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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 240

公開日:2023.6.15


今週のジャーナル

Nature  Vol.618 Issue 7964(2023年6月8日)英語版 日本語版

Sci Transl Med Vol. 15 Issue 699(2023年6月7日)英語版

NEJM  Vol. 388 Issue 23(2023年6月8日)英語版 日本語版








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緑膿菌の全身播種を制御するsmall RNA/低酸素による気道疾患増悪のメカニズム/心停止後ドナーからの心臓移植の臨床成績

•Nature

1)感染症
緑膿菌はsmall RNAで慢性感染型と急性感染型を制御している(Pseudomonas aeruginosa small RNA regulates chronic and acute infection
 呼吸器専門医が日常的に外来で遭遇する緑膿菌は慢性感染が多く,抗菌薬に耐性を獲得しやすいことが知られている(リンク)が,内服可能なニューキノロン系の抗菌薬を安易に使わないように気をつけている主治医の先生は多いと思う。その一方で,急性感染状態の緑膿菌は敗血症性ショックを起こす可能性もあり,一刻を争う抗菌薬治療が必要となる。慢性感染の緑膿菌は集団で基質に包まれている(バイオフィルム状態)が,急性感染の緑膿菌は菌体が1個ずつで存在し(プランクトン状態),臨床的にも性質が大きく異なることが知られてきたが,哺乳類宿主の生体内でこの2つの状態が切り替わるメカニズムについてはよくわかっていなかった。

 米国ジョージア工科大学やテキサス工科大学などによる共同研究チームからの報告で,研究者たちはこれまでに嚢胞性線維症などの緑膿菌の慢性感染を来した喀痰等から分離した緑膿菌の網羅的遺伝子発現解析のデータセットを取得しており,in vitroで培養した緑膿菌とヒトの慢性感染から分離した緑膿菌を比較したところ,30の発現変動遺伝子を見つけ,その半分以上は機能未知だったことを説明した。今回見つけたPA1414というわずか234bpの遺伝子はヒトからの分離菌に多く発現し,in vitroで培養した菌よりも222倍も高い発現量で,多数の緑膿菌株に共通する保存された配列だったとのことである。

 次に嫌気培養ではPA1414の発現量が増えることを明らかにし,慢性感染時の低酸素曝露がPA1414の発現を誘発することを明らかにした。PA1414を緑膿菌から欠損させると好気培養には影響がなかったが,嫌気培養では野生型緑膿菌に比べて増殖力が低下することがわかった。次にPA1414がタンパク質かsmall RNAかを調べるためにスタートコドン変異やフレームシフト変異を導入してみたところ,PA1414の機能には影響がなく,アミノ酸には影響のない塩基配列置換を行ってみると嫌気培養でバイオフィルムを形成しなくなったこと等から緑膿菌が嫌気培養で発育するために重要なsmall RNA(以降,SicX)として機能すると考えた。

 small RNAは転写後調節に関わることが多いので,ショットガンプロテオーム解析を行って,低酸素培養と嫌気培養を行って緑膿菌の野生株とSicXノックアウト株を比較したところ,7種類のたんぱく質で違いを認め,ubiquinoneの嫌気産生に関わるUbiVが同定された。sicXをノックアウトすると,UbiV はubiUVTと呼ばれる複数の遺伝子を載せたオペロンに属しているが,ubiUVTの翻訳活性は著しく低下し,ubiquione量も低下していた。研究者たちはSicXに変異を入れる実験も行ってSicXがどのようにubiUVTの翻訳活性を制御しているかも解析している。

