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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 193

公開日:2022.6.8


今週のジャーナル

Cell  Vol.185 No.11 (2022年5月26日)英語版

Sci Trans Med Vol.14, Issue 647(2021年6月1日)英語版

NEJM  Vol. 386 Issue 22(2022年6月2日)日本語版 英語版








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M.abscessusはファージで治せるかも/肺ペストの特効薬か/ネオアンチゲン反応T細胞による癌治療

•Cell

1)ファージ療法
マイコバクテリアM.abscessusに対するバクテリオファージを用いた除菌療法(Host and pathogen response to bacteriophage engineered against Mycobacterium abscessus lung infection
 バクテリオファージは高校の生物の教科書でもお馴染みのバクテリアに感染するウイルスだが(Wiki),抗菌薬の代わりの治療薬(ファージ療法)として応用され,実は抗菌薬よりも古い歴史がある(リンク)。ペニシリンをはじめとする抗生物質の登場により開発が廃れていったが,近年は多剤耐性菌等に対する抗菌薬の代わりの治療薬としての再び関心が高まり(リンク),遺伝子組み換え技術と組み合わせた治療薬としての開発が進められている。ちょうど実験医学にも今月号に特集記事が出ていた(リンク)。この論文で取り上げられたのは呼吸器専門医が時々遭遇する特に「厄介」な非結核性抗酸菌であるM.abscessusに対してファージ療法がうまくいった症例報告で,たった1症例の報告だが,肺移植を必要とする重症の囊胞性線維症(日本でも指定難病299)でM.abscessusが除菌され,無事肺移植まで施行してファージ療法が役になったことがわかる内容で,米国National Jewish Healthとピッツバーグ大学からの報告である。
 症例は囊胞性線維症の26歳男性で,CFTRにH199Y/2184insAという原因遺伝子変異を持つ患者で気管支拡張症が進行し,M.abscessusと多剤耐性緑膿菌とMRSAが肺に慢性的に感染していた。ファージ療法を行うまでの4.7年間はM.abscessusに対して4種類以上の抗菌薬を併用しなかった期間がなく,直前の1年間は11回も入退院を要し,難治性M.abscessusのため,肺移植の適応はないと3カ所から断られていたとのことで,Figure 1には壮絶ともいえる経過がまとめられている。
 ファージ療法には溶菌しやすくする遺伝子改変を加えて過去にも使用実績のあるBPsΔ33HTH_HRM10(リンク)と複数のM.abscessus株に感染できるようになったD29_HRMGD03という2種類のファージを用意し,in vitroで患者検体から採取したM.abscessusに対する殺菌効果を確認し(Figure 2),無菌的にエンドトキシンフリーの大量産生を行い,治療用ファージカクテル製剤を用意した。
 ファージの投与は2020年9月にBPsΔ33HTH_HRM10とD29_HRMGD03を用いて1日2回の点滴で論文執筆中も継続的に投与され,抗菌薬治療と併行したとのことで,投与開始した年は呼吸器症状の増悪で4回入院し,静注用の皮下に埋め込まれたポートにMRSAが感染したことがあった以外は,特に大きな有害事象はなかったとのことである。喀痰中のM.abscessusの検出は治療開始前は53/68回(77.9%)の割合で陽性で,治療開始後から96日までは6/7回陽性だったところ,116~362日の間は1/10回の陽性に減ったと報告されている。この間,緑膿菌やMRSAが13回中1回のみで,M.abscessusが特異的に除菌されたと考えられた。ファージ療法が開始されてからのHRCTでの病変の改善経過も示されている(Figure 3)。
 ファージ投与後90日目からはCFTRのH199Y変異に対するelexacaftor/tezacaftor/ivacaftor(E/T/I)の投与がFDAで承認されたので治療が始まったが,呼吸機能が改善することはなかった。ファージ治療を開始して1年後にM.abscessusがコントロール可能になったと判断されて肺移植待機患者となり,379日目に肺移植が行われ,摘出された患者肺にM.abscessusが残存していないか各部位から検体を採取して培養検査を行ったところ,PCRでは陽性となったが,生菌は培養されず,抗酸菌染色による菌体の検出も肉芽腫も認められなかった。緑膿菌は培養陽性で,M.aviumは2つの肺葉から培養で検出されたとのことである。
 培養検査以外には喀痰PCRと尿中に含まれる抗酸菌の細胞壁に含まれる糖脂質lipoarabinomannan(LAM)を構成するD-AraとTBSAがモニターされ,ファージ療法が開始されて47日目の測定でピークが認められてM.abscessusが溶菌したことが推察され,152日目までには検出できないくらいまで減少した(Figure 4)。M.abscessusへの抗体価についても測定し,IgG,IgAともにファージ投与前よりも投与後は減少傾向を認めた。ファージDNAの残存についても調べられ,喀痰については12カ月に渡って,摘出肺からもファージDNAは検出されなかったので,ファージの残存はほぼないと考えられた。
 次にファージ投与によるM.abscessusのゲノムレベルでの多様性誘導の可能性について全ゲノムシークエンスで調べられ,抗菌薬治療と違って多様性は誘導されず,変異誘導は自然界と変わらないと考えられたが,選択圧がかかることで均一なM.abscessusであることがわかった。また,培養検体から分離された菌体からはファージ耐性の菌体は検出されなかった。
 最後にファージに反応する抗体について調べられ,2種類それぞれに反応する抗体が出現し,BPsΔ33HTH_HRM10に対しては中和活性を伴い,ファージ投与開始242日後にはファージの効果が失われていたが,D29_HRMGD03に対しては中和活性はわずかでファージによる殺菌効果は維持されていた。過去のファージ療法では中和抗体の出現におり治療効果が失われた症例があり(リンク),ファージを組み合わせたカクテルでの治療が重要なことが示唆された。

