•Nature
1)腫瘍:Article
膵癌に対する化学療法の効果に細菌叢由来の3-IAAが影響する(Microbiota-derived 3-IAA influences chemotherapy efficacy in pancreatic cancer) |
腸内細菌叢の違いが抗腫瘍免疫療法の効果に影響を与えることはよく知られるところであるが,従来型の薬物療法である細胞障害性抗癌薬の効果に影響するかはわかっていない。治療効果は個人によって大きく異なりその差は遺伝子の変化だけでは説明できないことから,免疫療法同様に外的因子による影響が存在する可能性が考えられている。今回紹介するドイツのハンブルグ大学からの報告では,腸内細菌叢の違いが細胞障害性抗癌薬の効果の違いに影響する要因であるという仮説のもとに検討し,腸内細菌による代謝産物が膵癌に対しての細胞障害性抗癌薬の効果に大きく影響し,食餌によりその効果をコントロールできる可能性を示している。
膵癌の腫瘍組織型である膵管腺癌(PDCA)をモデルとして用い,その標準治療の1つであるFIRINOXレジメンに対する治療反応性の違いを腸内細菌叢の違いで説明すべく検討を進めている(
図1)。ヒト症例ではFIRINOXにて治療を受け治療反応のあった症例(R)となかった症例(NR)では腸内細菌叢の違いが認められた。その各症例の糞便移植を行ったノトバイオートマウスを作成し,PDCA細胞を植えた上でFIRINOXを行うと,やはり同様にR群移植マウスでは腫瘍縮小効果が認められたものの,NR群移植マウスでは効果がなかった。腫瘍自体からは細菌を検出することはほぼできないことから,直接的な効果ではなく間接的な代謝産物がこの現象に影響していることが示唆された。血中メタボローム解析にてトリプトファンの代謝産物であるインドール3酢酸(3-IAA)が最も濃縮されていることから,この関与を仮説として実験が進んでいる。R群移植マウスに高トリプトファン食を行ったところ血清3-IAA増加とFIRINOXの腫瘍縮小効果増強が認められ,NR群では認められなかったことから,より直接的な検討としてSPFマウス(通常細菌叢マウス)とNR群マウスに3-IAAを経口投与したところFIRINOX増強効果が確認され,FIRINOXレジメンに対する治療反応性の違いは腸内細菌叢の代謝産物である3-IAA量に依存することが明らかとなった。以後,そのメカニズムにつき詳細に検討が行われた。
腸内細菌叢由来のトリプトファン代謝物は自然免疫,獲得免疫の両者に重要な役割を担っていることが知られている。そこで次に免疫細胞への3-IAAの免疫細胞に対する影響を検討している(
図2)。腫瘍浸潤リンパ球の解析では3-IAAは影響しないことが確認されたことから,PDCAの予後因子として知られる好中球に注目している。3-IAAの薬理学的作用として,ミエロペルオキシダーゼ(MPO)が高濃度で存在する細胞に対してmethylene-2-oxindole (MOI)に変化することで特異的に毒性を発揮することが知られている。
in vitroの検討では,MPOの放出として観察される好中球障害が3-IAA+FIRINOXにて増強することが示された。SPFマウスにおいては,3-IAA+FIRINOXにて,腫瘍浸潤好中球,脾臓中好中球の両者がより減少したことから3-IAAの好中球減少増強効果が確認された。さらに,MPO欠損マウスによる同様の検討では,好中球障害増強効果は消失した上に,3-IAAによるFIRINOX増強効果も消失し,正常マウスからの骨髄移植モデルでそれらが回復することを確認している。以上の結果から,3-IAAの効果は骨髄由来好中球が障害され細胞死に至る過程ではMPOが媒介しMOIへ変化し,結果として生じるMOIの細胞外への放出促進されていることを結論づけている。
MPOによる3-IAAの酸化により毒性物質(MOI)への変化は培養好中球に活性酸素を誘導し,活性酸素は細胞障害性抗癌薬による細胞死誘導の主要メディエーターであることから,3-IAAによるFIRINOX時には腫瘍組織で活性酸素生成が亢進することを
in vitro と
in vivoの検討で共に示し,その経路として活性酸素分解酵素であるGPX3とGPX7のダウンレギュレーションが起きていることを確認している。さらに3-IAAによる抗腫瘍効果増強はN-アセチルシステイン(NAC)処理により解除されることを示している(
