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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 203

公開日:2022.8.24


今週のジャーナル

Nature Vol 608, Issue 7922(2022年8月11日)日本語版 英語版

Science Vol.377, Issue 6608(2021年8月19日)英語版

NEJM  Vol. 387 Issue 7(2022年8月18日)日本語版 英語版








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がん治療に低温環境が有効?!(BAT活性でがんエネルギー収奪)/光合成on/off効率アップで収穫高もアップ/COVID-19にイベルメクチンは無効

 今週はNatureから低温環境が抗腫瘍効果をもたらす研究,温熱療法とは反するように思えるが,褐色脂肪組織の活性化とグルコース代謝が関係しているという。Scienceからはダイズを対象とした植物の光合成効率を高めて収穫量増加につなげる新たな試み,そしてNEJMからは賛否両論あったCOVID-19治療薬の大規模臨床試験の結果,どれも興味深い内容です。

•Nature

1)腫瘍学
低温曝露による褐色脂肪を介した腫瘍抑制(Brown-fat-mediated tumour suppression by cold-altered global metabolism
 本論文はストックホルムのカロリンスカ研究所からで,低温環境に曝露することで多種の固形腫瘍の増殖抑制がみられ,褐色脂肪組織(brown adipose tissue:BAT)が大きく関わっていることを明らかにしている。褐色脂肪組織は多房性で小型の脂肪滴を有する褐色脂肪細胞より主に構成されており,高い熱産生能を有する組織である。褐色脂肪細胞の有する多房性の脂肪滴の周囲には多数のミトコンドリアが存在し,ミトコンドリアに存在するタンパク質,シトクロムによって褐色を帯びている。皮下および内臓脂肪である単房性脂肪滴を有する白色細胞とは異なる。
 ヒトを含めた恒温動物が環境温度に敏感に反応し深部体温を厳格に制御しているのは,BATが大きく関わっている。寒冷曝露に応じて熱を産生して寒冷環境の体温維持に寄与するが,この熱産生・エネルギー消費活性は体温調節だけではなく,肥満や代謝性疾患の予防にも関連している。本研究は,BATが腫瘍のグルコース代謝に与える影響に着目している。グルコースの取り込みは,がんの解糖に不可欠であると共に,脂肪組織のnon-shivering thermogenesis(NST)にも関与している。ほとんどのがんは解糖を行うことで,そのエネルギーを無限増殖や浸潤,転移に使っている。そのため,低温によって誘導されるBATの活性化は脂肪組織へのグルコース取り込みを促進させ,がん細胞での解糖による代謝を阻害していた。この活性化されたBATは細胞内のミトコンドリア内膜に発現するuncoupling protein 1(UCP1)を介してNSTで熱産生する。
 C57BL/6マウスに大腸がんを皮下移植し,4℃の環境下では,30℃の環境下と比較して腫瘍が約80%も増殖抑制された(図1)。4℃の環境下ではG0/G1期の腫瘍細胞の亜集団が有意に増加し,S期およびG2/M期の細胞集団は減少していた。また,他のがん(線維肉腫,乳がん,メラノーマ,膵管腺がん)でも,寒冷曝露で腫瘍の成長速度は顕著に抑制された。4℃の環境下でのBATでは,チトクロームc酸化酵素サブユニット4(COX4)+ミトコンドリオン含有量やCD31+微小血管密度が顕著に増加しており,UCP1の発現も増加していた。機能的には,グルコース輸送体(特に,Glut1,Glut4,Glut7を含む)のレベルは,4℃の環境下の腫瘍では著しく低下し,BATではGlut4および解糖関連遺伝子は上昇した。さらに,解糖系のみならず腫瘍におけるホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3K),AKTおよびmTOR(mammalian target of rapamycin)の活性化も著しく阻害されていた(図4)。さらにBATを除去してマウスに低温曝露条件下で高グルコース食を与えると腫瘍増殖が回復し,BAT熱産生の主要メディエーターであるUcp1を遺伝的に欠失させると,低温で誘発される抗がん作用が失われた。またヒトでのパイロット研究では,16℃の寒冷曝露により,健康なヒトとHodgkin患者の両群で,明らかにBATは活性化された。そして腫瘍組織におけるグルコースの取り込みも緩和された。
 この研究成果により,BATの低温曝露および活性化を促進させるアプローチは,単独もしくは他の治療との併用療法として,様々ながんの効果的な治療へと発展する可能性がある。この論文は,西川先生のAASJでも紹介されている。

