" /> がん関連線維芽細胞の由来と制御/Long COVIDのマウスモデルから得られる病態の理解/肺機能正常の有症状の喫煙歴経験者に気管支拡張薬は無効 |
呼吸臨床
VIEW
---
  PRINT
OUT

「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 208

公開日:2022.10.6


今週のジャーナル

Nature [Epub ahead of print](2022年9月28日)英語版

Sci Transl Med Vol.14, Issue 664(2021年9月28日)英語版

NEJM  Vol. 387 Issue 13(2022年9月29日)日本語版 英語版








Archive

がん関連線維芽細胞の由来と制御/Long COVIDのマウスモデルから得られる病態の理解/肺機能正常の有症状の喫煙歴経験者に気管支拡張薬は無効

 2022年Nobel医学生理学賞がドイツのSvante Pääbo博士に贈られた。Neanderthal人の全ゲノムというロマンある考古遺伝学である。それに引き続く課題として現生人類遺伝子との差が研究されている。TJH#205のScience誌から紹介されたTKTL1論文(最後から2人目の著者がPääbo博士)などユニークな展開がなされている。


•Nature

1)腫瘍学
LRRC15陽性の筋線維芽細胞は,間質による抗腫瘍免疫の抑制レベルを規定する(LRRC15+ myofibroblasts dictate the stromal setpoint to suppress tumour immunity
 シングルセルRNAシークエンス(scRNAseq)のデータ集積により特に膵臓癌や乳癌において腫瘍間質に集積するがん関連線維芽細胞(Cancer associated fibroblast:CAF)の多様性が明らかになり,特に近年の報告から(このグループが2020年にCancer Discoveryにpublishしている:リンク),LRRC15陽性の筋線維芽細胞myofibroblastが,TGFβ依存的に発がんに伴い出現し,CD8陽性T細胞の活性化を阻害し,抗PD-L1抗体の抵抗性に関連しているが明らかになっている(LRRC15については膜蛋白で,COVIDのスパイク蛋白との結合についても報告がある(リンク)。今回の論文も同じGenentechのDr Turleyのグループからの報告であるが,このLRRC15陽性CAFは,もともと正常組織に存在するdermatopontin陽性の線維芽細胞(dermatopontinは線維芽細胞のuniversal marker)にTGFβR2(受容体2)シグナルが入ることによって発生することを明らかにしている。
 まず線維芽細胞のuniversal marker陽性細胞特異的にTGFβR2を欠損させたコンディショナルノックアウトマウス(cKO)を作成し,膵臓癌細胞株を移植し,腫瘍内のCAFをscRNAseqで評価したところ,野生型と比較してTGFβR2cKOでは選択的に欠損するCAFのsubsetが明らかになり,それはLRRC15陽性のサブセットであった(Figure 1e,f)。次にヒト検体159例分のCD45陰性CD44陽性CD90陽性のストローマ細胞を回収して,bulkのRNAシークエンスを実施したところ,LRRC15陽性CAFとCD34陽性PI16陽性のuniversal fibroblastの2種類に大きく分類できることがわかった。以上から腫瘍環境中でTGFβシグナルの強さによってCAFの内容が大きく2分する可能性が示唆された。
 次にLRRC15陽性CAFが腫瘍内でどのような機能を発揮しているのか評価するため,LRRC15にdiphtheria toxin receptor (DTR) -GFPを挿入したknock-inマウスを作成し,ジフテリア毒素DTを投与することで,選択的にLRRC15陽性CAFを除去する系を立ち上げた。DTによってLRRC15陽性CAFを除去することで腫瘍は有意に縮小した(Figure 2)。さらにDTを2週間投与して中止した場合に腫瘍内のCAFにどのような変化が起こるのかを確認したところscRNAseqでトレースしたところ,一旦消失したLRRC15陽性CAFがDT中断の1週間後から再度増加に転じることがわかった(Figure 3c)。実際にLRRC15陽性CAFのscRNAseqからpathway解析を行うと,LRRC15陽性CAFでは確かにTFGβのシグナルが亢進し,一方universal fibroblastではNFkBやJAK-STATが亢進していた(Figure 3f)。
 最後にLRRC15陽性CAFがCD8陽性T細胞に与える影響を示している。Figure 2ではLRRC15陽性CAFの除去により腫瘍縮小を認めたが,この効果はCD8を除去すると消失し(Figure 4b),LRRC15陽性CAFが存在する状況ではCD8陽性T細胞の細胞傷害活性や活性化マーカーが低下することをわかった。さらに抗PD-L1抗体の効果はLRRC15陽性CAFを除去した状況で効果が改善することを明らかにした(Figure 4m)。
 本論文はscRNAseqおよび遺伝子組み換えマウスを有効に活用し,LRRC15陽性CAFが発生するメカニズムを明らかにしただけでなく,細分化されたCAFのサブセットの中でもLRRC15陽性CAFが治療標的としては有効であることを実証した論文である。しかしながら単純にTGFβシグナルのみでCAFのプロファイルがすべて説明できるとは考えにくく,他の免疫抑制性のサブセットの存在や免疫抑制機序の解明が今後も必須と考えられる。一方で,LRRC15は膜蛋白であり,CAR-T細胞の治療標的としても今後の可能性が期待される。


