•Nature
1)COVID-19
無症候性SARS-CoV-2感染と関連するHLAアレルの同定(A common allele of HLA is associated with asymptomatic SARS-CoV-2 infection) |
COVID-19重症化に関する遺伝的素因の研究は本邦をはじめ報告されてきたが,20%を占めるとされる無症候性感染に有利な遺伝的素因は調べることは難しかった。本研究は,米国UCSFやオーストラリアや英国など複数国の研究者が行った国際共同研究でHLA Class IとClass IIの高解像度の遺伝子型情報がすでに取得されているボランティアの骨髄幹細胞移植ドナーを,スマートフォンを用いてCOVID-19の感染情報を自己申告するデータベースとして立ち上げられている
COVID-19 Citizen Science Studyに招待して3万名からなるコホートを構成しただけでなく,さらに英国と米国UCSFの2つのコホートでも検証する形をとった内容となっている。その結果,COVID-19の軽症化に寄与するHLAタイプ(Class 1)として過去に報告(
リンク)されていたHLA-B*07:02とは異なり,無症状感染と強く相関するHLAタイプとしてHLA-B*15:01を同定した。HLA-B*15:01の頻度は年齢,性別で補正したところ,無症候性0.199に対して有症状例では0.094,オッズ比2.40で有意差を認めた。HLA-B*15:01のホモアレルは無症候性0.022に対して有症状例では0.005,オッズ比8.58と無症候性との相関はさらに強まる結果だった。また,HLA-B*15:01とハプロタイプの組み合わせで付加的に無症候性感染に相関するHLAタイプとしてClass IIのHLA-DRB1*04:01が見つかった(オッズ比 3.17)。
研究者たちはHLA-B*15:01を持つCOVID-19患者の細胞傷害性CD8陽性T細胞を活性化する4つのエピトープとなるペプチドを,パンデミック前の末梢血単核球細胞9例にかけてみると,3つが反応し,そのうち最も多くの症例に反応したNQKLIANQFというペプチド(NQK-Q8)に着目した。このペプチドに反応したCD8陽性T細胞はすべてメモリーT細胞であり,パンデミック前からまだ遭遇したことのないSARS-CoV-2に反応可能なT細胞免疫を持っていたことになる(
Fig.1)。風邪コロナウイルスであるHKU1-CoVやOC43-CoV由来のNQKLIANAF(NQK-A8)とは1アミノ酸しか違わないことから,SARS-CoV-2に罹患していないパンデミック前のサンプルを用いて,NQK-Q8で刺激したところ,HLA-B*15:01を持つドナーの75%でT細胞が反応し,それらがメモリーT細胞であることを明らかにした。また,IFN-γだけでなく,TNF,IL-2,MIP-1β,CD107aのサイトカイン産生についても調べ,風邪コロナウイルス由来のNQK-A8で刺激したT細胞の方がNQK-Q8で刺激したT細胞よりも反応が強い傾向にあることやNQK-A8で刺激したT細胞にNQK-Q8で刺激してもNQK-A8で刺激するのと遜色ない程度にサイトカイン産生応答がみられたことから,風邪コロナウイルスとの交叉性が確認された(
Fig. 2)。
次にNQK-A8,NQK-Q8に反応するテトラマー(
リンク)陽性CD8+陽性細胞からTCRをシーケンスして,レパートリー解析を行ったところ,SARS-CoV-2抗原に曝露していないとされる複数ドナーで共通のレパートリーが同定され,感染前からの交叉性を証明した。HLA-B*15:01に結合するNQK-Q8は,XBB株を含めてすべてのSARS-CoV-2変異株間で保存されており,詳細な構造解析も行って,NQK-Q8とNQK-A8のそれぞれが同様にHLA-B*15:01と強く結合力することを結論付けた。今回の知見は,COVID-19の症状をスマートフォンで自己申告することによって構築されたクラウド型データベースのため,自身の症状の取りこぼしなどがあっても確認できないことや白色人種にほぼ限定された解析となっていることなどがlimitationとされている。参考までに日本のHLA-B*15:01の頻度を調べると
日本組織適合性学会によると7.92%とされていたので(
