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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 246

公開日:2023.8.4


今週のジャーナル

Nature  Published: 26 July 2023

Science Vol.381 Issue 6656(2023年7月28日)英語版

NEJM  Vol. 389 Issue 4(2023年7月27日)英語版 日本語版








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乳がん発症に関わる遺伝子変異の軌跡/アルツハイマー病の新規治療標的TRIM11/多発性骨髄腫に対するBCMA CAR T細胞療法のエビデンス

•Nature

1)ゲノム医学
乳がんおよびその関連クローンの進化の軌跡(Evolutionary histories of breast cancer and related clones
 最近の研究では,組織学的に正常に見える組織においても,一般的ながん遺伝子変異を持つクローンが高頻度で進化し,その後のがん発生に寄与していることが報告されている(リンク)。しかしながら,正常組織に存在するこれらのクローンの1つ以上が最終的にがんに進化するまでに,どのような追加のドライバーとなる遺伝子変異のイベントが入り,またどのような順序でそれが生じるのかについて詳細は不明である。つまり,①正常ですでに認めるがんでないクローンからどのような変異を獲得すればがんが発生するのか,②部分的に共通の変異を持つクローンが正常のままである場合とがんに至る場合に分かれるのはなぜか,③がんクローンとがんでないクローンの間で変異プロファイルにどのような違いがあるのか,などが特に解決すべき課題として残されている。
 今回紹介する論文は,この分野の世界的権威である京都大学の小川誠司先生の研究室からの報告である。健康ドナーおよび乳がん患者(閉経前と閉経後の両方)から,がん病巣と非がん病巣(正常組織)を採取し,複数の微小サンプリングによって系統発生学的解析を行った(患者背景についてはFigure 1aに記載)。SNVやindelなどの遺伝子変異は年齢とともに増加傾向であり,出産回数とは逆相関した(リンク)。その結果,der(1;16)(Figure 2b~2dに説明があるが,染色体16長腕の片方が欠損し,代わりに染色体1長腕が挿入されたもの:リンク。DerはDerivative chromosome(派生染色体)の略:Wiki)という特徴的なドライバー変異(乳がんの約20%に見られる)が,正常乳腺組織内で生じていることが明らかになった。さらにその出現の時期は,遺伝子変異の進化の速度を正常上皮細胞で測定された突然変異率から推定することが可能であり,特に思春期早期から青年期後期にかけて獲得されることわかり(Figure 2a),さらにその後,がん患者では30歳台前半までにがんの起源となる共通の「祖先細胞」が出現し(=the most recent common ancestors:MRCAs),がんと非がんの両方のクローンがそこから進化することが示されている。Figure 2aで興味深いのは,最終的にがんに至ったピンク(DCIS:非浸潤性乳管がん),赤(IDC:浸潤性乳管がん)を見ると,クローン14,7(a~e),10・15,11(a~d)はいずれも別々の非がんクーロンから発生している(リンク)。またder(1;16)陽性のクローンは,その後数年で既存の乳腺上皮と入れ替わり,閉経前の乳房組織内ではクローナルに増殖し広い範囲を占める。しかしながら閉経後のホルモン減少で,クローン数も減少に転じることがわかった(リンク)。
 次にder(1;16)を持たない場合の系譜も示している。この群では,様々なドライバー変異が確認され,ドライバーがあるとクローナリティーが高くなることが示されている。そのため,思春期以降に出現するder(1;16)陰性クローンのほとんどは単一の小葉内に留まるか,留まらないとしても隣接する小葉に限られる。der(1;16)陽性のクローンで観察されるような広い範囲に拡大することは稀であることが示された(リンク)。der(1;16)陽性でクローンが拡大する背景として,思春期における乳房の生理的発達だけでは説明できず,der(1;16)のドライバー的役割が示唆される。
 最後にTCGAデータベースを使って,der(1;16)の頻度を確認したところ,乳がん全体の19.5%に認められ,組織型のほとんど(86.6%)はLuminal-A型であることが示されている。興味深いことに,このder(1;16)を有するがんは,der(1;16)を持たないがんよりも予後良好であることもわかった。さらにドライバーイベントの数は組織像とは関連がないことなどから,遺伝子変異だけで完全には説明がつかない事象の背景には,炎症・線維化・血管新生などの局所の主要微小環境やエピジェネティックなドライバーイベントの役割が示唆される。

