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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 223

公開日:2023.2.10


今週のジャーナル

Nature Vol. 614 Issue 7946(2023年2月2日)日本語版 英語版

Sci Transl Med Vol. 15 Issue 681(2023年2月1日)英語版

NEJM  Vol. 388 Issue 5(2023年2月2日)日本語版 英語版








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セリン補給による糖尿病性神経障害の予防戦略/がん細胞の免疫回避におけるCSDE1の役割/COVID-19に対する新規の経口治療薬VV116

•Nature

1)代謝学
インスリンによって制御されるセリンおよび脂質代謝が末梢神経障害を促進する(Insulin-regulated serine and lipid metabolism drive peripheral neuropathy
 糖尿病は,肝臓・腎臓・末梢神経など多様な臓器に障害をもたらす。これらの合併症の発症・進行はインスリン抵抗性・高血糖・脂質異常症などと関連するが,非必須アミノ酸の代謝異常も糖尿病の発症に寄与することが報告されてきた(リンク)。さらに非必須アミノ酸の中でも,セリンおよびグリシンは,メタボリックシンドローム患者においてその血中濃度が低く,セリンおよびグリシンの低下は,特に視力障害および末梢神経障害と相関することが2019年NEJMに報告された(リンク)。

 今回,米国ソーク研究所のグループ(NEJMを報告したグループ)は,糖尿病マウスでは,セリン代謝異常によりセリンおよびグリシンの欠乏が生じること,またセリン負荷試験によってセリンの取り込みと消費を定量化することが可能であることを示している。さらに若年マウスにセリン・グリシンを制限し,高脂肪食を摂取すると神経障害の発症が著しく早まり,脂肪蓄積は軽減する一方,セリンとミリオシン(スフィンゴ脂質生合成経路の律速酵素セリンパルミトイル転移酵素SPTの阻害薬で,脂質異常を緩和する)の補給によって,神経障害が軽減されることから,セリン関連末梢神経障害とスフィンゴ脂質代謝の相関を明らかにしたという内容。

 糖尿病マウスでセリンおよびグリシンの濃度を測定したところ,野生型マウスと比べて,セリンは肝臓・腎臓で約30%減少,グリシンは肝臓・腎臓・鼠径白色脂肪組織・血漿で30〜50%減少していることがわかった。哺乳類は,食事・グルコースからのde novo合成・グリシンおよび1炭素代謝を介してセリンを生成しており,肝臓と腎臓が食後の非必須アミノ酸代謝の主要な臓器となっている(Fig.1b)。アミノ酸とグルコースは概日リズムの影響や食後変動の影響を受けるため,代謝異常の診断が困難であったことから,著者らは「セリン耐性試験,serine tolerance test:STT」として絶食後のセリン負荷後にセリン・グリシンがどのような代謝動態を示し,どの臓器でセリンの使用量が増加しているかトレースすることに成功した。一晩絶食させた野生型マウスにU-13C3ラベルのセリンを経口投与し,下流代謝産物の濃縮度を定量した。グルコースは,グリシンと同程度に標識され(図1d),U-13C3セリン由来の炭素は肝グリシン・ピルビン酸・クエン酸プールに取り込まれた(図1e,f)。このことから,肝臓における糖新生がセリン消費の主要経路であり,糖尿病マウスで上昇しているインスリン・グルカゴンと関連している可能性が示された。インスリン抵抗性がセリンの吸収・排泄にどのような影響を及ぼすか調べるため,一晩絶食させた野生型および糖尿病マウスにグルコースとセリンの両方を投与したところ,糖尿病マウスでは野生型と比べ,セリンの血中濃度のAUCが有意に減少した(図1g,h)。糖尿病マウスでは,セリンの代謝異常による血中濃度低下があることから,臨床試験で認められた神経障害が存在するか確認したところ,14週齢で,有意に温痛覚低下と運動神経伝導速度の低下を認めた。

 次に血中のセリン低下と肥満・脂質代謝がどのような関連を示すか評価した。低脂肪食(LFD)または高脂肪食(HFD)をマウスに与え,その表現型を,セリンおよびグリシンを欠損した餌(-SG LFDまたは-SG HFD)投与マウスと比較した。カロリー・水の摂取,カロリー吸収および身体活動などの背景は違いがないにもかかわらず,HFDによる体重増加は,食事性セリンおよびグリシンの制限によって有意に減少した(Fig.2c,d)。セリン・グリシンの制限で脂肪減少は認めたものの,HFDによる耐糖能異常とインスリン抵抗性は依然として残存した(Fig.2e,f)。補足的データではあるが,腸内細菌叢についても評価しており,これら4種類の食餌のうち,セリン・グリシン欠損低脂肪食では菌叢のα多様性が増すのに対して,セリン・グリシン欠損高脂肪食では,脂肪酸合成に関わる菌叢の割合が有意に低下することがわかった(Fig.2g,h)。

