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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 216

公開日:2022.12.8


今週のジャーナル

Nature Vol. 612 Issue 7938(2022年12月1日)日本語版 英語版

Science Vol. 378 Issue 6623(2021年12月2日)英語版

NEJM  Vol. 387 Issue 22(2022年12月1日)日本語版 英語版








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シングルセルシークエンスによって明らかになった腫瘍関連好中球のサブセット/細胞間コミュニケーションの軌跡を生体内で辿る画期的技術/パーキンソン病に対する早期の鉄キレート剤による介入は症状を悪化させる可能性

•Nature

1)腫瘍免疫学
肝癌の免疫微小環境のサブタイプ分類と好中球の不均一性(Liver tumour immune microenvironment subtypes and neutrophil heterogeneity
 シングルセル解析の分野で一流誌を数多く報告している北京大学のグループから,今回は肝臓癌(肝細胞癌,肝内胆管癌,両者の複合癌を含む)に関して,何と124症例という大規模なコホートで採取した160検体についてscRNAseqを行い,その結果を報告している。著者らが今回着目したのは特に腫瘍に浸潤する好中球で,末梢血,腫瘍に接する正常肝臓,腫瘍においてその性質を比較している。ヒト肝臓癌検体として,肝細胞癌79例,肝内胆管癌25例,両者の複合癌7例から合計160検体を回収し,細胞を単離して,scRNAseqを行った。シェーマはFig1に記載されている。同時に,トランスジェニックマウスを用いた比較検討も実施している。腫瘍環境に存在する各種細胞と,その細胞集団に含まれるサブセットがFig.1cに示されている。
 このシークエンス結果と臨床的な背景などの中から,①細胞クラスター,②機能的マーカーの遺伝子発現,③腫瘍微小環境を特徴づける遺伝子シグナチャー,④予後,の4つのパラメーターを指標として統合解析したところ,肝臓癌の腫瘍微小環境は大きく5つに分類されることを明らかにした。著者らは,5分類として,cellular module(CM)1:TIME-IA(immune activation),CM2:TIME-ISM(immune suppressive myeloid),CM3:TIME-ISS(immune suppressive stromal),CM4:TIME-IE(immune exclusion),CM5:TIME-IR(immune residence)と定義している。TIME-IAは,活性化したLAMP3+樹状細胞,CXCL9+マクロファージ,CXCL13+CD4陽性T細胞などの集積を特徴とするサブタイプで,予後良好と関連している(Fig. 2)。一方,TIME-ISMやTIME-ISSは抑制性細胞の浸潤を特徴としており,TIME-ISMではSPP1+マクロファージやIL-βの高発現を特徴とし,TIME-ISSでは,TFF3+内皮細胞やFAP+線維芽細胞の集積を特徴とし,いずれも予後不良と関連していることが示されている。またTIME-IEにおいては,内皮細胞と間葉系細胞がenrichされる一方,免疫細胞の浸潤が乏しいサブセットであり,CXCL12+線維芽細胞の集積を特徴としている。興味深いことに,このTIME-IEではCD8+T細胞はむしろenrichされており,予後に関しても特に有意な増悪などは伴わないことが示されている。最後に,TIME-IRはもともと肝臓に常在するNK細胞,Kupffer細胞,肝類洞内皮細胞がenrichしたサブセット(正常組織に近い?)で,予後良好と報告されている。
 著者らは,さらに予後不良群の中でもTIME-ISMで特に増加を認めた,好中球に着目して詳細な検討を行っている。腫瘍,腫瘍近傍の正常肝,末梢血から回収した34,307個の好中球を解析したところ,合計11のclusterに分類された(Fig. 3)。そのうち,S100A12・ISG15・TXNIPの発現を特徴とする3つのサブセットは末梢血に,ELL2・PTGS2の発現を特徴とする2つのサブセットは腫瘍近傍の正常肝に,それぞれほとんどがenrichされることがわかった。一方,残りの6つのサブセット,MMP8・APOA2・CD74・IFIT1・SPP1・CCL4の発現を特徴とするclusterで,腫瘍環境においてdominantな好中球であることがわかった。抑制性のメカニズムを検討するため,さらにケモカインの産生とPD-L1の発現に着目したところ,特にCCL4+好中球はin vitroの解析で単球の遊走を促進することがわかり,TIME-ISMとしてCCL4+好中球がさらに腫瘍関連マクロファージの浸潤を促進していることが,ISMとしての表現形を示す要因になっている可能性を示した。またIFIT1+好中球では,特にPD-L1の発現が亢進し,in vitroの解析でPD-1陽性T細胞の活性化を抑制していることから,このサブセットがPD-1を介したT細胞の抑制に関与していることが示唆された。
 さらにマウスを用いた検証を行うため,2種類のトランスジェニックマウスモデルとして,主に肝細胞癌の表現形を呈するMyc-Δ90Ctnnb1,胆管細胞癌の表現形を呈するMyc-KrasG12Dを作製し,ヒトと同様に腫瘍,腫瘍近傍の正常肝,血液を採取し,scRNAseqを行ったところ,好中球に関しては12種類のclusterが分類された。好中球のsubsetに関しては,ヒトとマウスでかなり共通する遺伝子発現が多く,特にPD-L1+好中球は類似していた。このsubsetのみを選択的に除去することが困難なため,抗Ly6G抗体を用いて好中球全体を除去することで腫瘍縮小を確認している。以上により,抑制性の好中球の機能的な発現マーカーやその免疫抑制における役割を明らかにした論文である。
 好中球は短命の細胞であり,RNA含有量が少ないことから,まとまったシングルセルシークンエンスのデータがこれまで報告されて来なかった。今回の報告から,短命な細胞とはいえ,複数のsubsetが腫瘍環境に存在することは驚きであり,治療標的となる分子の探索が今後も加速するものと考えられる。

