•Nature
1)遺伝学:Article
ヒトパンゲノムリファレンスのドラフト(A draft human pangenome reference) |
ヒトゲノムが20年以上前の2001年に報告されて(
Link),このゲノム配列は様々な研究・プロジェクトのデータ基盤となっていた。一方で,このヒトゲノムは,構造バリアントが十分に反映されてない点,十分に塩基配列が決定されていない領域がある点,各アリルの遺伝的多様性が十分に反映されていない点(実際にこれまでのヒトゲノムはほぼ1人のゲノム配列に依存していた)などの問題点があった。
今回,
Human Pangenome Reference Consortiumは様々な祖先のバックグラウンドを持つ47人のコホートを基に構築された“pangenome reference”の“draft”を公開している。本論文が“draft”となっているのは,本計画が2024年半ばまでに多様な350人の完全配列の決定を目指す国際プロジェクトの中間報告だからである。
今回の解析により,現行の参照ゲノム(GRCh38)と比べると,1億1900万塩基対と1115の遺伝子重複(
Wiki)が新たに加わっている。特に構造多型(structural variants)の数がGRCh38よりも2倍以上に増え,ヒトゲノムの遺伝的多様性が詳細に明らかにされている。近年,ロングリードのゲノム解析技術の発達により,構造多型と疾患の関連の報告が増えてきており(
Link),詳細なレファレンスゲノムが整備されることで,さらに本分野の知見が進むことが期待される。
さらに,本発表と同時に2報の論文が報告され,1つは分節重複(Segmental Duplication:10-300 kbのサイズの大きい遺伝子重複)(
Link)のこれまで同定されていなかった新たな数百万の一塩基変異(SNV)に関する報告(
Link)で,もう1つは,セントロメアが末端に存在する染色体(通常はセントロメアは染色体の中心部分に位置することが多いが,末端に存在することもある)の短腕間で組み換えが起きていることを報告している(
Link)。その他にも関連した研究やコメントをまとめ,Natureでは
特集ページも組んでいる。
•Sci Immunol
1)免疫学:Research Article
結核菌持続感染でNK-like CD8+ γδ T細胞が増殖する(NK-like CD8+ γδ T cells are expanded in persistent Mycobacterium tuberculosis infection) |
結核に限らず,抗酸菌やその他の病原体における慢性感染における免疫ホメオスタシスはまだ明かされていない機構が多数存在すると言えよう。結核菌の急性感染におけるγδT細胞の機能は多く研究されているが,結核菌の持続感染時のγδT細胞の機能は十分に明かされていない。
スタンフォードのグループによって展開されている本研究は,以前に発表されている南アフリカの成人の結核コホート(
Link)の中でγδT細胞に焦点を当てている。
γδT細胞は急性感染症やワクチン接種後の早期に応答する免疫担当細胞であるが,結核や寄生虫感染症では末梢血中のγδ T細胞の頻度が一部の患者では45%を超える程度まで増加することがあることが知られている(健常人は通常5%未満)。
筆者らは以前に南アフリカの結核のコホートのPBMCのマスサイトメリーを用いてCD16陽性細胞とNK細胞を介した細胞傷害性反応を報告していた。そして,この研究でCD16陽性グランザイム陽性の細胞融解性の細胞集団がNK細胞だけでなく,γδ T細胞中にも存在しており,慢性感染時にγδ T細胞が免疫担当を担っていることが示唆されていた。表面マーカーのCD16はNK細胞のマーカーとして知られている一方,COVID-19の重症化に重要な役割をになる免疫担当細胞としてCD16陽性単球も注目を集めている(
Link)。
今回,筆者らは非感染ドナー24名とTB感染が制御されているドナー(つまりLTBI)24名のCyTOF(
Link)で各種免疫担当細胞を比較している。総γδ T細胞は両群間で相違がなかったが,CD8を発現するγδ T細胞クラスターがLTBI群で増加していた(
Fig.1)。CMVなどの他のいくつかのウイルス感染時に「メモリーインフレーション」(