 ここから改めて神経障害の本題に戻る。セリン・グリシン欠損した高脂肪食によって温痛覚障害を加速させる(Fig.2j)。セリンは,神経系に豊富に存在するcanonicalなスフィンゴ脂質の生合成に必須であるが,セリンが不足すると,セリンパルミトイル基転移酵素(serine palmitoyltransferase:SPT)がアラニンなどの他のアミノ酸を取り込み,non-canonicalなデオキシスフィンゴ糖脂質(ceramides and deoxydihydroceramides:deoxyDHCer)を形成し,これが神経障害の原因になる可能性が示されている(リンク)。そこでマウスにSPT阻害薬であるミリオシンを投与したところ,温痛覚障害の改善やセリン・グリシン制限によって増加したdeoxyDHCerが減少した(Fig.3)。以上から末梢神経系の維持には,アミノ酸代謝とスフィンゴ脂質の産生が重要であることが再確認された。最後に治療戦略としてセリンを豊富に含む食餌を摂取させることで糖尿病マウスにおける神経障害を改善できるか評価した。血漿および肝臓のセリン濃度の上昇を確認するとともに,温痛覚の低下が改善した。さらにdeoxyDHCerは肝臓と肉球の皮膚の両方で著しく減少した(Fig.4)。

 以上の研究成果は,すでに同グループが臨床で示した所見をマウスモデルで確認するとともに,全身性のセリン低下が糖尿病患者における末梢神経障害のリスク評価に有用である可能性,さらにセリン投与もしくはSPT阻害といった治療が神経障害の予防に適応できる可能性を示す画期的な発見である。

•Sci Transl Med

DOI: 10.1126/scitranslmed.abq6024
今週はScience Translational Medicineからがん細胞の免疫回避に関する論文を紹介する

1)免疫学
CSDE1のエピゲノム修飾が新たに出現するがん細胞の免疫認識に関わる(Epigenetic modification of CSDE1 locus dictates immune recognition of nascent tumorigenic cells
 がんが増大していく過程で,免疫細胞による監視を逃れる細胞が選択されることをがん免疫編集と呼ぶ。免疫監視による細胞選択圧がかかる前のごく初期のがん細胞が,免疫回避において活用する抗原や因子がどのように発現制御され,最終的な免疫回避に至るのかは,依然として不明である。今回,中国科学院のグループは,発がんのごく初期に,tumor-repopulating cells(以下TRC。自己複製を行い,高度に腫瘍化するがん細胞の亜集団であり,腫瘍形成・進展において重要な役割を担う。Cancer stem cellと類似)において,がん抗原の発現が不均一になる要因として,cold shock domain-containing protein E1(CSDE1)の発現が,TRCにおけるSTAT1の脱リン酸化を誘導し,免疫原性を低下させることを明らかにした。

 B16メラノーマ細胞株を,1細胞ずつフィブリンゲルに包埋して免疫不全マウス(NSGマウス)に投与し,腫瘍が増殖してきたところで,腫瘍からがん細胞を単離し,今度は免疫が正常な野生型マウスに投与したところ,もっとも生着しやすいがん(high tumor-forming ability:H)からもっとも生着しにくいがん(low tumor-forming ability:L)まで,様々な大きさのがんが生じた(Fig.1B:Primordial tumorigenic cells can be under or evade immunosurveillance)。もともと1細胞から増大して腫瘍となったHとLの遺伝子発現を比較すると,CSDE1がHで最も高く発現していた(免疫回避に寄与している可能性が示唆された)。実際にCSDE1をCRISPR-CAS9システムで欠損させると,腫瘍はほぼ拒絶された(Fig.2H:CSDE1 regulates immune recognition)。CSDE1の発現をTCGAのデータベースで解析したところ,抗原提示に関わる遺伝子群の発現と負の相関を示し,さらL(免疫回避能低)ではH(免疫回避能高)と比べて,細胞のβ2ミクログロブリンやClass I関連分子のオープンクロマチンを介した転写活性や蛋白発現が亢進していることがわかった。そのメカニズムとして,HではCSDE1が高発現し,CSDE1がT cell protein tyrosine phosphatase(TCPTP)と結合すると,TCPTPが安定化し,STAT1の脱リン酸化を促進する(Fig.4L,N:CSDE1 stabilizes TCPTP for STAT1 inactivation)。実際に,CSDE1を高発現した細胞株は,低発現の細胞株に比べて,1細胞での野生型マウスへの生着率が有意に高いことを示している(Fig.5E:CSDE1high and CSDE1low tumorigenic cells can be converted reciprocally)。CSDE1のプロモーター領域のChIP-seqを評価すると,H3K4のトリメチル化を介して恒常的な転写活性の亢進が認められ,その背景にはSET and MYN-domain containing 3(Smyd3)というメチルトランスフェラーゼが関わることを明らかにした(Fig.6:CSDE1is up-regulated through the SMYD3-H3K4m3 pathway in tumorigenic cells)。興味深いことに,B16のtumor-repopulating cellsにおけるCSDE1やSmyd3の発現は,柔らかいゲルでは誘導される一方,硬いゲルでは誘導されなかった。以上から腫瘍環境の物理的因子が免疫原性に関わる可能性を示唆している(Fig.6J)。著者らは,最後にCSDE1が免疫チェックポイント阻害薬に関する治療抵抗性因子になるか,メラノーマの臨床検体を用いて検討し,発現が高いほど治療効果が減弱することを示している(Fig.7C,D:CSDE1 acts as a prognostic marker in patients with cancer)。

