•Nature
1)細菌学
バクテリアの収縮による注射システムを利用したプログラム可能な蛋白質デリバリー(Programmable protein delivery with a bacterial contractile injection system)
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細胞内共生細菌は,宿主細胞とのインターフェースを可能にする複雑な送達システムを進化させてきた。その1つの例は,細胞外収縮注入システム(eCIS)と呼ばれ,細胞膜を介して真核細胞に蛋白質を注入する注射器状の高分子複合体である。近年,このeCISはマウス細胞を標的できることが明らかとなり,このシステムを利用して何らかの治療に関わる蛋白質を送達ができる可能性が示された。しかしeCISがヒト細胞で機能するかどうか,またeCISが標的細胞をどのように認識しているのか,そのメカニズムは不明であった。米国MITのCRISPR/Casシステム開発で超有名なFeng Zhangのグループは,Photorhabdus asymbioticaという昆虫病原細菌のeCISであるPhotorhabdus virulence cassette(PVC)が,PVC尾部線維の構造で,標的となる受容体を認識することを明らかにした。さらにin silicoで尾部繊維を修飾することで,PVCは,もともとヒト・マウス細胞など,本来標的としない生物に対しても,ほぼ100%の効率で標的として再プログラムできることを示している。最後に,PVCはCas9,ベースエディター,毒素など多様な蛋白質を搭載し,ヒト細胞に送り込み機能を発揮できることを明らかにしている。この結果は,PVCが遺伝子治療,がん治療などに応用可能な蛋白質送達デバイスになる可能性を期待させる。
PVCは16種類の遺伝子,それがコードする蛋白質で構成され,もともとは毒素の蛋白を搭載し,注射器のような構造を持っている。標的の細胞に結合すると全体が収縮し,中身の毒素が細胞内に注入されて細胞を破壊する。これが通常の機能である(
リンク)。このPVCの構造解析を行ったところ,中身の注入する蛋白質は搭載される部位が決まっており(
pvc15遺伝子にコードされる蛋白が搭載に関与する),そこに搭載される蛋白を例えばGFPに代えることで細胞内にGFPを挿入し発光することができた。つまり細胞内へ注入する蛋白を自由に変更できることがわかった。
次に,PVCを標的としたい哺乳動物細胞に対して結合させることができるか検討を行った。PVCが細胞に結合する部分は尾部線維Tail fibreと呼ばれ,この部位は
pvc13遺伝子にコードされている。通常昆虫細胞に結合するが,哺乳動物細胞には結合しない。研究者らはAlphaFoldを用いてPVCと細胞膜の結合部分の3D構造予測を行ったところ,Pvc13のC末端が結合に重要であり,Pvc13にアデノウイルスの構造の一部(Ad5-knob),もしくはEGF受容体に対する結合蛋白(DARPin)を結合させたところ,ヒト肺癌細胞株A549にも結合し,蛋白を注入することを確認した。さらにこのシステムを応用して,Cas9を挿入し変異を組み込んだり(
Figure 2b),例えばDARPinではEGFR陽性の細胞だけに結合して細胞傷害活性を誘導したり(
Figure 3c,d) できることを証明した。
最後に,生体内で蛋白質を導入できるか評価するため,脳内へPVCを注射して調べると,アデノウイルス分子(Ad5-knob)を使った場合,神経細胞特異的に蛋白質を導入できることがわかった。しかしながらその発現は非常に短時間(数日ぐらい)しか持続しないことも示されている(
Figure 4f)。
以上から,PVCは細胞特異的に蛋白質をデリバリーさせる有望なツールになる可能性が期待される。Feng Zhangの発想は常にユニークであり驚異的である。本論文はAASJにて西川先生も紹介されているので参照いただきたい(
リンク)。
•Science
1)免疫学
侵害受容器による樹状細胞機能の多様な制御メカニズム(Multimodal control of dendritic cell functions by nociceptors) |
侵害受容器は,侵害刺激に対して痛みやかゆみを感じたり,免疫応答を調節したりする感覚神経細胞である。侵害受容器は,皮膚や粘膜などの外界と接するバリア組織を密に支配し,そこには樹状細胞DCも共存している。DCは外来病原体や危険に関連する分子パターンを感知し,抗原提示や獲得免疫を制御している。さらにDCはサイトカインやその他のメディエーターを分泌することで,炎症も調整している。特に真皮のDCは侵害受容器周辺に集積していることが知られているが,DCと侵害受容体の間のクロストークにおいてどのような液性因子のやりとりなどがあるのかは不明であった。本研究はハーバード大学のUlrich H. von Andrianのグループからの報告で,そのメカニズムを明らかにしたものである。わかりやすい
図とperspectiveでの
概要説明が掲載されている。
骨髄から誘導したDCと侵害受容器を含む神経細胞との共培養を行い,TLR7リガンドを加えると,DCの分化マーカーの発現に変化を認めないものの,IL-12p40・IL-6の産生が亢進する一方でTNFa産生は減少することがわかった(
Figure 1D)。さらに実際の感染を模倣するようにインフルエンザウイルス,肺炎球菌,カンジダで同様に刺激すると,侵害受容器の存在下では,IL-12p40の産生が有意に上昇することがわかった(
Figure 2B)。
次にDCが侵害受容器の周辺に集積している理由を検討するため,侵害受容体が分泌する様々な液性因子を評価したところ特にCCL2の産生が顕著であり,その産生はMyD88依存的なシグナルで誘導されることがわかった。
