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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 215

公開日:2022.11.30


今週のジャーナル

Nature Vol. 611 Issue 7936(2022年11月17日)日本語版 英語版

Science Vol. 378 Issue 6622(2021年11月25日)英語版

NEJM  Vol. 387 Issue 21(2022年11月24日)日本語版 英語版








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腸内細菌叢による食物繊維と胆汁酸と2型炎症の連関/既知の20種類全てに対応したインフルエンザ万能mRNAワクチン/米国学校で証明されたCOVID-19に対するマスク着用の効果

•Nature

1)免疫学
イヌリン繊維は細菌叢由来の胆汁酸と2型炎症を助長する(Inulin fibre promotes microbiota-derived bile acids and type 2 inflammation
 食物繊維とは,人の消化酵素によって消化されにくい,食物に含まれている難消化性成分の総称である。従来は,ヒトの消化管は自力ではデンプンやグリコーゲン以外の多くの多糖類を消化できないために役に立たないものとされてきたが,腸内細菌が嫌気発酵することによって,短鎖脂肪酸やメタン,二酸化炭素,水素などのヒトが吸収できる分解物に転換され生体にとって有益なものと現在では認識されている。腸内細菌由来代謝物では特に短鎖脂肪酸についてはよく研究されており,その抗炎症効果などが報告されているが,その他の代謝物や免疫調節の役割については不明の点が多い。また,食物繊維といってもすべてが同じではなく,個々の影響についてはほとんど明らかにされていない。発酵性食物繊維としてはイヌリン,ぺクチン,βグルカン,フルクトオリゴ糖類などが,非発酵性食物繊維としてはセルロースやリグニンが分類される(食物繊維:Wiki)。
 イヌリンは,ゴボウやキクイモなどキク科植物の根や地下茎に含まれる貯蔵炭水化物(多糖類の一群)で水溶性食物繊維である。イヌリンクリアランス検査で馴染みのあるように,イヌリンは糸球体において完全に濾過され,腎尿細管によって分泌されることも再吸収されることもないため,腎臓の糸球体濾過量の測定を行う指標物質として使用されている(イヌリン:Wiki)。
 米国ニューヨークのコーネル大学からの本研究では,イヌリン繊維の食餌によるマウスの腸内細菌叢および代謝物,特に胆汁酸のレベルと免疫機能について詳細に解析している。通常のSPF下飼育のC57BL/6マウスにコントロール食あるいはイヌリン中心の高繊維食を2週間投与した結果,ヒトの研究における報告と同様に糞便中ではBacteroidetesが増加し,Firmicutesの減少が観察された(Fig. 1a)。血清のメタボローム解析の結果では,様々な類似した構造物のまとまった変化がみられ,フェノール系産物が減少し,インドール系代謝物が増加していた。なかでもイヌリン高繊維食によって血清中で特に大きな変化が観察されたのは「胆汁酸」に分類される代謝物で,その中でもコール酸(cholic acid:CA)などの一次胆汁酸が有意に増加していた(Fig. 1d)。
 次にイヌリン高繊維食の免疫系への効果を調べたところ,大腸および肺で好酸球の増加がみられた。非発酵性食物繊維であるセルロースを主体とした食餌では誘導されなかったが,イヌリンと同じく発酵性食物繊維であるサイリウム(psyllium)を主体とした食餌では同様に好酸球増多が誘導されたことから,発酵性食物繊維によってみられる免疫学的変化と考えられた。このイヌリン高繊維食による好酸球誘導は,Rag2-/-マウス(B細胞とT細胞が欠如)では観察されたが,Rag2-/-Il2rg-/-マウス〔B細胞,T細胞,自然リンパ球(ILC)が欠如〕ではみられないことから自然リンパ球の重要性が示唆された。