•Sci Trans Med

1)肺ペスト
新薬gepotidacinの肺ペストに対する有効性を霊長類疾患モデルで証明(Gepotidacin is efficacious in a nonhuman primate model of pneumonic plague
 ペスト菌は日本国内の感染例は1927年以降報告がないため,ほとんどの医師にとってはなじみがないが,歴史上だけの感染症ではない(「ペストの歴史」Wiki )。GSK社・アメリカ陸軍感染症医学研究所などによる共同研究の論文でイントロでは2017年のマダガスカルでのアウトブレークは肺ペストで209名の死亡者が出たことや1346年のクリミア半島の要塞都市カッファの攻防戦では生物兵器として使用されて陥落してしまった例が触れられている。現代では早期に診断されれば,多くの場合は抗菌薬で治療可能とされているが(リンク),肺ペストは進行が早く,ヒトからヒトへの飛沫感染が起きるため,抗菌薬が外れると大惨事につながる恐れがある。そこで,薬剤耐性を獲得していたとしても治療可能な特効薬の開発が進められている。この論文で登場するgepotidacinは細菌由来DNAジャイレースとトポイソメレースIVを阻害する(II型トポイソメレース阻害薬)未承認の新薬で,内服薬も開発されて尿路感染症や淋病の第三相治験が行われているが,肺ペストについてはヒトでの有効性を調べることが現実的に不可能なため,FDAの支援を得て,アフリカミドリザル(AGMs)の肺ペスト疾患モデルを用いて,臨床治験にできる限り近づけた形にして非臨床試験を実施したとのことである。
 研究者たちはまずは臨床検体から分離保存されているペスト菌138株について最小発育阻止濃度(MIC)を調べて0.25~0.5μg/mL(MIC50),0.5~1μg/mL(MIC90)と良好な結果だったことを示し,既存の薬剤耐性ペスト菌でも有効性を確認した。次にAGMsの肺ペスト疾患モデルを用いて,3つのコホートに相当する試験を組み,ヒトでの1,000mg×2/日もしくは1,000mg×3/日に相当する量を経静脈的に投与して,プラセボ群と比較した。一次評価項目は生存率,二次評価項目は生存期間と血液や組織を培養して検出される病原体の有無や量として設定した。
 次にgepotidacinの第1相試験で得られたpharmacokinetics(PK)とAGMsでのPKを対応させて,ヒトでの投与量に相当する量を超えないようにAGMsでの投与量を設定してから肺ペスト疾患モデルに投与してプラセボと比較した。発熱して1時間以内に16mg/kg×3/日を開始したコホート(study 1),発熱して3時間後に18mg/kg×2/日を開始したコホート(study 2),発熱して3時間後に14mg/kg×3/日もしくは12mg×3/日を開始したコホート(study 3)について,各条件とも10日間投与した結果,プラセボでは感染7日目までに死滅したところ,gepotidacin投与群では大部分が生存する結果となった(Fig. 2)。肺ペスト疾患モデルでは感染2日後に発熱するため,無治療の場合はそこから5日以内に死亡することを意味しており,発症後に死に至るまでの速度はかなり早いこともわかる。gepotidacin投与群では感染5〜7日後には解熱し,感染5日後までには血液培養も陰性化した。
 gepotidacinを投与するための静脈カテーテルが途中で詰まってしまった3匹については,16mg/kg×3/日×7日間と18mg×2/日×2.25日間の投与が行われた2匹は生存したが,12mg×3/日×2.67日間の投与となった個体は肺ペストで死亡した。最後に病理像を示し,死亡個体では中等度から重度の細菌感染性の間質性肺炎を来していて死因と考えられた(Fig,5)。gepotidacin投与群の個体も死亡個体はプラセボ群に近い間質性肺炎を来しており,生存個体についても観察期間の終了時に病理解剖で調べたところでは大部分が正常だったが,一部に肺の炎症の形跡らしい瘢痕像が認められた。

