今週は呼吸器疾患での内容ではないが,COVID-19感染後のワクチン接種への影響や関節リウマチと歯周病との関連性など免疫学で興味深い論文が目についたので紹介したい。それにしても歯周病って,本当に万病のもとですね。
•Nature
1)免疫学
COVID-19罹患後の免疫系の変化には性差あり(Influenza vaccination reveals sex dimorphic imprints of prior mild COVID-19) |
今シーズンは,コロナ禍においてインフルエンザワクチン接種も強く推奨されていた。コロナ既感染者と健常者において,インフルエンザワクチンの効果に差異があるのか?もし差異があるのであれば,対象者による接種プランも検討しなければならない。これらの疑問を解明するような研究内容が,米国NIHから報告された。
急性のウイルス感染は,回復後かなり経過しても免疫系に持続的な機能的影響を与えると言われている。しかし,その恒常的な免疫状態やその後の免疫応答にどのように影響を与えるかはほとんどわかっていない。本研究では,長期的な多モード単一細胞解析〔表面タンパク質,トランスクリプトーム,V(D)J配列〕を含むシステム免疫学的手法を用いて,軽症で入院せずにCOVID-19から回復した33人(診断後,平均151日経過)と,年齢と性別を対応させたCOVID-19罹患歴のない対照群40人について,インフルエンザワクチン接種に対するベースライン時の免疫状態とその後の免疫応答を比較評価している。回復者では,ベースライン時でCOVID-19後の経過時間とは無関係にT細胞活性化シグネチャーが上昇しており,toll like receptorをはじめとする自然免疫遺伝子の発現が単球で低下していた。COVID-19から回復した男性の場合,健常男性やCOVID-19から回復した女性に比べると,インフルエンザワクチン接種後の自然免疫応答,インフルエンザ特異的な形質芽球の応答,抗体応答が協調して高いことがわかった。その一因は,男性の回復者がワクチン接種後早期に高いIL-15応答を示す単球を持っていたことに加え,IL-15刺激後により多くのIFNγを産生することになる「仮想記憶」様CD8
+ T細胞の割合が,ワクチン接種前から高かったことが理由(
Fig. 3)と考えられた。また,性・細胞型に依存する遺伝子セットの平均発現量(モジュールスコア)を定量化し,各群でのワクチン接種後の推移を評価している。この遺伝子発現の変化が興味深く,健常対象者では1日目で低下し28日目にはワクチン接種前のレベルに戻るのに対し,COVID-19からの回復者では,最初の低いレベルから28日目までには正常レベルまで上昇する推移をみせていた(
Fig.4)。インフルエンザワクチン接種後の免疫応答は,COVID-19からの回復者には性的二型性の影響があることが明らかになり,ヒトでのウイルス感染は,抗原に依存せずその後の免疫応答に影響する新たな免疫学的セットポイントがあることを示唆していた。ワクチンの有効性に関して,急性ウイルス感染の有無や性別など細分化した接種方法の重要性を考えさせられる情報である。
•Sci Transl Med
1)免疫学
関節リウマチにおける口腔粘膜の傷は抗シトルリン細菌抗体およびヒトタンパク質抗体反応を誘発する(Oral mucosal breaks trigger anti-citrullinated bacterial and human protein antibody responses in rheumatoid arthritis)
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米国スタンフォード大学の免疫リウマチ学教室からの報告で,歯周病(PD)が関節リウマチ(RA)の活動性に強く関連しているメカニズムを解明したものである。PDは成人の47%に罹患していると言われ,口腔内細菌の菌血症を引き起こす原因となる。以前からRA患者でもPDは多く,特に抗シトルリン化蛋白抗体(ACPA)を有するRA患者ではしばし見られている。実臨床においても抗環状シトルリン化ペプチド抗体(抗CCP抗体:ACPA)は診断学的に高い特異度を有しており,実臨床でも汎用されている〔
抗環状シトルリン化ペプチド(CCP)抗体(ACPA)〕。RAにおける滑膜のACPAは疾患活動性と正の相関を示し,血清中のACPA陽性例では骨破壊の早いRA難治例が多いとも言われている。本研究では,PDと口腔内の炎症が,RAにおけるACPAの発症と持続にどのように関与しているかを解析している。
