•Nature
1)生物工学:Article
細胞を生きたままトランスクリプトーム解析できるLive-seq法(Live-seq enables temporal transcriptomic recording of single cells)
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scRNA-seqによる単細胞トランスクリプトーム解析は医学・生物学の研究では当たり前のものとなり,ある時点での細胞種の分類や挙動を絵画の様に切り取る情報としての確実性には疑う余地がない。しかし,現在汎用されている手法は“その時”の情報を得るために細胞を破壊するために,“その後”の情報を確実にトレースした単細胞データを得ることは不可能である。今までにその欠点を解消するために,複数の厳密な意味では異なる細胞を時間毎にデータ取得することにより,その間の計算を駆使(つまりはAI)してつなぎ合わせて推測する手法や,最近では細胞や分子の一部にタグをつけるアプローチなどがとられてきたが,単一の細胞の連続する異なる状態を同一の細胞上でトランスクリプトミクス解析する技術はなかった。
スイスからの報告である。このグループは本報告の基盤となる技術であるシングルセルマニュピレーター(
FluidFM®)を用いた解析を2016年に
Cell誌に報告している。これは端的に言うと,生きたままに細胞を壊すことなく単一細胞から細胞質,核などの一部を微量抽出し,その酵素活性や遺伝子発現などを解析することを可能とした技術である。今回はその“細胞質生検”とでも言うような技術に,微量RNA-seq法の最適化をはかり,一連の手法をLive-seqと名付け同一細胞でのトランスクリプトミクスのダイナミクスの観察を可能としたことを報告している。
前半ではLive-seqのトランスクリプトミクス解析が可能であることを,複数の細胞種〔マウス不死化褐色前脂肪細胞(IBA),マウス初代脂肪肝細胞,前駆細胞(ASPC),マクロファージ様細胞(RAW細胞)〕を用いて,従来のscRNA-seqとLive-seqで得られる結果がほぼ同様であることが示され(
Fig1,
Fig2),scRNA-seqと同様に細胞タイプや状態の層別化を可能にすることが実証された。また,細胞質成分の抽出をストレスとして遺伝子発現プロファイルが変化するのか検証されており,12個の遺伝子発現のみが有意な変化を示すも,全遺伝子レベルで見た場合には濃縮されたプロセスとして検出されるものがなく,主要な遺伝子発現変化を誘導しないとされている(
Fig3)。
後半では,この技術を用いて同一細胞におけるトランスクリプトミクスの変化を検証できることを実証している。RAW細胞に対してはLPS刺激前後の変化(数時間単位),ASPCに対しては分化(脂肪形成)における変化(数日単位)を観察している。
Fig4dに要約されており,単一細胞上のLive-seqにおける変化をscRNA-seqデータに投影させたところ,それぞれの細胞状態クラスターに正確にマッピングされ,細胞の軌跡(トラジェクトリー)をオミックスデータとして直接読み取ることが可能であった。
マクロファージ系の細胞がLPSに対して不均質な反応を呈することが知られており,その不均質性の機序を遺伝子レベルで体系的に解析されてはいない。そこで,本研究では,Live-seqの具体的な活用例として,Raw細胞におけるLPS刺激に対する反応性の不均一性(
Ext Fig9a)に寄与する因子の同定を掲載している。詳細は省くが,同一細胞の刺激前後のトランスクリプトミクスデータを解析することにより
Nfkbiaと
Gsnの2つがLPS刺激後のRaw細胞の表現型の変化に強く関わることを明らかにすると同時に,刺激前状態のRaw細胞の細胞周期によっても反応性が異なることを示している(
Fig5)。
このLive-seqは,今までのスナップショット的なscRNA-seqによるトランスクリプトミクス解析に,同一細胞での“その時”と“その後”である時間軸の変化という情報を付加することを可能とする重要な新規技術である。
•Science
1)感染症学:Research Article
武漢の華南市場はCOVID-19パンデミックの初期震源地である(The Huanan Seafood Wholesale Market in Wuhan was the early epicenter of the COVID-19 pandemic) |
パンデミックの起源を同定する事は今後の社会的対策を講じていく上で非常に重要な事柄である。今回のSARS-CoV-2パンデミックが2019年末に中国武漢にある華南海産物卸売市場を震源としたことは当初よりまことしやかに言われているが,現時点で科学的に断定ができていない。媒介動物からの直接的なウイルスの検出が認められれば問題ないのだが,新型肺炎がささやかれ始めたころには既に市場での媒介の可能性ある動物の検査は不可能であり公的には検証できない。
米国アリゾナ大学,UCSD,UCLA,スクリプス研究所などのグループは感染者の正確な位置情報が記録されたWHOミッションレポートとWeibo(中国最大のSNS)のCOVID-19支援サービスの位置情報から,様々な統計手法を用いてSARS-CoV-2流行当初の地理的中心がどこであったのかの検討を行っている。