 以上から,ごく初期のがん細胞に生じるエピゲノム変化が,Smyd3を介したCSDE1の発現を誘導し,STAT1の脱リン酸化を亢進することで,がん抗原の提示を低下させることが,免疫回避の重要なメカニズムでなることがわかった。さらに抗PD-1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬に対する治療抵抗性に寄与することが示された。これまでに抗原提示の低下に関わる様々な機構が示されてきたが,直接的な遺伝子変異ではなく,STAT1脱リン酸化を促進するようなエピゲノム変化が免疫回避のごく初期に関わることを明らかにした質の高い論文である。

•NEJM

1)COVID-19
COVID-19に対する経口治療薬VV116とニルマトレルビル・リトナビル併用との比較(VV116 versus nirmatrelvir–ritonavir for oral treatment of Covid-19
 ニルマトレルビル錠とリトナビル錠(パキロビッドパック)は,軽度から中等度のCOVID-19に対する経口治療薬として2022年2月10日厚生労働省の特例承認を受けた。重症化リスク因子を有する成人および小児(12歳以上かつ体重40kg以上)が治療の対象である。本邦に限らず,多くの国でCOVID-19の治療薬として緊急使用承認を受けているため,世界的に供給が不足しているのが実状である。今回,比較対象とされたVV116は,中国で開発されたRNAポリメラーゼ合成阻害薬で,SARS-CoV-2に対して活性を有する経口抗ウイルス薬でる。もともと少数のコホートの結果が2022年6月に報告されている(リンク)。動画による解説や,1枚サマリーも是非参考にしていただきたい。

 本試験は中国で実施された。SARS-CoV-2 B.1.1.529系統(オミクロン株)によるCOVID-19の流行時に,パキロビッドパックに対する非劣性を示す目的で行われた第3相無作為化,観察者盲検試験。軽症~中等症のCOVID-19を有し,進行するリスクが高い成人を,それぞれ5日間VV116を投与する群とパキロビッドパックを投与する群に割り付けた。プライマリーエンドポイントは,28日目まで観察した際に,持続的な臨床的回復〔対象とした11のCOVID-19関連症状(ページ3)が軽減し,症状スコアの合計が2日連続で0か1になることと定義〕が得られるまでの期間。ハザード比の両側95%信頼区間の下限が0.8を上回った場合に非劣性が示されることとした。

 822例が無作為化され,そのうち771例がVV116投与(384例)またはパキロビッドパック投与(387例)を受けた。持続的な臨床的回復が得られるまでの期間中央値は,VV116で4日,パキロビッドパックで5日(ハザード比 1.17,95%CI 1.02~1.36)で,パキロビッドパックに対する非劣性が示された。いずれの群も28日目までに死亡した患者・重症COVID-19に進行した患者はいなかった。有害事象の発現率は,VV116群がパキロビッドパック群よりもやや低かった(67.4% 対 77.3%)。

 以上から軽症~中等症のCOVID-19を有し,病状が進行するリスクのある成人において,VV116は持続的な臨床的回復が得られるまでの期間は,パキロビッドパックに対して非劣性であり,安全性の懸念は少なかった。世界的に枯渇する抗ウイルス薬の供給に中国が参入する形になりそうである。

今週の写真:冬のJR新庄駅

機関庫に停車する陸羽東線。




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