侵害受容器とDCの間のクロストークのきっかけとして,侵害受容器によるCCL2分泌とDCの遊走が確認できたことから,次に研究者らは,カルシウムイメージングを行い,活性化したニューロンからDCへどのようなシグナルが伝播するか評価した。カプサイシンで細胞を刺激すると,侵害受容器とDCの両方で細胞内カルシウムの急激な増加が起こった。カプサイシンはDC単独ではカルシウムフラックスを惹起しなかったことから,共培養におけるカプサイシン効果はDCではなく侵害受容器の活性化によって引き起こされること,さらに,侵害受容器をカプサイシンで刺激すると,軸索の活動電位がDCに伝播した(
Figure 4D)。
さらに,カプサイシンで刺激した侵害受容器とDCの共培養では,見張り役の機能(sentinel phenotype)に関わるような遺伝群の子発現上昇が認められ(
Figure 5),特にpro-IL-1bに着目した。Pro-IL-1bは細胞内で蓄積されるが,侵害受容器の培養上清のみでも誘導されたことから,何らかの液性因子がpro-IL-1bの誘導を促進していると考えられ,次にCGRPのシグナルを検討している。解析の結果,CGRPシグナルの阻害によってpro-IL-1bの誘導が阻害される一方,cAMPの蓄積やそれに伴うp38-MAPKシグナルがpro-IL-1bを誘導していることを明らかにした。
最後にマウスモデルを用いて,侵害受容器を阻害する薬物療法としてリドカイン+QX314の併用や,レシニフェラトキシン(RTX)を作用させることで,TLR7リガンドクリームの塗布に対するIL-12p40,IL-6,proIL-1bの産生が抑制されることを明らかにしている。また侵害受容器からのCCL2産生を欠損させることで,炎症性細胞浸潤が減弱することを証明している。
以上の結果から,侵害受容器は痛みの知覚に関わるだけでなく,CCL2を介して周辺にDCをリクルートしたり,電気シグナルでIL-12p40,IL-6を誘導したり,神経ペプチドによるCGRPを介してproIL-1bを産生するなど,多様な炎症反応を誘導するポテンシャルがあることが明らかなになった。痛みの治療は,他の疾患治療の効果にも影響を与える可能性が示唆される。
•NEJM
1)公衆衛生学,腫瘍疫学
ヘリコバクタ―ピロリ,相同組換え遺伝子,胃癌(Helicobacter pylori, homologous-recombination genes, and gastric cancer) |
Helicobacter pylori(H. pylori)の保菌状態は,胃癌の発症リスク因子としてよく知られているが,遺伝性がん関連遺伝子のgermlineバリアントとH. pylori感染が組み合わさった場合の胃癌発症リスクに対する影響はこれまで大規模に評価されたことがなかった。この研究では,1つ目のコホートとして,バイオバンク・ジャパンに登録された胃癌患者10,426例とその対照群として38,153例を比較し,まずcancer-predisposing genesとして27種類の癌素因となる遺伝子(遺伝性スキルス胃癌の原因遺伝子CDH1,相同組換えに関与する遺伝子群〔ATM,BARD1,BRCA1,BRCA2,BRIP1,CHEK2,PALB2,RAD51C,RAD51D),ミスマッチ修復遺伝子(MLH1,MSH2,MSH6,PMS2),その他の遺伝子群(APC,BMPR1A,CDK4,CDKN2A,EPCAM,HOXB13,MUTYH,NBN,NF1,PTEN,SMAD4,STK11,TP53)〕のgermlineバリアントと胃癌発症リスクとの関連を評価している。さらに,もう1つのコホートとして,愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)の胃癌患者1,433例とその対照群5,997例を比較して,相同組換えに関与する遺伝子群の病的バリアントと H. pylori感染状態の組合せによって,胃癌発症リスクがどのように変化するか,累積リスクを検討している。
評価した27遺伝子のうち9種類の遺伝子(
APC,ATM,BRCA1,BRCA2,CDH1,MLH1,MSH2,MSH6,PALB2)がgermlineの病的バリアントとして胃癌リスクと関連していることがわかった(
Table 2)。
さらに愛知県がんセンターコホートでは,
H. pylori感染と相同組換え遺伝子(保有する患者数の観点から
ATM,BRCA1,BRCA2,PALB2に選択)の病的なバリアントとの組み合わせによる影響を評価したところ,組み合わせによる相対的過剰リスク16.01,95%信頼区間(CI)2.22-29.81,p=0.02であった(
Table 3)。
年齢を含めた解析の結果,85 歳の時点で,
H. pylori感染陽性で相同組換えに関与する遺伝子群の病的バリアント保持者は,
H. pylori感染陽性で病的バリアント非保持者と比べて,胃癌の累積リスクが有意に高かった〔45.5%(95%CI 20.7-62.6)対14.4%(95%CI 12.2-16.6)〕(
リンク)。
以上の結果から,H. pylori感染は,相同組換えに関連する遺伝子のgermlineの病的バリアントと関連し,胃癌リスクを増悪させることがわかった。胃癌ではこのようなgermlineの病的バリアントを有する頻度は少ないが,胃癌発症リスクとなるバリアントがはっきりと証明されたこと,またその一部はH. pylori感染と併せて発癌リスクを増悪させることが示され,疫学的にとても重要なデータと考えられる。
EditorialでNEJM AIの告知がされているので参照いただきたい(
リンク1,
リンク2)。
今週の写真:柏の葉キャンパスの夜桜 |
(小山正平)