*BATは褐色脂肪細胞ではなくベージュ脂肪細胞により構成されているようで,その分子制御機構など(褐色脂肪細胞およびベージュ脂肪細胞の制御機構と臨床的意義 (jbsoc.or.jp):リンク)でわかりやすく解説している。

•Science

1)植物学
光保護からの回復促進によりダイズの光合成や作物収量が良化する(Soybean photosynthesis and crop yield are improved by accelerating recovery from photoprotection
 米国イリノイ大学からの報告で,植物の光合成効率を調整することでダイズの生産量を高めていく内容である。植物は過剰な日差しから身を守るために,余分な光エネルギーを非光化学消光(NPQ)と呼ばれる機構により発散させている。この過程は,光合成装置にダメージを与える活性酸素の生成を避けるために不可欠である。しかし,このNPQにおける光エネルギーの発散から光合成への切り替えが遅く,日陰になった後もエネルギー発散は続き,作物の光合成を低下させている。その結果,光合成に利用できるはずの光化学エネルギーが大幅に失われ(7.5~30%),ダイズ作物のキャノピー(作物環境)では,日陰の遷移に伴うこの遅いNPQ緩和が,1日の炭素同化量の11%以上を占めると計算されている。ちなみに,ダイズは4番目に重要な穀物作物であり,最も重要な植物性タンパク質の単一供給源である。
 2020年と2021年の夏,米国イリノイ州で,ダイズ(cv. マーベリック)のT4およびT5ホモ接合体子孫の独立したトランスジェニック系統において,光合成,成長,種子収量に対するVPZ構築物(NPQのいくつかあるメカニズムに関連した酵素)の影響を試験した。NPQのメカニズムに関連するAtVDE,AtPsbS,AtZEPのタンパク質とmRNAは,両年ともすべての遺伝子組換え系統で,植物発生の異なる段階で検出された。VPZ導入遺伝子の過剰発現により,種子収穫量が有意に増加した(図1)。8つの独立した遺伝子導入系統のうち,5つは種子収穫量が有意に増加し,収穫量が減少したものはなかった。この増加は,植物あたりのより高い種子数によるものであった。AtVDE,AtPsbS,およびAtZEP(すなわちVPZ遺伝子)の過剰発現は,日向から日陰への移行時にNPQの緩和が促進され(図2),変動する光の下で光合成効率が向上していた。この光合成効率の増加は,単位質量あたりの栄養素含有量を変化させてはいなかった。またVPZ株が生産するさやの数も調査されており,2021年の収穫時はWTより平均13%多くのさやを有していた。しかし,通常最も多い4粒の種子を持つさやの数は,WTと比較してVPZ株では少なく,0粒および2粒のさやの数は多かった。ダイズのさやの数は,開花から種子充填開始までの期間に決定され,作物キャノピーの光合成と正の相関を示す。この種子生産量の増加には,“光のゆらぎ”も重要な要素になるとのことである。しかし,種子充填の重要な段階の直前に激しい暴風雨があれば,キャノピー内の上葉が下葉の上に横たわり,多くが永久に日陰になってしまう,もしくは断続的な雲の時期が長く続けば本研究のバイオテクノロジーによるNPQ緩和の恩恵にも影響が生じてしまう。
 光合成効率の向上は,将来の世界的な食糧安全保障のために作物収量を持続的に増加させるために必要な戦略になり得る研究成果である。また本研究では,ダイズ作物に窒素肥料を加えなくてもタンパク質,窒素,油分の含有量を減らすことなく,より多くの種子を生産することができた。これは,将来の食糧安全保障を確保するために緊急に必要とされる,持続可能な収量増加の手段ではないかと強い主張で述べられていた。

