•Nature
1)加齢
若齢マウスのCSFはFgf17を介して老齢マウスにおけるオリゴデンドロサイト発生と記憶力を回復させる(Young CSF restores oligodendrogenesis and memory in aged mice via Fgf17) |
脳脊髄液は加齢によって炎症性変化が進み,BDNFなどの特定の因子が減少するといったことが報告されてきているが,こうした変化が加齢に伴う認知機能に影響を与えているかどうかについては,技術的に困難なこともあり詳細は不明であった。米国スタンフォード大学からの本論文では,若齢の脳脊髄液を老齢のマウスに注入すると記憶低下が回復されるという凄い研究内容であり紹介する。
まず海馬依存性の学習と記憶のタスクをもとにマウスを評価すると,若齢マウスの脳脊髄液を老齢マウス(24カ月齢)の脳に直接注入すると,記憶機能が改善された。海馬のRNA-seq解析を行うことにより,115遺伝子の増加と271遺伝子の減少がみられ,特にオリゴデンドロサイトの遺伝子が最も増加していたことから,この機能変化の中心の細胞と考えられた。In vitroの解析では,若齢マウスの脳脊髄液は,加齢海馬やオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte progenitor cell:OPC)初代培養で,OPCの増殖と分化を促進することが判明した。同様の効果は,ヒトの20歳代の若い健常人由来の脳脊髄液でも,70歳前後高齢脳脊髄液との比較で示された(
Fig.1)。
新たなRNAの転写や分解をみるSLAMseq 〔thiol(SH)-Linked Alkylation for the Metabolic sequencing of RNA〕(
SLAMseq Metabolic RNA-Seq Kit)で解析したところ,アクチン細胞骨格の再構成を促進する転写因子である血清応答因子(SRF)が,若齢マウスのCSFへの曝露後に起こるOPC増殖のメディエーターであることが示された(
Fig.2)。海馬OPCでのSRFの発現は加齢に伴って低下するが,その経路は若齢マウスの脳脊髄液の急性注入によって誘導された。脳脊髄液中のSRF活性化因子候補を既報のデータベース候補から絞ってSRE-GFPレポーター遺伝子発現HEK293細胞を用いてスクリーニングした。その結果,線維芽細胞成長因子17(Fgf17)を同定し,Fgf17のみ注入することによって老齢マウスでOPCの増殖と長期記憶の固定を誘導するのに十分であり,一方でFgf17を遮断すると若齢マウスで認知機能が低下することが示された(
Fig.4)。
以上より,若齢マウスの脳脊髄液には若返りの能力を有し,具体的にFgf17が加齢脳においてオリゴデンドロサイト機能を回復させるための重要な標的であることが明らかになった点で非常に興味深い。本論文は
AASJおよび
NEWS AND VIEWSでも紹介されている。
•Sci Trans Med
1)COVID-19ワクチン
mRNA-1273およびBNT162b2のCOVID-19ワクチンは,Fcを介したエフェクター機能に違いがある(mRNA-1273 and BNT162b2 COVID-19 vaccines elicit antibodies with differences in Fc-mediated effector functions)
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新型コロナウイルス感染の新規陽性者数は緩慢ではあるが減少してきていて,ゴールデンウイーク後の増加の心配は薄れつつある。政府は,屋外で会話をほとんどしない場合にはマスクの着用の必要はないなどの柔軟なマスク着用の考え方を提示してきている。
COVID-19ワクチンの開発の成功によって世界における罹患率と死亡率の大幅な減少が可能になった。日本でも広くmRNAワクチン接種が行われているが,どちらも効果が高いとされるモデルナ社(mRNA-1273)とファイザー社・ビオンテック社(BNT162b2)との実際の効果の違いについて詳細は不明であった。両者はmRNA設計の配列は同じであるが,投与量や投与間隔は異なっている。
