今週もCOVID-19関連の論文が主体となった。現時点では第8波は生じていないが,観光産業の回復に向けた人流の増加と共に緩徐に全国感染者数も増加してきている。重症COVID-19の重症化にサイトカインストーム以外に自己抗体産生という自己反応性の関与していることが詳細に報告されている。そして呼吸器学ではないが,てんかんの新たな遺伝子治療において明確かつ持続性の高い効果を示した結果は興味深いため論文を紹介していく。
•Nature
1)COVID-19(免疫学)
重症COVID-19におけるナイーブB細胞の調節異常とde novo自己反応性(Dysregulated naive B cells and de novo autoreactivity in severe COVID-19) |
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)による重症感染症は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック(世界的大流行)の当初から,サイトカインストームと呼ばれる炎症性の強い免疫活性化が大きな原因と考えられてきた。しかし,最近では,病的な自己反応性抗体の出現(
リンク)が関与していることが注目されていると言われており,本研究ではその抗体の起源やメカニズムを明らかにしようとしたものである。
米国アトランタにあるエモリー大学のリウマチ学教室による研究で,このグループは以前から新たな自己反応性抗体の形成に関連する濾胞外B細胞活性化が,COVID-19重症化の主因であることを報告している。
重症COVID-19でICU治療を要した患者では,IgG RBD特異的抗体を分泌する血中の抗体分泌細胞(antibody-secreting cell:ASC)が多く,初期の抗ウイルス反応を示唆していた。ここで興味深いのは,このICU患者で拡大したIgG1+ ASCにおいて,外来患者や健常者と比較して変異頻度が減少していたことである。その突然変異の減少がIgG1区画に大きく集中していることで,全IgG1 ASCの10〜70%がVH生殖細胞配列を発現し,クラススイッチASC区画の残りの部分と比較して,全体の突然変異頻度が著しく減少していたわけである(
Fig. 1)。このような変化は自己免疫性疾患であるSLEでも,しばしばナイーブ由来のextrafollicular B細胞応答の結果として選択圧の減少が起きているようである。
この低変異IgG1 ASCコンパートメントの起源と存続を解析するため,3人のICU重症患者における同時期のCD27+メモリーB細胞を選別し分析している。クラススイッチされたCD27+細胞は,よりポリクローナルで,高レベルのSHM12を有しており,ASCとは対照的に,IgG1発現メモリークローノタイプは選択圧が高く,変異していないB細胞受容体を発現するIgG1クローノタイプの頻度は減少していた。結果的にはIgG1 ASCとメモリーB細胞レパートリーの間の分離は別々の選択圧を示しており,選択圧が減少したメモリー非依存的で新しく生成したASC区画が急性重症感染に強く関連しているようである。
次に,COVID-19のICU重症例27人,外来症例18人,SLE20人,健常者14人において30以上の臨床関連自己抗原を分析している。ICU患者では,リウマトイド因子(RF,2/27),リン脂質(3/27),核抗原(11/27),糸球体基底膜(GBM,2/27)などが検出され,少なくとも1つの陽性反応は大半の重症例で認めていた。なかには最大7つの独立した自己抗原に陽性反応を示す患者もみられ,外来症例や健常者より明らかに目立つ結果で悪化であった。これらのうち,健常者よりも有意に出現していたのは抗核抗体(ANA)と抗カルバミル化蛋白質反応(Carp)である。ICU重症例では,40%以上が1:160以上のANA,抗CarP抗体も40%以上の患者に認められていた。そしてANAは疾患重症度とも相関しており,CRPレベルにも関連していた。また重症例では10日から15日の間にANAが顕著にみられていた(
Fig. 2)。
さらに,急性疾患の治癒における低変異ASC区画の変化も解析するためにICU重症例を症状発現後6~10カ月の追跡調査も行っている。3名の重症例では急性期から全体のIgG1 ASC区画の縮小を示し,2人は50%以上も減少していた。IgG1 ASCの突然変異頻度は回復期には健常者の定常レベルまで増加し,これらの突然変異の性質は,同時期の他のクラススイッチASCコンパートメントと同様のレベルで選択圧が正常化していた。3人の患者すべてにおいてASC区画のIGHV4-34クロノタイプの打ち切りが更新され,回復時点における血漿中のIGHV4-34+ IgG抗体の減少もみられていた。しかし,3人の患者のうち2人は,いくつかの標的抗原(抗GBM抗体の高力価を含む)に対する抗体は消失していたが,そのうちの1人は,疾患発症から7カ月後にカルジオリピンに対する反応性が増加していた。また別の1人は,症状発現から10カ月後にRFとCarPの両抗原に対する反応性が感染急性期よりも上昇していた。つまり,患者の一部では,臨床的自己反応性が感染急性期よりも増加して持続する症例もみられる。そのため,発症から100日以上経過したCOVID-19急性後遺症(PASC)患者20名で検証すると,7名(35%)がANA反応を示した。そして抗CarP反応は,回復期においても(ICU患者の35%,PASC患者の25%)減少傾向ではあるが高値が持続していた(
Fig. 4)。
COVID-19重症例ではASCにおける低選択圧の特徴を反映する,ナイーブB細胞由来の低変異IgG1集団が拡大していること,また急性期後の後遺症などにも血清学的な自己反応性の持続が関与していること等,ステロイド薬がサイトカインストーム以外にも有効に作用していたことが理解できる研究成果ではないだろうか。
•Science
脳回路障害に対するオンデマンド細胞自律型遺伝子治療(On-demand cell-autonomous gene therapy for brain circuit disorders) |