•Science

DOI: 10.1126/science.abo5503
1)合成生物学
哺乳類細胞を用いた,細胞間コミュニケーションや細胞接触の痕跡をモニタリングする解析系の樹立(Monitoring of cell-cell communication and contact history in mammals
 細胞同士の直接的な接触によるコミュニケーションは,ヒトを含めた多細胞生物においては言うまでもなく必須の生物学的プロセスである。このようなプロセスを実験的に追跡することができれば,胚発生から癌の増殖に至るまで,様々な生物学的プロセスを詳細に理解することが可能となる。これまで,例えば胚発生・腫瘍の増殖・組織の再生などの多くの生物学的プロセスは,最初の細胞接触から長期間かけて変化が生じる,in vivoで長期的にモニタリングすることは困難であった。今回,中国科学院大学のグループは,主に2種類の細胞接触をモニタリング可能な解析システムを樹立した。接触する側の細胞をsender,接触される側をreceiverとして遺伝子組み換え技術を多用することによって,①細胞と細胞が一過性に接触している状況をモニタリングするモデル(genetic labeling of cell-cell contact:gLCCC)と②細胞と細胞が接触し,細胞同士が離れた後もその軌跡がトレースできるモデル(genetic tracing of cell-cell contact:gTCCC)を作成している。Fig. S1(Illustration of intercelluar genetic labeling and tracing of cell-cell contact in mammals)にわかりやすい図が掲載されている。さらに ①について2種類の改変マウス,②については4種類の改変マウスを作製し,合計6種類のシステムを樹立することで,汎用性が高く,細胞特異的なモニタリングや,導入タイミングが調整可能な系を作製することで,様々なモデルや組織で応用しやすいアプリケーションとなっている。

①-1Fig.1:Genetic labeling of in vivo cell-cell contact)
 わかりやすい模式図がそれぞれのシステムの冒頭で紹介されている。SenderとしてはPDGF受容体の膜貫通領域(発現させたい細胞によってアレンジ可能)にGFPを繋げた遺伝子を発現させる。一方,Receiverとしては最近CAR-Tにも応用されているsynthetic Notch(synNotch)のシステムを利用し,抗体がリガンドに結合すると,γ-secretaseの産生を介して,細胞内ドメインが外れて,核内に移行し,標的遺伝子の発現が誘導される。今回はこのsynNotchを発現する領域(N)にtetracycline(tet)transactivatorドメイン(rTA)を結合することで,GFPがMycでタグ付けされた抗GFP抗体の抗原認識部位(anti-GFP:aGFP)に認識されると,rTAが外れて核内へ移行し,tet-Onシステムが作動することによってreceiver細胞でLacZが発現する,というような系として樹立されている(抗原認識に関わる部位やtet-On後の発色に関してもアレンジ可能)。
 この解析システムを用いた実例として,senderとして,心筋細胞特異的にGFPを発現したcardiac troponin T2(Tnnt2)-mGFP; tetO-LacZノックインマウス(Tnnt2-mGFP; tetO-LacZ)とreceiverとして,内皮細胞特異的にsynNotchシステムを発動させたcadherin 5(Cdh5)-aGFP-N-tTA; tetO-LacZノックインマウス(Cdh5-aGFP-N-tTA; tetO-LacZ)を作製し,交配したマウスの胎生9.5日の心臓を確認すると,心臓内で心筋細胞(GFP陽性)と接する内皮細胞(PECAM=CD31陽性)がLacZを発現していることを確認している(Fig 1I)。著者らは,非特異的な発色が起こらないことを確認すると共に,接触が4時間を超えたところで,この検出システムで測定が可能になること,接触がなくなった場合の半減期がおよそ2日であることもsupplementで示している。