*NPQの理解には、総合研究大学院大学のサイト(光合成系保護のしくみNPQ(基生研・環境光生物学) (nibb.ac.jp):リンク)が参考になります。

•NEJM

1)コロナウイルス
Covid-19に対するMetformin,Ivermectin,Fluvoxamineの無作為化比較試験(Randomized trial of metformin, ivermectin, and fluvoxamine for Covid-19
 血糖降下薬メトホルミン,抗寄生虫薬イベルメクチン,抗うつ薬フルボキサミン,これら3剤のCOVID-19治療効果を大規模な第3相ランダム化二重盲検プラセボ対照試験として評価したものである。メトホルミンは蛋白質翻訳をターゲットとした抗ウイルス作用や,血栓症やインフラマソームの活性化リスクを減少させる抗炎症作用があるとされてきた。イベルメクチンはin vitroで抗ウイルス活性を有するが,薬物濃度がヒトでの50〜100倍以上の条件であった事,また臨床試験でも有意な効果が示されていなかった。フルボキサミンはシグマ1受容体を介した抗炎症作用を有し,2つのランダム化臨床試験でも効果を有していたが有害事象が多く,低用量による再評価が求められていた。それゆえ,これらの3薬剤がCOVID-19の早期外来治療としての有効性を2×3の要因デザインを分析している。
 本試験は2021年5月から2022年1月までに登録されたCOVID-19,つまりデルタ株が大半を占めている時期であった。感染確定から3日以内,症状発現後7日以内の非入院成人を対象に,2×3の要因デザインを用いて,3種類の薬剤(メトホルミン,イベルメクチン,フルボキサミン)の重症化予防効果を検証している。対象は30歳から85歳,全員が過体重または肥満。主要複合エンドポイントは,低酸素血症(SpO2 93%以下の酸素飽和度),救急外来受診,入院,または死亡であった。すべての解析は,同時に無作為化されたプラセボ群を用い,SARS-CoV-2ワクチン接種と他の試験薬の投与で調整している。
 合計1431人が無作為化され,このうち1323人が一次解析に組み込まれた。年齢中央値は46歳で,56%が女性(うち6%は妊娠中),52%がワクチン接種あり。14項目の臨床症状の複合スコア(なし:0,軽度:1,中等度:2,重度:3に分類)を経時的変化でプラセボ群と比較しても有意差をみとめていない()。一次イベントの調整オッズ比は,メトホルミンで0.84(95%信頼区間[CI]:0.66-1.09,p=0.19),イベルメクチンで1.05(95%CI:0.76-1.45,p=0.78),フルボキサミンで0.94(95%CI:0.66-1.36,p=0.75),そして事前に特定した二次解析:救急外来受診,入院,または死亡の調整オッズ比は,メトホルミンで0.58(95%CI:0.35-0.94),イベルメクチンで1.39(95%CI:0.72―2.69),フルボキサミンで1.17(95%CI:0.57-2.40)。入院または死亡の調整オッズ比は,メトホルミンで0.47(95%CI:0.20-1.11),イベルメクチンで0.73(95%CI,0.19-2.77),フルボキサミンで1.11(95%CI:0.33-3.76)と,統計学的に有意な臨床効果はみられていなかった。
 本臨床試験において3薬剤いずれも,Covid-19に関連する低酸素血症の発生,救急外来受診,入院,死亡を予防することはできなかった。新たなSARS-CoV-2のウイルス変異やワクチンの種類などによっては,これら3薬剤の効果は不明であるが,現時点では本論文の結果を一般社会に広く公表するべきではないだろうか。

今週の写真:大都会に沈んでいく夕陽(お台場からの眺め)


(石井晴之)

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