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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 187

公開日:2022.5.5


今週のジャーナル

Nature  Vol.604 No. 7907 (2022年4月28日)日本語版 英語版

Science Vol.376, Issue 6592(2022年4月29日)英語版

NEJM Vol.386 No.17(2022年4月28日)日本語版 英語版








Archive

遺伝 vs.環境,腸内細菌叢を形作るもの/変異導入による段階的なメラノーマ発生モデル/4回目のコロナワクチン効果

•Nature

1)微生物学:Article
オランダにおける腸内細菌叢を形作る環境要因(Environmental factors shaping the gut microbiome in a Dutch population
 近年では腸内細菌叢は我々の恒常性維持をつかさどり,疾患感受性に寄与する新たな“器官”としての文脈で説明されることが多い。百花繚乱に疾患との関連が報告されるが,正常と異常の境界や,ライフサイクルの中で何がその組成に関わっているかについては確立された知見には乏しい。今回のオランダからの報告では,Dutch Microbiome Projectのコホートである三世代にわたる2,756家系,8,208名の腸内細菌叢解析を行い,包括的な概要とどのように細菌叢が形作られてくるのか示し,今後のマイクロバイオーム研究における基盤となる情報を報告している。

 研究のあらましはFig1aに表されている。腸内細菌叢側に対してはショットガンメタゲノムシークエンス解析を行い,その分類,組成,保持するパスウェイ,病原性,抗菌薬耐性などの同定を行った。ヒト個体側に対しては,身体所見,食事,エクスポソーム,疾病状況,地理的・社会的環境,薬物使用状況,採血・検尿所見などを収集し,各項目と細菌叢の関連をデータサイエンスを駆使して明らかにしている。
 腸内細菌叢の概要は,サブサンプリングする場合には40%程度の人口を対象とすれば90%程度が同定できることが明らかであり(Fig1b),また主座標分析(PCoA)を用いてクラスタリングを行うと,Prevotella copriP. copri)が大きく影響していることが観察された(Fig1c)。ちなみにP. copriは多く存在した場合には過敏性腸症候群リスクが低く,一般的な健康と正の相関があることも示されている(FigS3c)。
 遺伝要因,同居していることがどれほど腸内細菌叢組成に関わるのかを検討した結果(Fig2),では,遺伝要因は6.6%に過ぎない一方で,同居していることが48.6%を説明できた。同様に個人の特性(表現型)は12.9%を説明し,便の特徴や既往症,使用薬剤,身体的特徴などの寄与度が高かった(Fig3)。腸内細菌叢組成に関わるその他の要因としては,薬剤(PPI,ビグアナイド,抗菌薬,浸透圧下剤等),幼少期の生活環境(農村vs.都市,ペット飼育),親の喫煙,現在の喫煙,受動喫煙,月収などが見出された。これらの事実から,腸内細菌叢を形作る要因として遺伝要因は弱く,生活を同一としていること(狭義の環境要因)の影響と環境要因が大きく関わっていることが示唆されている。
また,健常者な腸内細菌叢と各疾病罹患者の腸内細菌叢を比較したところ,複数の疾患で健常者とは異なる組成を示した上に,疾患が異なっても共有される組成,パスウェイが存在することが示され(Fig4),関連性のない疾患で共有される細菌叢シグネチャーだけでなく,健康なシグネチャーを定義する特徴が存在することを示している。

 今回明らかにされた基盤情報は,疾病関連,薬剤感受性,健康状態の評価などに関連して腸内細菌叢解析を行うにあたり背景因子を揃える必要があった場合には考慮すべき重要な知見を与えている。採取した際の便の状況にはじまり,幼少期の状況,内服歴に至るまで,各情報が揃わない解析では交絡因子の寄与を除外できず解釈が困難であることを物語っている。