 次にin vivoの慢性感染モデルとして,マウスの背中の傷に緑膿菌を慢性感染させる実験を行い,脾臓への播種について調べたところ,野生株では2匹/21匹,sicX欠損株では12匹/20匹と有意差をもってsicX欠損株では播種を認め,致死率も高かった(Fig. 3)。また,野生株でubiUVTを欠損させても,同様の播種を認め,逆にsicX欠損株にubiUVTを強制発現すると嫌気培養での増殖が復活し,全身播種は抑制されたことから,嫌気培養下でのubiquinone合成が慢性感染の成立に重要と考えられた。さらにマウス肺への感染モデルについても調べ,sicX欠損株では野生株に比べて100倍脾臓への播種が多いことも確認した。

 glycoside hydrolases(GHs)とcis-2-dexenoic acid(cis-DA)は緑膿菌の全身播種を促進する効果があると報告されてきた物質で異なる機序が報告されているが,これらで刺激するとsicXは最も発現低下する遺伝子だった他,バイオフィルムを除去する遺伝子群が発現低下していた一方で,低酸素応答に関連する遺伝子群は上昇しており,バイオフィルム除去に酸素利用が必要な可能性も示唆していたことから,SicXは緑膿菌の慢性感染型から急性感染型への移行を制御していると結論付けた。

 呼吸器専門医にとっては身近な存在でもある緑膿菌の生態内での変化の仕組みを説明できるメカニズムで,緑膿菌感染の危険なタイプを見分けられるようになれば,治療介入にも役立ちそうな知見で今後の研究の進展が興味深い。グラム陰性桿菌のsmall RNAは最近のホットトピックで総説もでており興味のある方は参考にされたい(リンク)。

•Sci Transl Med

1)慢性気道疾患
気道低酸素は痰を粘調にして粘液閉塞性肺疾患(MOLD)を悪化させる(Chronic airway epithelial hypoxia exacerbates injury in muco-obstructive lung disease through mucus hyperconcentration
 気腔内の粘液栓は気道上皮細胞の低酸素暴露の原因となることがCOPDの臨床検体やマウスモデルでも明らかにされてきたが,どのように病態に寄与するかはよくわかっていなかった。嚢胞性線維症(CF)ではCFTRの機能低下により,クロライドイオンの輸送が低下することでNaイオン輸送能が上昇して痰が粘調になることが示されてきたが,CF以外の疾患群(粘液閉塞性肺疾患;muco-obstructive lung diseases:MOLD)で,異物やウイルス感染後や腫瘍によって,痰の粘調度が増加し,慢性的に痰が貯留する機序はよくわかっていなかったことから,そのメカニズムを調べた研究で,ノースカロライナ大学のRichard Boucher教授の研究室に在籍された東京大学の三上先生らによる論文報告である。

 ヒト初代気道上皮細胞を用いて正常酸素分圧と低酸素(1%を5日間)で培養したときのバルクRNA-seq,IL-1βで刺激後のバルクRNA-seqとも比較し,低酸素で上昇し,IL-1βによる影響は受けない遺伝子を抽出し,さらにシングルセルRNA-seqでは細胞特異的な遺伝子はなるべく除外して,ベースラインで発現低めの遺伝子を探したところ,EGLN3,ENO2,P4HA1を低酸素特異的な遺伝子の候補として見つけた。CF様の粘液栓で気道閉塞を来すマウス(Cftrtm1Unc/Scnn1b TG),喘息様の気道粘液閉塞を来すStat3変異マウス,アスペルギルスの気道投与で誘発される気道炎症マウスにおいてEgln3は粘液栓周囲の気道上皮細胞に特異的に陽性に発現していたことからin vitroだけでなくin vivoでも粘液栓による低酸素状態ではEGLN3が局所的に発現上昇していると考えられた。さらにCF,非CF気管支拡張症(NCFB),線毛機能不全症候群(PCD)患者,COVID-19の粘液栓で閉塞した細気管支上皮でもEGLN3の発現上昇を認めた(Fig.1)こと,同一患者でも粘液栓による閉塞病変では局所的にEGLN3の遺伝子発現が上昇しており,EGLN3は全身低酸素によって誘導されるのではなく,粘液栓による閉塞で局所的に誘導されることを見出した。