Wiki)を起こすことが知られているが,種々の解析結果からこのCD8+γδ T細胞が「メモリーインフレーション」の特徴を持つと述べている。CD8 +γδ T細胞およびCD8-γδ T細胞に対してRNA-seqを行い,CD8+γδ T細胞ではCCR7,CD27,CD28,CD62L,およびCD127の発現が著しく低下していたのに対し,NK細胞関連の受容体遺伝子(KLRG1,KLRD1,KLRC3,KLRC2,KLRC4,NCR1,andCD244やKIR受容体(KIR2DS4,KIR2DL1,KIR2DL3,KIR3DL1,KIR3DL2,KIR3DL3)が高発現していた。また,CD8+γδ T細胞は,結核において保護的な役割を果たす炎症誘発性サイトカインであるIL-32(MAC感染でも上昇する)やXCL1,XCL2,CSF3,CCL4L1(MIP1b),CCL4L2,CCL3L1(MIP1AP)を含むケモカインを高レベルで発現していた(
Fig.1)。そして,CD8+γδ T細胞はTCRを介した刺激に応答性が低下しているのに対し,CD16を介した細胞傷害性に関しては強力なエフェクター機能を有していた(
Fig.2)。
CD8+ γδ T細胞の抗原特異的なレパトアを評価したところ,抗酸菌に特異的であるがリン酸化抗原に反応しないクローンタイプが高度に集中するTCRレパトアを有していることがわかった(
Fig.3)。Single-cell pseudo-time trajectory analysis(遺伝子発現パターンの類似性から細胞を擬似時間軸で並べる解析)(
Link)を行うと,CD8+γδT細胞がこの感染状態でエフェクターに分化する経路を同定している(
Fig.5)。心血管疾患や癌を含む他の慢性炎症状態でもこの細胞集団が増殖するかを検証するために血液中のCD8+γδT細胞を評価し,増加していることを見出している(
Fig.6)。つまり,結核に限らず,持続的な抗原曝露がこのγδT細胞集団を増殖させる可能性を示している。
•NEJM
1)アレルギー:Original Article
ピーナッツアレルギーの幼児を対象とした表皮免疫療法:第3相試験(Phase 3 trial of epicutaneous immunotherapy in toddlers with peanut allergy) |
米国に留学してみると,ピーナッツアレルギーがとても大きなイシューであることを感じる。子供の学校では,日本では考えられないぐらい高頻度でピーナッツアレルギーの有無を確認される。その一方で,ピーナッツ食品は大人気で,特にカロリー高めのピーナッツバターは人気なわけである。そのような意味で,ピーナッツアレルギーの克服は社会的に意義が高いと言える。
本研究(米国の第3相多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験)では,4歳未満の小児に対して承認されているピーナッツアレルギーの治療法が存在しないことから,ピーナッツアレルギーが確認された1~3歳児を対象としている。なお,ピーナッツアレルギーは食物負荷試験で確認している。
ピーナッツ蛋白の誘発用量が300mg以下であった症例に対して,経皮免疫療法としてピーナッツパッチを1日1回,12ヵ月間貼付する群(介入群)と,プラセボを貼付する群に2:1の割合で割り付けている。主要エンドポイントは12カ月の時点での治療効果とし,ピーナッツ蛋白の誘発用量を用いて評価している。
無作為化された362例のうち,84.8%が試験を完遂している。主要エンドポイントは介入群では67.0%で達成されたのに対し,プラセボ群では33.5%であった(リスク差 33.4パーセントポイント,95%信頼区間22.4~44.5,p<0.001)(
Link)。全有害事象は,介入群では100%,プラセボ群では99.2%に観察され,重篤な有害事象は介入群では8.6%,プラセボ群では2.5%に発現していた。治療に関連するアナフィラキシーは,介入群では1.6%に発現し,プラセボ群では発現しなかった。ピーナッツアレルギーの1~3歳児を対象とした試験で,12カ月間の経皮免疫療法は,ピーナッツに対する脱感作と,アレルギー症状を引き起こすピーナッツ量を増加させた。
なお,本研究は
動画でも紹介されている。スギ花粉に対する舌下免疫療法は急速に広がっているし,その一方で,古くは「茶のしずく石鹸」事件(
Link)もあり,アレルギー診療に携わる医療従事者はますます,免疫を全身のシステムとして理解する必要がありそうだ。
(南宮湖)