" /> Mitochondriaの新たな炎症機序にFumarateが関連?/ショウジョウバエ脳神経系の全体像connectomeの衝撃/Integrated stress responseとしての神経変性疾患理解-認知症の治療薬はISRIB? |
呼吸臨床
VIEW
---
  PRINT
OUT

「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 229

公開日:2023.3.23


今週のジャーナル

Nature Vol. 615 Issue 7952(2023年3月16日)日本語版 英語版

Science  Vol. 379 Issue 6639(2023年3月10日)英語版

NEJM  Vol. 388 Issue 11(2023年3月16日)日本語版 英語版








Archive

Mitochondriaの新たな炎症機序にFumarateが関連?/ショウジョウバエ脳神経系の全体像connectomeの衝撃/Integrated stress responseとしての神経変性疾患理解-認知症の治療薬はISRIB?

•Nature

1)炎症,ミトコンドリア
フマル酸はmtDNAの小胞放出を誘導して自然免疫を誘発する(Fumarate induces vesicular release of mtDNA to drive innate immunity
マクロファージではフマル酸ヒドラターゼはmtRNAを介したインターフェロン産生を抑制する(Macrophage fumarate hydratase restrains mtRNA-mediated interferon production
 今回のNatureの目次を見ていて,Fumarateという文字が目についた。暗記が嫌でTCAサイクル(クエン酸回路)に関する生化学試験のトラウマが疼く。Back to backでIrelandのTrinity大学と英国Cambridge大学からの論文であり,Newa&Viewsでも取り上げられ(がわかりやすい)。代謝でなく炎症に関与するとある。

 このNews&Viewsの参考文献#1であるBiochemistry誌の2021年の総説では,Beyond ATPとしてのSignaling organellesとしてのmitochondriaが解説されている。そのFig.1は50年以上前に習った代謝学であるが,Fig.2にはsignalling organellaとして,6つの機能が示されている。6番目のTCA cycle metabolitesのようだが,5番目のFumarateが増加することにより,mtDNA/mtRNAがcytosolへ出てimmune responseを惹起するようである(偶然だが3番目のHRI/GCN2は今回NEJM誌総説で取り上げたeIF2αのリン酸化酵素でIntegrated stress responseにつながる)。

 ここではFumarateが細胞内で増加する系をtamoxifenによるFumarate hydratase(Fh:FumarateをMalateに代謝する酵素,Fumaraseともいう)をknock outするわかりやすい実験系のCambridge大学のグループの論文を紹介する。

 実験系はFig.1aに概略がある。Cre/loxP系でFhのexon3,4をtamoxifenでKOして,d5とd10の腎臓を調べる。その結果Fumarate,2SC〔S-(2-succinyl)cysteine:mitochondria中のFumarateがアミノ酸cysteineと結合して合成される化合物,最近ではDMなどの病態にも関与が注目〕,Arginosuccinateなどが高値を示すが,腎臓の形態的な変化はない。しかしFh正常とFh KOの発現遺伝子のvolcano plotを見ると,IL-6とかTNF系の発現が増加している。

 その炎症の内容を調べるとcGAS-STING系が活性化(Fig.2c)がみられ,細胞内のmtDNAの増加を認めた。

 ではなぜFumarateが過剰になるとmtDNAがcytosolに出るのか? 研究グループはBAX,Bak1 他いろいろなmitochondria内・外膜破損の可能性を否定して,すでに報告のあったSnx9がMDV(mitochondria-derived vesicle)形成に関与し,この中にmtDNA,mtRNAが含まれることをsiSnx9で示す(Fig.4g〜k)。

 最後に臨床との繋がりが示される。
 このCambridgeのグループは,もともと腫瘍におけるFhに関心がある。Fh変異により遺伝性のleiomyomatosisやrenal cancerが発生する。彼らは既報database〔TCGA(The Cancer Genome Atlas)など〕より,IFN系遺伝子がFh発現低下で亢進することを示している(Fig.5b〜d)。
最後のFig.5eにはFh KOによるFumarateが関与する病態のschemaが示されている。

 なおNews&Viewsではさらに突っ込んで,研究グループがI型IFN系炎症が特徴のSLE患者の血中ではcirculating mtDNAが高値だと報告(リンク)していると述べている。まだまだ謎多いSLE病態がmitochondriaと関連が明らかになれば,新たな展開となるだろう。

 TCA回路のFumarateの増加が炎症を惹起するという,新たなミトコンドリア関連病態として,大変興味ある論文である。


•Science

DOI:10.1126/science.add9330

1)脳科学
昆虫(ショウジョウバエ)脳のコネクトーム(The connectome of an insect brain
 新着目次タイトルを見るだけでは論文内容がわからない。本論文はNature Breifingで紹介されて,そのショウジョウバエ脳connectome図(Fig.1A)に衝撃を受けた。専門外だがこれを理解できるか? 何かReskillingせねばならぬ内容か? しかし読んでみると感動した。それをどこまで文面で伝えられるか?

