食)と肥満マウス(高脂肪食)では著しく免疫応答が異なることを明らかにしている。
 痩せマウスと肥満マウスではアトピー性疾患の重症度が著しく異なり,AD病変に浸潤するT細胞集団は,肥満マウスではCD4+ T(Tconv)細胞数が有意に増加し,制御性T(Treg)およびCD8+T細胞集団も増加傾向にあり,全体的に炎症反応の増加を示していた。そして肥満マウスではTH2サイトカインIL-4とIL-13陽性のCD4+ T細胞はそれぞれ3.9倍と1.7倍増加し,さらにTH17サイトカインIL-17AとIL-17F陽性のCD4+ T細胞はそれぞれ6.5倍と11.5倍に増加していた。さらに,シングルセルRNA-sequencingを用い,病変Tconv細胞の系統的なプロファイリングを行った結果,4つのTconv細胞集団(naive-like,TH1,TH2,TH17)と循環する細胞集団がUMAPで分けられ,痩せマウスと肥満マウスでは,TH17の分化の程度に明らかな差があることが観察された(図1)。また肥満マウスの炎症皮膚におけるより成熟したTH17細胞(Rorc,エフェクターサイトカイン,サイトカイン受容体Il23rの両方を発現)の出現は,二次リンパ系器官からのリンパ球脱出に依存しているようで,FTY720(スフィンゴシン1-リン酸受容体の作動薬)で二次リンパ系器官からのリンパ球脱出を阻止すると肥満マウスのAD重症度が下がり,排出リンパ節でIL-17AとIL-17Fを発現するCD4+ T細胞が著しく増加したのを認めていた。以上より,痩せマウスに見られる標準的なTH2炎症に加え,肥満マウスではTH17炎症も含まれることが明らかにされた。
 次に,痩せマウスおよび肥満マウスにて抗IL-4および抗IL-13中和抗体(抗IL-4/IL-13)を投与しADのTH17炎症を評価している。抗IL-4/IL-13投与は,痩せマウスには効果あったにもかかわらず,肥満マウスには効果がないだけでなく悪化させた。肥満マウスではIL-17F陽性細胞数が増加しており,抗IL-4/IL-13 TH2阻害により非TH2炎症を悪化させていた。PPARγ(peroxisome proliferator-activated receptor-γ)はTH2細胞における転写ネットワークの制御に重要な転写因子である。研究者らは,PPARγアゴニストがTH17反応を鈍らせ多発性硬化症マウスモデルで自己免疫脳脊髄炎を抑制した研究(J Exp Med 2009; 206: 2079-89)等の結果から,本研究で肥満がT細胞におけるPPARγの下流の遺伝子発現に与える影響を解析している。単一細胞RNA塩基配列解読とゲノム規模の結合解析を組み合わせたところ,肥満マウスのTH2細胞における核内受容体PPARγの活性は,痩せマウスのものと比べて低下していた。そして,作製したT細胞特異的PPARγ欠損マウス〔Cd4crePpargfl/fl(PPARγ TKO)〕では,肥満マウスと同様のADの重症化がみられ,IL-17A-およびIL-17F-陽性CD4+ T細胞の増加,IL-13-陽性CD4+ T細胞の増加およびIL-4およびIFNγ-陽性CD4+ T細胞の傾向的増加がみられた。さらにPPARγ TKOに対して抗IL-4/IL-13療法を行うとADは悪化し,IL-17A,IL-17FおよびIFNγ陽性病変CD4+ T細胞の増加傾向であった。PPARγは生体内のTH2反応に重要な因子であり,TH応答をTH2優勢状態に集中させ,異常な非TH2性炎症を防ぐために必要であることを示していた。
 チアゾリジン系化合物(TZD)は,FDAが承認した強力なPPARγ作動薬の一種で,2型糖尿病の管理にインスリン感受性を高める薬剤として使用されている。このTZDを用いて,PPARγ作用を薬理的に強制しTH2選択的反応を促進することで,肥満マウスのTH17炎症を抑制して疾患の重症化を軽減させた。またTZDは肥満マウスのAD治療における抗IL-4/IL-13の成果をも改善した。以上より,PPARγアゴニストは,高脂肪食や肥満に起因する病態変化を克服する精密免疫療法の新しい戦略になりえるかもしれない。