 COVID関連のマウスモデルに関してCellの続編がScience Translational Medicineに報告されていたので紹介する。

•Sci Transl Med

1)感染症学
SARS-CoV-2感染の慢性経過をトレースできるマウスモデルでは,慢性的な気道上皮細胞・免疫細胞の機能障害および肺の線維化を認める(SARS-CoV-2 infection produces chronic pulmonary epithelial and immune cell dysfunction with fibrosis in mice
 COVID-19の症状の後遺症として用いられる post-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection(PASC)(リンク)については,検体採取のハードルから組織学的に詳細な病態を理解することが難しい。ノースカロライナ大学のグループはマウスに馴化したSARS-CoV-2株としてMA10を2020年に報告しており(リンク),今回はその続編として,PASCモデルとしてこのマウスの肺組織についてより詳細な解析を実施している。ハムスターを用いたCOVIDの感染モデルに関してはTJハック#207でもご紹介しているのでご参照いただきたい。
 マウス馴化型のMA10は,2型肺胞上皮およびClub細胞に感染することが報告されている。興味深いのはマウスの年齢によって感染したウイルスのクリアランスとその後の慢性炎症の持続時間が異なるモデルでもあり,1年の高齢マウスでは感染後15日以内,10週齢のマウスでは感染後7日以内に感染性を有するウイルスは排除される。ウイルス除去に掛かる時間の違いが,慢性炎症の遷延をもたらし,高齢マウスでは肺組織や血清中のIL-33,CXCL5,MCSF,IL-19などのサイトカインが持続高値を示す(リンク;サイトカインのデータなどはsupplemental figureに掲載)。
 このモデルを用いて,肺病変の時間経過・部位ごとの遺伝子発現変化を肺のFFPEサンプルを用いてnanoStringで評価している(肺の病変部位ごとで標的遺伝子のターゲットシークエンスをしている)。Figure 3では時間経過に基づく,細気管支領域と肺胞領域の遺伝子発現変化を示している。病理所見を伴う肺胞領域では,感染後15日でも30日でも,cellular senescence,低酸素,補体活性,damage responses,transforming growth factor–β(TGF-β)シグナル,コラーゲン沈着,extracellular matrix organization pathwaysなどが持続して上昇していることがわかる。さらに,Figure 4Figure 5では肺胞障害で誘導されることがすでに報告されている2型から1型上皮へのtransitional alveolar epithelial cell typesの特徴を示すsignature遺伝子の上昇,さらにヒトのCOVID感染後の剖検検体で発現上昇が確認されているADI/DATP/PATS signature genes〔それぞれの病態が,重要な論文として報告されている。Krt8+ alveolar differentiation intermediate(ADI);リンク,damage-associated transient progenitor(DATP);リンク,pre-AT1 transitional state cell(PATS);リンクまたこれらのヒトの病理組織像に関してはTJハック151でも取り上げており,是非参照されたい〕の上昇が確認され,このモデルがヒトの病態をうまく反映していることも重要なポイントである。以上のような,慢性炎症の持続を背景として,終末像となる肺線維化を伴う個体が出現することから,抗ウイルス薬としてmolnupiravir,抗線維化薬としてnintedanibの治療効果を確認している。病変の減少という点では,有意差を持って有効性は示されているものの,器質的変化はかなり残存しているように見える(リンク)。
 ウイルス感染が消失しても長期の炎症像と線維化に至る過程がモニターできる有用なマウスモデルであり,ブレオマイシンモデルとは異なる観点から肺線維化に至るまでの病態を理解するために貴重な知見であると考える。

•NEJM

1)呼吸器病学
肺機能が維持されている症状を有する喫煙歴のある患者に対する気管支拡張薬の効果(Bronchodilators in tobacco-exposed persons with symptoms and preserved lung function
 喫煙歴のある人の多くは,スパイロメトリーで閉塞性障害が認められなくても,明らかな臨床的症状を有することがある。そのような場合には,COPDとして治療されることが多いが,そのエビデンスは十分ではない。米国NHLBI主導で実施されたthe Redefining Therapy in Early COPD(RETHINC)trialという名前の臨床試験で概要は動画で示されている。
 対象は,40~80歳,10pack-year以上の現在もしくは過去の喫煙歴があり,CATスコアが10以上の呼吸器症状があり,スパイロメトリーが正常(1秒量/努力肺活量が0.70以上かつ気管支拡張薬投与後のFVCが予測値の70%以上)。喘息の既往や他の呼吸器疾患がある症例は除外されている。治療としてインダカテロール+グリコピロニウム臭化物(ウルティブロ:米国で承認されている用量)を1日2回12週間投与する群(227例)と,プラセボ投与群(244例)に無作為割り付けされた。評価は,St. George’s Respiratory Questionnaire(SGRQ),CAT,Baseline/Transition Dyspnea Index(BDI/TDI),スパイロメトリーで実施された。プライマリーアウトカムは,12週後にSGRQスコアが4ポイント以上減少し,治療の失敗がないこと(長時間作用型吸入気管支拡張薬・グルココルチコイド・抗菌薬のいずれかの投与が必要となる下気道症状の出現がないこと)とされた。治療群227例中128例(56.4%)とプラセボ群244例中144例(59.0%)でSGRQスコアが4ポイント以上減少(95%CI:0.60~1.37,p値0.65),%FEV1の変化量の平均は,治療群で2.48パーセントポイント(95%CI:1.49~3.47),プラセボ群で-0.09パーセントポイント(95%CI:−1.06~0.89)であった。重篤な有害事象は治療群で4例,プラセボ群で11例認めたが,治療薬またはプラセボに関連する可能性は否定された(リンク)。
 以上から,スパイロメトリーで肺機能が保持されている有症状の喫煙経験者には,LABA/LAMA併用療法は呼吸器症状を減少させなかった。不要な処方を減少させられるという意味においても実臨床では重要なエビデンスと考えられる。

今週の写真:浅草寺とスカイツリー(早朝のホテル一室から)

(小山正平)

※500文字以内で書いてください