•NEJM

1)遺伝子治療
 今週号のoriginal articlesは4本とも呼吸器に関係する内容だった。1本目は喘息のコントローラーとして使用されるステロイドを含む吸入薬に,発作時に追加して吸入するレスキュー薬を検討した内容で,アルブテロール(サルブタモール)単剤に比べてアルブテロール+ブデソニドの合剤を使用した場合の有効性を評価した第3相治験である。呼吸器専門医にとっては「SMART療法」としてコントローラーだけでなくレスキュー薬にホルモテロール+ブデソニド合剤を処方することもよくあるので,驚きの結果ではないと思う。軽症であれば,ホルモテロール+ブデソニド合剤の頓用でもよいのではないかという研究も2018年にNEJMに報告されている(リンク)。2〜3本目は蛋白質ベースの新型コロナワクチンの第3相治験結果がそれぞれ良好な結果だったことが報告されている。1つ目はカナダの企業Medicago社が開発したタバコ草の近縁植物でコロナウイルス様粒子(CoVLP)を量産する仕組みを利用してAS03というインフルエンザウイルスワクチン等に利用されているアジュバント(GSK社)を組み合わせたワクチン(Covifenz)で,症状を伴う感染に対して69.5%,中等症から重症の感染に対して78.8%の有効性が報告されている。もう1本は中国が開発したワクチン(ZF2001)で,S蛋白質のRBDドメインの二量体とアジュバントとして一般的に利用されている水酸化アルミニウムと組み合わせたものである。症状を伴う感染に対して75.7%,重症から致死的な感染に対して87.6%の有効性と報告された。いずれのワクチンもまだ日本で使用される見通しはなさそうなので,ここでは4本目の米国ポートランドのProvidence Cancer Instituteから報告された論文を取り上げる。膵臓癌は依然,全身化学療法や免疫チェックポイント阻害薬も効きにくい癌種であり,新しい治療戦略が期待されていてEditorialにも取り上げられている。