英国UCLからの論文で,てんかんに対する新たな遺伝子治療の内容である。てんかんに対する薬物療法は発作頻度や重症度を減らすことが主体で,多くの場合は限定的な効果に留まる。分子標的に対する使用量依存性薬物を用いても,てんかん患者の30%は抵抗性を示す。近年,領域特異的かつ細胞種特異的に神経細胞の興奮性を調節することができる遺伝子治療が有望視されているが,回路発作の引き金となる神経細胞とその周囲の健常な神経細胞や交錯した神経細胞を識別できない問題がある。
神経興奮はFos(
c-Fos:Wiki)など転写因子を急性に誘導し,それらをimmediate early gene(IEG;最初期遺伝子)と呼んでいる。IEGに代表される活動依存性プロモーターは,神経細胞活動の亢進に速やかに反応し,発作時の過活動細胞の同定に用いられている。本研究では,この活動依存的なプロモーターIEGsを用いて,閉鎖回路で神経細胞の興奮性を低下させる治療用トランスジーンを駆動するマウスモデルを作製した。てんかん様の過活動は,他のニューロンには影響を与えずに,その発火の可能性を減少させ,いったん発作が治まれば,過剰な活動が再び起こらない限り,そして起こるまで,遺伝子治療は自動的にスイッチを切るようになっている(
Fig. 1:Activity-dependent gene therapy paradigm)。
これは,閉鎖回路で過剰に活動するニューロンの興奮性をダウンレギュレートする遺伝子治療戦略であり,IEGsプロモーターを用いて,過活動ニューロンが異常な活動を示す間だけ,Kv1.1カリウムチャネルの発現を特異的に駆動させている。それによって発作に関連した活動により神経細胞の興奮性が低下し,正常な行動を妨げることなく持続的な抗てんかん効果が得られたことは驚きであり,脳回路障害に対するオンデマンドの細胞自律的な治療法として期待できる。ネットワークダイナミクスを正常化する細胞自律制御ツールは,てんかん以外の臨床応用の可能性がある。ちなみに,統合失調症の初期(海馬前部の過活動が示唆),パーキンソン病(視床下核),片頭痛や群発頭痛(視床下部後部),強迫性障害(前帯状皮質)など,他のいくつかの神経精神疾患は,回路の過活動を特徴とする。また,アルツハイマー病モデルマウスでは,初期の多動が記録されており,arcの高発現と関連しており,arcやESAREは適切な治療活動依存性プロモーターである可能性がある等,本研究は神経疾患の他分野に応用されるような画期的な成果と思われる。
脳の中央部にある軸索の断面を示しているようで,皮質および皮質下構造における単一軸索に至る線維の構造を示すヒト脳切片の詳細が明らかになった(
リンク)。主要な半球間結合には様々な太さの軸索があり,軸索の接続が細かく調整されている。脳は,その構成要素である細胞以上のもので脳の各ニューロンは,他の何千ものニューロンとつながっているが,そのつながりは不協和音ではなく,同期したシンフォニーを奏でているような関係性である。身体の無数の機能,行動,思考を調整するためには,多数のニューロンが孤立した存在としてではなく,協調的に作用することが必要である。それにより,隣接する神経細胞とのコミュニケーションや,脳の離れた領域との信号の送受信など,神経細胞間の結合によってもたらされているわけである。
•NEJM
1)COVID-19(ワクチン)
生後6カ月~5歳児におけるmRNA-1273ワクチンの評価(Evaluation of mRNA-1273 vaccine in children 6 months to 5 years of age) |
米国モデルナ社のmRNA-1273ワクチン,すでに4回接種されている成人も多い。しかし幼少時における安全性は不明のために,小児におけるワクチン接種の普及はわが国においても重要な検討課題になっている。本論文は6カ月~5歳児,つまり学童前の小児における安全性を明らかにしたものである。
2部構成された第2・3相試験で,はじめに用量選択を目的として非盲検試験を行い,次に選択された用量のプラセボ対照,観察者盲検での評価を行った。幼児(生後6カ月~5歳)に対して,mRNA-1273ワクチン25μgを28日間隔で2回注射する群とプラセボを注射する群に3:1の割合で無作為に割り付けた試験で,主要評価はワクチンの安全性と反応原性を評価すること,そして幼児の免疫応答が若年成人(18~25歳)の免疫応答と比較して非劣性の検証とした。副次評価はmRNA-1273ワクチンまたはプラセボを注射後のCOVID-19の発生率と,重症COVID-19の発生率である。
非盲検試験で選択された用量は25μgの用量であった。そして2~5歳の3,040例と生後6~23カ月の1,762例がmRNA-1273ワクチン群,2~5歳の1,008例と生後6~23カ月の593例がプラセボ群となり,2回目の注射後の追跡期間(中央値)は,2~5歳のコホートで71日,生後6~23カ月のコホートで68日であった。有害事象は主に軽症で一過性であり,新たな安全性の懸念は認められなかった。57日時点での中和抗体価(平均値)は,2~5歳で1,410(95%信頼区間[CI]:1,272~1,563),生後6~23カ月で1,781(95%CI:1,616~1,962)であったのに対し,mRNA-1273ワクチン100μgの注射を受けた若年成人では1,391(95%CI:1,263~1,531)であったことから,免疫応答の非劣性が証明された。COVID-19に対するワクチン有効率は,B.1.1.529(オミクロン株)が主に流行していた時期において,2~5歳で36.8%(95%CI:12.5~54.0),生後6~23カ月で50.6%(95%CI:21.4~68.6)であった(
リンク)。幼少時においても安全性と有効性が明らかとなり,今後の小児ワクチン接種率の向上に寄与する情報と思われる。しかし,わが国においては日本人別のデータが待たれる可能性も高いか。
今週の写真:弘前市のりんご園 すり下ろしても変色しない“千雪”という林檎を収穫。 |
(石井晴之)