②-1Fig.2:Genetic tracing of ECs that have had contact with CMs)
 ②はすべて軌跡を評価できるモデルである。Senderは①と同様で,receiverの方は,①では,tet-OnによってLacZが発現するシステムであったが,それを改変し,ten-OnによってCreを発現するシステムと,全身でユビキタスに発現するRosa26を用いたRosa26(R26)-floxed-Stop-reporter(reporterとして今回tdTomatoを使用しているが,アレンジ可能)のシステムを内蔵させておく。つまりreceiverはCdh5-aGFP-N-tTA; tetO-Cre; R26-LSL-tdTとなる。
実例として,胎生期のcardiac cushionは,発生の段階で大動脈弁や間葉系細胞へと分化成熟する過程でPECAMの発現(内皮の性質)を消失する。出生後まもなく(P0)の心臓を観察すると,大動脈弁では,内皮としての性質を消失した部位にもtdT陽性や間葉系マーカーとしてのPEGFRa陽性の細胞が観察されることから,胎生期に接触した軌跡が検出されていることを示している(Fig.2I)。
 
②-2Fig.3:Genetic tracing of the tumor cell–EC interaction during tumor growth)
 次に著者らは腫瘍のモデルでの検証を行った。マウスの肺癌細胞株TC-1に膜型のmGFPを発現させたものをsender(mGFP発現のTC-1細胞株)として使用し,receiverは②-1で使用したマウス(Cdh5-aGFP-N-tTA; tetO-Cre; R26-LSL-tdT)を用いている。腫瘍を移植してから7日目と14日目にマウスから腫瘍を採取し,腫瘍の中心部にある癌細胞と接触したtdT陽性の腫瘍由来の内皮細胞(tdT+tECs),腫瘍を取り囲むストローマ由来の内皮細胞のうち,癌細胞と接触したtdT陽性細胞と接触していないtdT陰性細胞(tdT+cECsとtdT-cECs)のトランスクリプトーム解析による比較評価を実施している。tdT+tECsとtdT+cECsを用いた腫瘍内部と腫瘍周辺部の比較では,血管新生・免疫システム・細胞接着などに関連する因子が腫瘍周辺部の内皮細胞で特に亢進していることが明らかになった(Fig 3O)。さらにtdT+cECsとtdT-cECsとの比較では,癌細胞と接触している内皮細胞において,炎症や免疫と関連した遺伝子群の発現が亢進していることが示された(Fig3P)。

①-2Fig.4:Generation of the R26-mGFP mouse line for Cre-induced mGFP in sender cells)
 ① -1を改変し,sender側に特定の遺伝子(アレンジ可能)とCreERを組み入れたマウス(ここではNestin-CreER:タモキシフェンを投与するとNestin陽性細胞でCreが発現するモデル)と,R26-LSL-mGFPを掛け合わせたノックインマウス(Nestin-CreER; R26-LSL-mGFP),receiverとして,①-1とほぼ同じで,発色だけtdTに変更したノックインマウス(Cdh5-aGFP-N-tTA; tetO-tdT)を作製し,交配させた。胎生12.5日にタモキシフェンを投与し,胎生15.5日にGFPとtdTの共局在を確認すると,Nestinの発現が認められる三叉神経節・後根神経節・骨盤神経叢で発現が確認されたことから(Fig.4G),Cre発現を制御出来るモデルにおいても細胞接触をgLCCCとして評価できることがわかった。

②-3Fig.5:Generation of the H11-αGFP-N-tTA mouse line for Cre-induced αGFP-N-tTA in receiver cells)
 次に,senderは①-1で作成したノックインマウス(Tnnt2-mGFP),receiverとして①-2の改変として,ROSA26の代わりに全身でユビキタスに発現するHipp11のlocusにaGFP-N-tTAを挿入し,さらにaGFPの前にLSL配列を入れたノックインマウス(H11-LSL-aGFP-N-tTA; tetO-tdT)に,内皮細胞特異的にCreを発現するノックインマウス(Tie2-Cre)を掛け合わせ,Tnnt2-mGFP; Tie2-Cre; H11-LSL-aGFP-N-tTA; tetO-tdTを作製している。このマウスでは,tdTの発現が心臓の内皮で認められる一方,脳・肺・肝臓・小腸など心臓以外の臓器の内皮では認められないことから,心筋におけるmGFPとの接触,かつCreが発現する臓器のみでのtdT発現が確認できたことを意味している(Fig5H・5I)。