リンク),比較的身近なHLAタイプと考えられ,本邦での無症候性感染とも関連する可能性があることは今後のパンデミック対策にも重要な参考情報と考えられる。また,本研究のようにHLAタイプと,自己申告によるものとはいえ,こうしたデータベースが紐づけられることの有用性が明らかになった点も興味深い。
•Sci Transl Med
1)がん
Exportin 1阻害は肺癌と前立腺癌のSOX2を介した神経内分泌細胞への分化転換を防ぐ(Exportin 1 inhibition prevents neuroendocrine transformation through SOX2 down-regulation in lung and prostate cancers)
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チロシンキナーゼ阻害薬で治療中のEGFR変異陽性の肺腺癌の14%,enzalutamideで治療中のアンドロゲン受容体陽性の転移性前立腺癌の20%以上で,治療しているうちに神経内分泌細胞(NE)への分化転換により小細胞癌と似た予後不良で治療抵抗性の悪性度の高いがんが生じることが知られており,TP63とRB1の同時変異が必要条件と考えられてきたが,そのメカニズムについてはよくわかっていなかった。米国メモリアルスローンケタリングがんセンターからの報告で,研究者たちは先行研究(
リンク)においてCRISPRを用いたスクリーニングで小細胞肺癌の増殖抑制,化学療法への感受性を高める治療標的候補としてexportin 1(XPO1)を同定していたが,今回,メカニズムを探索する中で,肺腺癌と前立腺癌でNE分化転換を予測できる可能性のあるバイオマーカーとしてXPO1を見つけた内容になっている。XPO1阻害薬はselinexorという化合物がすでに多発性骨髄腫などの血液腫瘍の治療薬としてFDAで承認されており(日本では現時点で未承認),それを用いて動物モデルでの治療効果も検証した。
まず,NE分化転換をしていない肺腺癌,分化転換しかけている肺腺癌(T-LUAD),肺腺癌から分化転換した小細胞肺癌(T-SCLC),小細胞肺癌でXPO1の発現量をRNAと蛋白質レベルで比較するところから始まり,前立腺癌でも同様にNE分化転換に伴い,XPO1が発現上昇することを示した(
Fig. 1)。次にXPO1阻害薬であるselinexorを用いて分化転換後の小細胞肺癌と前立腺癌に一次標準治療の含まれるシスプラチンとの併用効果を
in vitroと
in vivo(免疫抑制マウスに生着させたがん細胞のPDXモデル)の実験で調べていずれのがんにも相乗効果が見られ,現在のシスプラチン+エトポシドの一次標準治療よりも効果が強く,シスプラチンによって誘導されたAKTシグナルがselinexorによって阻害されることをウェスタンブロッティングで示した。
次に研究者たちはデータベースを用いて
TP53と
RB1の両方同時欠損と
XPO1の発現上昇の関連性を見出し,細胞株を使って
TP53と
RB1を機能欠損させる実験を行って,両方同時欠損すると
XPO1の発現が大きく上昇することがわかった(
Fig. 3)。CHIP-seqではTP53とE2F1(RB1の不活化により活性化する転写因子)が
XPO1のプロモーターに直接結合することがわかり,レポーターアッセイにより,TP53は
XPO1の発現を抑制,E2F1は
XPO1を発現上昇に働くことがわかり,
TP53と
RB1の両方同時欠損による
XPO1の発現上昇の仕組みを解明した。
selinexorがNE分化転換を阻害するかどうかを調べるため,前立腺癌の
in vivoモデルを用いた。前立腺癌細胞株である22PCとLnCap/ARではTP53とRB1の両方同時欠損により,アンドロゲン受容体拮抗薬に耐性を示すと当時にNE分化マーカーの上昇を伴うことが研究者たちの先行研究(
リンク)で明らかになっていたことからこの細胞のマウスへの生着モデルで,selinexorの効果を調べたところ,アンドロゲン拮抗薬であるenxalutamideと併用すると腫瘍再発が顕著に抑制され(