Figure 1に視覚的に症例分布が示されており,2019年12月の症例分布は市場と関連のある症例は当然として,驚くべきことに関連の認められない症例でも華南市場を中心として広がっており,1月以降(華南市場の閉鎖以後)の症例分布は,症例発生の中心は高齢者が多数居住する市内中心部に移行していることがわかる。これを武漢の人口密度や人口動態を元に統計学で処理したデータが
Figure 2であり,2019年12月の症例発生地域が統計学的に有意に華南市場に近接していることが示されている。当然市内の他の施設でも多数の人間が集まる場所(他のマーケットや病院,高齢者施設,礼拝所など)が武漢には存在し,同時期に華南市場に比べて多くの人間がチェックイン情報をSNS上で残していることがわかっているが(
Figure 3),あくまでも症例発症箇所は華南市場と空間的に近接する結果であった。
次に環境におけるSARS-CoV-2検出結果を公表済みのデータ〔中国疾病予防管理センター,公共のオンライン地図,公営企業登録データ,市場の事業者名簿,さらには生きた哺乳類の違法販売に対する事業主への罰金報告書(!)など〕を基に,華南市場内の見取り図を再構築し空間相対リスク分析を行った。結果は
Figure 4であり,南西の一画に生きた哺乳類を販売する店舗密度の高いエリアがあり,その近辺からのウイルス検出が濃厚であった。実際の市場関連者の発症例は,その西側に集中している事も
Figure 5で示している。
これらの結果からは,COVID-19の初期症例は武漢の人口密度や人口動態パターンとは無関係に華南市場と地理的に関連していることが示された。またWHOミッションレポートによる2019年10月から12月の間における武漢の病院でのインフルエンザ様症状を呈した数千サンプルの検体からはSARS-CoV-2 RNAが検出されなかったことにも矛盾せず,この時期に短期間で媒介動物を通して華南市場に持ち込まれたという説を支持すると結論付けている。
また,本論文とback-to-backで同じグループから,SARS-CoV-2のゲノム情報(SNP,ハプロタイプ構造)を用いた遺伝解析によるウイルスのオリジンを検証する結果が
報告されており,2つの異なるハプロタイプ(AおよびB系統)が華南市場において1〜2カ月の間に媒介動物からヒトに感染し拡大したという解釈が,実際に観察される事象を説明し得ることを示している。
やはりという感想であろうが,新型コロナウイルスは武漢の華南市場に繰り返し持ち込まれた哺乳動物を起点として人類社会への拡大を生じたことは事実なのであろう。論文の考察では,原始のオリジンは野生のコウモリなどなのかもしれないが,そこからの中間宿主であろう養殖されている媒介動物からの拡大を想定している。今後のパンデミック予防に役立てるのであれば,華南市場より上流のサプライチェーンについても明らかにするべきだがその追及は途絶えている。コロナ関連の重要な報告は中国からも多数なされているが,本論文で使用した以外の公表していない情報を最も沢山持っているだろう当該国からはこういった報告はされず,この報告を米国の研究者が公表されているデータのみを駆使して行っており,なんとも,論文を読んでいて感じいるところがあった。
•NEJM
1)感染症:Original Article
2022年4月から6月にかけての16カ国におけるヒトのサル痘ウイルス感染(Monkeypox Virus Infection in Humans across 16 Countries — April–June 2022) |
サル痘は1970年代よりアフリカ大陸で症例発生が報告される天然痘によく似た症候を来すウイルス性感染症である。HIVやSARS-CoV-2と同様に動物由来感染症であり,たまたまサルにも感染することがあるだけで,もともとの宿主はげっ歯類ではないか考えられている。基本的には飛沫感染,もしくは接触感染による伝播とされる。アフリカ大陸外では当地への旅行者に散発的に認めるだけであり,流行という状況に至ることはなかったが,2022年春以降でアフリカ外での報告が相次ぎWHOからは7月に「
国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」が宣言されている。
本論文は2022年4月から6月までの発症例の特徴を記述的にまとめた報告である。5大陸,16カ国から528名のPCRで確認されたサル痘症例が登録・解析された。年齢の中央値は38歳,98%がゲイまたはバイセクシュアルの男性であり,75%が白人で,41%がHIV感染者であった。確定はできないものの95%で性行為を介した伝播が疑われた。感染者の95%(会陰部:73%,体幹・四肢:55%,顔面:25%)が皮疹を訴えた。皮疹に先行する全身症状でとしては,発熱:62%,嗜眠:41%,筋肉痛:31%,頭痛:27%であった。曝露のタイミングが明らかであった23例では,潜伏期間の中央値は7日(3~20日)であった。精液の解析が行われた32例中29例でサル痘ウイルスDNAが検出された。全体で5%が抗ウイルス治療を受け,70例(13%)が入院した。入院理由は,疼痛管理(21例,大部分が重度の肛門直腸痛),軟部組織の重複感染(18例),経口摂取が制限される咽頭炎(5例),眼病変(2例),急性腎障害(2例),心筋炎(2例),感染制御目的(13例)であった。死亡例はなかった。
今週の写真:岩手県陸前高田市・奇跡の一本松
今年も帰省の折に。 |
(坂上拓郎)