 Cambridge大学,米国Johns Hopkins大学などのグループからの報告である。約10年にわたる部分既報の論文を踏まえ,今回は集大成的である。2015,2017年のNature論文,2016年のeLife(リンク)などに方法論や部分的な報告がなされている。

 方法論は基本的に電顕の画像処理である。しかも初期段階はマニュアル処理をしている。4,841枚のz-sliceをxyz軸3.8×3.8×50nmで作成。その実際はFig.1に示されている(重要なのはserverやdatabase configurationだが,これはReskillingが必要)。Dataのイメージとしては,神経細胞,axon,dendritesなどの位置と線状表示,synapseによるconnectomeのskelton構造となる。synapseに関しては①synaptic vesiclesの存在,②postsynaptic densitiesの存在,③presynaptic T-bar構造,④synaptic cleft構造,⑤近傍のミトコンドリア等で同定してゆく。
 しかし処理データはCATMAID(Collaborative Annotation Tool for Massive Amount of Imaging Data)に入るので,その全データの多様な演算により,昆虫脳とはいいながら,我々の脳にも通じるであろう,見たことも聞いたこともない神経connectomeが浮かび上がってくる。

 以下概説していく:
 Fig.1は全体像である。神経系はBrainとventral nerve cord(VNC)の全体で左側1,256,右側1,259の神経細胞,またpresynaptic15.2万,postsynaptic 39.6万が登録された。神経細胞では左側・右側で計2,346のhomologous pair神経細胞が見出されたという。またBrainへのinput系(感覚神経系・上行性)480,介在神経が2122,運動神経などoutput下降性神経が414に分けられている。

 Fig.2では神経細胞のaxonとdendrites間の四種の結合実態が記され,axon(a),dendrite(d)と二極性が明らかな神経が2421/2536と形態的にはっきり同定され,これらのシナプス結合はa-dが66.6%,a-aが25.8%,しかしd-d,d-aもわずかに存在する。

 Fig.3ではこれら形態学的結合性を基礎に,Fig.3Aのように93種のneuron種がhierarchical clusteringで示されている。この図では判然としないが,具体的にはFig.S8にそれら93種の神経の位置や走行分布が図示されていて圧巻である。

 Fig.4では,解析対象をa-d結合としてsensory pathwayを取り上げ,各種sensory circuitとしてolfactory以下12種の感覚神経を解析し,最初のinputからsecond,thirdと情報伝達の広がりが示される(これら感覚神経の同定は既報や他論文によるのか?)。そしてsynapse乗り換えが何hopsで出力系に繋がるか? あるいはlearning centerへつながるか? が示されている。

 Fig.5はこうした解析の特性を活かして,脳神経細胞の片側性・両側性活動に関与する情報が示されている。もちろん大多数は片側性ipsilateralであるが,2%ではbilateral,contralateralにaxonやdendriteが伸びる。こうした両側性の神経はlearningに関連するものが多いという。

 Fig.6はこれもconnectome解析で初めて明らかになる,recurrent構造に関してである。forwardsにもbackwardsにもrecurrent connection(Fig.6A)やhop経路が異なるmultiple recurrence(Fig.6E)も示されている。これらのrecurrenceはやはりlearningに関与する神経細胞群で多いという。

 Fig.7では,こうした脳の司令と末梢の運動に関して,一番知りたい点がまとめられている。幼虫larvaの体節構造と実際の運動への関与(Fig.7A ii)が示され,実際のpresynaptic siteの数の分布から,関与する運動の位置が予想されている。

 以上,本論文は昆虫モデル動物であるショウジョウバエのlarva(うじ虫)の脳に関する全身性神経connectomeが示されている。現在axon軸索を逆行性にたどる実験手技もあるが,このconnectomeに示される全身像には及びもつかない。しかもその経路とhub的synaptosomeの分布や位置など,形態解析でなければ明瞭にならない詳細さに驚く。Recurrentあるいはzigzagで示されるascending/descending間情報共有などもなるほどと納得した。

