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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 239

公開日:2023.6.8


今週のジャーナル

Nature (2023年5月31日)英語版

Science Vol. 380 Issue 6648(2023年6月2日)英語版

NEJM  Vol. 388 Issue 22(2023年6月1日)英語版 日本語版








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新規panKRAS inhibitorの登場/神経細胞の一次繊毛がサーカディアンリズムを制御する/ホルモン受容体陽性乳癌の二次治療におけるAKT阻害薬のエビデンス

•Nature

1)腫瘍学
Pan-KRAS阻害薬によって発がんシグナルおよびガンの増殖が抑制される(Pan-KRAS inhibitor disables oncogenic signalling and tumour growth
 KRASは,多様ながんにおいて変異が最も高頻度で認められるタンパク質の1つであり,がん治療として,その機能を直接阻害する試みが数十年に渡り続けられてきた。現在肺癌に対して承認されているKRAS G12Cを不活性状態で捕捉し,がん増殖を抑制する共有結合型の変異特異的阻害薬が最も成功した1例であるが(リンク),G12C以外のKRAS変異体を治療対象にできるかどうかが課題であった。
 本研究は,米国メモリアルスローンケタリングがん研究所とベーリンガーインゲルハイムとの共同研究として実施され,KRASの不活性状態に高親和性で結合し,野生型KRASおよびG12A/C/D/F/V/S,G13C/D,V14I,L19F,Q22K,D33E,Q61H,K117N,A146V/Tといった多様なKRASS変異体の活性化を阻害する一方,NRASHRASにはほとんど結合せずそのシグナルを抑制しない新規の非共有結合型の阻害薬を開発したという内容。
 はじめにソトラシブと同様にKRAS G12Cを標的とした阻害薬BI-0474の共有結合に関わる反応基を除去した化合物を複数新たに作成したところ,BI-2865(以降pan KRAS阻害薬)はKRAS G12Cに対する選択的作用は低下するものの,これまで報告されている複数のKRAS変異バリアントと結合し,がん細胞の増殖を抑制することがわかった(Fig. 1)。さらに,KRASに対する化合物の結合に関して,結晶化による構造解析を実施した結果,どの変異でもGDP結合分子と同じように結合することがわかった。ヌクレオチド交換の阻害を指標にした薬理作用をみると,変異がない野生型KRASにも結合するが,細胞の増殖には影響しないこと,野生型のHRASNRASとはほとんど結合しないこと示している。またGTPaseのG4/G5モチーフおよびα5 helixがpan KRAS阻害薬の作用点として機能しており(Fig. 2),その領域の変異によって阻害効果が減弱することを示している(Fig. 3)。つまり耐性化に関わる変異の予測が実施されたことになる。
 次に今回の開発したpan KRAS阻害薬の作用点として,KRASのどの下流シグナルを最も抑制しているのか評価するために,KRAS変異を有する様々な細胞株をpan KRAS阻害薬で処置し,RNAシークエンスによってシグナル変化を治療ありなしで評価したところ,MEK/ERKのシグナルの遮断が主な作用機序であることがわかった(Fig. 4)。最後にin vivoでの効果を検証するためpan KRAS阻害薬の抗腫瘍効果を様々なKRAS変異を有する腫瘍のマウス皮下移植モデルで評価したところ,治療効果を示す一方で,顕著な毒性は示さないことがわかった。
 今回紹介したpan KRAS阻害薬は,幅広いがん種に対して治療効果が期待される一方,容易に耐性化が生じる可能性も想定される。今後の臨床試験による臨床効果の評価が待たれるとともに,耐性克服の戦略が求められる。
 AASJの論文ウォッチでも取り上げられている。