また,RNA-seq遺伝子発現解析により,イヌリン高繊維食によってILC2細胞によるIL-5遺伝子の発現が誘導されることが明らかとなった。さらにこのILC2の活性化にはIL-33が重要であることが知られているが,実際にイヌリン高繊維食により大腸では間葉支持細胞(PDGFRα+Sca-1+)によるIL-33産生が,肺では上皮細胞によるIL-33産生が確認され,IL-33やIL-33Rのノックアウトマウスでは上記の反応がみられないことから,高イヌリン繊維食によるILC2活性化と好酸球誘導(2型炎症反応)にIL-33-IL-33R経路が重要であることが確認された(Fig. 2)。
 無菌(germ-free)マウスで同様の実験をしても好酸球誘導がみられないことから腸内細菌が必要であることが確認された。先のメタボローム解析の結果を踏まえて,次にインドール系の代表であるindolepropionic acid(IPA),短鎖脂肪酸および胆汁酸の代表であるコール酸について個別にマウスに投与して解析したところ,コール酸によってのみIL-5産生ILC2が増加し好酸球が誘導された。以上からイヌリン高繊維食による好酸球誘導は腸内細菌による胆汁酸の上昇が引き起こしていると考えられた。なおヒトの末梢血単核球(PBMC)に対してコール酸で刺激してもIL-5産生ILC2が増加することが確認されヒトの細胞も反応することが確認された。
 胆汁酸の機能の1つは核内受容体であるファルネソイドX受容体(farnesoid X receptor:FXR)を介することが知られている。イヌリン高繊維食後の大腸について,組織上でバイアス無しに包括的遺伝子発現解析すなわちscRNA-seq解析が可能な「空間トランスクリプトーム解析」を行ったところ,大腸では上皮細胞や筋層でのFXR遺伝子の発現上昇が確認された(Fig. 3i)。さらに野生型マウスとFXR遺伝子(Nr1h4)ノックアウトマウスの両者同士での骨髄移植キメラマウスを作成して実験することで,イヌリン高繊維食による2型炎症誘導には,上皮細胞や間葉細胞といった非造血系細胞におけるFXR発現が必要であることが明らかとなった(Fig. 3j)。無菌マウスに健常なヒトの腸内細菌を移植する系においても上記の2型炎症誘導が再現できたことからマウスとヒトの両者の腸内細菌叢において共通の機構と考えられた。
 一般に一次胆汁酸はタウリンやグリシンによって抱合されて腸管に分泌されているが,腸内細菌の酵素であるbile salt hydrolases(BSH)によって非抱合型になることにより一部は吸収されて全身に循環する。この細菌叢の酵素の役割を検証するために,無菌マウスにヒトでもマウスでも腸内細菌として存在しているBacteroides ovatusのみを生着させたマウスとBSH遺伝子の欠損したBacteroides ovatusを生着させたマウスにおいてイヌリン高繊維食の影響について比較検討した。まず無菌マウスでは2型炎症が誘導されないことは先に示したが,正常なBacteroides ovatusのみを移植生着させただけで2型炎症は誘導されることが確認された。さらにBSH遺伝子の欠損したBacteroides ovatusを生着させた無菌マウスでは2型炎症が誘導されないことから,腸内細菌のBSHによる酵素反応がイヌリン高繊維食による2型炎症誘導に必要であることが示された。最後にパパイン投与およびダニ(house dust mite)投与による肺のアレルギー反応実験系において,イヌリン高繊維食によって肺での2型炎症誘導が増悪することが示された。さらに,腸管への腸管寄生線虫(Nippostrongylus brasiliensis)感染のモデルでは,イヌリン高繊維食によって腸管での2型炎症誘導が増強してより線虫を排除することができたが,好酸球を欠損させた系ではイヌリン高繊維食によるこの効果がみられないことが証明された(Fig. 4)。
 以上からイヌリン高繊維食によって腸内細菌叢によるコール酸や2型炎症を引き起こすことが明らかとなり,アレルギー性炎症の病態生理,組織保護,宿主防御に重要であることが示された。