 Discussionにはこれらconnectomeのうちlayer skipping的なものはmachine learningへの応用の言及もある。一方で脊椎動物モデルであるより複雑なzebrafishの脳,脊髄,末梢神経系のconnectome解析も,電顕写真のmanual入力からAI化へのalgorismが進めば,比較的近い将来に全身connectomeも視野に入るのかもしれない。
解剖学技術である電顕アナログ情報が,デジタル情報に変換された時,いかなる新たな風景が広がるかという情報生物学が実感できる論文である。専門の神経分野でなくても,その意義が理解できるのも,情報抽出の故であろう。時間の取れる週末に是非一読を進める。


•NEJM

1)神経変性疾患
神経変性疾患における翻訳異常(Translation defects in neurodegenerative diseases
 タイトルの意味はわかるが,神経変性疾患のような各種遺伝子異常が列挙されている病態で,その畢竟の細胞内病態としての mRNA translation defectsとはどういう意味があるのか? これも専門分野ではないが,この総説で勉強する気になった点である。

 こう述べた経緯は,Table 1を見ていただくと少し理解できるだろう。
 左端には神経変性疾患名が並び,その右には報告されている関連遺伝子名が挙げられ,さらにその右には脳における病態や関連する細胞が並んでいる。
 問題はその右である。Translation状態はどうなっているか? この欄はそれぞれ別の病態だと考えていた疾患が,実は細胞内病態としてinhibitedで共通する。その右にはIntegrated Stress Response (ISR)の関与がdetrimentalとして列挙してある。

 さてIntegrated Stress Responseとは何か? その理解は関連文献#1の2020年Scienceの総説である。そのConceptはReview Summaryのであり,実際の神経変性病態との関連がFig.3となる。

 NEJMに戻れば,一見複雑に見えるFig.1が実はよく描いてある事が理解できる。
 最上段には関与する神経変性病態が赤いBoxはISRが悪化に関与するもの,灰色はなお解析が不十分なもの,青はISR病態がむしろ改善に関与するという区別。その下の段は疾患発症原因となる病態としてERストレス,アミノ酸欠乏,ウィルス感染,ヘム欠乏が並び,その病態が惹起するeIF2αのリン酸化酵素がsensor moleculeとして4種上げてある。それがPERK,GCN2,PKR,HRIである(WikipediaのISRに簡潔説明あり:リンク)。

 そしてFig.1.下半分にはeIF2αがリン酸化されることにより惹起される事項が示されている。もちろん一般蛋白合成は低下する。そして逆に遺伝子発現が亢進するものが5種類挙げてある。それらがATF4,GADD34,CHOP,BACE1,Httなどである。そのうちGADD34,CHOPはATF4の標的遺伝子であり,CHOPはcaspase活性化亢進で細胞死を帰結する。

 こうした最近20年間のISR理解は,本NEJM総説で96文献,2020年のScience誌総説では211文献が引用され,この分野の活発な研究展開を説明している。
ここでは細かく説明しないが,こうしたtranslation defectでは正常ORFより上流のORFが作動し,translation反応を滞らせる(Fig.2)。またCharcot-Marie-Tooth病では,tRNA synthase自体の変異により,tRNAのrelease不全を惹起してtranslation defectを起こす(Fig.3)なども説明されている。

 最後に重要な点は,ISRにおけるeIFR2αリン酸化の度合いも,バランスの問題という考え方がScience総説には提示されている(Fig.4)。遺伝子改変病態動物モデルを使って,リン酸化酵素阻害薬ISRIB(ISR inhibitor:Wiki)が病態回復効果を示すという。

 こうした最近の研究展開をほとんど知らなかったので,本総説は大変勉強になった。ISRIB剤は一般の加齢による認知症への効果も期待される(現実に記銘力低下の進行を実感している身として)。

 一方でこのISR現象は呼吸器疾患としてはどんな病態があるだろうか?
1つは肺線維症が考えられる。慈恵医大のグループが注目したER stressであるが,最近の知見と視野で再度II型肺胞上皮細胞などのtranslation defect病態を考える必要があるのかもしれない。実際2020年のERJにすでに総説が出ているようである。

今週の写真:東京都美術館,Egon Schiele展。溢れる才能とスペイン風邪による夭折。

(貫和敏博)

※500文字以内で書いてください