 次にヒト初代気道上皮細胞を用いて,1%低酸素曝露下での培養実験を行ったところ,5日間培養しても形態的異常,死細胞増加,LDH産生,バリア機能といった異常はいずれも認められず,シングルセルRNA-seq解析を行ったが,特に低酸素条件に特異的な細胞クラスターも認められなかった。ところが,低酸素(PGK1VEGFA)や解糖系(SLC1A1GLUT1)および老化系(IGFBP3)の遺伝子発現は上昇しており,ミトコンドリア系や細胞周期系の遺伝子発現は低下していた(Fig. 2)。免疫染色でもp16,p21といった老化系のマーカータンパク質が低酸素曝露で上昇し,細胞増殖マーカーのKi67の発現は低下していることを確認した。

 次に慢性低酸素曝露では痰粘液の濃度が上昇していることから,NaやClイオンの輸送やムチン産生速度に異常を来しているのではないかと仮説を立てた。ムチン産生について調べたところ,気道表面ではMUC5Bの発現増加を認め,MUC5ACは変化がなかった。イオン輸送について調べたところ,急性低酸素曝露(2時間まで)ではアミロライド感受性のNaイオン吸収やCFTRによるClイオン分泌は低下していた一方で,慢性低酸素曝露(5日間)では曝露後10日にわたってNaイオン吸収やCFTRによるClイオン分泌は増加していた。そのメカニズムを調べるため,ENaCに着目し,βとγサブユニットであるSCNN1BSCNN1Gの遺伝子発現がそれぞれ>2倍と>12倍に上昇していることを見出し,特にSCNN1Gを欠損するとIsc値が低下して低酸素応答も消失したことから,γENaCが低酸素曝露時のNaイオン輸送増大の原因と考えられた。

 また,シングルセルRNA-seqとRNA-ISHでSCNN1Gを発現する細胞を調べたところ,EGLN3は低酸素曝露によりどの細胞種にも均一に発現上昇が見られたのに対して,SCNN1Gin vitroでもin vivoでも基底細胞や分泌細胞に限局して発現上昇していた。また,MUC5Bの発現上昇とNaイオンの吸収増加は部分的に異なる細胞で起きていると考えられた。一方,急性も慢性も低酸素曝露ではHIF1αが増加するが,慢性期はHIF1αは核内移行することから,HIF1α欠損させた初代気道上皮細胞を解析したところ,低酸素に対するNaイオン吸収は低下し,SCNN1Gの増加も制限された(Fig. 4)。HIF2α欠損実験も同様の結果で,低酸素に対してSCNN1Gの発現は反応しなくなり,SCNN1Gは特にHIF2αの発現に強く依存することがわかった。

 次に酸素濃度を初代気道上皮細胞を培養するメンブレンの上の層と下の層で低酸素の条件を変える検討を行い,両側を3.5%O2に設定するとEGLN3の発現上昇は見られなかったが,上層で1%O2,下層で3.5%O2(静脈血酸素濃度に近い濃度)に慢性低酸素曝露したところ,両層とも1%O2に設定した時と同様のEGLN3の発現上昇を認め,シングルセルRNA-seqでは他の遺伝子群についても整合性のある結果だった。CF,NCFB,PCD,COVID-19患者の粘液栓で閉塞した気道上皮ではSCNN1GEGLN3と同じ部位に発現することを確認した。最後に慢性低酸素曝露によって炎症性サイトカイン,蛋白質分解酵素,血管新生に関連する遺伝子群は上昇し,宿主防御に関する遺伝子群の発現は低下することを確認した。特にVEGFAMMP1は主にはCF,NCFB,PCD患者の気道基底細胞で発現上昇を認め,気管支拡張を含む不可逆的な気道ダメージを来すと考えられた。

 気管支拡張は様々な慢性呼吸器疾患に現れる所見だが,痰の貯留と気道低酸素との悪循環による共通のメカニズムが背景にあったことが示唆される内容で,悪循環を止めるための治療介入のポイントがたくさん見つかることを期待したい。 