•Science

1)シグナル伝達
mTORC1の選択的阻害による非アルコール性脂肪性肝疾患の進行抑制(Inhibition of nonalcoholic fatty liver disease in mice by selective inhibition of mTORC1
 米国では1億人以上が非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)を患っており,しばしば非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の特徴である肝細胞障害と線維化を引き起こす。NASHは,肝硬変や肝細胞癌に進行する可能性をもつが,NAFLDおよびNASHに対して,米国食品医薬品局(FDA)が承認した治療薬はない。NAFLDは,肝脂質合成過程と消費過程の間に不均衡があると発症する。mTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1)は肝臓における脂質の恒常性を調節するが,mTORC1は他の多数の細胞経路も制御しており治療ターゲットとして難しい状況であった。
 今回,米国ペンシルバニア大学の心臓血管研究所のグループは,マウスにおいて,mTORC1プロテインキナーゼ複合体によるシグナル伝達を阻止することによって脂質代謝を制御することの有益性の可能性を研究した。肝mTORC1シグナルを選択的に調節することで,肝脂質代謝に恩恵を与え,NAFLDを予防できると仮定し,フォリクリン(FLCN)というタンパク質に着目した。このFLCNを欠損させると,転写因子E3/B(TFE3/B)ファミリーのmTORC1によるリン酸化が阻害されるが,その正統的基質であるリボソームタンパク質S6キナーゼβ1(S6K1)と真核生物翻訳開始因子4E結合タンパク質1(4E-BP1)のmTORC1によるリン酸化には影響がない。そのためリン酸化されていないTFE3は核に移行し,リソソーム生合成,ミトコンドリア生合成,酸化的代謝を促進する遺伝子は活性化される。つまり,肝臓のFLCNを抑制することは一般的なmTORC1阻害による弊害なく,脂肪酸の酸化と脂質のクリアランスを促進することができるわけである。
 成体マウスにおけるFLCNの肝細胞特異的遺伝子欠損は,mTORC1によるTFE3の細胞質隔離を選択的に阻害し,S6K,4E-BP1,Lipin1などの他のmTORC1標的にはほとんど影響を与えてなかった。その結果,リン酸化されていないTFE3が核内に移行し,インスリン誘導性遺伝子2(Insig2)の発現を増加させ,最終的には転写活性に必要な小胞体とゴルジ装置での脂肪生成転写因子であるステロール調節要素結合タンパク質-1c(SREBP-1c)のタンパク質分解処理の阻害につながる。脂質クリアランスを活性化するにはTFE3が必要で,そのTFE3は,さらにデノボ脂肪生成(DNL)も抑制する。以上の経過でFLCNの肝細胞喪失は,NAFLDとNASHの進行を抑制していた()。
 本研究では肝臓のFLCNタンパクを枯渇させることで,mTORC1によるシグナル伝達の一部(すべてではない)を阻害したのである。そのマウスモデルは脂質消費が増加し,脂肪生成が減少した。それだけではなく,非アルコール性脂肪肝疾患を誘発する食事を与えても,疾患進行の抑制を認めた()。これらの効果には,TFE3転写因子の活性化が大きく関わり,今後のNAFLDとNASHなどの肝疾患の治療ターゲットに有用と思われる。

補遺:mTORシグナルについて
 mTORは,1990年代半ばに,免疫抑制薬ラパマイシンが12kDa FK506結合タンパク質(FKBP12)と複合体を形成する際に標的とするプロテインキナーゼとして同定された。mTORは,mTORC1を構成するregulatory-associated protein of mTOR(RAPTOR)と,mTORC2を構成するrapamycin-insensitive companion of mTOR(RICTOR)という2つの複合体として存在することが明らかにされた。それぞれのmTORCが多数のタンパク質によって制御されていること,また,ホルモン,栄養素,エネルギー産生経路からのシグナルによって,多くの下流過程が制御されていることが詳細に理解されている。関与する分子の数,そして多くの自己調節フィードバックループは,NAFLDやDNLの場合と同様に,発見されるべき分子や経路が残されていることを示唆している()。