Fig. 4),免疫染色でもNEマーカーであるASCL1,CHGA,SYPはいずれも発現抑制されていた。網羅的遺伝子発現解析ではXPO1阻害薬によってNEだけでなく基底細胞への分化転換も抑制されることが示唆された。次に肺癌のPDXモデルでもEGFR変異陽性肺腺癌から小細胞癌への分化転換モデルを確立し,osimertinibとselinexorの併用効果によって,NE分化転換が抑制されることを示した。
selinexorによってNE分化転換が抑制されるメカニズムとして,研究者たちはTP53とRB1の両遺伝子を欠損した前立腺癌細胞株で発現上昇するSOX2に注目した。データベースを用いて,TP53とRB1の両方に変異をもつ肺腺癌でも前立腺癌でもSOX2が発現上昇することを確認し,in vitroの実験ではselinexorがSOX2の発現を抑制することを示した。TP53とRB1の両欠損前立腺癌細胞にSOX2を過剰発現してみると,selinexorを投与してもNE分化転換を抑制することはできなくなった。POU3F2など他の遺伝子を強制発現させてもselinexorの感受性は損なわれなかったことから,selinexorによるNE分化転換の抑制機序にはSOX2を介していると結論づけた。EGFR変異肺腺癌やAR陽性前立腺癌への分子標的薬の耐性機序獲得のメカニズムとしてNE分化転換が知られてきたが,その機序が解明され,すでに臨床で使用されている抗がん薬selinexorと分子標的薬との併用が有用と考えられる結果となったことから,今後ヒトを対象に行われるであろう治験結果に期待したい。
•NEJM
1)喉頭鏡
重症成人患者への気管挿管におけるビデオ喉頭鏡と直接喉頭鏡のランダム化比較試験(Video versus direct laryngoscopy for tracheal intubation of critically ill adults) |
ビデオ喉頭鏡と直接喉頭鏡を比較した研究はこれまでにも報告されているが,一番大きなものは2017年にJAMAに報告されたフランスで行われた多施設共同研究(MACMAN試験)が有名で,この研究ではICUでの気管挿管患者371名に対して行われたが,気管挿管の初回成功の主要評価項目について有意差はなかったという内容だった。今回は,米国国防省が研究費を出す形で,2022年3月から11月にかけて救命救急とICUで気管挿管患者1,417名を対象に行われた多施設共同,オープンラベル,ランダム化比較試験となっており,中間解析の結果を受けて途中でエントリーが終了した形となっている。主要評価項目である初回成功ではビデオ喉頭鏡が85.1%,直接喉頭鏡は70.8%で有意差を認めたことが報告されており(
Table 3),二次評価項目である重篤な合併症は麻酔導入から挿管後2分間でのSpO
2><80%,収縮期血圧<65 mmHg,昇圧薬の使用,心停止,死亡として定義されたが,両者間で差はなく(21.4% vs. 20.9%),食道挿管,歯の損傷,誤嚥などの安全性について差は見られなかったとしている。今回のDEVICE試験との違いとして,ビデオ喉頭鏡の声帯描出能が改善したこと,挿管時に全例スタイレットあるいはブジーを用いたこと(MACMAN治験では16%),COVID-19によるパンデミックの影響で,ビデオ喉頭鏡の使用頻度が増加し,慣れている医師が増えたことが挙げられる。気管挿管の手技にどれくらい慣れていたかの術者側の情報については
Table 2にまとめられており,それを見ると,術者は25〜99回の気管挿管の経験があり(中間値は50回),ビデオ喉頭鏡による気管挿管経験数が25%未満の術者がビデオ喉頭鏡を実施した症例数は6.2%,ビデオ喉頭鏡の実施経験が全体の>75%の術者による直接喉頭鏡の実施症例数は34.9%を占めていたことがわかる。直接喉頭鏡に慣れていなかった術者もいたのではないかと思ってしまうが,過去の研究と照らし合わせて直接喉頭鏡による失敗が増えたわけではなかったこともDiscussionに述べられていた。この結果を受けて日本の場合を考えると,ビデオ喉頭鏡は普及しつつもすぐに使える大きな病院であればよいものの,救急カートに乗っているのは必ずしもビデオ喉頭鏡ではなく,様々な事情で難しい場合もありえる。そうすると術者側としては直接喉頭鏡の経験も依然重要と考えらえるため,シミュレーターを用いたトレーニングがますます重要になっていくのかもしれない。日本での今後の展開が気になるところである。
(後藤慎平)