最初に,RA患者の末梢血を用いて,ヒトと細菌のトランスクリプトミクスのペア解析を実施している。RA患者では口腔内菌血症が頻発しており,血中口腔内細菌RNAの増加が観察された。PDを発症しているRA患者の口腔内菌血症や増悪例では,ISG15+HLAhi,CD48pos-SPP1pos,CD48highS100A12pos炎症性滑膜マクロファージサブセットに類似する単球サブセットが発現する遺伝子に富むことがわかった。同様に,MerTK-HLA+ISG15+滑膜マクロファージの遺伝子シグネチャーは,MMveに基づき,
Streptococcus属を含む口腔内を支配する種と高い確率で共通しており(
Fig. 2),口内細菌が,炎症を起こしたRA滑膜のマクロファージと類似した炎症性単球サブセットの活性化を促進していることが推測された。PDを発症したRA患者では,炎症性単球シグネチャーと抗体エフェクター機能の経路が同じであることを確認している。そして,口腔内細菌に対する抗体反応について調べたところ,RA患者の血中に繰り返し検出される口腔内細菌は,口腔内で広くシトルリン化され,RA血漿芽球がコードする体細胞超変異のACPAによって広範囲に認識されていた。また,様々な部位(口腔,糞便,膣)からの細菌のシトルリン化を,抗シトルリン化ペプチド抗体を用いたフローサイトメトリーによって解析(
Fig. 4)すると,シトルリン化細菌の割合は,糞便および膣内細菌と比較して,口腔内細菌で最も高い結果であった。これらの結果から,(i)歯周病により口腔粘膜が繰り返し破れ,シトルリン化した口腔内細菌が血中に放出され,(ii)炎症を起こしたRA患者の滑膜や血液中に認められる炎症性単球サブセットを活性化し,(iii)ACPAB細胞が活性化することにより,シトルリン化ヒト抗原に対するアフィニティー成熟とエピトープ拡散を促進している,と結論づけられている。
•NEJM
1)パーキンソン病
パーキンソン病に対する淡蒼球の集束超音波アブレーションの有効性(Trial of globus pallidus focused ultrasound ablation in parkinson’s disease)
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パーキンソン病は本邦での難病情報センターにおいて指定難病6(
リンク)となっている難治性疾患である。本疾患ではドパミン神経細胞が減少するため少なくなったドパミンを補充することが治療の主体になっているが,臨床症状の改善は十分ではない。新たな治療法として,片側淡蒼球内節の集束超音波アブレーションは注目されており,非盲検試験ではパーキンソン病の運動症状を抑制した。そもそも大脳基底核の神経細胞は運動のコントロールに重要であり,その詳細はこのサイトを参照したい(
生理学研究所総合生理研究系生体システム研究部門)。本研究は,ジスキネジアまたは運動症状の変動があって非服薬下で運動障害が出現するパーキンソン病患者を対象に,運動症状優位側の対側に集束超音波アブレーション群とプラセボ群に3:1の割合で施行された無作為試験である。主要評価項目は3カ月時での反応に注目し,アブレーション群の非服薬下での「運動障害疾患学会・パーキンソン病統一スケールのパートIII(MDS-UPDRS III):
リンク」のスコア,または服薬下での「ジスキネジア統一スケール(UDysRS)」のスコアの,ベースラインから3ポイント以上の低下と定義した。副次評価項目はMDS-UPDRSのさまざまなパートのスコアのベースラインから3カ月の時点までの変化量などである。3カ月間の盲検期のあとは,非盲検期を12カ月まで継続した。69例の超音波アブレーション群と25例のプラセボ群が対象となった。主要評価項目において,有効な反応を示したのは,アブレーション群で69%に対してプラセボ群では32%(差:37パーセントポイント,95%信頼区間:15~60,p=0.003)と,有意に明らかな効果を認めていた。3カ月の時点で反応は認められ,12カ月の時点では評価された実治療群39例のうち,30例で効果が持続していた(
Figure 2)。しかし,アブレーション群における淡蒼球破壊術に関連する有害事象としては,構音障害,歩行障害,味覚障害,視力障害,顔面筋力低下などが認められた。片側淡蒼球の超音波アブレーションは,3カ月の期間中において運動機能の改善またはジスキネジアの減少を認めた患者の割合が高くなったが,有害事象も伴う結果であった。結論としては,パーキンソン病患者に対するこの技術の有効性と安全性は,より長期かつ大規模な試験が必要としている。本研究結果が十分ではないが,薬剤との併用療法も含めて期待できる新たな治療法と思われる。
今週の写真:冬の淡路島で寒の釣り |
(石井晴之)