図3a)。これらの活性酸素増加によるPDCA細胞の障害の分子メカニズムが
図3で検討されている。RNAseqなどの解析からは3-IAA+FIRINOXでは腫瘍細胞におけるオートファジー関連分子(特に器質分子)のダウンレギュレーションが生じていることが明らかとなった。NR群マウスのFIRINOXに対しての低感受性はオートファジー阻害役であるヒドロキシクロロキンを投与することにより解除され,またオートファジー関連分子であるATG5を欠損させた細胞ではFIRINOXに対しての感受性が増強することが確認されたことから,3-IAAによる細胞障害性抗癌薬増強効果はオートファジーを損なう分子メカニズムにより媒介されると結論付けている。
最後にPOCが取られている(
図4)。PDCA移植マウスの検討では,3コースのFIRINOXに加え3-IAA投与のあるなしで検討が行われ,仮説通りに3-IAAを加えた群のOSの有意な延長を認めた。また本文中では同様の効果が別レジメン(CDDP+ GEM)でも確認されている。実際のヒト膵癌症例コホートの後ろ向き検討では,血中3-IAA濃度とPFS,OSの有意な相関が2つの異なるコホートで確認された。
以上より,食餌中に含まれるトリプトファン代謝物である3-IAAが好中球MPOを介して毒性物質であるMOIへ変化し好中球障害を起こすと同時に,放出されたMOIは腫瘍細胞に取り込まれ,細胞障害再抗癌薬による活性酸素の産生を増強し,その結果として効率的な腫瘍細胞死を起こしていることが証明され,その3-IAA濃度の増加は高トリプトファン食を摂取することで達成される可能性が示された。この一連のフローは
News &Viewsにわかりやすい図が掲載されている。なお本論文は
AASJにも取り上げられている。呼吸器内科医として興味深いところは,POCの際に肺癌細胞を用いた検討が行われており,膵癌細胞同様に3-IAA+FIRINOXによる細胞障害増強効果を認められたところにある(
Ext. Fig. 9)。ちなみにトリプトファン含有の多い食べ物は,かずのこ,卵白,大豆,鰹節,煮干し…等々,近い将来に入院患者さんの食事オーダーに抗腫瘍食(トリプトファンXX g)などという入力をする必要が出てくるかもしれない。
•Sci Transl Med
1)アレルギー学:Research Article
ヒト化マウスモデルでピーナッツ抗原を抑制しアナフィラキシーを防ぐ(Peanut allergen inhibition prevents anaphylaxis in a humanized mouse model) |
学童期の食物アレルギーがアナフィラキシーにより不幸な転帰をもたらす可能性があることは周知のことと思う。そのなかでもピーナッツは食物アレルギーの代表的な原因食物である。留学当時にはピーナッツ油で揚げたフライドポテトを出す
ハンバーガー屋さんがあり,とても美味しかったことを思い出すが,アレルギーを持っているヒトにとってはピーナッツの体裁をとっている食べ物だけに気をつけていれば良いわけではなく日常生活には相当な注意が必要とされる。「気にせずに食べることができたら…」はアレルギーを持つ方々の大きな希望であるが,その可能性を期待させる報告が米国インディアナ大学のグループから報告された。
アナフィラキシーは
Ⅰ型アレルギーの重症型であり活躍する重要登場人物は抗原,IgE,マスト細胞,化学伝達物質(ヒスタミン,トリプターゼ,サイトカイン等)に集約される。ピーナッツアレルギーの主たる抗原である最重要アレルギーコンポーネントはAra h 2であることが知られている。この研究グループは,以前にAra h2を認識するIgE抗体に特異的に共有結合してそのアレルギー惹起作用を阻害する共有結合ヘテロ二価阻害薬(cHBI)を合成し,
in vitroの実験系ではピーナッツ特異的アレルギー反応を抑制することを報告している (
PNAS 2019)。それを踏まえ,今回の報告では前臨床モデルとしてマスト細胞をヒト化したマウスを作成しcHBIの効果を
in vivoで確認している。
まずは,症例のIgE抗体を作成したcHBIが抑制するのかを確認している。ヒトFcεR1を発現するラット好塩基球であるRBL-SX38細胞を用いて,ピーナッツアレルギー症例より作成したAra h2を認識する複数のモノクローナルIgE抗体から,Ara h2 刺激によるRBL-SX38細胞からの脱顆粒を生じるクローンの同定と,その作用がcHBIの添加により抑制されることを示している(