•NEJM

1)新型コロナウイルス感染症
高リスクを有する非入院成人Covid-19における経口ニルマトレルビルの効果(Oral nirmatrelvir for high risk, nonhospitalized adult with Covid-19
 2022年2月10日に厚生労働省が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬として特例承認した,米Pfizer社の「パキロビッド」(ニルマトレルビル・リトナビル)は,国内では「ラゲブリオ」(モルヌピラビル)に次いで2剤目である。しかし,パキロビッドの投与においては複数の医薬品が併用禁忌・併用注意とされており,臨床現場では汎用されていないのではないだろうか。そのパキロビッドの第2・3相二重盲検無作為化比較試験の結果である。症状を伴う新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に罹患した,重症化リスクの高い,ワクチン未接種で入院していない成人患者を対象に,ニルマトレルビル300mg+リトナビル(薬物動態増強薬)100mgを12時間ごとに5日間投与する群と,プラセボを投与する群に1:1の割合で割り付け,28日目までのCovid-19関連入院または全死因死亡,ウイルス量,安全性を評価したものである。
 2,246例を無作為化し,1,120例がニルマトレルビル群で,1,126例がプラセボ群であった。症状発現後3日以内に投与を受けた患者(修正intention-to-treat集団,全解析対象集団1,361例中774例)の中間解析では,28日目までのCovid-19関連入院または死亡の発生率は,ニルマトレルビル群のほうがプラセボ群よりも6.32パーセントポイント低く(95%信頼区間[CI]:-9.04~-3.59,p<0.001,相対リスク減少率89.1%),ニルマトレルビル群では0.77%(389例中3例)で死亡0例,それに対しプラセボ群では7.01%(385例中27例)で死亡7例であった()。修正intention-to-treat集団1,379例の最終解析においても有効性は維持され,差は-5.81パーセントポイント(95%CI:-7.78~-3.84,p<0.001,相対リスク減少率88.9%)であった。死亡した13例はすべてプラセボ群であった。ウイルス量は,投与5日目の時点でニルマトレルビル+リトナビル群のほうがプラセボ群よりも低く,投与が症状発現後3日以内に開始された場合に差の補正後の平均値は-0.868 log10コピー/mLであった。投与期間中の有害事象の発現率は2群で同程度であった(すべての有害事象:ニルマトレルビル+リトナビル群22.6%対プラセボ群23.9%,重篤な有害事象:1.6%対6.6%,ニルマトレルビル+リトナビルまたはプラセボの中止にいたった有害事象:2.1%対4.2%)。ニルマトレルビル+リトナビル群では,プラセボ群よりも味覚異常(5.6%対0.3%)と下痢(3.1%対1.6%)の頻度が高かった。
症状を伴うCovid-19患者に対するニルマトレルビル+リトナビル投与により,プラセボ投与と比較して重症化リスクは89%低くなり,明らかな安全性の懸念は認められなかった。
 本研究は2021年6~12月までの期間,つまりデルタ株がパンデミックに猛威を振るっていた時期である。その頃にワクチン未接種のCovid-19を対象とし,プラセボより有意に予後良好であったことは重要である。しかし,高リスク因子としてはBMI 25以上や喫煙者が大半で,わが国の高リスク群になりやすい糖尿病や透析など重症リスクとなる基礎疾患の割合は不明である。本剤はCYP3A4阻害作用あるため併用薬に注意を要するが,65歳以上でワクチン未接種者においてはデルタ株のような重症化率が高い流行期には発症早期に薦めるべき選択肢と思われる。

今週の写真:三浦半島長井漁港から眺めた夕陽と富士山




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