•Science

1)腫瘍学:Research Article 
段階的な遺伝子変異導入ヒトメラノーマモデルにおける腫瘍と微小環境への影響(Stepwise-edited, human melanoma models reveal mutations’ effect on tumor and microenvironment
 癌は蓄積された複数の遺伝子変異により悪性化した細胞から発生するが,個体によりその表現型は多様であり1つとして完全に相同な表現型を持つ癌は存在しない。それは生じた遺伝子変異の組み合わせがあまりにも膨大であることで部分的には説明できる。例えば,ある癌細胞が転移しやすいこと,ある癌細胞が免疫逃避しやすいこと,などは特定の遺伝子変異と結び付けることができるかもしれない。仮にその作業が可能となれば,腫瘍学の理解を進めるだけでなく,特定の遺伝子を標的とした治療の開発へのドライバーとなる可能性がある。
 身近な例では,非小細胞肺癌におけるEGFR遺伝子変異などはTKIの治療標的となり,その効果は約束されたものであるが,実際の臨床において同じL858Rを持っている症例でもOsimertinibの効果が均一ではないことはよく経験することであろう。背景には個々のEGFR変異陽性肺癌においても異なる複数の遺伝子変異が蓄積されておりその影響があることは十分に考えられる。EGFR変異陽性肺癌は1例にすぎず,特定の遺伝子変異の癌表現型への影響を分離してくることは困難と考えられていたが,メラノーマモデルにおいて遺伝子変異と生体における表現型の関連が解析可能であることを証明するモデルがハーバード大学から報告された。Structured Abstractの図に概要はサマライズされている。

 メラノーマは正常メラノサイトに特定の遺伝子変異が蓄積することにより癌化する。ほぼすべてのメラノーマではRB経路,MAPK経路,テロメラーゼ制御における遺伝子変異を有しており,その対応遺伝子変異としてはCDKN2A不活化変異(RB経路),BRAF活性化変異(MAPK経路),TERTプロモーター変異(テロメア制御)が知られている。これに加えて,多くのメラノーマではさらにPTEN(PI3K/Akt経路),p53経路,APC(Wnt経路)における多くの遺伝子変異と関連することも明らかになっている。さらに,2015年には生体採取標本の解析によるそれら変異と表現型の関連もすでに推察されていた(NEJM2015)。また,ヒトメラノサイトは生検検体からの初代細胞の長期培養が容易かつゲノム編集が可能である。

 これらの利点を利用して実験系が組まれた。図1A,Bにあるように段階的に遺伝子変異を導入(これをゲノム編集ツリーと呼んでいる。)したメラノサイトを作成し合計9種類の異なる多変異体細胞モデルを作成している。それぞれを変異のシンボルとしてCDKN2A-/-(C),BRAFV600E(B),TERT-124C/T(T),TP53-/-(3),PTEN-/-(P),APC-/-(A)として表している。癌の特徴である無限に増殖し続ける特徴については,初期変異であるCBでは見られず,CBTにて見出されていることが特筆される(図1E)。
次に作成した各細胞モデルが系統的に順序だっている確認と,導入された遺伝子変異の果たす役割を解析できることの確認のためにscRNAseqを行い,得られたデータの情報解析を行っている(Fig2)。ゲノム編集ツリーをなぞるように各細胞モデルは秩序だって隣接してマップされ,特に無限増殖性を獲得した前後であるCB→CBTの間で大きく二分された(Fig2B)。これはメラノサイトが変異を順次獲得するにつれて,細胞生物学的に秩序ある進行を示すことを示唆している。また,各細胞がどういった生物学的な意味をもつ発現プログラムを有しているかを表した結果をマップした結果がFig3Cである。例えばメラノサイトに関連する発現プログラムに重みづけされる細胞群はWt,C,CB群に多く分布し,ENT関連プログラム重みづけのある細胞群はCの一部とCBT群に有意であることが示されている。これらのデータは既知のデータと矛盾しないことから,導入した変異の組み合わせが特定の発現プログラムの制御を行うことを示している。
 続いて,各変異蓄積モデルが生体内で期待されたようなふるまいをするのかを検討している。こちらはシンプルに免疫不全マウスへの移植を行い,その増殖・転移を評価している。Fig3に結果が示されており,APCの欠失は腫瘍の強力な進行をもたらすと同時に,転移にも強く関連することが示されている。またマウス内で増殖した腫瘍のゲノム情報からは導入された変異以外に表現型に影響を及ぼす変異は見出されなかったことから,導入された変異の組み合わせのみでメラノサイトは腫瘍発生の重要な一面を再現していることが明らかにされた。これらのマウスに生着させた腫瘍を比較的早期(1〜3カ月後)と,進行期(6カ月後)に採取しscRNAseqを行いFig2と同様の解析に加え,新たに生じたクローン(クラスター)におけるゲノム多様性解析(CNA)を行いクラスターの発生様式の解析を行っている(Fig4)。明らかになったことは①移植後に獲得した遺伝子変異をドライバーとした発現プロファイル的に異なる二つのクラスターを作成する細胞群(CBTP3)が存在,②時間経過とともに緩やかに生じたクラスターを形成する細胞群(CBTPの6カ月群)の存在の2つである。
 さらに,各細胞群がin vivoで腫瘍微小環境の形成に影響を与えるのかを,腫瘍内のマウス細胞のscRNAseqで検討しており,各導入遺伝子メラノサイトにより好中球,樹状細胞,形質細胞用受賞細胞,マクロファージのプロファイルに影響を与えることが示されている(Fig5)。
最後にゲノム編集ツリーにより作成された各メラノサイトによる腫瘍表現型である病理組織所見がヒト標本と相同であるのかを,機械学習を用いたシステムを構築して検討している。マウス内で成長させた腫瘍の組織所見を機械学習させ,構築されたアルゴリズムを用いて,実際の症例病理標本がどの遺伝子変異を有するのかの判断を行わせている(Fig6)。結果は満足できるものでないにしても,APC喪失変異,TP53喪失変異を持つ腫瘍においてはある程度の予測が可能であり,作成されたメラノサイトモデルと実際の腫瘍の間で腫瘍自体や微小環境を含む発現プログラムが共有されている可能性が示唆され,今回のゲノム編集ツリーによる腫瘍発生のモデル化の基礎的,臨床的有用性が示されている。