膵臓癌に対するネオアンチゲン反応性T細胞受容体を用いた遺伝子治療(Neoantigen T-cell receptor gene therapy in pancreatic cancer
 膵臓癌は変異の集積が少ないためにネオアンチゲンに反応するリンパ球も少なく,免疫療法が効きにくいと考えられている。免疫療法を成功させるためには固形癌でもこのリンパ球こそが重要と考えられ,T細胞に膵臓癌での変異遺伝子が発現するネオアンチゲンを認識できるT細胞受容体を発現させて,養子免疫細胞療法(リンク)を行う治療戦略が考案されてきた。血液癌に対するCAR-T療法は,固形癌ではまだ確立していない。
 研究者らは過去の研究でKRAS G12D陽性の転移性大腸癌患者からKRAS G12Dに特異的に反応するHLA-C*08:02依存性のT細胞受容体を同定し,これを発現する腫瘍浸潤性リンパ球を単離して同じ患者に自家移植すると内臓転移を縮小させたことから(リンク),そのT細胞受容体そのものが治療に役立つと考えて,KRAS G12D陽性の転移性膵臓癌の症例で自己のT細胞に同じT細胞受容体を発現させて自家移植を行って治療効果を調べた症例報告である。
 71歳女性で,67歳時に膵頭部癌と診断され,2018年に抗癌薬治療(FOLFIRINOX)後,外科的に切除し,アジュバント化学療法(FOLFIRINOX)後,さらにアジュバント放射線化学療法(50.4Gy+capecitabine)が行われたが,2019年には腹部骨盤腔内の再発はなかったものの,両側肺転移が見つかったとのことである。2020年に腫瘍浸潤リンパ球をex vivoで増やして高用量IL-2と一緒に自家移植する臨床治験に参加したが,6カ月以内には肺転移巣が増大してしまった。しかし,KRAS G12DとHLA-C*08:02を持つことが判明したため,HLA-C*08:02依存性のT細胞受容体2種類をレトロウイルスによって末梢血T細胞に強制発現させて自家移植するという今回の治験承認が得られた。細胞移植の5日前に,前処置としてトシリズマブ600mg,シクロホスファミド30mg/kgが2日間投与され,細胞移植後には高用量IL2が8時間おきに5回投与された。
 強制発現するKRAS G12D 抗原2種類(9merと10mer)に反応するT細胞受容体にはマウスTCRαとTCRβが含まれるように設計し,9merを認識するTCRβ(Vβ5.2と呼ぶ)とマウスTCRβを共発現するT細胞は,KRAS G12Dの9mer抗原を認識するように強制T細胞受容体を強制発現させて自家移植した細胞としてモニターできるようにした。
 16.2×10^9個のT細胞が1回で自家移植され,そこにはCD8陽性T細胞が85%,CD4陽性T細胞は15%含まれており,全体の91.5%がKRAS-G12D反応性T細胞受容体を発現していた。移植した細胞の性能評価はin vitroでも実施しており,KRAS-G12Dの抗原曝露に反応してインターフェロンγが産生されることを確認した。副反応は概ねシクロホスファミドによる嘔気や骨髄抑制,高用量IL2投与に関連する低血圧,発熱,全身倦怠感などの一過性の症状のみだったとのことである。細胞移植後1カ月後には肺転移巣が62%に縮小,6カ月後には72%に縮小したことが確認された(Figure 1)。細胞移植後のエフェクターT細胞サイトカインを測定し,インターフェロンγ,TNF,GM-CSF,CCL4を測定し,細胞移植の翌日にピークを迎えることを確認し,その後インターフェロンγは11日間,高値で維持されたことも確認した。自家移植したT細胞をモニターしたところ,1カ月後にはT細胞全体の13%を占めていたが,3カ月後には3.3%,6カ月後には2.4%と徐々に減ったが維持されており,CD8陽性T細胞が大部分を占めており,3カ月経ったところで回収したT細胞をin vitroでKRAS G12Dペプチドで刺激したところ,インターフェロンγやTNF産生応答が維持されていることも確認された。
 Discussionにはこの治療方法は細胞の調整方法などを少し変えた形で別の膵臓癌患者にも行われたことが報告されているが,Grade 3のサイトカイン放出症候群とGrade 2の免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群を発症し,治療後1カ月に転移巣は縮小し,移植したT細胞もよく残存していたが,癌は進行し6カ月後に亡くなってしまったことも記載されており,この治療方法が一筋縄ではいかないことも読み取れる。CAR-T療法は膵臓癌でも治験が実施されているが今のところ効果は認められていないため,この報告のようなT細胞受容体を用いた遺伝子治療はHLA型に依存するため対象患者が限られるものの,今後の開発に期待したい。
今週の写真:気分転換に日曜日に自転車で嵐山に行ってきました。
(後藤慎平)

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