②-4Fig.6:Generation of the Tigre-synNotch mouse line for labeling of cells that contact with any Cre+ cells)
 最後に,tightly regulated(Tigre)-synNotch mouseというノックインマウス(tetO-rox-Stop-rox-tdT-insulator-CAG-loxP-aGFP-N-tTA-pA-loxP-mGFP)と,②-3で使用したTie2-Cre,さらにrox-Stop-roxを除去するためのCAG-Dreを掛け合わせたノックインマウスを作製している(Tie2-Cre; CAG-Dre; tetO-rox-Stop-rox-tdT-insulator-CAG-loxP-aGFP-N-tTA-pA-loxP-mGFP)。このマウスでは,Tie2+血管内皮特異的にCreが発現するため,血管内皮ではmGFPのみが発現(senderとして機能),Cre陰性の血管内皮以外の細胞では,tetO-tdTaGFP-N-tTA-mGFPが発現し(receiverとして機能),これらの接触があると,Cre陰性細胞からのtTAの発現により,Cre陰性細胞ではtdTとGFPが両方陽性になるというシステム。つまり標的としてCre陽性の特異的細胞(今回は血管内皮)がGFP陽性となり,その細胞と接触したことがある細胞は,GFP陽性かつtdT陽性となって軌跡をたどることが可能になる(Fig6F,G)。
 今回の論文はテクノロジーとして,解析システムの有用なアイデアを提供しているが,多様な生命現象における細胞間相互作用を長期にin vivoでトレースすることが可能であり,かつ1細胞レベルでsortingし,RNA発現を評価可能であるという点は,強力なリソースとして活用されることは間違いない。

•NEJM

1)神経病学
パーキンソン病に対するデフェリプロンの試験(Trial of deferiprone in Parkinson’s disease
 パーキンソン病は,黒質線条体のドパミン神経細胞の変性によって生じることが知られているが,その原因として,黒質部に局所的に増加する鉄が神経変性の誘導に関与している可能性が最近の研究成果から明らかになっている(リンク1, リンク2)。鉄の調節異常は,様々な細胞においてフェロトーシスなどを含めた,変性や細胞死を誘導するが,過剰な鉄がドパミンの酸化を誘発し,それが神経変性の要因になることなどがそのメカニズムの1つとして考えられている(リンク)。実際にパーキンソン病では黒質部の局所的な鉄濃度が増加していることがこれまでにも示されている。この様な背景から,鉄キレート剤であるデフェリプロン(deferiprone)の投与によりパーキンソン病患者の黒質線条体の鉄を減少させる可能性が,いくつかの小規模なコホートで示されてきたが(リンク),病勢の進行に対する臨床的効果については明らかにされていなかった。
 今回,ヨーロッパの23施設(FAIRPARK-II Study Group)による多施設国際共同のrandomized phase 2試験であり,その概要が説明されている(リンク1 , リンク2)。パーキンソン病の新規症例で,これまでレボドパの投与を受けたことがない患者(早期)を対象として,デフェリプロン30mg/kg/日を36週間経口投与する群とプラセボを投与する群を1:1(ぞれぞれ186例)の割合で割り付けた。ドパミン作動薬による治療は,原則症状のコントロールに必要と考えられる場合を除いて投与されなかった。プライマリーエンドポイントとして,36週時点での「パーキンソン病統一スケール(運動障害疾患学会改訂版(MDS-UPDRS)」のスコア(0~260で,数値が高いほど重症)の変化とした。MRIを用いた脳内鉄量の定量も探索的なエンドポイントとして評価された。デフェリプロン群の22.0%,プラセボ群の2.7%が症状進行によりドパミン作動薬による治療を開始した。治療前のMDS-UPDRSスコアの平均は,デフェリプロン群34.3,プラセボ群33.2と同等であり,36週目で,それぞれ15.6ポイントと6.3ポイント増加した(差は9.3ポイントで,95%信頼区間:6.3~12.2,p値<0.001)。黒質線条体における鉄の減少は,デフェリプロン群のほうがプラセボ群よりも大きかった。デフェリプロンによる主な重篤な有害事象は,無顆粒球症2例・好中球減少症3例であった。
 ドパミン作動薬の治療歴のない早期パーキンソン病で,デフェリプロンは,プラセボよりもパーキンソニズムのスコアを悪化させることがわかった。結果としては残念ではあるが,生物学的には非常に意義のある現象をとらえている可能性がある。鉄代謝が防御反応の結果として出現し,その結果として細胞死が生じてしまっているなどの可能性があるのかもしれない。

今週の写真:自宅そばの公園にて

(小山正平) 

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