•Science

1)神経科学
TRIM11はタウ蛋白蓄積に伴うタウオパチーに対して防御的に作用するとともにアルツハイマー病では発現が抑制されている(TRIM11 protects against tauopathies and is down-regulated in Alzheimer’s disease
 アルツハイマー病(AD)治療については,近年アミロイドベータ(Aβ)の可溶性(プロトフィブリル)&不溶性凝集体に対するヒト化IgG1モノクローナル抗体レカネマブがFDAで承認されたが(リンク),依然として顕著な臨床効果を示すブレイクスルー治療が待たれる。
 本研究は米国ペンシルバニア大学のチームからの論文で,アルツハイマー治療の次の標的として有望な制御因子としてTRIM11(Tripartite Motif Containing 11)についてその機能を明らかにするとともに,それを用いた治療戦略を提案している報告である。余談だが,筆者が医学部学生の際に,一時神経科学に魅了されて1カ月間勉強させていただいたJohnとVarginia夫妻のラボ(の後継ラボ)からの報告である。JohnとVarginiaはマウスモデルをはじめとしてタウオパチーの疾患概念を明らかにした研究者である。最近Johnが亡くなられたという報告があり(リンク1リンク2リンク3)大変残念に思っていたが,このような大発見を彼もきっと喜んでいたに違いない。
 研究内容に関してはサマリーの図が非常にわかりやすく内容を説明している(リンク)。
 蛋白質は生体内でクオリティーが精密にコントロールされており(protein quality control:PQC),これらのシステムには,異常蛋白質や余分な正常蛋白質を再利用するための分解経路,蛋白質のミスフォールディングや凝集を防ぐ分子シャペロン,既存の蛋白質沈着物を分解する酵素などによって制御されている。今回,特にPQCの中心的な役割を果たしているtripartite motif(TRIM)proteinsに着目し,ヒトがもつ70種類以上のTRIM蛋白から75種類のTRIM蛋白をHEK293細胞に発現させて,タウ蛋白に対する凝集阻害作用を評価したところTRIM11が最もその作用が強く,その機能欠損(ノックダウン)によって凝集が促進することを見出した(Figure 1)。TRIM蛋白に関しては総説を参照いただきたい(リンク)。
 さらにアルツハイマー病AD患者と脳疾患がなかったコントール患者の剖検脳組織検体を比較評価し,mRNAレベルでは差が認められないものの,蛋白レベルではAD患者で有意にTRIM11の発現が低下していることがわかった。さらにその発現は,タウ蛋白関連分子の発現と逆相関することを示した(Figure 2)。一方で,TRIM11遺伝子のレアバリアントは孤発性のタウオパチーのリスクであることも報告されている(リンク)。以上から,TRIM11による蛋白質のPQCがAD発症を抑える重要な働きをしていることが示唆された。
 さらにTRIM11によるタウ蛋白の集積抑制の機序を詳細に解析するため,同じ細胞にTRIM11と野生型および変異タウ蛋白を共発現させたところ,特に変異タウ蛋白(高度にリン酸化され凝集しやすくなっているタウ蛋白)により結合しやすいこと,さらにTRIM11はSUMO(small ubiquitin-related modifier)E3リガーゼ活性を持ち,変異タウ蛋白をSUMO修飾してプロテアソーム依存的に分解することを明らかにした(Figure 3)。さらに,TRIM11は,シャペロンとしても機能することがわかり,ヒートショック蛋白などのようにATPなどのエネルギーを使用せず,タウ蛋白の自己凝集を抑制することで可溶性を維持する作用があることも明らかになった(Figure 4)。加えて,このような異常な蛋白の蓄積を阻害することから,神経細胞の生存やシナプス形成を促進することも示している(Figure 5)。
 最後にin vivoにおけるTRIM11の有用性を評価するため,PS19マウスというヒトの変異タウ蛋白を発現するマウスを用いて,AAV9-TRIM11とそのコントロールとしてAAV9-GFPを両側の海馬に遺伝子導入して,その後のタウ蛋白の凝集や行動変化・認知機能などを評価したところTRIM11を発現誘導した場合に有意に変異タウ蛋白の蓄積が改善し,臨床症状も改善することがわかった(Figure 6)。同様にPS19マウスを用いて,さらに変異タウ蛋白を直接脳に注入するモデルでも検証したところ,同様に疾患の増悪を抑制することがわかった(Figure 7)。最後に,3xTg-ADマウスと言って,変異タウ蛋白に加えて,家族性ADの関連蛋白である2種類の変異蛋白(アミロイド前駆蛋白,プレセニリン1)の3種類を発現するADモデルマウスにも,同様にAAV9-TRIM11とそのコントロールとしてAAV9-GFPを両側もしくは片側の海馬に遺伝子導入したところ,病勢の進行を有意に抑制することがわかった(Figure 8)。興味深いことに,海馬に注射するという投与方法だけでなく,研究者たちは,脳室注射により脳脊髄液を介してもTRIM11遺伝子を導入して,AD症状を改善できることも示している。
 異常蛋白の凝集抑制というより根本的なメカニズムへの治療介入が可能になることが期待され,臨床応用が待たれる。こちらの論文は西川先生のHPでも紹介されている(リンク)。