•Science

1)神経科学
繊毛の変化が,概日時計における視交叉上核ニューロンのリズム調整に関わる(Rhythmic cilia changes support SCN neuron coherence in circadian clock
 サーカディアンリズムによる生体の生理機能の調整は,体内時計として中心的な役割を果たす視交叉上核(SCN)のニューロンによって調節されている(リンク1リンク2)。本論文は,中国のNational Center of Biomedical Analysisのグループからの報告で,SCNにおける個々の細胞の同期において,このニューロンの一次繊毛のシグナル伝達が重要な役割を担っていることを明らかにした(わかりやすいサマリーがPERSPECTIVEに紹介されている)。
 一次繊毛は,ニューロンを含む様々な細胞種の表面に発現し,メカノセンサーとして機能するほか,様々な細胞外因子を受け取りシグナル伝達するための受容体としての機能も有する(日本語の総説も販売されている:リンク)。受容体に作用した分泌型のシグナル伝達タンパク質は,鞭毛内輸送(IFT)によって繊毛の基部と先端部の間を移動し,多くの受容体を含む多タンパク質複合体を形成する。その例として,発生期のソニックヘッジホッグ(SHH)シグナルを司るSmoothened(Smo)共受容体や,複数のGタンパク質共役型受容体が知られている。本研究グループは,神経ペプチドneuromedin S(NMS)を発現するSCNの神経サブセットにおける一次繊毛依存性のSHHシグナルが,細胞間結合を維持することでサーカディアンリズムの制御に重要な役割を果たすことを明らかにしている。
 他の組織の一次繊毛とは異なり,SCNニューロンにおける一次繊毛は,その数と長さがサーカディアンリズムによって変化することが知られている。マウスをlight-darkの変動ありの環境から,dark-darkの変動なしの環境へ変化させることで,サーカディアンリズムを破綻させる実験系を用いて評価したところ,日内時計の関連遺伝子Bmal1のノックアウトマウスでは,一次繊毛の数と長さの日内変動(light-darkの場合に認める変動)が消失することを見出した。興味深いことに,SCNで一次繊毛が消失したマウスを作成したところ,この光サイクルへの適応力・感受性が高まる(光による分子リズムのシフト,時差ボケのような状態での活動シフトが加速する)ことがわかり,NMS陽性ニューロンにおける選択的なIft88Ift20の欠損(Iftは鞭毛内輸送に関わる分子)でも同様の表現形を示すことから,一次繊毛におけるシグナル伝達が,サーカディアンリズムの形成に関与している可能性が示唆された。そこで,一次繊毛におけるSHHシグナルに着目し,NMS陽性ニューロン選択的にSmoの欠損,SMO阻害薬であるvismodegib投与などによって,同様の変化が誘導されることを明らかにしている(リンク)。
 以上から視交叉上核におけるNMS陽性ニューロンの一次繊毛が,サーカディアンリズムの形成において特に重要な調整機能を果たしていることを,マウスモデルを用いて非常に美しく実証している。本事象がヒトでも共通して認められるのか,その場合に治療介入の標的となるかなど,今後の研究展開がとても楽しみな領域である。

•NEJM

1)腫瘍学
ホルモン受容体陽性進行乳癌に対するカピバセルチブ(Capivasertib in hormone receptor–positive advanced breast cancer
 ホルモン受容体陽性乳癌は,他の固形癌と比較して予後良好であるが,ホルモン治療に抵抗性が示す症例ではAKTシグナル経路の活性化が関連することが報告されている。AKTは,ホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)の下流にあり,PI3K-AKT経路の過剰活性化は,PIK3CAAKT1の活性化変異とPTENの不活性化変異によって,今回対象となっているホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌の約半数で生じることが報告されている(リンク)。さらにホルモン治療抵抗性の患者ではこのような遺伝子変異がなくてもPI3K-AKT経路が活性化する可能性が示されている(リンク)。
 以上のような背景から,CAPItello-291という名前で今回実施された第III相無作為化二重盲検試験は,ホルモン受容体陽性進行乳癌患者で,一次治療として,サイクリン依存性キナーゼ4および6(CDK4/6)阻害薬の併用・非併用を問わず,アロマターゼ阻害薬による治療中もしくは治療後に再発・再燃を認めた患者に対する二次治療として,選択的エストロゲン受容体抑制薬フルベストラントとAKT阻害薬カピバセルチブ(capivasertib)の併用による有効性と安全性を評価した(リンク)。
 対象となる患者は,カピバセルチブとフルベストラントを投与する群と,プラセボとフルベストラントを投与する群に1:1の割合で無作為に割り付けられた。プライマリーエンドポイントは,dual primary endpointとして,PFSとAKT経路(PIK3CAAKT1PTEN)に変異の有無の両方で評価された。合計708例のうち,289例(40.8%)にAKT経路の変異があり,489例(69.1%)にCDK4/6阻害薬による前治療歴があった。集団全体では,PFSの中央値は,併用群では7.2カ月に対し,フルベストラント群では3.6カ月であった。進行または死亡のハザード比は0.60で,95%信頼区間0.51~0.71,p値<0.001であった。またAKT経路の変異陽性群では,PFS中央値は,併用群では7.3カ月に対し,フルベストラント群では3.1カ月であった。ハザード比0.50で,95%信頼区間0.38~0.65,p<0.001であった。併用治療を受けた患者で,頻度の高かったグレード3以上の有害事象は,発疹(12.1%対フルベストラント単剤では0.3%)と下痢(同9.3%対0.3%)で,中止に至った有害事象は,併用群13.0%,フルベストラント単剤2.3%だった。
 以上から,ホルモン受容体陽性HER2陰性進行乳癌で,一次治療でアロマターゼ阻害薬±CDK4/6阻害薬による前治療を受けて抵抗性が出現した患者において,カピバセルチブ+フルベストラント療法は,フルベストラント単独と比較しPFSを有意に延長した。QUICK TAKEでは本臨床試験の内容が動画でまとめられている。治療継続という点でやや難があるかもしれないが,もともと長期予後が見込まれる乳癌のサブセットできちんと有意差を持って有効性を示すことができた試験であり,重要な二次治療のエビデンスが示されたと考える。

今週の写真:ASCOに参加したシカゴのダウンタウン

(小山正平)

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