図1)。次に高度免疫不全マウスであるNSGSマウスにヒト臍帯血CD34陽性細胞を移植し,複数の組織にマスト細胞が生着することを確認した(
図2)。これをhuNSGSマウス(マスト細胞ヒト化マウスと考えると理解しやすい)としてその後の検討を進めている。
huNSGSマウスに6種のヒトAra h2特異的IgEのカクテルを経静脈投与し感作した。その上で経静脈的Ara h2チャレンジを行い,アナフィラキシーを起こすことを確認し,その後にhuNSGSマウス内のマスト細胞が脱顆粒を生じたことを示している(
図3)。この検討によりヒトピーナッツアレルギーモデルとして矛盾ないことが示されたことから,次にはcHBIによる予防実験が行われた。
図4に結果が示されており,仮説通りにAra h2投与の1時間前にcHBIを投与しておくとアナフィラキシーは抑えられた。またその効果はcHBIの投与から2週間は維持されること(
図5),他のナッツ類のアレルギーコンポーネントによる反応には影響せず特異的であること(
図6A-F),様々な抗原を含むピーナッツエキスの経静脈投与に対する反応も抑制すること(
図6G-L)が示され,cHBIのアナフィラキシー予防効果が確認された。また,実臨床では誤食による負荷後投与も考えられることからAra h2負荷の2分後にcHBI投与も行われ,アレルギー反応を抑制することが示されている(
図7)。最終的により実臨床に近づけるために,Ara h2の経口チャレンジでの効果を確認している。cHBIの予防投与,負荷後投与ともに経口Ara h2チャレンジによるアナフィラキシーを抑制したことが確認され(
図8),前臨床モデルとしてcHBIのピーナッツアレルギーに対する有意なデータが揃って示された。
本報告ではピーナッツアレルギーに限って話が進んでいるが,この方法論は他の食物アレルギーにも応用が可能と考えられる。
・NEJM
1)感染症:Original Article
重症ツツガムシ病に対するドキシサイクリン静注,アジスロマイシン静注,または 2 剤併用の比較(Intravenous doxycycline, azithromycin, or both for severe scrub typhus)
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ツツガムシ病を初めて経験したのは医師3年目の病院であった。DIC傾向のある発熱高齢者で,きれいなさし口が認められたことがとても印象的であった。本邦でも山野で活動歴のある方に発症し得るダニ媒介性の感染症であるツツガムシ病であるが,当時は「治療はテトラサイクリン」と習った。それから20年以上たっても大枠の治療戦略は変わっていないようだ。
この疾患はアジアからオーストラリア北部が好発地域であり,年間100万人が感染し,15万人が亡くなるとされる。わが国ではこれだけの数の死者が世界で生じていることはにわかには信じがたい。無治療の場合の致死率は中等症までは6%,重症例では70%,入院症例の1/3が重症化し1/4が治療にもかかわらず亡くなることから好発地域では公衆衛生学的に対処が重要な感染症に挙げられる。今回,インドのグループは従来からツツガムシ病の治療に用いられるドキシサイクリンとアジスロマイシンの単剤静注治療と2剤併用療法の治療効果を二重盲検無作為化試験で比較している。
15歳以上の1臓器以上が侵されているツツガムシ病症例が809例エントリーされた。いずれかの単剤治療,もしくは2剤併用療法を7日間受けた。主要評価項目は,28日後の死亡,7日後の合併症の持続,5日目の発熱の持続を併せた複合指標で評価された。ITTでは794例が解析され,複合指標の観察率はドキシサイクリン単剤が47%,アジスロマイシン単剤が48%,2剤併用が33%であり,2剤併用はいずれの単剤療法に対しても有意にリスクを減少させることが証明された(
Fig.1)。有害事象のプロファイルには大きな差はなかった。結果は
Research summaryにまとめられている。
2剤併用療法の優位性の機序としては両薬剤ともに細菌リボゾームにおけるmRNAからの翻訳を抑制する効果を持つものの,アジスロマイシンはリボソームにある50Sサブユニット上の23srRNAに結合し,ドキシサイクリンはtRNAと30Sサブユニットへ結合することを妨げるという,その作用点が異なることが考察されている。
(坂上拓郎)