・NEJM

1)血液学
レナリドマイド抵抗性多発性骨髄腫に対するcilta-celと標準治療(Cilta-cel or standard care in lenalidomide-refractory multiple myeloma
 多発性骨髄腫multiple myelomaは,再発を繰り返す難治性の造血器腫瘍で,骨髄でつくられる形質細胞ががん化する疾患である。日本におけるMMの罹患者数は約1万8000人と推定されている。治療薬の進歩が著しい疾患でもあり,プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブなど)や免疫調節薬(サリドマイド・レナリドマイドなど),HDAC阻害薬,抗CD38モノクローナル抗体など使用されている。
 本試験は,第3相無作為化非盲検試験(CARTITUDE-4試験)で,B細胞成熟抗原(b-cell maturation antigen:BCMA)を標的とするCAR T細胞療法であるciltacabtagene autoleucel(cilta-cel)が,複数の前治療歴のある,再発または難治性の多発性骨髄腫患者(レナリドミド抵抗性多発性骨髄腫患者)の早期治療として,標準治療と比べた際の有効性を比較検討した試験である。ちなみに,BCMAは,膜貫通蛋白質で,腫瘍壊死因子(TNF)受容体スーパーファミリーメンバー17や,CD269とも呼ばれる。TNF受容体スーパーファミリーメンバー13b(BAFF)に結合し,転写因子NF-κB,MAPKなどの活性化を促すことも知られている。試験のサマリーが動画で確認できる(リンク) 。
 レナリドマイド抵抗性多発性骨髄腫患者(全例に1~3種類の前治療歴があり),合計419例が無作為化された(cilta-cel群208例 vs. 標準治療群211例)。プライマリーエンドポイントは無増悪生存期間(PFS)とされた。追跡期間中央値15.9カ月(0.1~27.3カ月)の時点で,PFSの中央値は,cilta-cel群で未到達,標準治療群で11.8カ月であった(ハザード比0.26,95%CI 0.18~0.38,p値<0.001)。12カ月無増悪生存率はcilta-cel群で75.9%(95%CI 69.4~81.1),標準治療群で48.6%(95%CI 41.5~55.3)であった。さらに,cilta-cel群では,標準治療群よりも全奏効割合が高く(84.6% 対 67.3%),完全奏効以上の割合も高かった(73.1% 対 21.8%)。全死因を含めた死亡は,それぞれ39例と46例(ハザード比0.78,95%CI 0.5~1.2)であった。cilta-celの投与を受けた176例中,134例(76.1%)にサイトカイン放出症候群(G3か4が1.1%,G5はゼロ)が発現し,8例(4.5%)に免疫関連神経毒性症候群(すべてG1かG2),1例に運動・神経認知症状(G1),16例(9.1%)に脳神経麻痺(G2 が8.0%,G3が1.1%),5例(2.8%)にCAR-T関連末梢性ニューロパチー(G1またはG2が2.3%,G3が0.6%)発現した(リンク)。
 以上から1~3種類の前治療歴のあるレナリドマイド抵抗性多発性骨髄腫患者に対するcilta-celの単回投与は,標準治療と比較して,病勢進行または死亡のリスクが有意に改善した。MMに対する新たなゲームチェンジャーが登場したこととなる。

今週の写真:伊勢志摩 賢島(サミット会場)より



(小山正平)

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