•Science

(DOI: 10.1126/science.abm0271
1)ワクチン開発
既知のすべてのインフルエンザウイルスのサブタイプに対応した多価ヌクレオシド修飾mRNAワクチン(A multivalent nucleoside-modified mRNA vaccine against all known influenza virus subtypes
 インフルエンザワクチンは世界中で感染や重症化を予防するために利用されている。日本で現在使用されている注射型不活化インフルエンザワクチンは,4種類のウイルス株に対応した4価ワクチンであるが,選ばれるウイルス株の候補は世界各地の情報や国内の流行状況をもとに国立感染症研究所で開催される「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」に基づいて,次年に流行する可能性が最も高いインフルエンザウイルス株を厚生労働省が最終決定し,多くはニワトリ卵を用いてウイルスを増殖精製した後に作製する不活化ワクチンとして製造されている。
 インフルエンザウイルスはA型およびB型あわせて20種類存在し,季節性インフルエンザのみならず将来のパンデミックに備えたワクチンの開発が望まれるが,現在の上記の方法では正確な予想は難しく対応は完璧とはいえない状況である。あらゆるインフルエンザウイルスにも対応できるようなワクチン作成を目指して,ウイルス分子の変異の少ない部位〔matrix 2(M2)proteinやHAのstalk regionなど〕に対するワクチン開発も行われているが,抗原性が乏しいなどの問題点があり,なかなか「インフルエンザ万能ワクチン(universal vaccine)」の作製は難しかった。
 米国ペンシルバニア大学からの本研究では,新型コロナウイルスワクチンにおいて世界中で認知されたmRNAワクチン技術を用いて,既知の20種類のすべてのインフルエンザウイルスに対応したワクチン(universal mRNA vaccine)を開発し,マウスとフェレットにおけるその効果について報告している。
 まずは20種類すべてのインフルエンザウイルスの個々のヘマグルチニン(hemagglutinin:HA)に対応したmRNAワクチンを各々作製して,マウスに接種したところ,すべて抗原性があり個々に特異的な抗体が産生されること,および抗体産生において一部には抗原間の交叉性があることが確認された。次に20種類のワクチンを2.5μgずつをすべて混ぜたワクチン(50μg)を接種したところ,見事に20種類のHAに対する抗体が産生された(Fig. 1A:The 20-HA mRNA-LNP vaccine elicits long-lived antibody responses that react to all 20 HAs)。しかもその効果は4カ月間維持されていることが確認された(Fig. 1F:The 20-HA mRNA-LNP vaccine elicits long-lived antibody responses that react to all 20 HAs)。これに対して,20種類のリコンビナント蛋白(50μg)を混合物の接種ではmRNAワクチン接種に比べて低い抗体価しか得られなかったことからも,改めて20種類ものワクチンを混ぜて1回に接種する際のmRNAワクチンの有用性が示された。また既感染の影響をみるために,あらかじめマウスにインフルエンザ感染させたマウスに同mRNAワクチンを接種させたところ,同様の抗体上昇がしっかりと確認された。
 次にマウスにワクチン接種28日後にインフルエンザウイルスH1N1を感染させる実験を行った。特異的な単価mRNAワクチンを接種した群と20種類mRNAワクチンを接種した群では体重減少やクリニカルスコアも死亡率も抑えられたが,他の型の単価mRNAワクチン接種群では効果がみられなかった。さらに20種類mRNAワクチンを接種しCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞を枯渇させたマウスにインフルエンザウイルスを感染させても効果がみられたことから細胞性免疫ではなく産生された抗体(液性免疫)の重要性が示された。これはワクチン接種後の血清を注射することでもその後の感染予防効果がみられることで再確認された。
 さらにフェレットに対しても20種類mRNAワクチンを接種し,20種類すべてのHAに対する抗体が産生すること,ブースト効果がみられるといった有効性を確認した。そして将来の未知変異ウイルスによるパンデミックを想定して,アミノ酸相同性の高くない鳥インフルエンザウイルスH1N1(ワクチンのH1とはアミノ酸相同性が81.8%)に感染させる実験も行ったところ,ワクチン接種群ではワクチン未接種群に比較して有意に高い予防効果が示された(Fig. 4:Twenty-HA mRNA-LNP vaccination protects ferrets from challenge with an antigenically distinct H1N1 strain)。症状軽減や死亡率低下の効果は,ワクチンによって産生された抗体に中和活性はないが,ADCCなどの他のメカニズムによってウイルス排除や症状緩和に効果がみられていると推測された。これは新型コロナウイルス感染においても初期のウイルスに基づいたmRNAワクチンが変異ウイルス感染に対してもある程度の効果がみられているのと同様の機序と考えられた。なお本研究はPERSPECTIVEにも紹介されている。蛇足であるが,さらなるmRNAワクチンの話題としては,ファイザー・ビオンテック社からは新型コロナウイルスとインフルエンザウイルス両者に対する1つのワクチンで接種する臨床試験が進行しているので,こちらの結果にも注目していきたい(リンク)。