 今回の報告はあくまでもメラノーマでの報告である。呼吸器内科医が日々診療する非小細胞肺癌でも当てはまるのかは不明であろう。画像で言ったらpure GGN,病理でいったらlepidicな増殖をきたす腺癌を数年間かけて観察した例での進行などはこのような多段階変異の獲得モデルが当てはまるのだろうか。

•NEJM

1)感染症:Original Article 
オミクロン株に対する4回目のワクチン接種の防御効果(Fourth dose of BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine in a nationwide setting
 イスラエルからの4回目コロナワクチン接種の短期的効果についての報告であり,結論から言えば,4回目接種も効果を示したということになる。リアルワールドでの電子データを用いた後方視的な症例−対照研究である。イスラエルでは2022年1月3日より60歳以上(年齢中央値は72歳)または免疫不全状態にあるCOVID-19ハイリスク例に対する4回目のファイザーワクチン接種が開始された。2月18日までの間に接種された182,122例と,背景をマッチした3回接種済例とで比較が行われている。結果は表2図2にまとめられており,接種後14日から30日までの間にPCRで確認される感染は52%減,入院は72%減,死亡は76%減であった。

 こういった結果をもとに本邦でも高齢者への4回目接種が開始されると聞いている。おそらく『ワクチンも2類相当もいったいいつまで続けるのか?』ということを皆が考えていると思う。実際にEditorialにても,ワクチン接種後の軽症や無症候感染をブレークスルー感染と銘打って事が最大な残念な誤りでありと断言し,その帰結としてゼロリスクを目指す施策決定が行われていることが問題提起されている。報告から読み取れる調査期間の3回接種済例でのCOVID-19での死亡率は0.027%となっており,一概に比較はできないものの季節性インフルエンザの致死率0.006~0.09%とすると,医療的な面,社会的な面からも議論が必要な時期にはなっているのであろう。

今週の写真:熊本冬の名物 『カブトムシのような車海老』
 熊本県天草地域では車海老の養殖が盛んである。贈答品として目にするのでが,初めてお目にかかった時には衝撃を受けた。段ボール一杯のおがくずのなかに20匹近い車海老が潜んでいる。もちろん生きており,掘り起こすときにはビチビチと大騒ぎであるが,キュッとして生き作りで食する刺身は身の弾力,濃厚さ,甘さのどれも別格である。
(坂上拓郎)

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