今回,米国ハーバード大学からの両者の効果についての比較研究についてScience Translational Medicine誌の論文を紹介する。病院で勤務する健常人で2回のワクチンとしてmRNA-1273を接種した28人とBNT162b2を接種した45人について血清抗体について解析している(
リンク)。その結果,どちらのワクチンによっても抗体を誘導したが,特にmRNA-1273の方が,SARS-CoV-2ウイルスのreceptor binding domain(RBD)とN-terminal domain(NTD)に対するIgA1とIgG2の強い誘導がみられた。また,抗体の機能として中和能以外にも様々なFc受容体を介した働きがあるが,その中では補体の活性化(antibody-dependent complement deposition:ADCD)や抗体依存性の単球の貪食能(antibody-dependent cellular phagocytosis:ADCP)については両者のワクチンによって同等の効果がみられた。一方で,抗体依存性の好中球の貪食能(antibody-dependent neutrophil phagocytosis:ADNP)や抗体依存性のNK細胞活性化(antibody-dependent natural killer cell activation:ADNKA)についてはmRNA-1273の接種によってより強い誘導が観察された(
リンク)。中和能としてRBD抗体が重要と言われているが,この抗RBD抗体を除去した場合について検討した結果,必ずしもFc受容体を介した機能が低下するわけではないこと,すなわちRBD抗体以外の抗体の機能の重要性を示しており(
リンク),ワクチンによる様々な抗体誘導による感染防御の機能の多様性が示されていて興味深い。本論文は
AASJでも紹介されている。
•NEJM
1)臓器移植
ブタ–ヒト間の腎臓異種移植を行った2症例の結果(Results of two cases of pig-to-human kidney xenotransplantation) |
臓器移植待機患者の数は増えており,米国における待機者リストは10万人を超えており,移植を受けることができているのは,その約3分の1である。豚からの移植は臓器の大きさの点でヒトに適しているが,当然のことながら拒絶反応が問題となる。米ニューヨーク大学ランゴーン医療センターからの本論文は,すでにニュースなどで耳にしているかもしれないが,ドナーのブタの準備が興味深い試みであり紹介する。
まず,ヒトやサルではgalactose-alpha-1,3-galactoseを発現していないため,豚の臓器を移植した際には特に急性期の拒絶反応を引き起こすアロ抗原として認識される。そこで合成酵素であるalpha-1,3-galactosyltransferase遺伝子を欠損させた豚(ノックアウト豚)を作成してドナーとしている点が1つ目の特徴である。
さらにこれまでの研究から移植ドナーのブタから胸腺も一緒に移植することにより晩期の拒絶反応を抑制できるという研究(thymokidney移植)が進んできており本手法を今回も取り入れている。具体的には,腎臓移植の2カ月前にドナーのブタの腎被膜下に自家胸腺組織移植を行っている。
そして,この遺伝子改変ブタの腎臓(thymokidney)を脳死のヒトレシピエント2例に移植している。2例の呼吸・循環機能は人工呼吸器により維持され,腎機能と異種移植片拒絶反応を評価するために経時的に生検を行い尿量と動的eGFRをモニタリングしている。その結果,両レシピエントの異種移植腎は再灌流後すぐに尿を生成し始め,試験期間の54時間に動的eGFRは2例とも増加が観察され(レシピエント1:23→62mL/分/1.73m
2 体表面積,レシピエント2:55→109mL/分/1.73m
2 体表面積)(
図),クレアチニン値は両レシピエントで低下した(レシピエント1:1.97→0.82mg/dL,レシピエント2:1.10→0.57mg/dL)。移植腎は灌流良好な状態が維持され淡紅色で尿を生成し続けた(
図)。移植後の6,24,48,54時間の時点で行った生検では,超急性拒絶反応や抗体関連型拒絶反応の徴候は認められなかった(
図)。遺伝子改変ブタから脳死のヒトレシピエントへの異種移植腎では54時間は生着可能であり,超急性拒絶反応の徴候なく機能を維持した。肺を含めた他の臓器での研究の進展にも今後注目したいところである。
今週の写真:5月の九十九里浜の砂浜 |
(鈴木拓児)