•NEJM

1)新型コロナウイルス感染症
学校における全員マスク着用義務の解除―生徒と職員におけるCOVID19発生率(Lifting universal masking in schools — Covid-19 incidence among students and staff
 米国マサチューセッツ州の「全員マスク着用義務(universal masking policy)」の方針であった公立学校において,着用義務の解除期間のズレがボストン近隣地区で生じたことを上手く利用して比較した興味深いアイデアの研究を紹介する。新型コロナウイルスに対するマスク着用の効果を示すボストンのハーバード大学のグループからの報告である。
 2021年から2022年にかけてマサチューセッツ州などの米国の一部の地域では公立学校において「全員マスク着用義務」の方針となっていた。2022年2月にマサチューセッツ州ではこの方針を廃止したので多くの学区でマスク着用義務がなくなった。しかしながらボストン地区と隣接するチェルシー地区の2つの学区では2022年6月まで「全員マスク着用義務」を継続したために,約4カ月間の解除期間のズレが生じたため,他の学区と比較することで公立学校における「全員マスク着用義務」と学校における新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の発生率について差分の差分法(Wiki)を用いて検討することが可能となった。
 マサチューセッツ州全体の「全員マスク着用義務」方針の廃止前はCovid-19の発生率の傾向は学区全体で同様であった。しかしながら州全体のマスク着用方針廃止後15週のあいだに,マスク着用義務の解除した学校では着用義務の方針を維持した学校に比べて感染者がより多く(Figure 1),マスク着用義務の解除によって生徒および職員1,000人あたり44.9例(95%信頼区間:32.6~57.1)のCovid-19症例の追加と関連している結果であった(Figure 2)。
 学区の特性の違いについての調査では,マスク着用義務をより長く継続することを選択した学区では,校舎が古く,校舎の設備環境が不良(換気などが不良)で,教室あたりの生徒数が多い傾向(密集傾向)があった。さらに低所得層,障害児,英語学習者である児童生徒の割合が高く,黒人およびラテン系の児童生徒ならびに職員の割合が高かった(Figure 3)。すなわちCovid-19発症リスクがいくつもありながらもマスク着用義務の継続によって発症率を減少させていた。教育現場においてCovid-19の発症によって生徒の欠席や職員の欠勤が生じることは,対面での教育機会を減らしてしまうことを考えると,マスク着用により教育で重要な対面での学校生活の喪失を防ぐ効果があった。さらにCovid-19発症による教育格差の深刻化の可能性をも軽減させるのに有用であると考察されている。日本では公立学校に限らず社会全体で「全員マスク着用義務」が継続しているが,流行期における予防効果がこのようなアイデアで確認されている点で興味深い研究である。なお,本論文内容は2分間弱の動画であるQUICK TAKEにわかりやすく紹介されている。

今週の写真:季節の果物(明治天皇も召し上がられた治郎柿)

(鈴木拓児)



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