•NEJM

1)移植医療
心停止後ドナーからの心臓移植のアウトカム(Transplantation outcomes with donor hearts after circulatory death
 心臓移植は一般的に脳死後の移植が行われているが,ドナー不足の問題は深刻であり,海外では一定の条件を満たした場合には心停止後の心臓移植が行われはじめている。日本で実施できるようになるには多くの課題が残されているが,今回は米国での多施設共同研究のアウトカムの報告で,脳死後心臓移植に比べて適切に管理して実施された心停止後心臓移植は術後6カ月のリスク調整生存において非劣性だったことを示しており参考になる知見である。

 多施設非盲検ランダム化比較試験となっていて,脳死ドナー心臓は従来通りの標準的な低温保存が行われ,心停止後ドナー心臓では携帯型の体外循環システムを用いて還流して保存された。心臓移植待機の成人患者を対象に,心停止後ドナーと脳死ドナーに3:1でランダムに割り付けたが,心停止後ドナーに割り付けられた場合に,脳死ドナーからの心臓移植の機会が得られた時には脳死ドナーからの移植を受けられるようにした。2019〜2020年にかけて実施されたこの研究では結果的に90名が心停止後ドナー心臓の移植を受けて,90名が脳死後ドナー移植を受けた。前者では10例のプロトコルの逸脱があり,その内訳は18歳未満からの移植が3例,30分以上の血流遮断が6例,乳酸高値のドナー心臓の移植が1例が含まれ,後者では4例が逸脱したが,いずれも18歳未満からの移植だった。このため,心停止後ドナーからの移植は80症例,脳死後ドナーからの移植は86症例で解析を行った(論文上はプロトコル逸脱例を含めた場合の解析結果も併記)。

 リスク因子は両群とも同様で,レシピエントの年齢は心停止後ドナーの移植群が脳死ドナーの移植群よりもやや若年(29.3±7.5歳 vs. 33.2±11.4歳)で,男性が多く(84/90症例 vs. 69/90症例),ドナーの年齢は前者はやや若かった(51.3±12.6 vs. 55.0±11.4歳)。レシピエントとなる臓器移植待機患者の状態を示すUNOSのStatus 1(最重症)〜6(最も安定した病状)(リンク)は心停止後ドナーの移植群は比較的安定した状態のStatus 4が48%を占め,脳死ドナーの移植群はより重症度の高いStatus 2が52%を占めていた。

 主要評価項目である術後半年後の生存は心停止後ドナーの移植群は94%,脳死ドナーの移植群は90%と,心停止後ドナーの成績は良好だった。この傾向はリスク調整をしてもしなくても大きくは変わらず,プロトコル逸脱例を含めたとしても同様の結果だったことから有効性については非劣性が示された。心停止後ドナーの心臓は90/101例(89%)が乳酸値と心収縮の移植基準に適合し,実際に移植された。Kaplan-Meier生存曲線は移植6カ月後で心停止後ドナーの移植群は94%,脳死ドナーの移植群は87%,移植1年後で93% vs. 85%だった(Fig. 3)。安全性は国際心臓肺移植学会(ISHLT)の基準での移植片機能不全は心停止後ドナーの移植群は22%,脳死ドナーの移植群は10%にみられ,重症例は心停止後ドナーの移植群に多かった(15% vs. 5%)が,再移植が必要になった症例は脳死ドナーからの移植の2例のみだった。

 心停止後ドナーからの心臓移植は,ドナーの選択から摘出した心臓の保存の仕方,移植に利用できるかの評価にかけて厳しい基準が必要なのは間違いないが,脳死ドナーからの心臓移植と比較して非劣性の成績が得られたことは大きな進歩であり,この選択肢が増えることによって,移植までの待期期間が短縮されることを期待したい。

今回の写真:週末の夜の京都岡崎を散歩してきました。
(後藤慎平)

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